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by ruhiginoue

悲しむ人にマイクをつきつけるテレビ局

 90年代の後半にTBS系で放送された連続ドラマ『人間・失格』(脚本・野島伸司)で、主人公の息子が、通う高校で集団暴行から逃れようとして校舎から転落してしまい死亡すると、葬儀にテレビ局のレポーターが紛れ込んで親にマイクをつきつけるから、高校の教師が怒って遮ったところ、そのレポーターは「報道の自由」だと言う場面があり、見ていて不自然に感じた。そんなことは言わないだろう。
 70年代の後半に同じ系列で放送された連続ドラマ『3年B組金八先生』(脚本・小山内恵美子)では、受験に失敗して絶望した高校生が自殺し、その自宅にマスコミが押しかけてきて親の談話をとろうとするから、棺に付き添って来ていた警官が不謹慎だと注意したら、報道に対する干渉だと抗議する記者がいて、その記者も不謹慎なことを是としてはいないが、しかし相手が権力を笠に着た警官なので抗議したということで、これに対して警官は一人の人間として言っていると抗弁したが、しかし勤務中に制服を着てのことだったから抗弁にならなかった、という場面があり、この方がリアリティがあった。

 しかし、上記はどちらもあくまでドラマの描写で、実際には違うだろう。
 北海道の震災で、家族が生き埋めになっているという若者が今にも泣きだしそうにコメントする映像を各局のテレビが流していた。このように悲劇的だと、強く視聴者の感情に訴えかけられるということか。そんなものに意味があるのかと疑問を呈する人たちも当然いる。
 こういうことは昔からあった。そしてその経験則から、おそらく取材した時は、被災した人たちとその家族の大変さを明らかにしたうえで、公的な支援を訴えるとともに、政府の対応の悪さを指摘するという、報道の本来あるべきものだったはずで、だからこそ取材を受けた側も、つらさをこらえて協力したはずだが、そういう部分は放送するさいに削除させられてしまったのだろう。

 だいたい、取材しているそばから不謹慎であったら、当事者も取材を拒否しているし、騙そうとして真面目そうに見せかけているだけでは見抜けるものだ。だから報道で問題があると、現場で取材している記者の真面目さ熱心さに期待して応じたのに、そうして持ち帰られたレポートを、こんな真面目なものではウケないとか、政府を批判すると後が怖いとか、そういうことで上司が改変してしまうものだ。
 
 このことを、誰だって取材される側になる可能性はあるのだから、覚悟しておくべきなのだ。

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Commented by saheizi-inokori at 2018-09-08 19:47
若い頃、遅い時間にやっていた「報道特集」(小島なにがし)が、出勤しようとする私の家に押しかけてインタビューしました。職場で問題が起きてそれは公に関わるものでしたから部屋に上げて丁寧に応対しました。思いの外長引いて途中で休みをテレビ側の申し出でとりました。その休みの間に「厳しい質問でマイルなあ」と言った、それだけが実際に放映されました。
Commented by ruhiginoue at 2018-09-09 11:11
いかにもテレビ局がやりそうなことですね。
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by ruhiginoue | 2018-09-08 16:24 | 社会 | Trackback | Comments(2)