寿司と焼肉が本当は嫌い
2018年 10月 23日
自分に正直が実は難しい。これは、よく言われることだ。
例えば、仕方なく周囲に合わせてしまい、本当は嫌いな料理を付き合って食べていることがある。「そばつゆをタップリ」という寓話があるけれど、この逆のような感じである。
ここで、世間のみんなが有難がっている料理であると、相手が良かれと思って薦めてくるから、好きじゃないとか嫌いだとか言って断ることが難しい。
だから、そういう安かろう悪かろうの店ではなく寿司と焼肉をおごってやろうと、上司が部下などに対して善意または恩着せで連れて行く。そして、その場合は寿司と焼肉と、どちらがいいか、なんて話題にもなるわけだ。
例えば、仕方なく周囲に合わせてしまい、本当は嫌いな料理を付き合って食べていることがある。「そばつゆをタップリ」という寓話があるけれど、この逆のような感じである。
ここで、世間のみんなが有難がっている料理であると、相手が良かれと思って薦めてくるから、好きじゃないとか嫌いだとか言って断ることが難しい。
その代表が、寿司と焼肉である。
この両方を食べ放題という店があり、安いけれど素材が如何わしくて、不味いだけでなく不気味であり、健康を損ないそうな恐怖感まで覚える。
そうまでして食べ放題という店があるのは、寿司と焼肉をありがたがる人がいるからだろう。そんな人たちの中に「安かろう悪かろう」でも質より量で食べる人がいて、店が成り立っているということだ。
だから、そういう安かろう悪かろうの店ではなく寿司と焼肉をおごってやろうと、上司が部下などに対して善意または恩着せで連れて行く。そして、その場合は寿司と焼肉と、どちらがいいか、なんて話題にもなるわけだ。
また、安倍総理がマスコミ関係者を懐柔したり圧力かけたりするために飲食店に呼び出すと寿司や焼肉になり、そこから御用コメンテーターが「田崎スシロー」なんて皮肉なあだ名を付けられる。
これは『ナニワ金融道』の最初のころの場面だが、話があるからと寿司屋に呼び出しておいて勝手に注文してしまい、話を聞くだけだから要らないと断っているのに「ここの寿司、美味いんだから食ってみぃ」と強引に薦めて席を立てないようにしてしまう。
ここで、寿司は嫌いだと言って帰ってしまえばいいのだが、寿司が嫌いだとは言いにくい人が多いだろう。焼肉も同じだ。
あと、親が寿司や焼肉を「食べさせてやる」と言った場合も、他のものと違って嫌いだとは言いにくい。嫌々食べて美味しそうな芝居をしてきたものだ。これを子供のころからやらされていると、大人になってから寿司も焼肉も嫌いだと言いにくくなってしまう。そしてまた嫌々付き合うはめになる。
こういうことを言うと、嫌いな人はよくても、好きな人は困ると言う人がいるだろう。
しかし、みんな本当に寿司や焼肉が好きだろうか。周りに合わせたり流されたりしているだけではないか。自問自答したうえで、自分に正直になるべきだ。いいことがたくさんある。
by ruhiginoue
| 2018-10-23 15:37
| 雑感






