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井上靜に関するblog(網誌)です。下記の著書を読んでもらえたら嬉しく存じます。


by ruhiginoue

お笑い芸人に反権力を求める勘違いの人たち

 前に安倍総理は『笑っていいとも』に出たが、今度は吉本新喜劇に出て話題になっていた。宣伝のためだろう。
 これについて「そもそも庶民が権力者を茶化して皮肉って笑うのが本来のお笑いだと思う」と批判的に、元通信社記者の青木理氏は言ってたけど、これは誤解だ。お笑いこそ、権力とか体制の側のものだ。どんなお笑いだって必ず保守性に根ざしたものである。

 この問題の原点は、安倍内閣が他の内閣に比べ強くマスコミへ圧力をかけていることだ。
 これに対しマスコミ全体が弱すぎるのだが、ここで記者なら権力を監視する使命があるから気骨が無いことは批判されるべきである。
 だけど、芸人にはその使命が無いし、特にお笑いとは元々が保守性に根ざしたものだから、お笑い芸人に気骨が無いと言って批判する意味は無い。

 なのに、なぜ誤解した発言をする人が目立つのか。
 これは、お笑い芸人に気骨が無いのは日本独特のことだと思っているからだろう。そして、この原因を日本の伝統芸能やテレビの体質に求める。実際に、日本の落語など伝統的なお笑い芸は保守的どころか封建的であるし、テレビで人気があるコメディアンたちも同様である。

 よく日本のテレビお笑い番組と比較されるのは英国の『モンティパイソン』である。
 このテレビお笑い番組は、昔から日本の番組から実によくパクられてきた。萩本欽一や志村けん等も、こんな露骨なパクリをして恥ずかしくないのかと不可解なほどである。
 しかし風刺という点は一切マネしない。『モンティパイソン』は政治ネタを取り上げたり時には王室をネタにする事まであるけど、そういうことは日本ではやらない。

 しかし、『モンティパイソン』だって、笑いの内容は明らかに保守性に根ざしたもの。
 だからBBCで放送できたのだ。BBCなんて似非報道の自由放送局だが、これに相応しい似非風刺である。表面的な見方しかしない人は別だが、普通は気づくだろう。

 これはわかりやすい例だが、他も本質は同じである。
 そもそも、笑いをとる芸とは他者を見下すものなのだから。
 
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by ruhiginoue | 2019-05-09 12:10 | 芸能