百回の説教よりも一つの手本
2019年 08月 28日
よく不作法な人が手を洗ったら振り回しただけで自然乾燥とか服で拭いたりとかしているが、そんなこと自分はしない。
ただし、小学生のころは違った。それでハンカチを持っていないから担任の教師に注意され、それでも持たないから親に注意する文書を渡され、それで親に叱られたが、それでも忘れてしまい、持っていてもどうせ使わないから忘れてばかりで当たり前であった。

それが六年生の時から持ち歩くようになり、手を洗ったら必ずハンカチで拭き、決して所持を忘れず、また手洗いも丁寧になった。
これは、仲良くするようになった同級生の男子が、いつも丁寧に手を洗い清潔そうでいて神経質そうではなく、そしてハンカチで拭く仕草も上品というよりさり気ない几帳面さで、これを見習おうと思ったからだった。
つまり、教師と親に上から目線でいくら言われてもダメだったけれど、対等の同級生が手本となって一発改善したということだ。
また、よく飲食店で最後に店員から「ありがとうございました」と言われたら「ごちそうさま」と返すべきだと説く人がいる。
これも、わかってはいても、なかなかできないという人がいて、自分もそうだった。照れくさいのだ。
ところが、これも要はお手本であった。高校生の時にバイトしていた飲食店で、美人の彼女を連れたイケメンな兄ちゃんが「ごちそうさま」とさわやかに言うのを見てカッコ良かったから、それから言えるようになったのだった。
やはり、説教ではなく良い手本があると、人は変わる。

ただし、小学生のころは違った。それでハンカチを持っていないから担任の教師に注意され、それでも持たないから親に注意する文書を渡され、それで親に叱られたが、それでも忘れてしまい、持っていてもどうせ使わないから忘れてばかりで当たり前であった。

それが六年生の時から持ち歩くようになり、手を洗ったら必ずハンカチで拭き、決して所持を忘れず、また手洗いも丁寧になった。
これは、仲良くするようになった同級生の男子が、いつも丁寧に手を洗い清潔そうでいて神経質そうではなく、そしてハンカチで拭く仕草も上品というよりさり気ない几帳面さで、これを見習おうと思ったからだった。
つまり、教師と親に上から目線でいくら言われてもダメだったけれど、対等の同級生が手本となって一発改善したということだ。
また、よく飲食店で最後に店員から「ありがとうございました」と言われたら「ごちそうさま」と返すべきだと説く人がいる。
これも、わかってはいても、なかなかできないという人がいて、自分もそうだった。照れくさいのだ。
ところが、これも要はお手本であった。高校生の時にバイトしていた飲食店で、美人の彼女を連れたイケメンな兄ちゃんが「ごちそうさま」とさわやかに言うのを見てカッコ良かったから、それから言えるようになったのだった。
やはり、説教ではなく良い手本があると、人は変わる。

by ruhiginoue
| 2019-08-28 05:26
| 雑感





