政治家の言葉尻を取って攻撃することは必要
2008年 09月 16日
麻生さんが演説中に、愛知県の豪雨被害について「安城や岡崎だったからいいけど、名古屋で同じことが起きたらこの辺、全部洪水よ」と発言したことに対し、岡崎市議会は「配慮のない発言は極めて遺憾」とする抗議文を送付したそうだ。
「地理的条件から被害は少なくて済む」との意味だったとしても、それをもっと正確に伝える表現をすべきだ。「あんなところ被害があってもいい」ではないだろうが、「田舎だから被害が少ない」とか「びくともしないから豪雨なんて気にしないですむ」などの失礼な解釈は可能になってしまう。
言葉の問題は難しいが、政治家には厳しくしなければならない。そうすることで普段から鍛えるべきだ。擁護をすべきでない。
かつて、ゴルバチョフさんが来日したさい、シベリア抑留について、亡くなった方々に「同情の気持ち」と述べて日本側から批判の声が上がった。それでは他人事みたいだ。当事者で、しかも加害者側の国を代表しての発言なのに。
ゴルバチョフさんに悪意はなかった。では、福田さんが言うように、他人事ではなく客観的だったのかというと、そうでもない。発言の全部を見ると、ソ連が抱える問題を解決するには日本との経済協力が重要で、友好関係を発展させるためには過去の戦争にかかわるわだかまりを解決しなければならず、そのためソ連側に非があることも素直に認めなければならない、という趣旨であった。
ところが、それなら「哀悼」と訳すべきだったのに、連れて来た通訳が微妙な部分まで考慮できず、「同情」にしてしまったのだった。もちろん文法的な誤訳ではないし、言葉尻を取らず発言全体を理解すれば問題はない。しかし、被害を受けた側としては気に障る表現だった。
おそらくソ連では、最高権力者の発言を捉えて他の政治家が公然と批判したりマスコミが騒いだりしなかったので、そうした意味での緊張感が足りず、その雰囲気が通訳にまで及んでしまったのだろう。そして日本との経済協力関係が深まらないなど国益を損なう結果となって、そうした諸々のことが積もり重なり、ソ連は崩壊した。
こういうこともあるのだから、「言葉尻を取って批判するな」とか「言葉のアヤじゃないか」と言う常識も、政治家だけは適用外とすべきである。とくに麻生さんは次の総理大臣の最有力候補であるのだから。
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「地理的条件から被害は少なくて済む」との意味だったとしても、それをもっと正確に伝える表現をすべきだ。「あんなところ被害があってもいい」ではないだろうが、「田舎だから被害が少ない」とか「びくともしないから豪雨なんて気にしないですむ」などの失礼な解釈は可能になってしまう。
言葉の問題は難しいが、政治家には厳しくしなければならない。そうすることで普段から鍛えるべきだ。擁護をすべきでない。
かつて、ゴルバチョフさんが来日したさい、シベリア抑留について、亡くなった方々に「同情の気持ち」と述べて日本側から批判の声が上がった。それでは他人事みたいだ。当事者で、しかも加害者側の国を代表しての発言なのに。
ゴルバチョフさんに悪意はなかった。では、福田さんが言うように、他人事ではなく客観的だったのかというと、そうでもない。発言の全部を見ると、ソ連が抱える問題を解決するには日本との経済協力が重要で、友好関係を発展させるためには過去の戦争にかかわるわだかまりを解決しなければならず、そのためソ連側に非があることも素直に認めなければならない、という趣旨であった。
ところが、それなら「哀悼」と訳すべきだったのに、連れて来た通訳が微妙な部分まで考慮できず、「同情」にしてしまったのだった。もちろん文法的な誤訳ではないし、言葉尻を取らず発言全体を理解すれば問題はない。しかし、被害を受けた側としては気に障る表現だった。
おそらくソ連では、最高権力者の発言を捉えて他の政治家が公然と批判したりマスコミが騒いだりしなかったので、そうした意味での緊張感が足りず、その雰囲気が通訳にまで及んでしまったのだろう。そして日本との経済協力関係が深まらないなど国益を損なう結果となって、そうした諸々のことが積もり重なり、ソ連は崩壊した。
こういうこともあるのだから、「言葉尻を取って批判するな」とか「言葉のアヤじゃないか」と言う常識も、政治家だけは適用外とすべきである。とくに麻生さんは次の総理大臣の最有力候補であるのだから。
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by ruhiginoue
| 2008-09-16 17:48
| 政治





