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井上靜に関するblog(網誌)です。下記の著書を読んでもらえたら嬉しく存じます。


by ruhiginoue

私学だから何をしても良いわけではない

 時代錯誤の愛国主義や排外主義と民族差別を教育することに対して批判が起きたら、それをやっているのは私学だから何をしても勝手だとか、宗教系の私学だって同じだとか、そういう誤った認識を開陳している人たちがいる。

 とんでもないことで、私学だから何をしてもよいわけではない。宗教系の私学とは、宗教の理念に基づいた建学の精神であったり、宗教団体によって設立されていたりするものではあるが、そもそも学校に限らず世俗の事業を宗教が運営するのは、あくまで、その事業を介して宗教的な理念を社会的に具体化するためであり、宗教の教義とかドグマとかいうものそれ自体を強制することが目的ではない。
 
 これは宗教以外の政治その他でも同様である。その教義や思想それ自体は宗教団体や政治団体がやるべきことで、学校教育ではその基盤に教義や思想があっても、それ自体はついでに一般教養として添える程度にしておいて、そのうち特に興味や必要がある者は専攻すものだ。
 だから、私学で学ぶ者にどこまで押し付けてよいかという問題にもなり、これまでに、挙げていたらきりがないほどの実例があった。

 ついでだが、「瑞穂の國小學院」というのは滑稽だという人たちがいて、それは「國」「學」という字体のためだが、「國學院大學」というのもある。
 ここの体育の授業で、柔道では公立学校と違い道場に神棚もあったが、これに宗教が違うからと礼を拒否する学生もいる。担当教員が「生意気」と怒っていたが、私学で神道系だけど通う学生が強制される義務はない。入ったのはあくまで大学であり宗教団体ではないのだから、嫌なら拒否する自由もある。

 それなら他の科目にすればよいのだが、それに大学側は難色を示していた。なぜなら、宗教以前に体育の選択で柔道が不人気で、自分から希望する人はほとんどおらずジャンケンで負けた人ばかりだったから、宗教が原因で他にしたいと言うのを認めたら俄かクリスチャンや俄かムスリムの学生が現れてみんな柔道から去ってしまうであろうから。
 なので、あまり宗教を強制しなければいいのだが、柔道の講師は「安全祈願」だから必要だと言う。それは指導者が注意するべき義務だ。日本以上に柔道大国となったフランスでも、大統領が黒帯のロシアでも、道場に神棚なんてないだろう。そして精神論に依存する指導力不足から事故を起こしているのが日本の柔道である。

 これと同じで、精神論に依存して敗戦した反省の足りない人たちが、時代錯誤の愛国主義の学校をはじめ、それを贔屓する人たちがいて、国有地をバーゲンセールどころか「もってけ泥棒」のレベルのことをしたのだろう。


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by ruhiginoue | 2017-02-23 12:51 | 社会