記事を読まなくても知っていると言う人
2018年 07月 29日
沖縄の基地問題の記事を『月刊 紙の爆弾』で読んだ人が、現地に行ったことがあるので知っていると言った。つまり、そんなこと読まなくたって知っていると言うわけだ。
そもそも、実際に行った記録を残しているのは、行ったことがない人たちに向けていることにこそ意味ある。
また、取材もせずに悪意で嘘の放送をしたテレビ番組が問題になり、改善のため放送局が製作社や提供社に申し入れしたが拒否され、番組が終了したこともあるし、ネット上のデマに騙されている人も少なくない。
しかも、こうした政府に反対する運動は、大手のマスメディアが黙殺している。それは政治的な圧力が原因である。だから、マイナーなメディアによって、精一杯の努力をしているのである。
そんなもの無用であると言う人は、行ったことがあるので知っていると言うなら、その実体験発信するべきだ。テレビ・新聞・雑誌に投書することは誰でもできるし、blogや Twitterもあるのだから。
それに、記事は断片的な事実ではなく体系立てたものにするもので、その作業はblogやTwitterとは違う、ということもあり、その意味の必要性もある。
どちらにしても「そんなことしなくても自分はわかってるんだ」「わかっていない人に向けてそんなことするのか」などとケチをつけてもしょうがない。
しかまあ、その人は「左寄りの老人」だから、しょうがないと言えばしょうがない。

by ruhiginoue
| 2018-07-29 11:31
| 雑感






