人気ブログランキング |

井上靜のblog(網誌)です。下記の著書を購入して支援を頂けたら助かります。下記の他は別人や海賊版なので買わないでください。アマゾンのコメント欄に嘘の書評が書いてあるのは過日倒産した出版社の宣伝です。この種の輩に対抗する意味でも何卒よろしくお願いいたします。品切れのさいはご容赦ください。


by ruhiginoue

映画『息子』に描かれる田舎者の社会的無関心

 山田洋次が椎名誠の小説をもとにした映画『息子』は、公開当時(1991年)存命だった黒澤明も絶賛していたし、内容的にまったく日本の話だが海外でも好評だった。

f0133526_09374941.jpg

 これはヒューマンドラマとして普遍性があったからだろう。また90年当時の日本国内のことではあっても、同じようなことは外国にもあるという題材が取り上げられていたから、理解されたのだろう。
 例えば、岩手県に住む主人公は、かつて彼が農閑期に出稼ぎ労働者をよくしていたから、成人した息子が働きに出ている東京を訪ねて行くと、新しい建築物を見てあれもこれも建設に参加したと息子の嫁に語る場面があり、こういうことは世界各地に共通している。
 そういう社会性が、もう昔の映画だが古典となっている一因のはずだ。
 この映画を思い出したのは、先日ここで、田舎の人は惰性で生きることを続けたいので社会に無関心ということを述べたことからである。

 まず映画は、主人公の妻の一周忌法要から始まる。東京から駆け付けた次男坊が題名の指す「息子」である。まず子供たちが独立して家を出て、さらに妻を亡くした主人公は独りになった。まだ健康だから農業は続けているけれど、いずれ高齢のため独り暮らしが困難になるかもしれない。
 その問題が集まってきた親族から語られると、それに備えていると長男が言う。次男はまだ独身だが、長男は結婚していて妻と小さい子供と一緒である。東京にある会社に勤務していて、最近マンションを買って越したが、そのさい父親を呼んで同居できるようにした。当時は「バブル」の経済状況で都市部の地価高騰が問題になっていた。部屋数が多いマンションは値段も高くなるので都心から離れた場所になり、それで通勤が大変だけど長男は我慢している。
 このように、ちゃんと考えたうえで出来る限りのことを一生懸命やっているのに、田舎の親戚や御近所たちが勝手なことを口々に言い出す。広い農家に住んでいたのに狭いマンションなんて耐えられないだろうとか、だから東京に行くなではなく東京で一戸建てにしろとか、到底無理なことを軽々しく言い、長男の一生懸命を理解しようともせず「なあ、もうちっと頑張れえ」などとニタニタしながら責める。
 これに長男は、困ったのと腹立たしいのとが混ざった様子で「いまどきサラリーマンに東京近郊で一戸建てなんて」とつぶやく。

 ここで主人公が、自分はまだ大丈夫だからと言って険悪にならないよう話を終了させるのだが、この親戚らの軽々しさによる嫌らしさは、田舎の人たちの生態を見事に暴くような描き方である。
 まず、他人事だからと平気で非現実的なことを言い、また、なぜ非現実的なのか社会で問題になっている背景について考えもしない。これは、いくら交通やマスメディアが発達しても、もともと田舎に住んできた人たちの意識は変わらないということだ。そして最近のようにSNSが当たり前になってさえも同じなのだ。

 その証拠に、自民党の議員は田舎に行くと、若い女が子供をたくさん産めばいいんだと言い放つ。収入や子育ての環境が問題だから、それを何とかするのが政治なのに。しかし、そんなこと田舎の人たちは想像すらできない。だから、だ。
 これは映画と同じだ。

 こんなのは外国にもあるということだろうか。
 だから、地方からの出稼ぎ労働のことと同じで、日本映画の中で日本国内のこととして描かれていても、観た外国人は容易に理解できたということだろうか。




ブログランキング・にほんブログ村へ


トラックバックURL : https://ruhiginoue.exblog.jp/tb/30693070
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
名前
URL
削除用パスワード
by ruhiginoue | 2019-07-16 05:37 | 映画 | Trackback | Comments(0)