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by ruhiginoue

やっぱり舛添要一は受験秀才で思考力が弱い

 自民党の杉田水脈・衆議院議員のツイートが失笑されていた。
 「仲良くするだけが『外交』ではありません。将来を考えるにはまずは過去を見ないといけません。今の日本があるのは、命を投げ打って守ってくださった先人達がいるからです。」
 では過去を見ると、反対する国民を弾圧して戦争を仕掛け、負けたら敵国に寝返り命乞いし傀儡となり、これに抗議する国民を弾圧した、という人の孫が今の総理大臣で、そんな爺ちゃんを尊敬していると言って同じことを推進してるのだが、そんな人の下にいて恥ずかしくないのだろうか。

 これで思い出すのはポーランドの映画『鉄の男』だ。戦後ポーランドで宗主国ソビエト連邦の傀儡政権に反対する人たちを弾圧する当局の男は、なにかにつけてヒッヒッヒッと嫌らしく卑屈に笑って残忍な行為をするが、こういう立場に身を置いてこういう行動をとる人とは、もともと自分が弱いものだから、目の前で勇気がある人を見ると生意気に見えて嫉妬し、その人が対立する強者に媚びて嫌がらせをするものだ。こんな憎たらしい奴は学校にも職場にもいる。みんな見かけたことあるだろう。

 こうした無様な敗戦国・従属国であればこそ有難がられていたのが、舛添要一もと東京都知事もと厚生労働大臣である。
 「名護市長選、3000票近い差がつきそうだ。この結果について、いま沖縄の仲間たちに電話してみた。やはり、米軍基地反対ばかりで、経済や社会保障への取り組みが軽視されたことが市民の不満を生み、勝敗を決したようだ。」
 こんなウソをツイートしていたので、非難轟轟である。

 まず、現職市長は基地反対ばかりだったというのが事実に反している。稲嶺市政は経済政策に関しては評価が高い。よくここまでやったと言われるほど安定していた。だからこそ自信をもって基地に反対できたのだ。
 これについては大手メディアも批判されている。基地反対か経済振興かという対立軸を垂れ流していたが、沖縄の経済発展にとって基地が最大の阻害要因であることは基地反対の立場の人だけでなく沖縄の経済界でも常識である。
 また、いくら基地反対の意志を示そうと、政府は頑として方針を見直さず、再編交付金停止など金にもの言わせて威圧を繰り返したのが実態である。これに市民は懐柔されたとか買収されたとかいうより疲弊していた。それで諦めてしまったと言う地元の人がいることは、前からよく知られていて報道でも取り上げられている。

 だいたい、舛添要一が沖縄に電話で問い合わせたというのはネタだろう。いったい何人にかけたのかとツッコミしたくなるが、それ以前に、もともと彼には「基地反対ばかりで経済政策が無かったからだ」というテンプレートがあって、そこに当て嵌めるつもりだったはずだ。紋切り型とかステロタイプとかいうべき模範解答が用意されていて、硬直した思考と発言しかできない。ここに彼の特色と限界がある。受験秀才でしかなく思考力は虚弱なのだ。

 こんな人を、自殺した西部邁とともに保守派の論客として売り出して、中身はお粗末なのに見識あるかのように見せかけたのが悪名高い『朝まで生テレビ』である。
 ここで東京大学の助教授だった当時の舛添要一は、神奈川県の米軍住宅問題で反対派が選挙で勝ったのに「反対するならそこを独立国にしないといけない」と荒唐無稽なことを言い、こんなのが東大の政治学者かと呆れさせた。そこから今も進歩していないのだ。

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 ところで、この神奈川県米軍住宅問題で反対派の市長を追い落とそうとして「不倫」をしたと大騒ぎしたのが他でもない週刊文春であった。このアジビラ的な政権へつらい記事は効果なく選挙には影響しなかったが、いま小室哲哉のことでヒンシュクを買っている週刊文春も舛添要一と同様に相変わらずなのだ。
 
 こんなのが幅を利かせているのだから、日本は衰退のうえ嫌らしい社会になって当然なのである。



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Commented by 王子のきつね at 2018-02-06 17:28 x
舛添要一は、西部邁氏が自殺したとき、こんなツイートをしていた。
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西部邁先生(78)、多摩川に入水自殺。30年前、東大改革に失敗して、村上、公文、西部、私の4人が辞表を出した。その後、「朝まで生テレビ」などで、保守陣営から、左翼の似非改革主義者と闘ってきた同志だ。悲しい。今は似非保守主義者と闘う時代になのに、貴重な思想家を失った。ご冥福をお祈りする。
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たしかに西部邁、公文俊平、村上泰亮の3氏は東大駒場騒動(中沢新一の助教授就任を教授会で否決された)で東大を辞任したが、舛添要一は、大学の役職に就くことを求められ、そうなるとテレビに出られないからという身勝手な理由で辞めた。3氏が辞めたのは1988年3月で、舛添は1989年6月と、辞めた時期がそもそもちがう。いっしょにされては西部氏がかわいそうだ。
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by ruhiginoue | 2018-02-06 12:31 | 政治 | Trackback | Comments(1)