NHKがスクランブルをやらない本当のわけ
2017年 12月 12日
NHKは、「見ているのに受信料を払う人と払わない人がいるのは不公平だ」と言うが、それならスクランブルをやればいいと指摘されている。すると「公共性があるのだから料金を払わないので見せないという対応は不適切だ」と言うのだが、それならなぜ、住民税が非課税かつ障害者のいる世帯または生活保護というごく一部の極端な貧困者にしか減免をしないのか、という疑問が生じる。
このようにNHKの説明には疑問だらけで説得力がない。
ほんとうは、NHKは番組に自信がないのだろう。スクランブルをやったら、料金を払ってまで見たいとは思わない人が大勢いると判ってしまう。これが怖いのだ。
現実に、知人の中でNHKが好きでよく見ていた人も、最近のNHKの番組は面白くないどころかイライラするほどつまらないので、受信料が高すぎると感じて頭にきてしまい、集金に来ても居留守をつかって払わないようになってしまったと言っている。
また、過日ここで話題にした、障害者のいる世帯から取り立てるNHKの汚い手口にあきれていた役所の人も、そのさい「NHKはあんな高い受信料をとっておいて、あんな退屈な番組しか作れないのか。昔はもっと面白い番組があったのに」と言っていた。
昔は面白い番組があったけど今はダメというのはフジテレビその前はTBSというように民放でも同じことが言われているれけど、民放はつまらないなら見なければいいし、そうすればスポンサーが降りてしまうのでテレビ局が焦るということになるが、NHKは番組がつまらなくても受信料を強制的にとるから反省しない。そしてさらにつまらなくなるという悪循環なのだろう。
もちろん、民放と同じことをすれは面白いわけではない。民放もつまらないと言われて久しい。だからNHKは、まず受信料を取るというなら公共放送としての義務を果たすことだ。国会中継は変な編集をしないでノーカットで放送、などをすべきだ。それは政府にとって不都合だから圧力があるけれど、面白い番組を作れる才能と人材がもう無いのだから、あきらめて公共放送の義務だけでも果たすことだ。
それも無理そうだから、NHKは解体がもっとも現実的な道である。

by ruhiginoue
| 2017-12-12 15:41
| 社会





