無責任な精神論を説く教員
2018年 10月 24日
お笑い芸人の松本人志は、最近よく軽率な「持論」を展開していて、それは社会の現実を認識しない無責任な精神論であると指摘されているが、そういうものは元々、弱者を虐げ強者に媚びるもので、実際に松本人志は平行して政府に媚びる発言をしている。
これについて、しょせんはお笑い芸人と言う人をよく見かけるけれど、違うだろう。こういうことは、お笑い芸人でなくても言っている。特に目立つのが教師である。お笑い芸人と教師が同じことを言うのは、どちらも共通して社会の現実を認識できていないからだ。だから演芸と学校がどちらもツマラナイわけで、その構造が存在する。
この構造については別の問題として、ここではそんなくだらない精神論になってしまう原因の無知について話題とする。
この精神論を説く無知とは、かなり単純な世間知らずである。例えば若くして功績があって大学で教えているとされる落合陽一という人が典型的だ。
まるで功績がないけどなぜか大学で教えている連中もいる(そんな人が何故いるのかは、これも別の問題とする)が、いちおう功績のある人でも、その分野についてだけ語っているならいいが、にわかに他の事まで語りだすと非常識なことを言う。するとだいたい無責任な精神論になる。これが、お笑い芸人と同じになる原因だろう。
この落合陽一という人は、学校の勉強が社会で役に立たないと言う人を批判していた。そして、そう言う人が解っていないのは、学校の勉強それ自体も意味があること、および社会に出てから役に立たないとしても勉強は訓練になるということであり、これを解っていないと貧困が堂々巡りするということだ。
しかし、今時、学校の勉強が社会に出て役に立たないと言う単純な人はいないだろう。学校の勉強は学歴が伴っていないと社会から認められないので、貧困などの原因で進学できないと貧困の再生産になるという現実なら、昔から今まで指摘されてはいるけれど。
また、学校の勉強の内容にも意味があるとか、勉強することが訓練になるとか、そんなことは大昔から言われていたことで、よくテレビの学園ドラマでも繰り返し出てきたほどだ。
そんなことを今さら言うなんて、落合陽一という人は一体どう思いついたのか、あるいはどこから受け売りしたのだろうかと不可解だが、これは貧困で進学できない人がいるなどの社会問題から目を逸らそうとする昔式の戯言であり、学園ドラマのネタとしても、教師などが安易に発するその場しのぎの言葉として描かれていたはずだ。
どうであれ、これは社会の現実を認識できていないことによる無責任な精神論であることに変わりない。お笑い芸人がやっているのと同じで、政府などの強者に媚びて弱者を虐げることであるから、決して容認してはならない。
だいたい、木村草太という「気鋭の学者」もそうだけど、マスコミが持ち上げている教員ってのは大抵ろくでもないものだ。
by ruhiginoue
| 2018-10-24 17:20
| 学術







