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by ruhiginoue

政治腐敗に若い人が寛容なわけ

 安倍内閣の下で不祥事が相次いで、マスコミが調べて発表する支持率も低下しているが、それでも十代と二十代では、まだ支持する者が多く、それと重なるように、不祥事があっても、それを悪いことだと思っていない者や、責任をとるべきだと思ってない者が、けっこう多いというアンケート結果と分析がある。

 これについて、若者は素直だから騙されていると言う人がいる。
 ちょうど経済の情勢が国際的にも国内的にも回復期で、だから今の景気は政策と無関係であり、むしろ、もっと良くなっているはずなのに安部内閣の政策が妨げているくらいだ。
 この現実を大手マスコミがちゃんと報道せず、そこへインターネット工作があり、内閣の政策が優れているため景気が良くなり就職もしやすいのだというデマが流された。
 これを若い人は意志や判断力が脆弱なので疑わずに受け容れているから、不祥事があっても大目に見ようと言われ従ってしまうーというわけだ。

 しかし、その不祥事とは、国の成長戦略の目玉を私物化して不正および隠蔽と改竄がされたことなのだから、かなり深刻である。
 だから、政策が良いと信じ込んでいたとしても、内閣で問題がある人は引責のうえ政権与党内で別の人に交代するべきだと考えるものだろう。
 ところが、それでも責任をとらなくていいと思う若い人がいるのはなぜか。
 おそらく、友達だから贔屓して当たり前だと思っている人が、若い人ほど多いからだろう―という単純な意見が目立つ。簡単だから言う人が多いわけだ。
 そのうえで、それとこれとは別だとか、ケジメがないとだめだとか、そういうことを理解できない人が若い人に多く、やはり社会経験が浅く乏しい―というわけだ。
 なるほど一見わかりやすい。

 しかし、子供のころはわからなくても大人になればわかるようになるのだろうか。そう思いがちではあるが。
 かつての友情が、社会に出て揉まれたり擦られたりしているうちに、通用しなくなる。
 また、子供のころは利権も思想信条も社会的立場も無かったので、純粋に人間として付き合い仲良くできたけど、大人になったらそうはいかなくなる。
 などと、よく言われる。
 それで、子供のころは友達だから特別だと思い、しかし大人になって社会に出たら違うのだけど、まだ若い人は社会的な立場や責任をわかっていないから気づかない―という図式に考える人がいるのだろう。
 けれど、どうだろうか。

 というのは、自分の経験の記憶からも、いろいろな人たちの体験談からも、子供のころ「友達だから」という発想は、ほとんどして無かったはずだからだ。
 そして、よく思い出して検証してみれば、子供だってやはり力関係が影響してのことであり、これに対して非力で抵抗できなかっただけである。
 また、大人になって社会に出たら、親の庇護も無くなったし、自分の力で進んで行くもので、子供のように非力で無抵抗でいたら人生が挫けて御終いとなってしまうけど、こういう認識をしたり自覚をしたりが、駆け出しの若い人は未だできず、自らが抱える現実と向き合えてないので、抵抗する意思も持っていない。

 つまり、社会と政治・経済の不正に若い人たちほど寛容なのは、甘いからではなく非力だからである。そして、ほんとうは非力であることなど仕方ないから大目に見てもらえるべきことなのだが、これに対して世間は冷淡または冷酷だし、当人も恥だと思って認めようとしないのだ。これが不正に寛容な態度となって表れる。
 というのが実態だろう。

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by ruhiginoue | 2018-05-13 13:03 | 政治 | Trackback | Comments(0)