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井上靜のblog(網誌)です。下記の著書を購入して支援を頂けたら助かります。下記の他は別人や海賊版なので買わないでください。アマゾンのコメント欄に嘘の書評が書いてあるのは過日倒産した出版社の宣伝です。この種の輩に対抗する意味でも何卒よろしくお願いいたします。品切れのさいはご容赦ください。


by ruhiginoue

有名人たちの処世術

 講談社の雑誌『VIVI』が自民党とタイアップした選挙向けの宣伝をし、Tシャツをプレゼントするというので、これは買収に該当するのではないかと指摘されたし、雑誌の堕落であると批判もされている。

 これについて田中康夫が指摘していたそうだ。
 あの『日本国紀』から発生した色々な問題で幻冬社を厳しく批判をしていた中沢けい(群像新人賞) いとうせいこう(講談社出身) 高橋源一郎(群像新人賞選考委員) 島田雅彦(野間文芸新人賞) 平野啓一郎 といった人たちが、講談社の問題では何も言ってないとのこと。
 
 かつて田中康夫は『朝日ジャーナル』に連載を持っていて、この時に一緒に連載していた本多勝一が大江健三郎を批判していたから、それを踏まえてのことかもしれない。
 その当時、大江健三郎は文芸春秋の堤堯(後にWILLを発行)の極右言動に不快感を持っていたから、その文芸春秋社内の栄転に抗議して文芸春秋の関与する文学賞の選考委員を降りたけれど、これを公言しないでいるから、商売の取引を気にしていたのだろうと言われている。 こうした「進歩的文化人」の処世術を本多は問題にしていた。

 
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 このたび遂に離婚となったビートたけしは、かつて彼と親密交際していた女性にしつこい取材があったことで、その記者に委託していた週刊誌『Friday』を発行する講談社に文句を言いに行って暴力沙汰となってしまった、ということがあった。
 このときのビートたけしの対応は良くないけれど、覗き趣味の記事を売りにする雑誌も悪いから、そんな雑誌を発行している出版社の仕事はボイコットすべきだと藤本義一は言った。

 しかし、藤本義一は作家である他に司会者などテレビタレントとして大活躍していたので、副業をやっているから大手出版社も批判できるのだという指摘があった。
 そして、そうでなければボイコットなんて死活問題になるからできないと同業者たちが言っていた。

 これについてはNHKも同じである。
 不祥事ばかりにもかかわらず安倍内閣の支持率が落ちないのは特にNHKの隠蔽や翼賛によるところが大きいと具体的な指摘と共に批判してる人が多い。
 しかしテレビタレントたちは「勇気を持って」政権批判してもNHKは批判しないし、おそらく受信料は払っていて、出演していたりレギュラーだったりもしている。

 こういうことにも注意を払って「有名人」たちの言動を観察すべきである。
 


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# by ruhiginoue | 2019-06-24 05:23 | 社会 | Trackback | Comments(1)
 タンカーが攻撃された事件で、安倍総理は上手に外交したように装って実はオソマツだったことが相変わらずなのに、山口敬之の女性版というかNHK版というかのキャスター擬きが嘘で美化するフェイクニュースをまた流している。
 これに多くの田舎者が騙されるというか、積極的に受け容れる。田舎者は内容の真偽などどうでもよく「いゃー俺ってNHK好きだからなあー。俺って体制側なんだよなあー」である。これは前に話題とした通り。

 ところで、アメリカと対立しても、イラクやシリアと違ってイランだと同情的になる日本人がいる。これは目立つから、それだけ多いと言ってもいいだろう。
 それに、もともと日本人はイラン人に親近感を持っている。イランという国をよく知らない日本人は多いけど、イラン人は日本によく来ているから知っているという日本人も多い。
 
 また、かつて日本で「国民的人気」とまで言われたNHKドラマ『おしん』がイランで放送されたら大人気だったけれど、日本人もイランの映画は大好きだし、よくハリウッド映画はイランをひどく貶めているが、そんなのは欧米では受けても日本ではクソなプロパガンダだと言われヒンシュクを買っている。
 これというのも、日本人とイラン人は性格が似ているからだろう。人種も文化も全然違うけれど、妙に情緒的な言動は同じではないかと感じる。
 
 ところが、韓国人や中国人は、土地も文化も人種も近いのに、性格は全然ちがう。
 かつてフランソワーズ=モレシャンが述べていたが、韓国人は日本人と同じような顔をしているけれど、言動は日本人よりフランス人に近いから、韓国へ行ったら日本にいる時より疲れなかったそうで、たしかに、学生のとき一緒にバイトしていた外国人で、韓国人の留学生はヨーロッパ人と同じ発想の、理想主義者だった。
 これが皆無ではないかと思うくらい中国人は実にプラグマティックで、中国人の発想はアメリカ人と同じだった。出世とか成功とかが至上の命題で、自分の国こそ世界の中心だと信じてもいる。これでは商売していて喧嘩にもなるだろう。

 あと、日本では社会を批判しにくいので、よく映画や漫画で子供を描きながら、それを通じて問題にしているけれど、これはイランの映画がみんなそうではないかというくらいである。


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# by ruhiginoue | 2019-06-23 05:38 | 国際 | Trackback | Comments(0)
 よく、BLOGに食べ物の写真を載せている人たちがいる。
 これを見た人たちは、では自分は何を食べようかと思うのだろう。お互いに参考としているらしい。これで撮るのが上手な人は、やはりその写真を掲載したBLOGも好評のようだ。
 逆に下手な人もいるけれど、撮影ではなく盛り付けまたは料理そのものが下手そうな人が時々いる。これはTwitterでのことだが、ある主婦は子供に作って出した食事の写真に「ごはんだよ」とコメントつけているけど、いつも美味しくなさそうで、子供は我慢して食べているのがよく判った。知らぬはそのお母さんだけ。

 よく外食している人もいる。
 そして料理も盛り付けも器も素晴らしいから、いつも楽しそうである。
 こういうことを自分はしない。このところ、美味しいものを食べる楽しみを失くしている。必要な栄養を採るばかりである。お陰で体調はよいし、金は貯まる。

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 そうではなく、食べるしか楽しみが無いと言っている知人がいる。仕事がらみの知り合いだが、食べてばかりいるから太っている。生活も不規則ということだ。
 また、やはり仕事がらみの知り合いで、大食いの人がいる。たくさん食べないと力が出ないからということだが、それでブクブクに太ってしまったら不健康なのでいつも歩いているそうだ。どこに行くにもなるべく歩くし、エレベーターやエスカレーターも使用しない。そうしたら足腰がガッチリしてきたということだ。

 とにかく、楽しみで食べることをしなければ、健康的で経済的である。
 しかし、株は下がってばかりだから、こちらでは金を失うばかりである。




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# by ruhiginoue | 2019-06-22 06:05 | 雑感 | Trackback | Comments(0)

NHKはアメリカの放送局

 6月17日のNHKラジオで、国会について放送しているさい女性のアナウンサーが蓮舫議員を「れんぽう」と読み間違えていた。この読み間違えは国会審議の中で問題になったことがまだ記憶に新しいのだが。

 そのあとNHKは香港について取り上げ、あの条例改定案への猛反対で、反対運動をしている人たちを「反対派」ではなく「民主派」と呼んでいた。
 そのうえで、アメリカが口出して内政干渉だという指摘についても触れていたが、これを不当だと言わんばかりであった。
 つまり、NHKは中立でも客観的でもない報道をしているのだ。

 もちろんNHKとして独自の見解があってもいい。しかし、そうだとしても、そうだと表明しないでやっているのだから問題だ。
 しかも、独自の見解ですらない。独自の見解なら、そうだと表明してやっている限りは、中立ではないが「ひも付き」でもない。
 ところが、NHKはアメリカ側に付いているのだ。これでは中立としながら中立ではないというだけでなく、プロパガンダ放送をしているのだから、明らかに放送法違反である。
 

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 これは昔から相変わらずである。
 この香港についてだけでなく、世界中についてNHKはアメリカのプロパガンダ放送をしてきた。かつてベトナム戦争でもNHKは、南ベトナム政府軍を常に「政府軍」と呼び、決して「アメリカ傀儡政権軍」などとは呼ばないが、反政府勢力のことは正式名称の「南ベトナム解放民族戦線」または略称の「解放戦線」か「民族戦線」と呼ぶことがないだけでなく、客観的な「反政府勢力」とも呼ばず、常にアメリカ側が蔑称として使用していた「ベトナム共産ゲリラ」の略称「べトコン」と呼んでいた。

 いつも他のことでは、そこまでやることがあるかと疑問なほど、NHKは客観性とか中立的とか言って拘っているのに、国内では日本政府に付き、国際的にはアメリカに付く。
 つまり公共放送というのは嘘であり、あくまで受信料強奪するための方便ということだ。

 ところが、自民党とかアメリカとかに批判的な日本人で、それゆえNHKにも厳しい目を向けている人たちでも、なぜか西欧以外の外国には偏見を持っている。
 それだけアメリカによる戦後の占領政策がうまくいったということだろう。自民党政権が続くわけである。

 


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# by ruhiginoue | 2019-06-21 05:03 | 国際 | Trackback | Comments(0)
 麻生太郎が「老後に備えて2000万円貯めろ」と発言した。
これは年金制度を破綻させた政府の居直りであり、たいへんな批判が起きた。だから政府も個人的な発言だと逃げをうっていた。

 また、麻生太郎は一年間の飲み代だけで2000万円を軽く超えていると指摘されている。
 もともと彼は高い店に行って飲食していることが問題にされていた。その時は個人的な趣味だから問題ではないと擁護する人もいたが、このような無責任な放言をしてしまうのだから、やはり問題だった。

 こういう話について、自分の高校の担任教師なら、こう言っただろう。
 「他人を羨ましがったりしてはいけない」
 なぜなら、一事が万事この調子だったからだ。
 もともと、麻生太郎のことだけでなく、こういうことは色々とあるものだ。それが問題にされるのは社会的な不平等と公的な責任からである。ただ羨ましいのでは個人的な嫉妬で終わってしまい社会の問題とすることはできない。
 こういう違いが教師のくせに解らない。

 しかし、もちろんバカな教師はザラにいるけれど、そうではないと同級生が言っていた。
 では何なのかと言うと、その担任教師が赴任してくる前に勤務していた学校は埼玉県の山奥だから、その雰囲気に染まってしまっているので理解できないということだ。たしかに、その人が前に勤務していた場所は田舎どころか山の中である。
 また、村社会というのは本来みんなで話し合って決めたりする民主主義の原点なのだが、それが田舎として中央から収奪される植民地の一種のようになってしまうと、人心が卑屈になって社会的に感覚が麻痺してしまう。

 それがあるので、田舎は暮らしにくいと言われるのだ。
 ただ、これが昔に比べると認識されるようになってきたので、この分だけ少しはマシになってきたとも言いうる。ここが救いか。
 

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# by ruhiginoue | 2019-06-20 05:08 | 社会 | Trackback | Comments(0)

PayPayで会計が混雑

 あるスーパーマーケットが急に会計で混雑するようになった。
 これはレジスターに客が詰まるからだが、この原因は導入したばかりのPayPayで戸惑っているからだ。迅速な会計とするためなのに、逆効果である。
 これも慣れれば早くなるのだろうか。

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 おそらく、慣れるまでに戸惑って自分が面倒なだけならいいけれど、他の人に迷惑をかけてはいけないと思って躊躇している人が多いのだろう。
 あと、仕組を知れば理解しやすいのだが、そうではなく使用法だけ説明するから混乱するという事情もある。

 かつて、クレジットカードの宣伝をテレビでしていたが、今は引退したけど当時は人気俳優だった田村正和が出ていて、骨董品の店で買い物をするとき「ニコスカードで」と言うと店のおばあちゃんが「うちは日本信販しか」と言い「だからニコスカードで」「ですからうちは日本信販しか」「ニコスカードは日本信販です」「はあ?」という会話になる。
 これは似たような経験があり、笑ってばかりもいられなかった。カードに信販会社のロゴが複数ついているので、どうしたらいいのかと考え込んだものだ。

 このような仕組について、広報が不十分なのは相変わらずではないだろうか。
 もちろん、日本では現金に対する信頼が高いということもあるだろう。日本の造幣局では副業として外国の紙幣の製造を委託され引き受けているそうだが、それくらい偽造防止の印刷が徹底的なので、昔から日本の紙幣は偽札が少なく、たまに作られてもすぐバレる。
 『レインボーマン』のようなことは起きないのだ。

 あるアメリカ映画で、主人公は父親に会ったことがなく、東京に居るらしいと聞いて日本に興味を持つ場面があった。
 これは「ガセ」で、結局はアメリカにいるアメリカ人であることが判り、最後に現れるのだが、その前は「もしかすると自分の父親は日本人かもしれない」と思い「日本人の血が流れていても不思議ではないなあ。カードより現金払いが好きだから」と真面目に言う。
 これはギャグだが、こんなセリフが出るくらい、日本人が現金をありがたがるという認識が外国にあるということだ。

 しかしアメリカだと支配的なカードがあって、それを持てるかで地位に差ができている。
 それに比べると現金は平等だ。だから、誰であっても支払う人はお客様だと言う。これも、日本人が現金をありがたがる一因だし、この点は良いことではないか。

 どうであれ、PayPayの混雑は、少しだがイライラさせられる。




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# by ruhiginoue | 2019-06-19 05:05 | 経済 | Trackback | Comments(0)

命の母Aと舛添要一

 先日、大型店の薬売り場で「命の母A」という薬が置いてあるのを見かけた。
 それで思い出し、インターネットで評判を検索してみた。効いたという人と、そうでない人といて、同じ薬でも何種類かあるらしく、それによって違うという声もあった。

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 なんで、こんなことを調べたのか。これは婦人科の薬である。
 これを思い出したのは自分の母親が若いころ飲んでいたからだった。そして、あまり効いてなかったようだ。飲んでも無駄だったと言っていた記憶もある。
 そして後に、親しくしていた女性が飲んでいるのも見て、その人が自分の母親と同じで、やはり効いてなかったようだ。
 だから、思い出して調べてみたのだった。

 この薬が合っていなかっただけかもしれないし、薬の効果が無いほど重症だったのかもしれない。とにかく、体調が悪くて苛立っているという程度では済まないので、小さいころから母親には苦しめられてきたし、同じ薬を飲んでいる女性もそうだった。
 
 かつて舛添要一が、女性は政治に向いていないと主張してばかりいるので、彼は差別主義者だと非難されていた。
 そのあとは、あまり女性を貶めることはしなくなったが、これは考えが変わったというより、政治家になっので八方美人せざるを得なかったのだろう。
 とにかく性的な問題とこじつけてばかりいるから、舛添要一は政治学者ではなく性事学者だと皮肉られたものだった。

 しかし、どうも変なのは、舛添要一が「女性は月に一度、精神に異常を来す」という意味のことを、もっと差別的な汚い言葉で言っていたことだ。
 そんな言葉づかいをしてまで露骨な嫌悪感を表明して、なんの意味があるのだろうか。もともと自然なことなのだから、健康なら問題はない。実際、精神に異常を来すというほどの状態になる女性は、うちの母親のような稀な場合だ。

 また、薬が効かないなど重篤な症状の女性であれば、政治に関与させては危険だと考えることはできても、こんなことをわざわざ言う意味はないはずだ。政治を志向するのは一部の人でしかないのだから。
 それなのに、これを殊更に舛添要一が言っていたのは何故か。実は一般論ではなかったのではないか。女性特有の体調不良かつ政治を志すという極々希少な人が、彼の身近にいたから、それを言っていたのではないか。
 



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# by ruhiginoue | 2019-06-18 05:26 | 政治 | Trackback | Comments(2)
 今の学校で使用する教科書は、製作する出版社が寡占状態であり、そこへ文科省が政権に媚びていることで、これに忖度する内容になっている。
 この反映が甚だしいのは社会科で、特に自衛隊についての記述は広報そのもの。自衛隊が国民の役に立っているという話を気恥ずかしいほど大げさで押し付けがましくしていて、それ以外は一切考えることをさせないようにする内容なのだ。災害があった時の救助活動ばかり強調され、戦争や治安出動で国民に銃を向けること、隊員が理不尽と感じて拒否すれば処分され、逃げようとしたら殺されることがある、などが隠されているということだ。
 しかし、綺麗ごとばかりであるが所詮は学校でやることだし、まだ子供には難しい問題を扱うことができないという面もある。

 むしろおかしいのは、政権に媚びて空々しいほど美化しているにしては、その総理大臣が「自衛官の子供が学校で父親の仕事は憲法違反だと言われて虐められて泣いた」などと言っていることだ。
 これはもちろん安倍総理の妄想または故意の嘘である。今どきそんなことは無いと自民党の中からも指摘と批判があった。いっそのこと自衛隊は救助隊にすればいい。そういうことになってしまう。
 なんでこうチグハグなことばかり今の政権はするのか。やはり安倍総理がトンチンカンだからといか言いようがない。

 また、前から言われていることだが、自衛隊が災害対策で出動するさい迷彩服なのは良くない。遭難した人が助けを求めたり、救助に向かった隊員が二重遭難したり、という危険性を低減するために、消防などと同じように目立つ制服を別に作るべきだ。
 そうするとまた予算が要るから兼用にしているらしいが、つまり災害対策で役立っていると教科書でさんざん強調しておいて、そのための予算は出せないということになる。

 それでいて、戦闘機には兆の金をつぎ込む。欠陥があると指摘されていたところ墜落し、そしたら乗組員のせいにしてしまった。優秀な操縦士だったはずだが。行方不明で生存の希望はない。そこで「死人に口なし」である。
 こうしてアメリカを大もうけさせる。高額であるだけではない。これまでのようにアメリカから設計図と製造権を買う「ライセンス生産」とは違い、完成品を購入したうえメンテナンスもアメリカでやるから、日本の産業はまるで潤わない。これは例の元空幕長も問題だと指摘していた。

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 こんなことをしているのも、不祥事ばかり起こして退陣しないといけない政権が、それでも地位にしがみついているからだ。宗主国にとってバカみたいに好都合な政権となる必要があるということだ。
 ほんとうは沖縄の基地にしても、日本政府にとっては親戚もいたりの業者を大儲けさせたいだけだ。工事ばかりしてセメントなどを大量に税金で買うことに意味がある。
 これにより、環境破壊だと世界中から非難されてしまっている。芸能人など国際的に著名な人たちも批判しているが、それでも無視して埋め立てを強行する。
 しかし無理な工事だから基地は完成しない。これではアメリカにとって無意味だから、やめろと言われてしまうかもしれない。そこで別の口実により莫大な税金をアメリカに渡し、安倍内閣を庇護してもらう必要がある。

 これが現実だ。教科書の内容と合っていない。子供たちに国を愛する心を植え付けると文科省はうそぶいているが、こんな教科書では税金の無駄遣いだ。




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# by ruhiginoue | 2019-06-17 05:33 | 社会 | Trackback | Comments(0)
 香港で、条例の改定に対して大規模な抗議デモが発生している。
 これは、香港にいる犯罪者を中国の「本土」へ引き渡すことができるようにするものだが、逃亡を防ぐという名目で政治的な運用をされることが危惧されているから、激しい反対がされているわけだ。

 おそらく、いくら反対されても中国は強行するだろう。
 なぜなら、中国は香港を要らなくなったからだ。これまでは、外国の統治下にある地域であった香港がようやく返還されても「国内であって国内にあらず」という状態が維持されていた。「一国二制度」とも言われた。そもそも経済的な目的で香港は外国統治される地域であったのだから、その経済的な目的がある間は、所有権が移っても利用の仕方は同じだった。

 それで、香港の返還でどうなるかと最初は心配もあったが、その後も変わらなかったのだ。
 ところが、それからもう二十年以上経っている。いつまでも同じことが続きはしない。もう香港でなくてもよくなったのだ。中国にとって経済的に重要な地域は、他にもあるようになったし、もっと重要な所もあるようになった。
 だから、あとすることはと言えば、香港を完全に同化させることだ。
 
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 つまり、政治犯を取り締まろうということではない。
 もう香港なんて無くていいんだぞという中国政府の意思表示であり、これはまず香港に対して、さらには世界に対してのアピールである。だから、弾圧をしたいのではなく、それをやろうと思えばできるくらい権力を波及させたのだと強調したいのだ。こうすることで、名義変更だけでない完全な返還となったから、歴史にケリをつけてやったと言いたいのだ。
 こうなると政治的に中国政府に逆らっているかどうかは、実はあまり関係が無い。金儲けしているだけだから大丈夫だと思っている外国人でも、図に乗れば日本で逮捕されたフランス人の経営者みたいにすることがあるぞ、という意味だ。

 これに対し、すでに香港は対抗する力を失くしている。
 あとは、中国に香港が飲み込まれたうえで、中国が安定して全体的に穏健となることで他と同じ恩恵を受けるようにするしかないだろう。



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# by ruhiginoue | 2019-06-16 04:51 | 国際 | Trackback | Comments(6)
 最近ある研究によって「天才」は存在しないと結論されたそうだ。
 そもそも「天才」とは何か。
 
 これは「向いている」というのとは違う。
 このわかりやすいのはスポーツで、それぞれの競技に適した体格など身体的な条件がある。これは決定的というほど影響し、努力より産まれつきである。だから「体格に恵まれた」と言う。

 そうではなく、霊的とか神秘的とかオカルトめいた力があるように言われるのが「天才」である。
 けれど、これは存在しないということだ。
 なぜそう断言できるのか。

 よく学術でも芸術でも、歴史に名を残した「天才」を研究すると、そんな人たちは絶対に「普通」の人たちより、それを多くやっていたそうだ。
 では、結局は努力なのかというと、そうではない。どんなに努力しても天才には敵わないと、よく言われてきたように、普通の人たちの何倍も頑張ったけれど「天才」と呼ばれる人たちのようにはなれなかった人のほうが、遥かに多い。

 では、何が違うのか。
 「天才」といわれた人たちは、不可能と思われるほどの集中力の持続とか、異常なほどの高揚感とか、普通ではあり得ない甚だしさによって、他の人より多くやっているらしい。
 そして、精神病、精神障害、知的障害、病気や怪我の後遺症、異常ではないが変わった人柄とか性格、などを持つ人ばかり。

 それで「天才と狂人は紙一重」と言われたり、極端に優秀な人は奇人変人だったりする、ということだ。
 なるほどね。




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# by ruhiginoue | 2019-06-15 05:30 | 学術 | Trackback | Comments(0)