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by ruhiginoue

西部邁に出くわしたことがある

 西部邁の自殺という報で思い出したのだが、この人に偶然出くわしたことがある。あれは1993年のことだとはっきり憶えている。用事で行った中野区内の西武新宿線でのことだった。
 その日、新宿から下り高田馬場で西武新宿線に乗り中野区内の新井薬師前駅で降りたら、ちょうど階段を降りてきた西部邁に出くわした。誰か不明だが若い女性が同行していて、何かの用事で来た帰りのようだった。
 そして具体的には不明だが、その用事に関わる話をしているのが判り、その女性と一緒に電車に乗ったのだった。もしかすると秘書かアシスタントを雇っているのかと思ったが、はっきりとはしなかった。
 このときの態度は、なんか気取っているような感じだった。少なくとも機嫌は良さそうだったので、用事がうまくいったのかもしれないと想像した。

 ところで、この西部邁という人は保守を自称するマスコミ人としては少数派の反米主義者で、左派だったけど転向したと言っていた。つまり清水幾太郎と同じだ。
 この人はもともと『別冊宝島』が過剰に持ち上げていた程度で、一部で知られているだけだったのをテレビが宣伝した。この番組『朝まで生テレビ』のことを京大の浅田彰が「全共闘テレビ」と皮肉っていた。
 そして西部邁の死去に「『朝まで生テレビ』でご一緒して思想信条は異なるけど云々」とつぶやく人たちがいるが、あの番組は激論のふりして出演者たちは馴れ合ってると開始当初から告発されていた。だからモノマネでも西部邁に大島渚がバカヤローと怒鳴り田原総一朗がなだめ、実は盛り上げるため怒鳴る合図を出してたことが暴露される。

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 それにしても、死後の美化がひどすぎる。お笑い芸人と同じで、テレビでメジャーになると中身そっちのけで流され迎合する人たちがいるというわけだ。
 そして美化している人たちは、保守なのに安倍晋三を批判していたから、と言っているが、それがそんなに偉いことだろうか。安倍晋三なんて批判して当たり前だろう。
 かつて西部邁はビートたけしと一緒に雑誌で対談し「大衆はバカ」と言いあっていたが、これは自民党を支持しない者に対しての発言だった。今になって安倍政権が悪いと言い出しているのも、たんなる自称エリートの戯言でしかない。
 また、この二人は、大学時代に極左過激派の中でも特にタチが悪いブントの中ないし近くにいたと言われていることは周知のとおり。

 それより少し前だが、朝日新聞の本多勝一記者は西部邁の書いたものやテレビで言ったことがメチャクチャであることを指摘し、まったく論理的思考ができないと批判していたが、デーブスペクターもテレビで西部邁の話にはまとまりがないと苛立っていたし、それ以上にキツかったのが佐高信で、西部に対してその発言を批判をするだけでなく容姿まで「薄汚い」などと侮辱した。

 しかし佐高信は商売になると西部と同席するようになり過去の批判を封印した。こういうことはビートたけしがよくやってきたことで、だから佐高信はビートたけしのことが嫌いだと批判し続け来た。それでいて、というわけだ。
 この醜い処世術は本多勝一がよく批判していた大江健三郎よりはるかに悪質だが、佐高を褒めて週刊金曜日の仲間にした本多は、いったいどう思っているのか、という話は、すでに拙書『朝日新聞の逆襲』で詳しく述べたとおりである。




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Commented by at 2018-01-29 16:15 x
ビートたけしも若いころは新左翼だったのですか??
Commented by ruhiginoue at 2018-01-29 17:45
ビートたけしは、大学生のときに学生運動が盛んだったけど冷めていたと言ってはいるけれど、彼が通っていた当時の明治大学はブントの拠点で、たけしがゲバ棒を担いで歩いているのを見たという証言があります。
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by ruhiginoue | 2018-01-27 12:35 | 社会 | Trackback | Comments(2)