井上靜の気楽ゆえ率直な日誌です。気楽にコメントしてください。おたよりも同様にe-mail:ruhig@outlook.jpまで


by ruhiginoue
 何かのイベントを開催するために、会場にする建物の部屋など場所を借りるのにも利用料金が要ることがあり、また、裏方のスタッフやゲストとかキャストとかへの支払いもある。謝礼を出す場合もあれば、それは無くても交通費など実費を出す場合がある。これには当日だけでなく打ち合わせで必要なこともある。
 その他にも、チラシやポスターの作成をして印刷など経費がかかる。
 ところが、参加費や入場料をもっと安くしろとか、金が要るなんておかしいタダにしろとか、そう言う人たちが常にいるので、非常識だと怒っている主催者たちを見かける。

 こうなるのは、娯楽的とか商業的とかの要素が薄い催しに対して、そのようなことは無料だと思っている人たちが少なくないためだろう。役所でやっている相談などと区別ができないというわけだ。
 そんな人がよくやる一つは、会場に来てから判らないと文句を言うことだ。

 例えば勉強会とか学習会とかいう集会などで、公民館など使用料が無料かそれに近い施設を利用していると、そのような会場だから、商業イベントと違って大きな掲示はできなかったり、建物の管理をしている人たちは催しの内容を知らなかったり、ということが当たり前である。
 なのに、来たけど建物に表示がないからどこに入ればいいか判らないと言って怒ったり、会場の名称を忘れたり最初から憶えてなかったりで、それで施設の職員に、会場の名称ではなく催しの内容を言って場所はどこかと尋ねて、当然ながら知らないと言われたのに、教えてくれないと言って困ったり怒ったり。

f0133526_15541146.jpg

 また、入場料とか参加費とかいうのは相応しくないので、会場費を割り勘ということで名目を「資料代」とすることは普通なのだが、それを紙と印刷の代金より高いとか文句を言う人もいる。しかも、数百円とか絶体値が安くても高いと言う。
 これは、なんでもいいから自分の鬱憤の捌け口を求めている人であるから、気の毒だけど相手にしないことだ。

 このようなことがあるので、かつては医療裁判などの学習会を催したりもしたが、その種のことは中止し、大勢で一か所に集まることはしないで、細かい目的別に対応をするようにしている。
 あと、そのほうが懇親会とかの余計なことをしないですむ。あれは無駄だし、いずれマンネリ化して本末転倒する原因となる。


[PR]
# by ruhiginoue | 2018-11-13 15:55 | 社会 | Trackback | Comments(1)
 パクリとガセとヘイトのベストセラー作家・百田尚樹が、新刊でまたやらかしたと話題である。女性の天皇についてどう思うかで大間違いを記述しており、出版社の校閲は何をしていたのかと言われている。
 これと同じく女性の天皇についてどう思うかで、かつて小林よしのりも雑誌の連載中で間違いを記述し、後から指摘されて「締め切りに追われていたから」と言い訳していたが、やはり出版社の校閲は何していたのかと言われていた。

 これらは、どちらもウッカリしていたからとはいえ、議題の根幹に関わるミスだ。そういうミスが全くない人はむしろ少ないだろうけれど、しかし、この人たちが特に話題になるのは、よくネトウヨたちがデタラメを平気で言い散らしている背景に、この人たちのデタラメな煽りがあるから、その関係を問題にされるのだ。

 そうしたネトウヨたちの中に医師が目立つことは周知のとおりである。専門外のことはまるで知らないけど社会に対し発言はしたくて、そのさいなるべく安易にしたいと考えたら、こうするのが好都合だから、そんな人がネトウヨになって当然かもしれない。
 それにしても、最近あるネトウヨ開業医がTwitterで、書店に並ぶ健康指南本のほとんどがデタラメだと指摘しながら、これでは偽医学が蔓延って当然だとし、これらを退治しないといけないと嘯いていたので、その滑稽さに失笑を禁じえなかった。
 もちろん、そうした健康指南書の数々には、どうでもいいことを面白おかしく書いているだけとか酷いデタラメとかの内容が多く、その割合は圧倒的かもしれない。それを売って儲けようと出版社は意図しているものだ。

 しかし、これは上記の百田尚樹や小林よしのり、その他の著者によるヘイト本も同じである。ネトウヨに向けて売っているから、ガセだろうとヘイトだろうとお構いなしなのだ。これは偽医学を真に受ける人達に向けて健康指南書を売るのと同じである。
 ところが、医学的だろうと社会的だろうと悪品質は全く同じなのに、片方の出版物は問題にしながら、もう片方は批判するどころか自らが同様の劣等な意識による憎悪の発言を吐き散らしているのだから、この医師の態度は実に滑稽ということだ。

 ここで、自らの専門分野は解るが、そうでない分野は解らないから仕方ない、という弁解は成立しない。程度が低い層の人たちに売って儲けるために、わざと劣悪な内容の本を出す出版社があるということは、どの分野でも同じことがあるのだから、気づかないわけがない。
 しかも、ネトウヨ向けのものは思想や見解の違いではすまない、デタラメであると同時に差別と憎悪だから内容劣等かつ反社会的なのだ。

 つまり、そうしたネトウヨ医師は、まず自身が差別意識を持っているうえ、そもそも思考の方法が基礎からできていないということであり、品性が下劣なうえ知性も怠慢と付け焼刃ということだ。だから滑稽なだけでなく非常に危ない。

 もっとも、それ以前に、前に紹介した医師の言葉のとおり、Twitterやっている医師なんて怠け者だから、その患者になってはいけないのだ。医者は仕事も勉強も大忙しなんだから、つぶやいている暇なんてない。インターネットを利用するなら、一般の情報の収集や仕事に関わる調べものの他に、ゆとりがあったら出会い系サイトで恋人でも見つけたい。冗談ではなく本当にそうだ。そのくらい忙しいのだから、という実に説得力があることを語っていた。

f0133526_13185099.png




[PR]
# by ruhiginoue | 2018-11-12 15:27 | 学術 | Trackback | Comments(0)

本の宣伝か著者の宣伝か

 口利き疑惑で週刊誌に斡旋利得ではないかと騒がれ国会でも追及されている片山さつき地方創生大臣は、さらに選挙違反ではないかと看板が問題になっている。
 この看板は、自分が著書を出した時のものだから、あくまで本の宣伝だと弁解している。それにしては、本より著者紹介の方が目立っている。
 

f0133526_16025033.jpg

 その片山地方創生大臣の弁解が通用するなら、今後は選挙に立候補する人たちはみんな本を出してその宣伝だからと看板を掲げるだろう。
 だいたい、それをやっていいなら、例えば小沢一郎が『日本改造計画』で自分の写真と一緒に看板を掲げていたりと、すでに多くの政治家たちが実施していたはずだ。しかし、そんなことしてはいけないと思って誰もやらなかったのではないか。

 この、本の宣伝か著者の宣伝かというのは、前にここで面白おかしく述べたことがある。広告料金をとっているサイトでは、だから利用が無料なので、広告のために使用しない規約であるから、そこで奇手を使い、自分が手に持っている写真を掲載し、商品の広告ではなく近況報告だと言っていた人がいた。
 なるほど、ただし、この人は女性だから、手に持って微笑んでいる写真を載せても様になるが、男性がやったら気色悪いかもしれない。
 そういう話を何年か前にしていた。

 しかし、やはり選挙に立候補した時には、彼女もやってなかった。
 それにしても、その自分は画家で夫が「戦場ジャーナリスト」という人は、なんで東京選挙区で社民党から立候補したのだろうか。なにを考えているかサッパリわからなかった。また、わかるという人にも会ったことがない。



[PR]
# by ruhiginoue | 2018-11-11 16:22 | 政治 | Trackback | Comments(3)
 元朝日記者の植村という人が、櫻井という日テレ元アナウンサーからデタラメを書かれて言いふらすようにされたので、名誉毀損で裁判に訴えたが、敗訴した。

 ここでネトウヨたちが大喜びしている。櫻井という人はテレビ局の仕事を辞めた後はジャーナリストと名乗っているが実質は極右の扇動者を商売にしており、安倍内閣や日本会議の応援にも関与しているからだ。
 そして、櫻井が正しかったことが裁判で証明されたと言っている。もちろん嘘だ。
 すでに裁判の途中で、櫻井が間違っていたことは明らかになっていて、これは櫻井自身もある程度まで認めていた。

 なのに櫻井が勝訴したのは、結果として間違っていたが、信じられる資料などに基づいていたので、故意ではないということだ。
 だから、櫻井が正しかったというのは嘘である。
 
 ちなみに、それでは、櫻井は正しくないけれど、嘘をついたのでもなかったのだろうか。
 これについて、櫻井は故意に嘘を言いふらすという告発があり、慶応大学の小林もと教授も実体験から証言している。
 また、薬害事件の時にも、損害賠償請求は否定されたが、櫻井が書いたことが嘘であることが訴訟の中で判明していることを、あの弘中弁護士が詳しく述べていた。

 しかし問題は裁判のことである。間違いが故意だったか結果的なのかを、常に公正に裁判が判断しているのか。そうであればいいが、裁判官たちは常に、原告と被告の社会的立場によって理屈の使い分けをしている。
 だから、持てる権力の大小と、権力への距離で、判決が正反対になる。
 これについては、過日、安倍総理が菅元総理に訴えられた件や、米山もと知事が松井知事に訴えられた件から、現職と元でも裁判官の態度が違い、滑稽なほど異常な判決になっている司法の実態を指摘している。




 さらに、櫻井の批判というより罵倒は常軌を逸していて公益性を図ったものとは到底言えないという訴えに対して、判決では公益性があるから許されるとしている。
 これが逆に権力を追及する側からの批判であると、批判した事実の問題では正しくても公益性が無いという判決になる。
 ただし、公務員とか公人とかいう人であれば、よほどプライバシーである場合を除けば無条件で公益性があることになるが、すると今度は、客観的には公益性があっても、批判した当人の内心では公益を図ったものではないはずだと勝手な想像で決めつけ、だから違法だという判決になる。

 まったく、無茶苦茶な屁理屈であるだけでなく、それを社会的地位によって正反対に当てはめることをしている。すべては権力の所持あるいは権力への距離なのだ。
 それで、権力に媚びる仕事をしている櫻井が勝たせてもらったのだ。今回の問題は、朝日新聞が当時の木村社長の背任行為のため政治的圧力に屈し、そこで問題になった記事を書いた当時の記者は、すでに退職しているのに迫害を受けてしまったため反撃しようとして、元記者の立場から訴訟をした。
 これでは勝てるわけがない。不当ではあるが。

 そもそも、この日本で、政治的な迫害を受けたことに対して後から法的救済を求めても、そんなことを司法に期待できるわけがない。
 そんなことも植村という人はわからなかったのかと不可解だが、これは敗訴の結果をうけて「ほらみたことか」と言っているのではなく、当方はすでに拙書『朝日新聞の逆襲』の中で一項をもうけて述べているので、読んだ方々にはお解りだろう。
f0133526_17314410.jpg





[PR]
# by ruhiginoue | 2018-11-10 12:01 | 司法 | Trackback | Comments(2)
 一部の報道によると、トルコの国策航空会社は、安田純平氏が帰国する時の航空券代金を、当人から支払いの意思を表明されたが、「好意」により受け取りを辞退したそうだ。

f0133526_09584155.jpg

 これについて、イラクで拘束された人たちが解放された時に自己責任だとして航空券の料金を払わさせた日本政府と比較したり、トルコが日本と歴史的に友好国であるとか、トルコもジャーナリストを尊重したとか、人道的見地からの善処だとか、賛美している人たちがいる。
 これらはだいたい、日本政府に対して批判的な、反自民とかリベラルとか言われる人たちだ。

 しかし、あまり美談として仕立てあげるべきではない。
 これまでトルコは、シリアのアサド政権と激しく対立しており、そのアサド政権が悪いとひたすら言うばかりの安田純平氏(その単純な認識には疑問を呈する中東専門家もいるほど)について、トルコ側が好意的であっても、むしろ当然である。

 しかも、このところトルコの政治は独裁化と強権化していて、外国人ジャーナリストの不審死などもあって、世界的に注目と問題視されている。
 このことを忘れて、日本人たった一人それもトルコ政府に好都合な人の飛行機代を辞退したくらいで讃えてしまう「リベラル」で「反自民」の日本人たちがいるというわけだ。

 つまり、そんな人たちは「外国に比べて日本は〜」という批判をしたくてしょうがないから、「民主主義の欧米ではジャーナリズムが尊重されているが~」と言う。現実は、欧米の大手マスコミなんて権力の手先で、政治家は好都合な報道をする記者にだけ好意を見せるのである。
 なのに、欧米崇拝や白人コンプレックスということだろう。
 そして今度は、このところ独裁体制を強めて国際的に批判されているトルコまで賛美してしまう。

 このようなオマヌケさんやオオボケさんが、反自民とかリベラルとか呼ばれたり自称したりする連中にいっぱい。嘆かわしいというか、所詮は日本と言うべきか、である。






[PR]
# by ruhiginoue | 2018-11-09 19:00 | 国際 | Trackback | Comments(0)
 商売右翼放送といわれる『チャンネル桜』の水島社長が、商売には好都合な安部総理を懸命に擁護して見せたが、これに対して、右派の論客で歴史修正主義者の西尾幹二もと電通大教授(ドイツ文学)は「戦後最悪の総理大臣」と切って捨てたことがある。
 このさい西尾氏は、安部総理は配偶者が悪いとしながら「似たもの夫婦」だからダメなんだと指摘していた。

 この安倍昭恵夫人は、学歴が話題になったことがある。四十代の時に社会人として立教大学の大学院に入って修士号を取得しているが、そのさい進歩的な人達と一緒だったので影響され、原発や消費税のことで夫の政策を批判することがあるようになったのだろうという推測も出ていた。
 そして夫は、文句があるなら離婚だと言い出されるのが怖いのだと、自民党内に笑う人たちがいると雑誌に報じられたこともある。

 この昭恵夫人の大学院行きは、学歴コンプレックスによるものだろうと言われている。彼女は森永の社長の娘で、お嬢様学校の代表格とされ皇后も出ている聖心女子に行っていたが、その高校から大学には進学しなかった。
 そんな人は一割ほどの少数派らしく、大学ではなく聖心女子専門学校に行っており、これは就職せず花嫁修業するコースということだ。しかし、そこも二年留年しての卒業だから、よっぽど学校の勉強をしてなかったのだろうという噂が専らである。
 だから、後から学歴が気になって大学院に入ったと見られている。

 だいたい、金持ちの家の子供で勉強しないなら、金で卒業できる私立大学に行くものだ。他でもない安部総理が、そうだ。それすらできなかった安部総理夫人ということである。
 しかし、紹介されたから仕方なく見合いしたらしい昭恵さんは、その気がなかったせいか当日は遅刻して来て、周囲は呆れたり怒ったりしていたのに、なぜか晋三さんは昭恵さんを大いに気に入ってしまったそうだ。
 なにがそんなに良かったのか。どう見ても美人ではないのに。これは巷でもよく言われている。
 
 しかし、結婚式の写真など当時の昭恵氏を見ると、その、金持ちのお嬢様なのに金次第の私大にも行けなかったほど勉強しないで遊んでいた女性というのが納得の風貌で、そのヤンキーふうでチャラい華やかな印象が、育ちはよさそうだが優等生という感じは到底しない上なんとも冴えない雰囲気の晋三坊ちゃんからすると、非常に魅力的だったと考えられる。
 とにかく昔の写真を見ると納得できるのだ。

f0133526_15593509.jpg
 
 あの西川史子というタレント女医が、嫌いだと公言していた安倍夫人と会った途端に、自分の認識は間違っていたと言い出して昭恵さんを絶賛しはじめたからバカと言われているけど、そう言われて自分の評判を墜とす危険くらい彼女の頭でも予想できそうなものだから、それでもああなってしまったのは懐柔されたのではなく脅迫されたか、それに近いことをされたのだろう。
 もちろん大手マスコミの重役たちだって、それなりの給料をとっているのに寿司なんかを奢られた程度で懐柔はされないはずで、安部総理の側から圧力をかけられたはずだ。
 それとは少々違い、今でこそタレントだが元は一応たくさん勉強して東大や慶応ではないけど医学部を出て医師になった女性が、今は総理夫人だけど元は親が金持ちのなのにお嬢様大学にも行けなかったヤンキーネーチャンの女性を、嫌っていたのに会ったら急変というのだから、なにか怖かったとしか思えないだろう。
 






[PR]
# by ruhiginoue | 2018-11-08 16:09 | 政治 | Trackback | Comments(3)
 中東をよく取材している西谷文和氏の話から、日本人の甘さを感じる。
 そして、あの安田純平という人も、なんであのように変な取材レポートをし、これを日本人の多くが受け容れるのか理解できる気がする。

 まず西谷氏が述べるシリア情勢であるが、それによると、アサド大統領も周囲の軍人らも、地元にある次のような喩え話の論理であり、それが原因なのだそうだ。
 昔ある老人が、食用の七面鳥を盗まれた。これは忌々しきことだと老人は言ったが、息子たちは七面鳥くらいいいじゃないかと軽く見ていた。
 すると、さらに馬や駱駝など大きな家畜が盗まれ、挙句に娘が襲われてレイプされる事件まで起きてしまう。
 その間ずっと、老人は七面鳥を盗まれたことにこだわっていた。七面鳥くらいまあいいかと言っていたら、あいつからは安心して盗めるぞと思われてしまったのだと。
 この言い伝えの発想だから、もともと宗教対立があったところへ反政府デモが起きると、シリア政府の取り締まりは徹底的に厳しく、死傷者が出ようと一切妥協しなかった。ここから内戦に発展して悲惨なことになったと指摘する西谷氏は、あのときアサド大統領が話し合いをしていれば、このような悲惨な内戦にはならなかったと結論する。

 しかし、日本の国会議事堂前で行われる政府批判のデモや集会と、中近東の厳しい宗教対立を背景にしたデモや集会の修羅場とでは、緊張が大違いである。話し合いで解決どころか、もしも話し合いに応じる姿勢を見せていたら、七面鳥くらいと言うのと同じで、そこへ周辺諸国や欧米が早速に介入してきて、アサド大統領らはとっくに殺害されていただろう。
 そのうえ、国内が混乱して強権政治下より悪いことになる。ちょうどリビアのように。
 やや緊張が緩いというか単純な朝鮮半島でさえも、相手が日本だからここは穏便に話し合い懸案も解決しようと妥協したところへ、すかさずアメリカが介入してきて際どいことになり、金正日総書記が「不意打ち食らった」と言って自分の甘さを反省したほどである。
 
 なのに、危険な旅に何度も出たという武勇伝を落合信彦ばりに語る西谷氏でさえこれだから、安田氏の単純で薄っぺらいレポートが日本で受け容れられてしまうのは、日本のテレビ局が欧米寄り報道を求めている(あるいは強いられている)ためだけではなく、日本人の甘さによっていると考えられる。
 この甘さに白人コンプレックスが融合して「民主主義の欧米では報道の大切さが認識されているのでジャーナリストをバッシングしない」などと言わせる。アメリカに媚びて庶民を苦しめる自民党政権を批判している人たちまでが、この妄想の滑稽さに気づかない。

 ただ、これは日本人がおっとりした民族であるため平和ボケしているということではなく、日本人は普段から「なんでも話し合いで解決するべきだし、それは可能なことだ」という心にもないことを平気で言っている嘘つき民族だということだ。
 もともと日本人は、上辺は甘いお人よしだけれど実は非情で汚く、ここは穏便にと言っておいて、それでは誠実に応じましょうという態度を相手が見せると途端に露骨な手のひら返しをするものだ。
 これを、日本人はいつもやっているのに自覚していないから、他国のことだと「話し合いで解決しないから悪い」と言い、自国のことになると「話し合いで解決できるわけがない」と、なるのだ。

 
f0133526_11101945.png
 




[PR]
# by ruhiginoue | 2018-11-07 19:19 | 国際 | Trackback | Comments(3)
 先日、市民団体が主催する上映会に出かけて『米軍が最も恐れた男その名は、カメジロー』を観た。
 

f0133526_14305821.jpg

 これを観て思うことはたくさんあった。
 例えば、インタビューに出てくる稲峰恵一元沖縄県知事である。なんでこの人が、と思うと同時に、かつてとは人相が別人で、あの悪人面はどこへ行ったのかと唖然とするほどだった。二枚舌とか言われる人だけど、顔まで変わるのだろうか。
 
 あと、アメリカが沖縄に対して圧力をかけてきた手口については、資金の口座を凍結するなどで兵糧攻めにしながら平行してプロバガンダを行うなど、まったく今の中東その他に対する手法と同じである。
 こういうことに、まるで気づかない人が多い。アメリカに苦しめられている日本特に沖縄について関心がある人たちが、なぜか欧米によって野蛮人や非民主と宣伝されながら軍事と経済の両方で責められている国や人については、欧米の側になってしまうのか。
 それだけ、戦後アメリカの占領政策がうまくいったということだろう。
 
 これが沖縄だと違ってくる。最初は日本軍の暴虐から米軍が解放してくれて良かったと本当に思っていたし、実際にそうだったが、その後は解放軍ではなく占領軍となって横暴の限り。問題は一部の不良米兵のことだからと苦情を訴えれば対処してくれると思ったら大間違いで、占領者は被占領者に聞く耳持たないと言い出す。
 それによって不合理で理不尽となってしまい、基地問題で解決できることもできなくなってしまったことを、アメリカ側でも認める人がいて証言する。ここが他の日本と異なる。

 そんな沖縄でも、もとは気づけない人のほうが多かったが、そこへ現れたのが瀬長亀次郎であった。沖縄市長さらに国会議員として活動する彼の不屈を支える精神力には、達観と楽観があった。ここは面白かった。

 帰りは近所の店でソーキそば。


[PR]
# by ruhiginoue | 2018-11-06 15:00 | 映画 | Trackback | Comments(0)
 発売当初は変な味だとか言われて、マンガ『美味しんぼ』でもこき下ろされていた、スーパードライというのが今では定着していて、今日も飲食店で飲んでいる人をみかけたが、あれはビールだと思うから不味いのであって、食事するときの飲み物なのだと思えば料理によっては合うと言う人がいる。

f0133526_17205525.jpg

 このスーパードライの宣伝に出ていた「国際ジャーナリスト落合信彦」というのは何なのかとも言われたものだが、これについても、あれは到底ジャーナリストなんてものではないデタラメばかり言ったり書いたりしているという指摘とともに、落合信彦をデタラメというのはプロレスに八百長試合というようなもので、そうだと思っていながら面白がるものだから、真面目に考えてはいけないという指摘もあった。
 つまりスーパードライの宣伝には適材だったということだろうか。

 また、あの当時、朝日新聞の本多勝一記者は、この宣伝の落合信彦という人が何なのかとは別に、ジャーナリストに国際も国内も無いと指摘していた。ただ、本多勝一氏とは朝日新聞の同僚で対談もしている伊藤千尋記者は、外国語が得意でよく海外取材に行くためか「国際ジャーナリスト」と呼ばれたことがある。
 そうなると、本多勝一氏のように国際も国内も両方というほうが珍しいのだろうか。そんなことはないだろう。

 ここでもう一つ疑問なのが「戦場ジャーナリスト」と自称している人たちのことだ。
 そもそも、ジャーナリストに分野などあまり意味が無いというだけでなく、命の危険があるのは戦争の取材だけではない。国の内外問わず、暴力団や権力など人間が危ないことと共に、災害や元々過酷な環境や野生動物など自然が対象でも命がけということが色々とある。
 これは実際に日本人の記者とカメラマンで、写真を撮っていたら銃弾に当たってしまい死んだ人だけでなく、被写体が怒ってしまい襲われて死んだ人は、相手が人間と動物の両方の場合があった。

 それなのに、「戦場ジャーナリスト」とか「戦場カメラマン」などと自称している人達がいるから、なにやらことさら危険な取材をしていることをウリにしているような感じがして、これを恰好つけていて生意気だと思った人達が、政府の言い訳「自己責任論」に便乗して、勝手に危険なところに行って商売してるだけじゃないかと非難するのだろう。
 しょせんその程度のこと。

 だから、あくまで問題は取材とか記事とかの中身であるはずなのに、どうでもいいことで騒いでいる人達が多すぎる、というわけだ。



[PR]
# by ruhiginoue | 2018-11-05 17:21 | 国際 | Trackback | Comments(2)
 Twitterで記者会見をみていたら、あの安田純平氏は、自分の為に尽力してくれた人と、自分が心配かけた人に、お礼とお詫びを言い頭を下げた。これは当たり前だ。

 だけど、それ以外の関係ない人たちが、彼は皆に迷惑をかけたのだから謝るべきだと言っている。
 これはネット上で喚く人たちだけでなく、現実社会でも主流派ではないかと思えるくらいだ。

 ここには、日本政府が身代金を払ったので国民の税金がよけいに使われた、などの誤解も見受けられるが、そんなのは論外である。

 それとは違い、とにかく騒ぎになったから、ということである。非や責任の有無ではない。だから、誰かに対してではなく、皆に謝れ、となるのだ。

 このようなことは、日本によくあるというより日本では普通だろう。ほかにも色々とある。
 例えば、病院や医師の過ちで患者が死んだりすると、病院の関係者が記者会見して、やはり最後は立ち上がりカメラに向かい身を90度に屈して詫びて見せるが、そのあと患者や遺族に訴えられると居直って、一切責任は無いと主張する。あのとき詫びたのは、あくまで世間に対して、お騒がせしてすみませんという意味だからだ。

f0133526_15381657.png

 また、被害者である患者や遺族も、泣き寝入りしないと世間から白い目で見られる。これは、裁判で勝訴した、医師や病院が非や責任を認めた、主張が正しいと証明された、という結果でも同じだ。
 どちらが正しいかなんて関係なく、波風を立て平穏を乱したことを世間から責められているのだ。

 これは実に日本的である。
 安田純平氏のことに限らず、医療でも他の問題でも同じで、日本では物事の中身ではなく、何か騒ぎになった波風を立てた平穏を乱したからケシカランということになるのだ。

 この日本的な発想は、おそらく大昔に聖徳太子が説いていた「和」の精神なのだろう。
 なんと、これが日本の民主主義の基であると、もと弁護士の大臣も務めた国会議員が国会で演説していた。つい先日のことである。
 それだけ根強いということだ。日本人の骨の髄までしみ込んでDNAにも組み込まれいるとしか思えないほどだから、これに疑義を差し挟むと「反日」ということになるのだろう。




[PR]
# by ruhiginoue | 2018-11-04 15:35 | 社会 | Trackback | Comments(4)