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井上靜に関するblog(網誌)です。下記の著書を読んでもらえたら嬉しく存じます。


by ruhiginoue

教育行政の犠牲者である柴山昌彦文科相に愛の手を

 矢作俊彦+大友克洋『気分はもう戦争』に、こんな場面があった。中国に行って、時代に取り残された山賊の老人から日本人である証明に教育勅語を暗唱しろと言われた国士舘高校中退の自称右翼は困ってしまう。
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 それで、かつて大友克洋のマンガの真似をして自称右翼に言ったことがある。明治神宮のパンフで憶えてしまったから先に暗唱してみせて「さあ、あなたの番ですよ」と言ったら退散しやがった。

 この話をここで昨年したのは、稲田防衛大臣が教育勅語を肯定する発言をしたからだった。果たして教育勅語を暗唱できるだろうか、と。

 まったく、大臣として発言するなら、その仕事としてのことだから、個人的な話をするべきではない。なのに今度は柴山昌彦文科相の発言である。就任早々に「教育勅語に普遍性」があるとして道徳に使用を否定しなかった。「普遍性」なら『毛沢東語録』にも『我が闘争』にも、なんだってだいたいは在るものだ。そんなことも柴山昌彦文科相は解らない。
 そもそも道徳とは自分で考えるもので、上から強制するのでは規範であって道徳ではないのだが、それを柴山昌彦文科相は解っていないから、教育勅語を道徳に使えると言う。道徳の意味を知らない人が文科相になってしまったのだ。

 また、柴山文科相は不祥事の文科省について対策として「省内ですれ違った際にはあいさつを」と言う。これには失笑を禁じ得ない。子供が自殺した学校で、よく教師たちが職員会議で対応策を討議し、その結果とは学校で挨拶しようというのが相場だから、先生たちが何時間もかけて議論しておいてその程度のことしか思いつかないのかと呆れられてきた。これをなんと学校の元締めである文科相と文科相がやろうと言う。

 あまりのお粗末に、柴山昌彦文科相はこれでも東大法学部卒の弁護士だったのかと言われてるけど、受験勉強ばっかりで自分の頭で考えてこなかった人がにわか語りするからだろう。道徳を教科にして採点するのも同じ。自分の頭で考えることを否定するからだ。つまり柴山昌彦文科相自身が我が国の教育行政の犠牲者なのだ。

 それにマスコミも問題である。かつて教育勅語は国会で失効・排除の決議がされているけれど、それを否定する決議を国会に出すよう内閣に提案した或いは提案する予定なのかと記者はツッコミ入れるべきだし、そうまでして教育勅語を肯定するならこの場で暗唱してみせろと要求するべきだ。
 なのに、「野党が批判している」なんていう情けない報道である。教育行政の犠牲者は大手マスコミに多いのだろう。




by ruhiginoue | 2018-10-04 11:38 | 政治