なぜ社会格差ができたのか
2019年 01月 28日
いろいろな見方があり評価もさまざまではあるが、しかし日本が最も繁栄したとされる昭和後期の社会的特徴とは(社会主義国は別にして)諸外国に比べ格差の小さい社会だったのだから、これをいちおう成功体験として肯定したり見習ったりするべきなのだが、逆に格差を広げ、戦前の亡国を失敗体験とは認識せず幻想により美化している。
そんな勢力が主流となってしまった現状だが、なぜなのかと不思議がる人たちがいる。
この成果が次第に表れて、競争社会といっても公正なものではなくなって、そこから遂にあのような、学校の勉強を真面目にしていないのが剥き出しの総理と副総理らが、威張り散らし傲慢の限りを尽くせるようになったのだ。

そんな勢力が主流となってしまった現状だが、なぜなのかと不思議がる人たちがいる。
これに対する一つの回答がある。
かつて90年代の前半に、筑紫哲也の出ていたテレビ番組が指摘していた危惧は正しかったのだ、ということである。
まず社会が豊かになるように目指し、それがある程度の実現をした次は、そこで成功した人たちが特権階級を目指した。
これは、自分だけでなく自分の子供たちも豊かになれるように、というのが努力しなくてもそうなるようにしてしまえ、ということになったということだ。だから財産だけでなく地位や学歴まで世襲も同然となる社会のからくりを作ったうえ、自分の子供が社会の中で競争して負けてしまわないように、他の階層の子供が努力しても無駄になる仕組みにした。
つまり金やコネがないと進学や就職ができないように仕向けたのだ。
この成果が次第に表れて、競争社会といっても公正なものではなくなって、そこから遂にあのような、学校の勉強を真面目にしていないのが剥き出しの総理と副総理らが、威張り散らし傲慢の限りを尽くせるようになったのだ。

では、昔から警鐘が鳴らされていたのに、どうすることもできなかったのは何故か。
by ruhiginoue
| 2019-01-28 18:05
| 社会






