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by ruhiginoue

防衛医大を作った中曾根康弘が死去

 百歳を超えて元気だった中曾根康弘もと総理が、老衰で死去したそうだ。

 中曽根内閣の当時、フィールズ賞を受けた数学者の広中平祐は、中曽根首相から教育改革について意見を求められたら「スペインに優れた学者が少ないのは、フランコ独裁政権時代に閣僚たちが内政に意見できないので教育に口出ししたからだ」と痛烈に皮肉ったものだ。
 ところが、今の安倍内閣ではもっと悪化している。

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 漫才の西川きよしが国会議員になった当時、初登院の首班指名で投票したら中曽根から電話で礼を言われたそうだ。
 「後にも先にも中曽根さんだけ」だったから驚いたし嬉しかったそうだ。
 西川は無所属で当選したら自民党入りするだろうと週刊誌に書かれていた。首班指名で中曽根に投票したからだ。しかし無所属のままだった。後でお礼されたということは、自民党の誰かに頼まれていたのだろう。

 その後もと総理となった中曽根がリクルート疑獄で窮地のさい、群馬県の選挙区に応援演説しに行った一人が、前に自殺した西部邁だった。無知な大衆と大衆で商売するマスコミが悪い、中曽根センセは全然悪くない、と言っていて、これに心ある県民は「大衆を見下すなんて最低だ」と言っていた。
 しかし田舎者が投票して落選を免れた。その後も買収の小渕優子が泣き落としで老人に媚びて落選を逃れているから、そんな土地柄なのである。

 なにより、中曽根が防衛医大を作った。協力したのは医師会長の竹見太郎である。竹見はポストにあぶれた医師を呼び「医学部教授にしてやろうか」と言って防衛医大の人材を集めたと言われていて、だからろくでもない医師が混ざっているのは昔から言われてきたこと。
 あの薬害事件で知られる安部英医師は元軍医で、その当時、中曽根は親しくしていたはずだが、安部が渦中の人となったら「知り合いだが、それほど親しくはなかった」と言い出した、
 まあ、殖産住宅事件でも学生時代からの親友を切り捨てているから、当然の態度だろう。

 リクルート疑獄で弁解の記者会見を開いたら、記者たちはおとなしかったので一見すると説明が適切でみな納得しているかのようだったが、実は馴れ合いしている政治部記者ばかり集めていたからだった。
 今では当たり前の手法になっている。これを大手新聞は黙っているから、テレビで大橋巨泉が指摘し、政治部記者の体質を問題にした。今でも言われていることだ。
 そして、NHKなどが報じたとおり、大橋巨泉の死を早めたのが、防衛医大において乱診乱療の後に退職して大橋宅近くに開業した元防衛医大講師であるから、不気味である。

 こうして親分が後から逝き、すでに逝った子分どもは待っている。
 他にもマスコミで持ち上げ役だった人たちは、すでに鬼籍に入っている。渡部昇一・堺屋太一・竹村健一(サンピン)、三宅久之、三浦朱門…あとは曽野綾子。
 しかし一の子分が、まだだった。

 この渡辺恒雄は、中曽根より年下だが九十歳台でピンピンしている。
 
 前に、「『中医学』を説く人たちが、健康と長寿は粗食と少食とか言うけど嘘であり、美食それ以上に大食こそが健康と長寿の唯一の道である」と指摘したが、この中曽根と渡辺の二人は、その典型である。すごい美食と大食で、九十になっても百になっても肌は血色よくてツヤツヤして元気そのものだった。
 これだけは見習うべき。粗食や小食で元気で長生きできるわけがない。漢方医どもはデタラメもいい加減にしなさい。




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by ruhiginoue | 2019-12-03 04:47 | 政治 | Trackback | Comments(0)