子どもの貧困を日本の社会は強引に否定する。
2017年 12月 22日
ユニセフ事務局長が、日本の子どもの貧困率に懸念を表明したとNHKが報道している。同局のインタビューに答えてのこと。
日本では、子供の貧困が指摘されても、そんな問題は存在しないことにされてしまう。実態とか現実とかを具体的に指摘する報道や運動があっても、屁理屈としか言いようがない難癖をつけて否定する。
どうして、こんなことをする者たちがいるのか。政治の責任を追及されることを恐れての工作もあるだろうが、社会の在り方と自分の置かれた立場というものを考えたくない者がいるので、そんな人が強引にでも否定したがるのだろう。
これは今始まったことではない。日本という国が落ちぶれて産業も経済も衰退し、それに対応できないほど社会の劣化が進んでいる昨今だからこそ言われているのかというと、そうではないのだ。だから昔から、子どもの貧困は否定されてきた。
これは自分も小さいころ体験した。どんな現実があっても、多くの子供は脅されて「困っていない」と言わされたり「困っていないでしょう」と迫られて恐怖により頷かされてしまうものだった。
また、そんな大人は、自分の子どもが、あれが欲しいこれが欲しいとおねだりすると、必要なくても買ってやるくせに、貧困家庭の子どもが文具など必要なものを買えなくても、そんなものは必要ないと言う。
これだから、どっかのバカ息子の議員は、これまで無くてもよかった専用機を、のんびり飯を食ってから帰りたいので欲しくなったと言い出し、何十億円という予算が必要な航空機および整備費を出せとわめき、この一方では貧困対策もしないどころか逆にどんどん予算を減らしている、という政治がまかり通ってしまうのだ。
by ruhiginoue
| 2017-12-22 16:04
| 国際






