井上靜の気楽ゆえ率直な日誌です。気楽にコメントしてください。おたよりも同様にe-mail:ruhig@outlook.jpまで


by ruhiginoue

私が愛したウルトラセブンと沖縄

 「♬ゆうべ素敵な夢を見たの〜お願い笑わないで聞いてよ〜」2番は「ゆうべ不思議な夢を見たの〜」
 この歌い出しの歌詩と同じように、先日、素敵というか不思議というかの夢を見た。夢の中に、この歌を歌っている田村英里子が出てきたのだった。

 まぁ、夢の中にアイドルが出てくるのは結構のことで、嫌な奴のことを思い出すよりよっぽどいいんだけど、こんなこと初めてなんで、何故だろうなぁと考え続けていた。

 そもそも夢ん中に出てくる物事とは、前の記憶との何らか連想であり、大体は間接的につながっているものである。

 今では『ヒーローズ』の田村英里子としてハリウッドセレブになって随分と出世してしまっているけれど、デビュー当時はテレビで『アイドル伝説えり子』というタイアップした連続アニメをやっていた。
 これは絵柄は子供っぽいんだけどストーリは非常に面白かった。大映テレビをさっぱりと明るく描いたようで。また、漫画化した、いわゆるコミカライズの本があって、こちらの方が面白かったかもしれない。

 しかし、この話は、なかなか信じてもらえなくて、同級生からは田村英里子のファンだと思われている。まぁ歌は結構好きだけど。声も詩も曲もいいし。

 それで、夢について考えても解らなかったけど、最近ふと思い出した。沖縄に行っていた時、地元の人と映画の話になって、ゴジラのシリーズで『ゴジラ対メカゴジラ』は自衛隊と米軍が出てこなくて、これは地上戦をしないように沖縄に配慮したからだと言われている、と説明したところ、地元の在住の人が勘違いしたことを言った。
 なるほど、沖縄出身の金城哲夫が脚本書いてるからね」
 いや、金城哲夫はゴジラではなく『ウルトラ』のシナリオを書いていた人である。そして、沖縄はもともと独立国だったこと、他の日本と違って地上戦が行われたこと、戦後も『ウルトラセブン』放送当時にはベトナム戦争で沖縄から爆撃機が離着陸していたこと、などから想いを込めて、あの『ノンマルトの使者』を書くのである。

 この当時のことが、関わっていた市川森一の脚本でNHKスペシャルドラマ『私が愛したウルトラセブン』(93年放送)となるのである。
 ここでは、その金城哲夫と、同じく沖縄出身の脚本家・上原正三が登場し、沖縄出身者としての苦悩を語る場面もあった。金城哲夫は「ウルトラセブンがベトナム戦争に参戦したらどっちの味方するんだろう。やっぱりアメリカかな。ベトコンなんて怪獣の名前にぴったりじゃないか」と言ったりしている。

 その一方で、ドラマはこの番組に関わった人たちの青春群像であり、中心になっているのはアンヌ隊員役のひし美ゆり子で、扮していたのが田村英里子であった。彼女がギター弾きながらウルトラセブンの主題歌をスローで歌う場面もある。

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 最近、NHKのどうしようもなさについて批判があるけれども、それでもNHKの中で抵抗している人もいると言われている。
 その反映の一つとして、今は昔の事ではあるが、小渕内閣の当時、九州沖縄サミットに合わせて、NHKはこの『私が愛したウルトラセブン』を再放送していたのである。

 こういうことが記憶の中でつながって、夢に反映したのだと、一応結論付けておこう。




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Commented by 名無し at 2018-08-31 20:02 x
視聴者の側が金城さんの発言を理解しているからだとは思えないのですが、
1990年代の国際的ウルトラブームでは、ウルトラ第三部本編までの中で
中国と東南アジアでは、国民的ヒットになったのが「ウルトラマンレオ」と
「ウルトラマン80」で一番人気がなかったのが「ウルトラセブン」でしたね。
カンフー映画の逆輸入ものでありやなしやが人気の分岐点でしたが、

後付け分析本では「レオ」はホーチミン主義との類似性が
「80」はミッテランブームとの類似性が見られるとの分析結論ゆえに
本放送当時の日本とは真逆の結果となったとの事が記憶に残っております。
Commented by at 2018-09-01 21:24 x
 「私が愛したセブン」は見どころの多い良いドラマでしたね。田村嬢も非常に素敵でした。
Commented by 名無し at 2018-09-02 00:10 x
「獲らぬ狸の皮算用」ではないですが、「ウルトラセブン」は本放送当時
予算が足りなくなって特撮に費用が回せなくなりショボイシーンが続出、
これを逆手とっての視聴者の対象年齢を上げて鬱展開にしたり、大人でも怖がる
ブキミな怪奇ドラマな内容が多かったので、できるだけ原作ネタを盛り込んだ
「ゲゲゲの鬼太郎第一期」と並んで、視聴している低年齢層の子供たちが
恐怖のあまり泣きだしてしまったので親からのテレビ局に対する抗議が
殺到という、後世に影響を与えたという意味での双璧な作品でもありました。
そこで「キャプテンウルトラ」や「鬼警部アイアンサイド」の製作秘話を
ドラマ化したらもっと実りのある作品になったのにと残念無念であります。

「キャプテンウルトラ」の場合は製作予算を潤沢に貰えたので
鬱展開に陥りがちな冒頭場面でも、皆で協力しあって必ず解決しますし、
当時の子供たちにとりましては、アカネ隊員役の城野ゆきさんの方が
アンヌ隊員役のひし美ゆり子さんよりも人気があった存在で
(多分ウルトラマンタロウの登場までは)中田博久さんを筆頭に
本放送から数年間の後までも全国各地の巡業で稼げた作品でもありました。
(最初は円谷プロがキャプテンフューチャーの映像化版権を
 獲得してので製作予定でしたが、ウルトラマンに全力を注いだために
 制作側の大半が過労死寸前状態なので、東映に譲った作品でもあります)

「鬼警部アイアンサイド」の場合は、製作陣の皆様方が
「日本・西ドイツ・メヒコなどでも国民的ヒットになっており、
 年齢の低い子供たちでさえもが背伸びして観てる作品」との情報から
潤沢な製作資金をもらっているにも関わらず、問題解決の方法を
視聴者の側に考えさせる目的で、敢えて鬱展開にした話数が多い作品です。
Commented by ruhiginoue at 2018-09-02 12:51
『私が愛したウルトラセブン』で、市川森一が参加したときに、捨て駒にされた宇宙人の工作員の少女の悲劇がドラマの中心にしたら、怪獣と取っ組み合いをしないから、これじゃ子供は喜ばないとテレビ局は怒ってる場面があったけど、他にも怪獣ではなく宇宙人が死体をゾンビみたいにして暴れさせるなんて安上がりで怖い話もありましたね。
ただウルトラセブンはウルトラマンに比べると視聴率が低めで円谷英二も物足りないからじゃないかって言ってたけど、ただ再放送が圧倒的に多かったんで、シリーズ中最も人気が人気があるわけですね。
あとこれはNHK出版からノベライズされていて、書いているのは市川森一だけど、劇中では市川をモデルにした石川と言う新人脚本家が、打ち上げパーティーの時になんか言ってるんだけど、遮られてしまう場面があって、それについて詳しく書いてあって、それによるとウルトラセブンの予備のスーツを使って偽ウルトラセブンを出したり、宇宙人に洗脳されたカプセル怪獣ウィンダムとセブンが取っ組み合いしたりと、予算節約にいかに自分が貢献したかと主張していたけど、うるさいと言われてしまったと言うことでした。
Commented by 名無し at 2018-09-14 20:24 x
ウルトラ諸作品は、実は日本はガラパゴス的な再放送事情なんですが、
お師匠さんのご指摘通りで、全国平均して「ウルトラセブン」主体です。
確かに「地域格差」はあるのですが全国平均的に見れば
CSスカパー開局後の1991年9月よりも後の20世紀末までの
日本の地上波はそうでありました。

関東広域圏は「絶対にウルトラセブンを排除するな」でしたし
関西広域圏は昔のなじみでの朝日放送による夏休みのウルトラ再放送では
第一優先が「ウルトラマンタロウ」で第二優先が「ウルトラセブン」でしたし
県域放送という角栄と郵政省が脳筋まるだしのおバカ政策であっても
「白黒放送ウルトラℚは外しても、カラーであるキャプテンウルトラと
ウルトラセブンとウルトラマンタロウは地方企業スポンサーの要望ゆえに
外してはならない」でありました。

特に衝撃的な出来事としては、1975年の夏休みと秋に二分割で
日テレ系列でTBSとは準クロスネット局である南海放送が
「ウルトラセブン」の三度目の再放送だけ行って「宇宙戦艦ヤマト」の
再放送を日テレ主体局としては唯一しなかった局らしいのです。
(実は秋田放送にも同じ疑惑があって真偽は未だ確かめておりません)

逆の衝撃としては(既に1975年に中国放送で再放送あったので)
1981年の5月~7月にかけての広島ホームテレビでの再放送は
「ウルトラマンとキャプテンウルトラだけ」という関東広域圏ばかりで
なくて全日本的にみても珍しいと思える例もありました。
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by ruhiginoue | 2018-08-31 16:21 | 雑感 | Trackback | Comments(5)