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井上靜に関するblog(網誌)です。下記の著書を読んでもらえたら嬉しく存じます。


by ruhiginoue

人の命を人が決める

 犯行当時は未成年だった犯人の死刑執行があり、これについて、親や生育環境の影響が大きい時期の犯行なのに更生できないと決めつけてはならないと批判する弁護士団体の人に対して、どこぞの大学の学長だという法学者は、犯行の内容から更生は不可能だから死刑にすべきであり執行を評価するという意見を表明していた。

 この犯人がどうなのかとは別に、批判している人は、その意見の当否とは別に、いちおう人の命を奪うことに反対してのことだ。
 ところが、逆に死刑執行した国の対応を評価するという人は、人が、それも国家権力が、人の命を奪うことについて肯定してのことである。そして、それは更生できない人だからと言う。この意味は、ちゃんと考えたほうがいい。

 つまり、裁判なんてかなりいい加減であることは常識で、特に日本の法曹は水準が低くて冤罪ばかりなのは周知だが、この問題を別としても、しょせん神ならぬ人のすることだから、どんなに慎重に緻密に行っても、まだまだわからないことがあるものだ。
 それでも、いちおうはっきりさせるとか白黒つけるとかしないといけない。ただし、これが他の問題なら仕方ないけれど、人の命について、生きている価値の有無を人が評価して奪うべきかどうか云々できてしまう人の感覚には恐怖や戦慄を感じざるを得ない。

 これは法曹だけではない。医学と同じことだ。
 前に、医師であったが辞めて別の仕事をしているという人が、医学部の教授の発言について、非常に違和感を覚えたと言い、そのことを本に書いて出版していた。その医学部教授は、臓器移植と脳死の問題について、生かしておく価値が有る者と無いものという発想で話していたので、よくそんなことが言えるものだと、元医師は驚いたと言う。
 もちろん、脳死して意識もないのだから生きているうちに入らないという話について、その元医師は医学部教授に反論するほどその分野に詳しいという自信は持てなかったが、自分とは違い自信を持って意見している人の、その自信を、どうしても受け容れられなかったと言う。

 このように、人の命について、神ならぬ人が、なにか偉い専門家だからと自信たっぷりに、価値を決めたり判断したりして、権力によって殺しなさいとか言うことが不気味なのだ。



by ruhiginoue | 2017-12-20 17:14 | 司法