井上靜の気楽ゆえ率直な日誌です。気楽にコメントしてください。おたよりも同様にe-mail:ruhig@outlook.jpまで。下記の拙書を購入でご支援をいただけたら助かります。


by ruhiginoue
 かつて、中学のころの教師が少林寺拳法の有段者だったので、教わったことがある。少林寺拳法は各地に道場があり、警察や自衛隊でも一般開放した教室を催しているが、段位を獲得するためには四国にある本部へ行く必要がある。
 それで、この先生も四国にはるばる出向いたそうだ。当時は瀬戸大橋が無かったから小柳ルミ子のヒット曲『瀬戸の花嫁』みたいに船に乗って行き、さらに武術家たちが居並ぶ本部に着いたから、まるで『燃えよドラゴン』みたいな感じがしたそうだ。

 どうして少林寺拳法は、四国の本部に行かないと段位を取得できないのか。
 これは統制して分派ができないようにしているためらしい。他の武術だと、例えば極真空手は弟子たちが分裂して派閥争いになり大会も別々に開催しているけれど、こうならないようにして少林寺拳法は上手く行っているようだ。

 これと同様に、日本最古の政党となっている共産党は、分派ができないように腐心してきたから続いていると言える。
 このやり方を中央集権とか統制主義とか言って非難する者がいたけれど、現実を見れば、共産党から離れて別の団体を結成した者たちは皆うまくいかなかったし、他の政党でも社会党が路線対立から党勢が衰退したうえ分裂している。

 そもそも、どんなことでもそれについて特に関心のある人たちが集まってやっているのだから、それがダメだからと別にやったところで、うまくいくはずなど無いのだ。
 それなのに同類を名乗られては迷惑だから、分派ではなく無関係な連中が勝手にやっているだけということにしてしまうのが一番である。

 もちろん、目新しいと注目はされる。
 しかし、一時的である。歌舞伎を批判して新国劇ができて、一時は隆盛を極めたがすぐに衰退して、一番の演目だった国定忠治を最後に廃業し「赤城の山も今宵限り」のセリフでは出演者も観客も泣いていたそうだが、この一方で古いままの歌舞伎は続いている。

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 これは自民党を批判している保守政党も同じことだ。新自由クラブ、新党さきがけ、日本新党、新進党、これらの残党だから、民主党も民進党も立憲民主党も国民民主党も、一時の注目だけで終わり、自民党に吸収されるか自然消滅されるか、だろう。




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# by ruhiginoue | 2019-01-16 15:56 | 政治 | Trackback | Comments(1)
 昔、政府予算について、防衛費を対GNP比1%以内としていたが、これはGNPが多かった時代に作られたことなので、歯止めを設けるというけど実際には軍拡の口実だったと指摘されていた。もちろんGNPも、ほんとうに経済力を反映した数値かというと正確さに疑念があった。
 ところが、この「歯止め」が守れなくなった。アメリカが軍拡に付き合えと要求してきたうえGNPの数値が減ったからだ。

 ここで御用評論家たちがマスコミとくにテレビで、アメリカとの付き合いのほうが大事だとか、対GNP比なんてもともと無意味だったとか、正当化の宣伝をした。
 しかし当時すでに指摘されていたとおり、経済の成長が鈍化した時こそ、軍拡に歯止めを設けておかなければ国力の衰退によってむしろ危険であるから、ここを無視しての正当化は「木を見て森を見ない」ものであった。
 
 だから、金のために正当化する御用評論家がどう喚こうと、その虚偽を見抜く一般人は大勢いた。
 そして、こうした政府のやり方に反対する人がどれくらいいるかと街頭での投票をテレビのライブで実施したら結構な数になったのだが、するとスタジオにいた自民党の浜田幸一(今の浜田の父)が「東京でやるからだ。田舎でやれば違う」と言った。
 この田舎とは彼の選挙区の千葉のことだろう。選挙運動で握手するため作業中の人がいる田んぼへ入って行き、泥まみれになるのを目立たせるよう白いスーツを着た、そうやってたぶらかしてやった、などと誇る人らしい言い分であった。

 しかし、田舎でなくても、インタビューなんて対象を恣意的に選べば結論は操作できる。
 だから、渋谷か新宿の辺りで取られたと思われるテレビ局の街頭インタビューでも、「沖縄県の辺野古で、とうとう土砂が投入されましたが、どう思いますか」と言う質問に今風の若い女性が「へぇ~そうなんですかぁ~興味ないから分かりません」なんて、最初からそう答えそうな人である。
 そして、これを見た若い人は吊られて同調する。若い人は連鎖反応しやすく、同世代の人たちの自殺が相次いだと報道されると影響されて死ぬから、煽るのはよせとテレビは苦言を呈されてきたものだ。
 これを応用し、昔からテレビは政権に媚びて、この手法を用いて来たのだ。


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# by ruhiginoue | 2019-01-15 12:44 | 社会 | Trackback | Comments(0)
 子供がテレビに夢中になっていて宿題をやらないと親が言うのと違い、大人でテレビばかりの人たちがいて、その家族が悩んでいることがある。
 このうち、好きな番組があるとか、興味がある内容を扱っているとか、そうではないが退屈なので何か面白いことはないかとつけてチャンネルを頻繁に変えている、というのではなく、ただつけっぱなしにしている人は、だいたい孤独だからだ。その証拠に、独居老人がよくやっている。
 ところが、家族と一緒に住んでいるのに、ひっきりなしにテレビという人は、だいたい配偶者に不満があるものだ。会話しても面白くないとか色々あって、だからテレビのほうがマシというわけだ。

 これについて、ある男性が言っていたけれど、もちろん妻は夫に不満があるだろうが、そうでなくても彼の妻はもともとテレビばかりという人で、それは子供のころからで、大人になっても変わらず、子供が勉強しているのだからたまには消せと言っても聞かないそうだ。
 そんな人の多くは田舎育ちの人が多く、テレビがついていないと世間から取り残されるという強迫観念に囚われているものだ。
 しかし、そんな田舎育ちの人でも、最近のテレビは内容が乏しくてうるさいばかりだから、テレビが要らなくなったと言うようになった。
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 ところが、前にデジタル放送で画質と音質が良くなるのでテレビがもっと楽しくなると言う人がいたけれど、それでも内容が伴っていなければ意味がないはずだが、そう言う人は内容がどうかと考える感覚がない。
 だから、そもそも画質と音質が良くなるという話も、そういう宣伝がされてるので素直に思い込むだけだから、内容がツマラナイのでは意味がないじゃないかと言ってもチンプンカンプンである。

 こんな人は、ビールの味などわからず「のどごしが」と宣伝をオウム返しするし、コンビニで大量廃棄されている恵方巻を食べると縁起がいいと信じているものだ。
 ある意味で幸せなのだろう。



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# by ruhiginoue | 2019-01-14 06:22 | 雑感 | Trackback | Comments(0)

嫦娥4号とカプリコン・1

 中国の探査機「嫦娥4号」が月面の裏側を撮影した画像が話題だが、月はどうして地球に同じ方向を向けているのかということを、かつてアイザック=アジモフが解説していて、それと同時に、月に6回も行って何が解ったのかというと調査の結果とうてい住めないということだと述べていた。

 また、住めないうえ、資源が見つかりそうもなく、それで月に行くことが何十年も途絶えていると言われている。ところが、行かなくなったことから、実は月に行ったのは嘘で、フェイク映像を見せられているのだという噂がある。
 しかし、月は空気が無いので風が吹かないから、宇宙飛行士の足跡や月面車の轍が何十年も残っていて、これを無人探査機が撮影したから、いちおう着陸はしたのだろうと言われている。予定の場からズレてはいたが。

 このフェイク説から『カプリコン・1』という映画が作られたのだが、そのため誤解されていて、これはSF映画ではないのだ。背景にNASAの陰謀があるというだけで、話の筋としては、セットで芝居をやらされた宇宙飛行士たちが口封じのため消されそうになって逃げだし、やはり口封じで失踪したスタッフの件を追及していた記者が、宇宙飛行士を見つけて助け、追いかけられて逃げ回るという、まったくB級のサスペンスとアクションの内容である。

 この『カプリコン・1』の脚本・監督ピーター=ハイアムズは、後に『カナディアン・エクスプレス』という映画を、自ら脚本・監督で撮っているが、これは裁判で証言されないように口封じしようと狙う犯罪組織から証人の女性を守って逃げる検察官の話で、背景が違うだけで筋や見せ場は『カプリコン・1』と同じである。
 こちらはB級アクション・サスペンス映画として良く出来ていると公開当時から言われていた。

 ところが『カプリコン・1』はSF映画の大作だと勘違いしている人が、特に日本には多い。
 そのわけは音楽のド迫力のためで、この曲を『川口浩の探検隊』など色々なテレビ番組が場面を煽るために流用していたから、映画を観ていない人も音楽だけ知っている。そしてポスターの図案になっているロケットと宇宙飛行士を合わせた印象から、壮大なSF映画だと思い込んでいる人たちがいるのだ。

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 そして、作曲したジェリー=ゴールドスミスは、映画音楽のコンサートで来日したさい、よく『カプリコン・1』のレコードやCDにサインしてくれとせがまれるので「『カプリコン・1』は日本でポピュラーなのか?」と言ったそうだ。

 とにかく、『カプリコン・1』はSF映画ではないのだ。










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# by ruhiginoue | 2019-01-13 06:03 | 映画 | Trackback | Comments(0)
 安倍総理は、カルト宗教との癒着から「安部壺三」と皮肉られたり、選挙妨害の報酬をケチった仕返しでヤクザに火炎瓶を投げられたからと「安倍瓶三」と皮肉られたり、また嘘を平気でつくので「安部捏造」とも言われたが、それらとともに、激しい下痢を催す腸の持病から「安倍ゲリゾー」と侮辱されている。

 そのうち最後のものは、病気を揶揄することなので、皮肉ではすまないからダメだと言う人もいる。もちろん病気を揶揄してはいけないが、問題なのは、その対応である。
 まず、自ら「最高責任者」と言っており緊急事態に対応する立場でもあるのに、病気で深刻だったことを隠したことがある。前に中途で辞任した時がそうだった。

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 また、その後は新薬が効いていると言うけれど、便所に行くため国会を無断で抜け出して審議に影響し、議長から注意された。
 しかも、そのさい照れ隠しでズボンをズリ上げて見せる下品な仕草をして見せた。テレビに映ってもいるのに。この仕草は欧米だと卑猥な意味があるゼスチャーだから性犯罪の意図を疑われたりセクハラと看做されたりもする。

 もう一つ、安倍総理の身体的問題として、子供ができないことがある。これは女性のほうに原因があるかもしれず、不妊治療をしたが授からなかったと昭恵夫人が言っていた。
 これを「種無し」とか「産まず女」とか侮辱をしたら、今では差別として許されない。
 しかし、昔はそういうことが当たり前で、子供を作らないのは御家や御国のためにならないから、どんなに好きな相手でも離縁するというのが昔の常識だった。それも女性に対して男性から一方的に「三行半」を渡すことで離婚成立であった。このように昔は男女平等ではなかったのだ。

 そうした封建的な価値観を現代日本に復活させようという復古主義的極右団体の支持を受ける安倍総理は、自らも、男女平等や個人の尊重はとんでもないことであると公言し、そんなもの全否定すべきで、それが戦後70年も続いてしまって日本人の道徳が悪化したのだから「みっもとない憲法」を変えないといけないと主張し続けてきた。
 さらに、もともと差別主義者として悪名高い杉田水脈という女性を自民党の比例名簿に載せて当選させた。すると杉田議員は早速、子供ができない家庭は「生産性が無い」とし、同性愛者が円満な家庭を築いていることなどにケチをつけたうえで社会的に平等な扱いをしてはならないと誌上で発言した。

 これが国会議員による差別発言だと問題になり海外にまで騒ぎが広がると、安倍総理はいちおう杉田議員に注意したが、甘い対応だと批判を受けていて、おそらく自分で推挙したのだからバツ悪かったのだろう。
 このさい安倍総理は、自分も子供ができなかったから杉田議員の発言には傷ついたと言っていた。

 このように安倍総理は、自分が差別される立場になってみないと差別はダメだということが解らない。
 そういう人はよくいるもので、そんな人には道理を説いても無駄である。同じ病気の人などが不愉快になるという問題があるけれど、そこをなんとか配慮して、平気で差別する人だけは同じ内容の差別に限ってはしてもいい、とするしかないのではないか。





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# by ruhiginoue | 2019-01-12 14:04 | 政治 | Trackback | Comments(2)

医大のネット広告

 最近、いくつもの大学医学部で、入試の採点が不正だったと発覚している。

 そのうち、卒業生の子供だからと特別扱いしていた日本大学などは、この種のことは昔からあったので、まだやっていたのかと呆れるしかない。
 ところが、順天堂大学では女子や浪人回数の多い受験生を不利に扱っていたそうで、その訳が、女子はコミュニケーション能力が高いので面接でも受け答えが上手だから、20歳過ぎれば差がなくなるので「男子を補正」するため女子を一律に減点した、というのだ。
 まったく変な話である。

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 すこし前に、東京医大で同じことをしていたことが問題になったけれど、それは腕力があったり産休とらなかったりの男性医師がもっと欲しいということだったので、それなら東京女子医大というのがあるのだから、東京医大は東京男子医大になればいいだろう。堂々とやらずにコソコソとやるから不正なのだ。

 これは順天堂も同じ。女性は男性より成長が早いから、学校の勉強なんて十代のうちは女性が男性に勝って当たり前だ。だから男性に配慮するなら、浪人を歓迎すべきだ。なのに、なんで浪人回数が多いと排除なのか。矛盾している。若い人のほうがこき使えて便利というのもあるだろうが、浪人の数年でそんなに大きな違いはないだろう。
 もっと後に志望する人だと体力の差がでるが、そんな後から医学部に入りたいと言い出す人はだいたい実務より研究がしたいからという人が多い。それを受け容れたくないのなら、そういう人はうちではなく東大に行ってくださいと言えばいい。そのほうが有利だし、現に東大は医学部に限らず年齢不問だと宣言している

 そんな時、ネット上の広告で、ハンガリーの医学部では英語で授業を受けられるから、国際医師になりたい人はどうかというのをよく見かける。これはどうなのだろうか。マジャル語は馴染みが無いけれど英語ならなんとかなる人は多いだろう。自分でも興味がある。ただ、どの程度の英語が必要なのかわからない。
 とにかく、外国で質が良いなら、金かけても行ったほうがいいだろう。
 


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# by ruhiginoue | 2019-01-11 21:00 | 学術 | Trackback | Comments(2)
 『通販生活』2019春号に、落合恵子と広河隆一の対談記事が掲載されていて、おそらく出来上がってしまっていて対応が間に合わなかったのだろうとか、それで気の毒とか、色々と言われている。

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 ここに登場する小説家の落合恵子は、レイプやセクシャルハラスメントを題名そのものにして性暴力を告発する小説を発表し、それらが映画化やテレビドラマ化されている。
 なのに、その性暴力を仕事の立場を悪用して長きにわたって行使しつづけてきた広河隆一と対談とは、悪い冗談としか言いようがない。
 
 かつて『通販生活』は、今のように有名になる前の、「ナンシー関の記憶イラスト」あたりから、ずっと定期購読していて、当時どんな記事があったかみんな言えるくらい愛読してたけれど、社会派を始めてから共感できなくて止めてしまった。

 この社会派について、『通販生活』は、それが気に入らないと言う人たちに対して毅然として声明を発した。
 「そういうことが『左翼』だと言う人がいます。戦争まっぴら原発事故まっぴらが『左翼』なら、左翼で結構です。良い商品が買いたいだけだという人は、記事が読みたくないなら読まなくて結構です。そうした記事が不愉快だから購読しないという人は仕方がありません。今までご購入ありがとうございました」
 こんな趣旨だった。これは立派な姿勢だと思う。

 しかし出て来るのが、ろくでもない人ばかりだった。佐高信とか胸糞悪すぎ。これでは社会派ぶっているだけでニセモノだから、購読をやめたのだった。
 そして、やはり広河隆一が出て来た、まさか告発記事が週刊誌に掲載されるとは思わなかったのだろうが、そうでなくてもニセモノと気づかないとは間抜けである。
 
 ここで広河隆一は、危険な戦場に行くジャーナリストと自画自賛している。よく恥ずかしくないものだと思うが、だいたい「戦場ジャーナリスト」と名乗っている人達は気取っているもので、命がけのように装っているが、身の安全とマスコミに売ることが何より。それゆえ報道の中身はお粗末で、反権力と格好つけているが実際は真逆の効果の報道をしている。有名な人ほど、そうである。当たり前だが。
 これについては過日述べた通りであるし、拙書『朝日新聞の逆襲』でも主要なテーマの一つとしている。

 この格好つけ屋の最たる広河隆一は、立場を悪用しただけでなく勘違いもしてるようだ。彼は、フォトジャーナリストの仕事に憧れている人なら自分に憧れるあまり身体も提供するはずだと信じていた、という趣旨の弁解してた。
 ということは、彼は自分について、まるでロック歌手のスーパースターみたいに錯覚していたのだろう。それでフォトジャーナリズムに関心があると言う女性は、自分のファンだからグルーピーになると思ってしまった。

 これは、反権力の人が道を踏み外して残念なことになったのではなく、格好つけ屋がある意味で必然的にやらかしたことである。最初から見抜いていないといけないし、見抜けるはずだが、見る目の無い人達は少なくなかったのだ。




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# by ruhiginoue | 2019-01-10 17:08 | 社会 | Trackback | Comments(0)
 過日、子供が薬の副作用による被害に遭ったと訴えている親たちが、その子供を医療機関に連れて行ったら、そこで診察した医師から、そんなことは無いとか、子供が演技をしているとか、頭ごなしに嫌らしい調子で否定されたという証言をしていた。
 
 これについて、医師の性格や人間性の問題だと受け取っている人もいるし、あるいは製薬業界から研究資金の提供を受けていたり、そのような者が上司であったり、という関係が指摘される医師がいるので、その影響を疑う人もいる。

 それらもあるだろうが、現実は、もっと単純だったりする。
 例えば、医師は診察の依頼をされたら拒否できないので、仕方なく診ただけだということにもなり、後で証言などを求められても嫌なら断れるけれど、後から診た医師すなわち「後医」になると、自分の意思で診たことになるから、証言などを断れなくなることがあって、このため何か問題が起きた患者に対しては、巻き込まれたくないからと拒絶の態度をとることが多い。

 もっと深刻で醜いことに、被害の原因を作った医師が責任逃れしようとして、後から診察や治療をした医師のせいにすることがある。これを恐れて逃げる医師もいるのだ。

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 これは防衛医大が、そうだった。後で治療のために手術をした医師が悪いのではないかと、裁判で言い出したのだ。

 それで、裁判で明らかにしようということになったら、国が嫌がった。後で手術をしたのは東京警察病院である。防衛医大が責任逃れのため東京警察病院のせいじゃないかと言い出し、これについてどうかと東京警察病院に訊けば当然ながら反論するだろう。
 そうなると、裁判で自衛隊と警察が対立することになる。そんなこと国としては、やらせられない。
 そこで、国が責任をとって賠償金を払うけれど、悪いのは担当の医師だということにしたわけだ。

 このため、裁判所が国の非を認め、そのうえ国は控訴もせず受け入れ、非常に困難な国賠訴訟で患者側が勝ったから画期的だとマスコミに取り上げられたのだが、しかし責任問題としては「トカゲのシッポ切り」なのだ。
 この国側の目論見は成功し、現役自衛官から「しょうもない医者だけど、今はもう自衛隊の病院にいないんでしょう」と、よく言われたのだった。



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# by ruhiginoue | 2019-01-09 20:30 | 社会 | Trackback | Comments(0)
 自民党の平沢勝栄議員が「LGBTばかりになったら国はつぶれる」などと発言し、あれだけ杉田水脈議員の発言が党内外で大問題になったというのに、まったく自民党の差別体質は性懲りもなく度し難いと話題である。

 だいたい、明治時代に薩長によって捏造された「伝統」を有難がるのが「保守的」という滑稽なことが、今も日本では横行している。保守層に媚びる似非立憲民主主義政党が空々しいパフォーマンスで参拝した伊勢神宮にしても、明治時代に国家神道政策に利用されるまで天皇も参拝しなかった。

 もともと伊勢神宮の天照大神は、デビルマン(原作の方)の敵役と同じ両性具有で、出産することで女性の姿になったとされる。ほんらい日本は同性愛にも半陰陽(ふたなり)にも大らかで、そういう大らかな精神風土から信仰も生まれたのだ。
 それが明治時代になると国家神道政策により政治利用するため信仰を歪めた。このあげく、伊勢神宮参拝を強制してきておいて、いまさらLGBTは伝統に反しケシカランとか右派が言うから、なんとも滑稽な国になってしまったのだ。

 そして、平沢勝栄議員の発言とは山梨でのことだ。
 このさい渋谷区と世田谷区が実施する同性婚の証明書発行について「先進区と自慢しているが、その考えが私にはわからない」とも言ったが、ようするに都会に対する田舎者のコンプレックスを利用して劣情に訴えかけたのだ。しょせん、その程度の議員だから、「保守層」実は田舎の程度が低い有権者たち、に対して媚びたのだろう。

 どんなバカでも今時は解っているとおりLGBTは「性的少数者」であり、これは圧倒的に少数派であり、趣味や流行ではないのだから仮に増やそうと努力したとしても「LGBTばかりになる」ことは有り得ない。
 これくらい平沢勝栄議員も解っているはずだ。なのに、彼は無知とか批判しても無駄だ。
 あくまで彼は、山梨という田舎に行き、東京の渋谷区と世田谷区という意識も制度も進んだ都会に対しコンプレックスを持つ遅れたド田舎の住民の劣情を刺激して、これを自分への支持に転換させようと意図したはずだ。

 だから、これは自民党の一議員の見識を問題にするより、あれがウケる糞田舎の体質および媚びるためバカな苦労をしている政治家どもを問題にしなければならないのだ。

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# by ruhiginoue | 2019-01-08 12:30 | 政治 | Trackback | Comments(5)
 立憲民主党が、1月4日に、枝野代表や福山幹事長ら首脳陣が揃って伊勢神宮を参詣したと広報した。

 みんな礼服を着て議員バッチを付けて。その様式から明らかに、よくある行楽や年中行事ではなく、宗教儀式であると同時に政治活動であった。これを党が公式に広報したのだ。こうなると、個人的な初詣を同じ党の人たちと一緒にしたのではない。
 つまり党を挙げて国会議員としての行為である。憲法の政教分離に違反しているから「立憲民主」の党名にも反している。

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 かつて、クリスチャンなのに伊勢神宮参拝を自民党から強制された大平首相や、連立政権の政策とは無関係なのに伊勢神宮参拝を自民党に強要された村山首相のことを、立憲民主党はどう考えて、党のみんなで伊勢神宮参拝をしたのだろうか。
 これは観光の「お伊勢参り」とは意味合いが全く違い、無見識・無節操にも程がある。

 とっくに伊勢神宮は、明治政府のために歴代神職を大量に解雇したり、大神宮改革をやったりして、まるで別のものに変わっている。
 例えば古事記にも載る由緒ある姓なのに伊福部昭が北海道出身なのは、親の代に国家神道政策の憂き目に遭い、中央から派遣された神官に先祖代々務めて来た伊勢の地を追われたからだ。それで彼は雅楽に背を向けアイヌなど少数民族の音楽に傾倒した。

 このようなこともあったほどだから、すでに伊勢神宮は伝統的ではなく政治的な施設である。靖国神社や明治神宮のように最初から政治的意図により作られたものとは違うというのは詭弁である。
 もしもメッカがダーイシュ(IS)に支配され、その宣伝に利用したり資金源にしたりが長く続いていたとしたら、そこに巡礼してイスラム教徒として他意は無いと言って通用するか。あくまで個人的ならともかく、政治団体や政党として行えば、協力したと見做されるだろう。
 この程度のことは、いくら軽々しさが特徴の旧民主党が多い立憲民主党でさえも、とっくに解っているはずだ。

 また、創価学会の開祖である牧口常三郎は伊勢神宮参拝を拒否したため逮捕され獄死したので、その創価学会を支持母体とする公明党が、自民党との連立を優先して節を曲げていることに、会の内外から疑問や批判の声が上がっていて、これも立憲民主党が知らないわけない。そんな自公政権を批判してきた立場なのだから。
 ところが立憲民主党は、公明党と同様、権力にすり寄り、蒙昧な保守層に媚を売った。つまり政権交代して独自の政策で筋を通す意思がないことを早くも表明したのだ。

 だいたい、立憲民主党の伊勢神宮参拝が問題になったのは、立憲主義を擁護して民主主義の実現を図るという党の基本理念に真っ向から反する行為だからで、個別の政策についてのことだったら枝葉の問題として批判はしても支持やサポーターをやめるとまで言い出す人はいなかっただろう。
 かつて伊勢神宮参拝は強要され、拒否したために国家権力に殺害された人もいた。だから憲法が政教分離を規定したのだ。なのに、そこへ党の代表たちが揃って参拝するなんて立憲主義が聞いて呆れると、みんなガッカリしたのだ。
 それを理解できない人たちは、靖国神社の場合と同様に、この程度のこと何が問題なのかと言うが、そんないい加減ではいけないというのが立憲主義の立場である。民主党の歴代党首は伊勢参拝してたのに今ごろ批判するなとか、共産党とは違う保守的な有権者の票を獲得する必要があるとか、そんな詭弁を見かけもするが、だったら分裂せずにいれば良かったけれど、それはダメだと現実が証明したので、新党を立ち上げたはずだ。

 ところが、この結党理念を自ら否定したのだから、これだけでもすでに立憲民主党は、もはや存在してはならない。サッサと解散するべきだ。

 この前年、鳩山元総理は米軍基地問題で辺野古に行っていたし、年末の恒例で山本太郎議員は貧しい人たちへの炊き出しを手伝っているが、そういうことせず、揃って伊勢神宮参拝する枝野代表ら、というのも実に醜い。
 もちろん、同じころ下手糞なゴルフにうつつを抜かしていた安倍総理が批判されたのは、ゴルフしたらいけないからではないし、炊き出しに参加しないと罪だからでもないし、総理大臣と野党の議員では立場も違う。
 しかし、苦労知らずの七光りが総理大臣になって、金持ちを優遇して弱者を迫害する政策をして、不祥事を起こしても居直っているから、このような比較をされたのだ。
 これと同じことで、辺野古にも炊き出しにも行かず、今の政治経済に苦しめられてはいない人たちや意識の低い人たちに媚びて見せたから、立憲民主党も自民党や公明党と同じ穴の狢だったということになるのだ。
 
 これに対し、立憲民主党の支持者たちの反応は二通りである。一つは、伊勢神宮参拝には問題があるとし、支持者として批判することで同党を良くしたいと言う人。もう一つは、批判に聞く耳を持たなくていいと言う人で、批判に対して具体性のある反論をしないから、支持者というより盲従者である。
 この両者で、前者が多ければ、立憲民主党は存続できる可能性もあるだろうが、ここまで無見識を露呈させられて、それでもまだなんとかなると期待する人は少ないはずだ。



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# by ruhiginoue | 2019-01-07 17:00 | 政治 | Trackback | Comments(14)