「忖度」という流行語大賞候補について
2017年 04月 08日
今話題の「忖度」という言葉は日本的で外国語に翻訳しにくいとかできないとか言われて国際的に話題である。
この言葉は、最初に英訳されたとき「(想像に基づいて)(…を)推量する、推測する、推量する、思う」という意味の"surmise"とされたが、これだけでは言葉のもつニュアンスが表現できていないという指摘もされた。
そしてドイツ語には、"unausgesprochene Anweisung"(発言なしの指示)、あるいは"vorauseilender Gehorsam"(先回り服従)という表現があり、これは「権力者の直接的な命令に対する服従ではなく、権力者が期待する行動を下位者が自主的に推測して行う服従」という意味で、これに、今の政治問題に出ている「忖度」は該当するという指摘がされている。
ところが、これだと今の政治問題についてはそうかもしれないが、「忖度」という言葉の持つ元々の意味のすべてを言い表していないという意見もある。つまり、悪い意味だけになってしまうということだ。
それで思い出したのが、あの田中角栄総理の話だ。かつて彼は近所の人から、たしか風呂場のことだったが、とにかく自宅の設備が壊れてしまい困っているという相談をされ、そこで彼は仕事がら業者に詳しいから、そちらへ話して修繕できるように手配してあげると言った。
「ただ…」と相談した人はそこで言いかけた。すると田中角栄氏は「わかった!」と強い調子で言って遮り、「ワシから依頼するのだから立て替えておく」と言った。
これはもちろん、相手が費用がいくらになるかと気にしているわけで、このことは言わなくても判るということだ。
そして、続けて出てくる「支払いが心配だ」とか、まして「金がない」なんてことは、誰だって恥ずかしかったり惨めだったりするに決まっている。
だから田中角栄は言わせなかった。もう察していることは手間を省いたほうが効率が良いし、相手の気持ちも普通に感覚を持っていれば理解できる。
このように、金とか力を持っている側が、そうでない相手のことを思いやってのことなら、日本人が昔からもっている美徳である。
それがいつの間にか、逆に弱者が強者の顔色を伺うという意味に変わってしまった。
だから、「忖度」という言葉を、今の政治問題になっている意味だけに解釈されては嫌だと感じる人たちがいるのだろう。
by ruhiginoue
| 2017-04-08 20:44
| 社会





