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by ruhiginoue

弱みを見せた人にセカンドレイプする被抑圧者

 親などから虐待を受けた人が、その体験を語ったり相談したりすると、泣いて訴えていようとお構いなしに、親は子供のためを思ってやっているはずだとか言う者がいる。
 これは、頭ごなしに否定しようと、やさしく説き伏せようと、どんな言い方であれ、子供を虐待して躾のつもりだと言う親を正当化するものであり、加害者を擁護して被害者を責めていることに変わりはなく、セカンドレイプの一種である。

 ただ、自分もつらい体験をしたとかの話をつい言ってしまったなどで、そんなつもりではなかったのに相手を傷つけてしまったと後悔することもある。
 だから、とても難しいことである。

 しかし、故意に相手を傷つけてやろうとする悪意が明らかの場合もある。
 なにか虐待の話をするにしても、第三者を装い他人事として「助けてあげたい」と相談すれば、良い助言が出てこないとしても、加害者を擁護し被害者を責める人は少ないものだ。
 ところが、自分の事だと告白して伝えると、セカンドレイプ的発言する人が目立つのだ。つまり、弱みを見せると途端にそれを突いて攻撃するわけだ。だいたいそんな人は、自らも抑圧されているというのが相場である。

 また、前にここで人権運動に名を借りた極左老人たちの人権侵害という問題を述べたが、この醜い異常な言動をする者たちに同調して嫌がらせをした人がいて、その人は重度の障害者だった。
 この男性は、脳が原因で全身と言語に障害があり、軽度だが知的障害もあるらしかった。「人権擁護運動」の集会に熱心な参加をしながら、そこで不自由な動きで熱心に付きまといをしながら嫌らしい嘲りの言葉を不自由な発音で絞り出すという行為を繰り返していたが、その攻撃対象とする相手とは、何か弱みを見た人ばかりであった。
 それまでは何もしないのに、障害を抱えて苦労している人だと気づいたとたんに嫌がらせ攻撃を始め、時には、今まで親切にしてくれた人に対して恩を仇で返すことをする。そのさいの目つきに表れる底意地の悪さは、見て気味が悪いのと憎たらしいのが混ざりあっていた。

 もともと、この人は言葉が不自由なので話を聞き取りにくいことがよくあり、それで何とか理解しようと慎重に聴いたけどどうしても発音のために判らないことのほうが多かった。
 すると彼は話すのをあきらめて必ず「いいや」と吐き捨てるように言うのが口ぐせであった。この「いいや」は、よくあるあきらめのさいの言葉とは違った卑屈さが口調と目つきに出ていたのだった。
 そして、なにも恨みがなく、それどころかいつも親切にしてくれている、という人に対して、その人も障害を抱えているとか何か不幸な目に遭ったとかいうことに気づくと、とたんに愉悦の表情になって嫌がらせをしはじめる。

 これについて、障害者の世話をしている人が、自分は大勢の障害者と接してきたけどそんな嫌な奴は見たことがないと言った。しかし、その人は自らに障害があるわけではないから、他人の障害に気づいた途端に嫌がらせを始める障害者には気づきにくいはずだ。

 こういうことがあるので、抑圧された弱者に同情してもいいけど、自分も弱者であると気づかれないようにしないと不愉快な思いをし、時には攻撃的すぎて危険だったりもするので、注意が必要である。
 これも、そもそもこの社会が弱者を抑圧する構造であることが原因だ。




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by ruhiginoue | 2018-01-21 17:21 | 社会 | Trackback | Comments(0)