教師が見下されるのは、ある意味健全
2008年 08月 31日
教師が生徒・児童とその親から見下されるようになってきたというが、教師とは敬うものだという建前の一方で、自分の専門知識を生かせない者がしかたなく就く職業だというのが実態だったから、どんどんメッキが剥げてきた結果なのだろう。
人気ドラマの「金八先生」も、また新しいシリーズ放送というとき「もう、あの説教は飽き飽きうんざり」と言われていたが、いざ始まってみると、金八先生が説教はじめても生徒は聞いていないかせせら笑うだけ。作者もわかっていたということだ。
それに、ドラマの安易な真似は教師も生徒児童もしてはならない。「教育員会に訴える」と言う子供がいてもいい。何かあればどんどん訴えるべきだ。問題はいい分が通るかどうかなのに、それを訴えると言うこと自体をケシカランことであるかのように言うほうが間違っている。だが、ドラマの真似する教師は笑い者になるだけでも、「教育委員会に訴える」という生徒児童はもっと後悔することになる。教育委員会に権力があって教師や学校当局が恐れるというのはドラマだけで、現実にはそのような力は全くない。監査機能は有名無実なのだ。
ついでに言うと、この問題について小学校で教諭・校長を30年務め現在は福岡県の「まごころ保育園」園長さんと言う人が「子供が過保護に育ったことに加えて、自己中心で権利ばかりを主張する大人の社会を子供が真似ているのだろう」と話したそうだが、日本人は自分の権利もちゃんと主張できないから、国内社会では奴隷根性の庶民ばかりになってしまい、熟年リストラ自殺が多発し、若い人はワーキングプアとかネットカフェ難民となり、国際社会でも見下されて困ったことになっているというのに、そこへ紋切り型の表現で古臭い倫理観を語ってしまう人が、まだ教育に携わったり発言したりしていることのほうが問題だ。
「今は昔と違って」と愚痴る者は、昔ならいいが今には対応できないということなのだから、引退するべきだ。
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人気ドラマの「金八先生」も、また新しいシリーズ放送というとき「もう、あの説教は飽き飽きうんざり」と言われていたが、いざ始まってみると、金八先生が説教はじめても生徒は聞いていないかせせら笑うだけ。作者もわかっていたということだ。
それに、ドラマの安易な真似は教師も生徒児童もしてはならない。「教育員会に訴える」と言う子供がいてもいい。何かあればどんどん訴えるべきだ。問題はいい分が通るかどうかなのに、それを訴えると言うこと自体をケシカランことであるかのように言うほうが間違っている。だが、ドラマの真似する教師は笑い者になるだけでも、「教育委員会に訴える」という生徒児童はもっと後悔することになる。教育委員会に権力があって教師や学校当局が恐れるというのはドラマだけで、現実にはそのような力は全くない。監査機能は有名無実なのだ。
ついでに言うと、この問題について小学校で教諭・校長を30年務め現在は福岡県の「まごころ保育園」園長さんと言う人が「子供が過保護に育ったことに加えて、自己中心で権利ばかりを主張する大人の社会を子供が真似ているのだろう」と話したそうだが、日本人は自分の権利もちゃんと主張できないから、国内社会では奴隷根性の庶民ばかりになってしまい、熟年リストラ自殺が多発し、若い人はワーキングプアとかネットカフェ難民となり、国際社会でも見下されて困ったことになっているというのに、そこへ紋切り型の表現で古臭い倫理観を語ってしまう人が、まだ教育に携わったり発言したりしていることのほうが問題だ。
「今は昔と違って」と愚痴る者は、昔ならいいが今には対応できないということなのだから、引退するべきだ。
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by ruhiginoue
| 2008-08-31 17:03
| 社会





