きっこのブログと大谷昭宏ら
2007年 09月 27日
なぜか左ががった人たちから「きっこのブログ」が人気だ。
これは、故黒田清氏や大谷明宏氏が持ち上げられたのと同じだ。彼らは警察権力べったりの反人権派ジャーナリストだが、その一方で戦争反対などと言っており、その部分だけ取り上げて、あたかも良識派のように持ち上げてしまった筑紫哲也氏らの失敗により錯覚した人が少なくないのだ。
黒田氏は読売新聞大阪社会部のボスだったが、東京のボス渡辺恒夫氏との抗争に敗れて追われた。そして読売の紙面が社説で改憲論をぶつなど急速に右旋回したことは周知のとおりだが、しかし黒田一派がいなくなったおかげで大阪社会部では人権に配慮した紙面になったという皮肉な現実があった。それまで黒田体制では、警察の一方的な見方に乗っかり、人権侵害の報道をしまくっていた。これは読売記者の間ではよく知られていたことだ。
大谷氏も、黒田氏に続いて読売を退社してから反権力のポーズを取っているが、警察のすることにほぼ間違いはないという前提で実名報道とか死刑に賛成している。犯罪者を殺すのは市民の権利などと言い放つ。
そのうえ、元警察官僚で元自民党タカ派の亀井静香議員が、「権力にも過ちはある」「極道者でさえ強面警官たちに取り囲まれたら嘘の自白をしてしまうから一般人はなおさらだ」「日本の刑事裁判は今も自白が証拠の王様で、これは冤罪事件で必ず問題になる」「国家権力は強大なので何でもできてしまうから、せめて、人の手足を縛って命を奪うことだけはやめるべきだ」などと指摘したうえで、死刑制度の危険性と非人道性を訴えるのに対して、大谷氏は、再審で凶悪犯の冤罪が認められる例は減っているというだけの馬鹿げた理由で死刑は正しいと食い下がっていたことがある。この対談はテレビで放送され、見た人たちから「映像と音声が逆になっているのではないか」との声が上がった。
権力と大衆のファッショ性を肯定しながら、それが生み出す戦争を、平和なときに批判しても虚しいだけだということがわからない黒田氏と大谷氏。支持する人たちも同類だ。
「きっこのブログ」もそうだ。戦争反対と言うのは好きみたいだが、その一方で、最近騒ぎになった事件をとりあげ、それらはいろいろある凶悪事件のごく一部でしかないのに、さらに、その事件から要素の一部分だけ取り出して、みんなの税金で犯罪者をかばう国選弁護人は要らないなどと非常識な発言をしたうえ、さらに死刑廃止したい人は勝手に犯罪が横行する社会にしておくれ、などとヒステリックに叫んでいる。
ではヨーロッパは死刑廃止しており、EU加盟の条件でもあるが、凶悪犯罪だらけなのか。中国は厳罰主義の方針により死刑が多すぎると国連で批判されたことがあるが、おかげで治安がよく保たれていると言えるのか。それとも、日本は特殊な事情があり、死刑のおかげで凶悪犯罪が少なくて済んでいるということなのか。
そんな検証はない。ただの無知なヒステリーである。権力が行使されるところ、必ずチェックが必要であるから様々な制度が作られ、国選弁護人もその一つであり、これら制度を補完する役割を担うから報道の自由も保証されている。このことが理解できない人に、まともに戦争反対などと言えるはずがない。
すでに指摘されていることだが、戦争に反対したため「非国民」と吊し上げられ弾圧された人たちを弁護できる司法制度があれば、あれほど日本が暴走して悲惨な結果となりはしなかっただろう。
なのに、大谷氏や「きっこ」のお粗末に批判の声が少なく、それどころか左よりの人たちが支持しているのだから、戦争反対という人たちの言動に説得力が乏しく、そして平和を望む勢力が多数にならないのも当然だろう。
思慮浅薄「きっこ」喚く!
これは、故黒田清氏や大谷明宏氏が持ち上げられたのと同じだ。彼らは警察権力べったりの反人権派ジャーナリストだが、その一方で戦争反対などと言っており、その部分だけ取り上げて、あたかも良識派のように持ち上げてしまった筑紫哲也氏らの失敗により錯覚した人が少なくないのだ。
黒田氏は読売新聞大阪社会部のボスだったが、東京のボス渡辺恒夫氏との抗争に敗れて追われた。そして読売の紙面が社説で改憲論をぶつなど急速に右旋回したことは周知のとおりだが、しかし黒田一派がいなくなったおかげで大阪社会部では人権に配慮した紙面になったという皮肉な現実があった。それまで黒田体制では、警察の一方的な見方に乗っかり、人権侵害の報道をしまくっていた。これは読売記者の間ではよく知られていたことだ。
大谷氏も、黒田氏に続いて読売を退社してから反権力のポーズを取っているが、警察のすることにほぼ間違いはないという前提で実名報道とか死刑に賛成している。犯罪者を殺すのは市民の権利などと言い放つ。
そのうえ、元警察官僚で元自民党タカ派の亀井静香議員が、「権力にも過ちはある」「極道者でさえ強面警官たちに取り囲まれたら嘘の自白をしてしまうから一般人はなおさらだ」「日本の刑事裁判は今も自白が証拠の王様で、これは冤罪事件で必ず問題になる」「国家権力は強大なので何でもできてしまうから、せめて、人の手足を縛って命を奪うことだけはやめるべきだ」などと指摘したうえで、死刑制度の危険性と非人道性を訴えるのに対して、大谷氏は、再審で凶悪犯の冤罪が認められる例は減っているというだけの馬鹿げた理由で死刑は正しいと食い下がっていたことがある。この対談はテレビで放送され、見た人たちから「映像と音声が逆になっているのではないか」との声が上がった。
権力と大衆のファッショ性を肯定しながら、それが生み出す戦争を、平和なときに批判しても虚しいだけだということがわからない黒田氏と大谷氏。支持する人たちも同類だ。
「きっこのブログ」もそうだ。戦争反対と言うのは好きみたいだが、その一方で、最近騒ぎになった事件をとりあげ、それらはいろいろある凶悪事件のごく一部でしかないのに、さらに、その事件から要素の一部分だけ取り出して、みんなの税金で犯罪者をかばう国選弁護人は要らないなどと非常識な発言をしたうえ、さらに死刑廃止したい人は勝手に犯罪が横行する社会にしておくれ、などとヒステリックに叫んでいる。
ではヨーロッパは死刑廃止しており、EU加盟の条件でもあるが、凶悪犯罪だらけなのか。中国は厳罰主義の方針により死刑が多すぎると国連で批判されたことがあるが、おかげで治安がよく保たれていると言えるのか。それとも、日本は特殊な事情があり、死刑のおかげで凶悪犯罪が少なくて済んでいるということなのか。
そんな検証はない。ただの無知なヒステリーである。権力が行使されるところ、必ずチェックが必要であるから様々な制度が作られ、国選弁護人もその一つであり、これら制度を補完する役割を担うから報道の自由も保証されている。このことが理解できない人に、まともに戦争反対などと言えるはずがない。
すでに指摘されていることだが、戦争に反対したため「非国民」と吊し上げられ弾圧された人たちを弁護できる司法制度があれば、あれほど日本が暴走して悲惨な結果となりはしなかっただろう。
なのに、大谷氏や「きっこ」のお粗末に批判の声が少なく、それどころか左よりの人たちが支持しているのだから、戦争反対という人たちの言動に説得力が乏しく、そして平和を望む勢力が多数にならないのも当然だろう。
思慮浅薄「きっこ」喚く!
by ruhiginoue
| 2007-09-27 16:21
| 司法





