団塊の世代が去り就職がしやすくなった
2018年 05月 30日
今春卒業した大学生の就職率が4月1日では98・0%で、前年同期より0・4ポイント増えて調査を始めた1997年卒以来、過去最高となったと厚生労働省と文部科学省が先の18日に発表した。
この上昇は7年連続で、過去最高は3年連続の更新となり、これについて厚労省は、景気回復や人手不足で企業の採用意欲が高まった影響だとみている。
これは数年前から言われているおり、リーマンショックなどがあって最悪に近い状態から、世界的に経済が立ち直りの時期に入り回復しているのだが、日本の場合はやはり前から言われてきたように団塊の世代が引退しているおかげで負担が軽くなり就職もしやすいのだ。
この団塊の世代とは数が多いうえ粗製乱造だから社会にとって正直いってお荷物であった。自分でも経験があるから理解できるけれど、この世代の人たちと接したことがある人は、よく性格の悪い人がいて不愉快だったと言う。
このあいだもまた、人口が減って国が困るから子供をたくさん産めと政治家が言い放ち、安心な社会にする職務を果たさないで何を無責任なと批判された。
けれど、日本は国土からして人口が多すぎると昔から指摘されている。だから問題は人口減少ではなく少子高齢化なのだ。人口が減ることそれ自体ではなく、それによって年齢や世代の配分がアンバランスになるから困るのだ。なぜ困るのかというと、老人ばかり多いからだ。医療費がかかりすぎて保険料が高くなるなど、景気回復しても生活が苦しいのは老人が多すぎるからだ。
ということは、女性に子供を産めと言うのではなく、老人に死ねと言うほうが現実的なのだ。
しかし自民党の老人たちは、自分は死にたくない。なので子供が増えなければいけないと言って、女性のせいにする。

だから、ほんとうは自民党の政治家たちが、高齢者は社会のために死にましょうと同世代の人たちに呼びかけて、お手本を示して自殺すべきなのだが、無理だろう。
あの曾野綾子と同じだ。歳を取ったら適当な時期に死ぬ義務があると書いておいて、自分は八十過ぎてまだ死なない。もともとの暴言に老害の要素か加わっている。なんてことはない、認知症の夫(三浦朱門)の介護がつらかっただけで、死んだら楽になったというだけのことだろうと、みんな言っているけど、あれでは言われて当然だ。
これと同じことだ。
お荷物の老人たちに死ねとは言わないけれど、せめて後の世代に責任転嫁して非難するのだけはやめるべきだ。


この上昇は7年連続で、過去最高は3年連続の更新となり、これについて厚労省は、景気回復や人手不足で企業の採用意欲が高まった影響だとみている。
これは数年前から言われているおり、リーマンショックなどがあって最悪に近い状態から、世界的に経済が立ち直りの時期に入り回復しているのだが、日本の場合はやはり前から言われてきたように団塊の世代が引退しているおかげで負担が軽くなり就職もしやすいのだ。
この団塊の世代とは数が多いうえ粗製乱造だから社会にとって正直いってお荷物であった。自分でも経験があるから理解できるけれど、この世代の人たちと接したことがある人は、よく性格の悪い人がいて不愉快だったと言う。
このあいだもまた、人口が減って国が困るから子供をたくさん産めと政治家が言い放ち、安心な社会にする職務を果たさないで何を無責任なと批判された。
けれど、日本は国土からして人口が多すぎると昔から指摘されている。だから問題は人口減少ではなく少子高齢化なのだ。人口が減ることそれ自体ではなく、それによって年齢や世代の配分がアンバランスになるから困るのだ。なぜ困るのかというと、老人ばかり多いからだ。医療費がかかりすぎて保険料が高くなるなど、景気回復しても生活が苦しいのは老人が多すぎるからだ。
ということは、女性に子供を産めと言うのではなく、老人に死ねと言うほうが現実的なのだ。
しかし自民党の老人たちは、自分は死にたくない。なので子供が増えなければいけないと言って、女性のせいにする。

だから、ほんとうは自民党の政治家たちが、高齢者は社会のために死にましょうと同世代の人たちに呼びかけて、お手本を示して自殺すべきなのだが、無理だろう。
あの曾野綾子と同じだ。歳を取ったら適当な時期に死ぬ義務があると書いておいて、自分は八十過ぎてまだ死なない。もともとの暴言に老害の要素か加わっている。なんてことはない、認知症の夫(三浦朱門)の介護がつらかっただけで、死んだら楽になったというだけのことだろうと、みんな言っているけど、あれでは言われて当然だ。
これと同じことだ。
お荷物の老人たちに死ねとは言わないけれど、せめて後の世代に責任転嫁して非難するのだけはやめるべきだ。






