野村萬斎のアイヌ文化排除を伊福部昭が生きていたら何と言ったか
2020年 02月 11日
東京オリンピックは、アメリカのテレビ局が勝手な都合で真夏の開催とされ、一部を北海道で実施するという不自然なことになった。
そのさい、北海道ということで先住民のアイヌ伝統民族舞踊を式典で披露し、国際的に先住民の文化をアピールしたいという希望が出ていた。
ところが、演出を担当する野村萬斎は、日本の舞踊などと一緒だと合わないと言って排除することにしてしまった。「はまらなかった」と言うが、「平和の祭典」における民族の調和のためだから、はめないといけないはずだ。なのに、ただ単に演出家が無能なだけだと批判が出ている。
もしかすると、補助金のことで圧力をかけられたかもしれないと推測も出ていて、それなら気の毒だが、批判はしないといけない。
それに、いつもの彼の発言からすると、しょせんその程度の見識した持たない人だという指摘もあり、これには同感である。
もしも伊福部昭が生きていたら、なんと言っただろうか。伊福部の姓は古事記にも載る由緒あるものだが、明治時代の国家神道政策のため伊勢の地を追われるように離れて北海道に移住した。

その一つの摩周湖。この時は、観光日和で霧はなかった
しかし、迫害する側に付いた人としては、日本には少数民族など存在しない「単一民族国家」とナチズムのような発想に与するのだろう。

そのさい、北海道ということで先住民のアイヌ伝統民族舞踊を式典で披露し、国際的に先住民の文化をアピールしたいという希望が出ていた。
ところが、演出を担当する野村萬斎は、日本の舞踊などと一緒だと合わないと言って排除することにしてしまった。「はまらなかった」と言うが、「平和の祭典」における民族の調和のためだから、はめないといけないはずだ。なのに、ただ単に演出家が無能なだけだと批判が出ている。
もしかすると、補助金のことで圧力をかけられたかもしれないと推測も出ていて、それなら気の毒だが、批判はしないといけない。
それに、いつもの彼の発言からすると、しょせんその程度の見識した持たない人だという指摘もあり、これには同感である。
もしも伊福部昭が生きていたら、なんと言っただろうか。伊福部の姓は古事記にも載る由緒あるものだが、明治時代の国家神道政策のため伊勢の地を追われるように離れて北海道に移住した。
だから、雅楽よりもアイヌやギリヤークなど北方の少数民族に題材を取った作曲をした。更科源蔵の詩に基づいて、迫害されたアイヌの悲劇を詠う歌曲もある。

その一つの摩周湖。この時は、観光日和で霧はなかった
しかし、迫害する側に付いた人としては、日本には少数民族など存在しない「単一民族国家」とナチズムのような発想に与するのだろう。

by ruhiginoue
| 2020-02-11 05:01
| 音楽





