貧乏人が自民党の金持ち優遇政策を支持するわけ
2019年 07月 13日
よくマスコミが取り上げている、若い人の現状維持志向による自民党支持とは、貧困なんて自分には関係ないとか、貧困な人は努力しないだけだとか、そう思ってのことらしい。
これは昔からよくあることだ。
つまり、まだ親元にいて生活の心配など迫られてなかったり、将来に対する漠然とした希望によって安心していたり、そういうありふれた話だ。
だから、現実に気がつかないうちに投票させようと選挙権の年齢を下げたのだろう。
もちろん、社会人になってもまだ気づかない人もいる。
そんな人は、自分が有能で高い給料をもらえるはずだと信じている。いくらスキルを身につけたつもりでも、それで評価や収入につながるとは限らず、ものをいうのは実力ではなくゴマスリやパワハラなのだが、そういう現実にまだ気づかないのだ。
また、金持ち優遇の政策をする自民党を、自分は金持ちだから支持するというのではなく、自分を金持とは思っていないのに支持する人たちもいる。
ここで、意に添わない投票を強いられたり、政策を知らずにマスコミなどで作られた雰囲気に流されたり、というのはむしろ少数派で、多くは明確な意志と信念による投票である。
まず、いずれ自分は高額所得者になるはずだと信じている人がそうだけれど、これは有能だという自信のある人に限らない。
例えば、母子家庭で貧しかったから社会人になってからも大学の学費による借金を返済し続けていたのに、その原因になっている社会格差を作り金持ち優遇する自民党を、それ故に支持する女性がいる。
彼女は自分が美人だという自信があり、これは産まれつきの特徴であるからと、こう考える。人は産まれながらにして優劣があり、人は不平等が当たり前で、差別はいけないという主張は産まれつき劣っている人の僻みでしかないから、平等な社会なんてありえないし、あってはならない。平等な社会なんて産まれつき恵まれた優れている人にとって不当である。そして自分は産まれつき勝ち組であり、いつか必ず成功して金持ちの側になるはずだと信じている。
このような発想によって幸せな人は、彼女の他にも相当にいる。
それでも、彼女の顔はいちおう良かったから、思い上がりとかいろいろと納得のいく解釈ができはする。
ところが、世間には誰が見ても美人には程遠いのに自分は綺麗だと勝手に信じている女も大勢いる。やはり自分は産まれつきの勝ち組だと信じて疑わない。
一方、これは男に多いが、特に何か努力してないし才能らしいものもないが、それでも自分は勝ち組になるはずだと信じている人たちがいる。
こういうのは、例えば、作家や歌手を志望して、努力の甲斐あって本やCDを出せるようになったけれど、それがベストセラーになる保証はないとか、売れたけれど金持ちになるほどではないとか、そういう現実の厳しさという水準の問題ではなく、何もしていないけど成功したいし成功するはずだと信じているのだ。
それで、宝くじを買ったり、マルチ商法で洗剤などを売ったり、などの人たちが昔からよくいたものだ。

このような発想が日本社会でもっとも幅を利かせている。日本は夢のない社会だが、日本人には夢がある。叶いもしない夢を見て充分幸せなのだ。そして、この夢だけは壊されたくない。
だから、貧乏なのに金持ち優遇する自民党を支持する人たちがいても不可解ではない。

これは昔からよくあることだ。
つまり、まだ親元にいて生活の心配など迫られてなかったり、将来に対する漠然とした希望によって安心していたり、そういうありふれた話だ。
だから、現実に気がつかないうちに投票させようと選挙権の年齢を下げたのだろう。
もちろん、社会人になってもまだ気づかない人もいる。
そんな人は、自分が有能で高い給料をもらえるはずだと信じている。いくらスキルを身につけたつもりでも、それで評価や収入につながるとは限らず、ものをいうのは実力ではなくゴマスリやパワハラなのだが、そういう現実にまだ気づかないのだ。
また、金持ち優遇の政策をする自民党を、自分は金持ちだから支持するというのではなく、自分を金持とは思っていないのに支持する人たちもいる。
ここで、意に添わない投票を強いられたり、政策を知らずにマスコミなどで作られた雰囲気に流されたり、というのはむしろ少数派で、多くは明確な意志と信念による投票である。
まず、いずれ自分は高額所得者になるはずだと信じている人がそうだけれど、これは有能だという自信のある人に限らない。
例えば、母子家庭で貧しかったから社会人になってからも大学の学費による借金を返済し続けていたのに、その原因になっている社会格差を作り金持ち優遇する自民党を、それ故に支持する女性がいる。
彼女は自分が美人だという自信があり、これは産まれつきの特徴であるからと、こう考える。人は産まれながらにして優劣があり、人は不平等が当たり前で、差別はいけないという主張は産まれつき劣っている人の僻みでしかないから、平等な社会なんてありえないし、あってはならない。平等な社会なんて産まれつき恵まれた優れている人にとって不当である。そして自分は産まれつき勝ち組であり、いつか必ず成功して金持ちの側になるはずだと信じている。
このような発想によって幸せな人は、彼女の他にも相当にいる。
それでも、彼女の顔はいちおう良かったから、思い上がりとかいろいろと納得のいく解釈ができはする。
ところが、世間には誰が見ても美人には程遠いのに自分は綺麗だと勝手に信じている女も大勢いる。やはり自分は産まれつきの勝ち組だと信じて疑わない。
一方、これは男に多いが、特に何か努力してないし才能らしいものもないが、それでも自分は勝ち組になるはずだと信じている人たちがいる。
こういうのは、例えば、作家や歌手を志望して、努力の甲斐あって本やCDを出せるようになったけれど、それがベストセラーになる保証はないとか、売れたけれど金持ちになるほどではないとか、そういう現実の厳しさという水準の問題ではなく、何もしていないけど成功したいし成功するはずだと信じているのだ。
それで、宝くじを買ったり、マルチ商法で洗剤などを売ったり、などの人たちが昔からよくいたものだ。

このような発想が日本社会でもっとも幅を利かせている。日本は夢のない社会だが、日本人には夢がある。叶いもしない夢を見て充分幸せなのだ。そして、この夢だけは壊されたくない。
だから、貧乏なのに金持ち優遇する自民党を支持する人たちがいても不可解ではない。

by ruhiginoue
| 2019-07-13 05:00
| 政治





