鳩山邦夫に大臣の資格なし
2007年 11月 10日
「笑っていいとも」じゃあるまいし、「友達の友達がアルカイダ」と、また問題発言した鳩山邦夫法務大臣だが、ほんとうならとっくに内閣調査室か公安警察か自衛隊情報保全隊あたりが目を付けていたはずだ。
この人の前の問題発言は、法務大臣が関与せずに死刑執行を自動的に行うべきとの趣旨で、今回改めて抗議行動が起ったそうだ。
鳩山邦夫氏は発言の撤回だけでなく辞任すべきであり、また、法務大臣だけでなく、どんな大臣にもなるべきではない。彼には資質が無い。
大臣はみんな責任が重くて当たり前だ。それが嫌で官僚任せにしたいと言う人は、なってはいけない。
法相に関していうと、我が国では、法律にかかわることでは法務大臣が国の代表を務めることになっており、多くは形式的な名義だが、一部の重大なことについては、法務大臣が直接関わらなければならないとされている。なにもかも官僚に任せっきりでは、試験に受かり組織の中で上昇した者たちだけの独裁になってしまうから、国民から選ばれた代表者による監査が必要という趣旨だ。
そのうちの一つに死刑執行がある。多くの刑罰のうち、死刑だけが、直接法務大臣の命令がなければ執行出来ないとされている。その事案を大臣自身が精査し、万が一にも間違いがないことを大臣自ら確認せずには、執行をしてはならないのだと、わざわざ決めているのだ。国の名において人の生命を奪うのだから、それだけ重大な責任があり、その責任をとれるのは検察官でも裁判官でもなく法務大臣ということだ。
ところが、その重責に堪えかねたのが鳩山法務大臣ということだ。全く死刑を執行させなかったため、「人道に配慮した」あるいは「犯罪者に甘い」などと評されようと、反対に大量の死刑執行をさせて「非人道的」とか「犯罪者に厳しい」と評されようと、それは重責を担う法務大臣である以上は当たり前の、問われてしかるべき見識であり、その結果が歴史的審判を受けることに耐えなければならないのである。
だから、どんどん署名しようと、一切署名拒否しようと、ケースバイケースにしようと、自分が正しいと信じることをすればいいし、しなければならない。
ところが鳩山法相は、死刑執行命令の、中身ではなく単に数の比較で法務大臣がいろいろ言われたらイヤだと駄々をこねている。数でしか見ない単純馬鹿さんや、問題の趣旨を取り違えて「死刑囚がなかなか殺されないのはおかしいから賛成」と言う見当外れさん(こういう人は、自分たちの選んだ代表者がしっかりしないから官僚に丸投げすべきだと主張する愚か者である。また、法務大臣の死刑署名に関して、ときどき見受けられる奇妙な意見に「裁判の判決に法務大臣が署名しないのは司法権の独立を侵害する」と言うものがある。こんなことを言うのは、そもそも三権分立の意義がわかっていないからだ。権力を集中させずに分立させ互いにチェックすることで過ちを正したり腐敗を防ぐための制度なのだ、ということが。こうしたチェック機能は他にもいろいろあるのだが、なのに、官僚が作った書面に大臣が機械的に捺印するべきだという感覚には呆れるしかない。)ところが、そんな阿呆たちからの評価を大臣ともあろう者が気にしてしまったようで、自動的に右から左へ処理するようにしたら良いと鳩山法相は言っているのだ。
法務大臣としての職責を否定する者に、とうぜん法務大臣の資格はない。
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この人の前の問題発言は、法務大臣が関与せずに死刑執行を自動的に行うべきとの趣旨で、今回改めて抗議行動が起ったそうだ。
鳩山邦夫氏は発言の撤回だけでなく辞任すべきであり、また、法務大臣だけでなく、どんな大臣にもなるべきではない。彼には資質が無い。
大臣はみんな責任が重くて当たり前だ。それが嫌で官僚任せにしたいと言う人は、なってはいけない。
法相に関していうと、我が国では、法律にかかわることでは法務大臣が国の代表を務めることになっており、多くは形式的な名義だが、一部の重大なことについては、法務大臣が直接関わらなければならないとされている。なにもかも官僚に任せっきりでは、試験に受かり組織の中で上昇した者たちだけの独裁になってしまうから、国民から選ばれた代表者による監査が必要という趣旨だ。
そのうちの一つに死刑執行がある。多くの刑罰のうち、死刑だけが、直接法務大臣の命令がなければ執行出来ないとされている。その事案を大臣自身が精査し、万が一にも間違いがないことを大臣自ら確認せずには、執行をしてはならないのだと、わざわざ決めているのだ。国の名において人の生命を奪うのだから、それだけ重大な責任があり、その責任をとれるのは検察官でも裁判官でもなく法務大臣ということだ。
ところが、その重責に堪えかねたのが鳩山法務大臣ということだ。全く死刑を執行させなかったため、「人道に配慮した」あるいは「犯罪者に甘い」などと評されようと、反対に大量の死刑執行をさせて「非人道的」とか「犯罪者に厳しい」と評されようと、それは重責を担う法務大臣である以上は当たり前の、問われてしかるべき見識であり、その結果が歴史的審判を受けることに耐えなければならないのである。
だから、どんどん署名しようと、一切署名拒否しようと、ケースバイケースにしようと、自分が正しいと信じることをすればいいし、しなければならない。
ところが鳩山法相は、死刑執行命令の、中身ではなく単に数の比較で法務大臣がいろいろ言われたらイヤだと駄々をこねている。数でしか見ない単純馬鹿さんや、問題の趣旨を取り違えて「死刑囚がなかなか殺されないのはおかしいから賛成」と言う見当外れさん(こういう人は、自分たちの選んだ代表者がしっかりしないから官僚に丸投げすべきだと主張する愚か者である。また、法務大臣の死刑署名に関して、ときどき見受けられる奇妙な意見に「裁判の判決に法務大臣が署名しないのは司法権の独立を侵害する」と言うものがある。こんなことを言うのは、そもそも三権分立の意義がわかっていないからだ。権力を集中させずに分立させ互いにチェックすることで過ちを正したり腐敗を防ぐための制度なのだ、ということが。こうしたチェック機能は他にもいろいろあるのだが、なのに、官僚が作った書面に大臣が機械的に捺印するべきだという感覚には呆れるしかない。)ところが、そんな阿呆たちからの評価を大臣ともあろう者が気にしてしまったようで、自動的に右から左へ処理するようにしたら良いと鳩山法相は言っているのだ。
法務大臣としての職責を否定する者に、とうぜん法務大臣の資格はない。
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by ruhiginoue
| 2007-11-10 23:21
| 政治





