井上靜の気楽ゆえ率直な日誌です。気楽にコメントしてください。おたよりも同様にe-mail:ruhig@outlook.jpまで


by ruhiginoue

カテゴリ:学術( 119 )

 よく、「読み書き算盤」と、生活に必要な知識として言われるが、この点から学校の教科でも「国語算数」と先に言われる。では、あとの教科はどうか。他は趣味だから学校でやることないと言う愚かな人たちがいる。

 とんでもないことだ。ちゃんと考えて教科が設定されているのだ。これは戦争と平和のためである。
 「国語算数」に続いては「理科」だが、これは軍事研究に必要である一方、資源の問題を解決するなど戦争の原因を除去して逆に平和のためになる研究もする。
 次は「社会」だが、戦争は政治の手段なのだから武器が優れているだけではダメなので、必要である。逆に戦争を防ぐ学問にもなる。

 中学からは英語が加わるが、捕虜を尋問したり艦船を臨検したり通信傍受や諜報に役立ち戦争に必要である。逆に外交や文化交流により戦争を防ぎ平和に役立ちもする。

 他の教科はもっと軽んじられているが、しかし「体育」も兵士を強くするのに必要だからナポレオンは「ワーテルローの戦いではなく英国の運動場に負けた」と言ったし、平和運動にも体力は必要だから「若者よ体を鍛えておけ」(ぬやまひろし)という歌が学生運動で唄われていた。韓国が軍事政権を打倒して民主化したのは若者に体力があって学生運動が盛んだったことと関係があるけれど、この背景には兵役があった。

 「家庭科」は衣食住を通じて強い兵士を作ることになり、だから桜美林大学の川島四郎という有名な学者は、軍の学校で優秀だったから東大に進んだが、軍事力増強になると主張して栄養学を専攻した。この点で森鴎外は麦飯で脚気が防止できる経験則を、医学的根拠が不明確だと言って無視し、兵士たちを脚気にしてしまい軍医失格だった。

 「美術」と「音楽」は戦意高揚のプロバガンダに利用できるし、逆に反戦の意識を鼓舞したり平和交流の材料にしたりもできる。

 だから、ちゃんと学校の教科は国のため必要なことだと考えられている。なのに、この教科は必要でこの教科は不要とか言っている連中は、なぜそんなこと言うのか。その話を聞くと実は何も考えておらずテキトーに言っているだけなのだ。



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by ruhiginoue | 2018-09-14 19:37 | 学術 | Trackback | Comments(12)

北海道にはいません

 北海道で大規模な地震という事態で、今どこにいるのか、無事か、などと問い合わせてくる人もいるが、ずっと北海道にいたけれど、今は別のところにいる。
 だから、公共交通機関を利用するのでサバイバルナイフを別便で送ってもいるし、後に国会議事堂前にも行った
 
 もしも、まだ北海道に居たら大変な混乱に巻き込まれていただろう。知り合いの、まだ滞在している人や地元の人たちは、どうしていることか。連絡と情報のため電源難民になっている人たちの話題に、今まさに苦労と心配をしている人たちの様子を想像している。

 しかし、太陽光発電機を持っている人は、まだ少しはよいだろう。テントに備えていた人がいて、小さいものだとなかなか溜まらないので不便だが、緊急事態のときには役立つ。
  
 
 
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 北海道には、ソーラーパネルが目立つ。これは道南のもので、去年はまだ完成していなかった。

 これだけ地震の被害に遭っても原発やめないというのは、意固地になって無理心中のつもりかもしれない。
 
 






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by ruhiginoue | 2018-09-06 17:50 | 学術 | Trackback | Comments(7)
 東京医大の入学試験点操作で、受験料を返せと訴訟を起こす動きが元受験生たちにあり、弁護士も付いたそうだ。
 そうなって当然だ。女性を入れたくないなら、東京女子医大があるのだから、東京医大も東京男子医大になればいいのに、男女問わず入学試験をするのは受験料詐欺である。

 ただ、学部の一般入試だから点操作が問題になったが、編入や大学院ではもっと酷い。試験の点数による競争ではなく、気に入った者を選ぶ性質であるから、入れる気がないのに受験料で稼ぐため募集している私立大がある。

 もともと、私立学校にとって受験料は低コストで稼ぐことが出来るものだが、そこから稼ぐことが目的に変化してしまっている。
 しかも、編入や大学院では、面接で難癖をつけたり、特化した分野で流派の違いから排除したりと、いくらでも可能である。

 だから、国立大学を卒業した人が言っていたけど、私立大学の学士入学試験や編入試験で、満点だったことを面接で教授から「よっぽど勉強が好きなんだね」と嫌味ったらしく言われて落とされたそうで、それで私大はダメなんだと思って国立に行ったそうだ。

 また、その分野で教授より詳しかったり、その間違いを指摘、なんてこと大学院くらいの水準になればむしろ普通だが、それが「生意気」だと落とすこともある。

 これというのも、人材を育成するために学生を募集するなど二の次で、受験料は安易に儲かる、という私大の姿勢のためだ。
 これだから、未だに私大は見下されるのだ。

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画素はイメージです。(このエックスキユーズ多いね〜」






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by ruhiginoue | 2018-08-11 12:15 | 学術 | Trackback | Comments(2)
 東京医大の入学試験で、女性の点数を低くして男性の比率を増やしていたという報道があり、これが事実であれば、性差別によって不正が行われていたことになる。

 この動機として、女性が合格する比率が高いということがあり、しかし女性は結婚や出産で休職や離職をする人がいるので、その対策だったと言われている。
 そして、こういう事は他の医学部でも行われていたし、他の学部でも同様のことがあるという指摘がある。

 だいたい、そんなに女性の合格比率が高いのであるなら、それだけ女性は優秀なんだから、女性ばっかりにして多少離職者がいても大丈夫なようにしてしまえば良い。

 また、女性は男性よりも成長が早いため、学校の勉強も女性がリードしているものであるから、もしも男女比率が問題になるとしても、それは学校と入試の制度が悪いのだから、制度を改善するべきである。

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 そもそも、医師の養成を大学の医学部がやっていることが不適切である。
 もともと大学とは学問の場であり、資格を取る為の専門学校ではない。だから、六年制なんてことはしないで、大学とは別に養成所や研修制度を作るべきだ。
 こういう提言は昔からあった。

 つまり、医師になるためには絶対に医学部でなければならないという制度を改めれば、もっと優秀な医師が育成できて、人材難も解決だから、大学入試で変なことしなくても良いのである。







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by ruhiginoue | 2018-08-03 12:39 | 学術 | Trackback | Comments(6)
 知り合いで、元大学の先生の女性(つまり定年退職した年齢の人)が、 いかに学問が大切かということを、自分の経験も含めて説くのだけれど、大学に行かない人は関心がないのだと彼女は思っている。そして、それではダメだと説く。

 そうではなく、大学に入りたくても、お金がかかりすぎるから諦めたり、諦めきれなくてもどうしようもないと言って人生に絶望している人が大勢いるだが、これを彼女は理解できない。

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 また、学問に関心がなくても、学歴社会の現実は存在している。明確な意思を持って、学校以外のところで学んだり、仕事に就いてから修行をしたり、の選択をした人たちはともかく、進学する必要があるのに、その意義を理解していない、なんて人は、今時まずいないだろう。

 昔は、ほんとうに貧困だから学問どころではない人がいっぱいいたものだし、最近は、貧乏でなくても学費が高くなりすぎて進学できない人が多くなっている。
 こんなこと言うまでもないはずだけども、それが彼女にはわからない。

 これは、社会に対する認識が欠けているのだろうか。それとも何か説いているようでいて、老人によくあるように、ただ思い出話をしているだけなのだろうか。

 その人の夫は、後者だと言っている。




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by ruhiginoue | 2018-07-30 17:55 | 学術 | Trackback | Comments(5)
 カビに注意の季節であるが、先日、不動産業の人とカビの話をした。もちろん、建物内の水回りのことである。
 そのさい「カビキラー」で壁紙の染み抜きができると建設業者が言っていたことについても話題になった。
 それはあくまで小さなシミを目立たなくする程度のことで、ちゃんと壁紙を貼り換えないとやはり醜いし、壁紙にシミがあると雨漏りする家だと思われてしまう。
 だから商品としての住宅ではカビキラーで染み抜きなんてダメだということだ。

 このカビキラーという商品の主な成分は、塩素と界面活性剤である。家庭用品売り場では洗剤として扱われている。だから、殺すという強烈な商品名にしているが、色を抜いたり落としたりが目的であり、そのためカビではないシミにもいちおう使えるということだ。
 そして、その効果と限界が商売の観点から話題になったのだった。

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 ところが、である。カビ対策ではなく染み抜きに使用できるのは、洗剤として商品の効能が汚れ落としと脱色だからだ、ということに対して、塩素は殺菌すると言ってツッコミを入れたつもりの人がいたそうだ。その人は、後からこの話を聞くなり得意になって言ったそうだ。自分は知っている。間違いを指摘してやった。という態度。
 それは住宅の水回りやプールの水などを論じていたのではなく壁紙のことであるし、衛生の問題ではない。なぜカビキラーという商品が他の目的に使用できるのか、という話題であった。そこへ殺菌作用もあると指摘しても無意味だ。
 
 なのに、その人は後から間接的に話を聞いて、部分的に反応したのではないか。しかし、建設や不動産のことを知らないとしても、この話はそう難しいことではないし、なにより的外れなことを言ってツッコミを入れたつもりなら、話の趣旨を理解できていないということになる。

 その通り、と不動産業者は言った。
 その人は教員だそうだ。仕入れた知識を使って何かすることができず、それを受け売りする仕事に就いた。業務に関わることで何が目的かという話題に、そもそも縁がない。だから、よく趣旨を理解できず的外れで無意味な断片的雑学を言うことで人を見下しては、錯覚による優越感に浸る。
 そんな困った人だそうだ。

 また、その人の出ている大学は、何々が専門というのではなく、何々教育が専門というところで、出た人の多くは教師になるが、教育学部と少々違い、専門性を自ら生かさず教える仕事をするのを初めから前提にしている。
 それで、あの大学と大学院を出た人は、中身がない癖に偉そうにしている傾向があるのではないか。昔からそうだったから、弓月光の漫画で、嫌味な教師がそこの大学を出た設定だったのではないか、と言う。

 なるほど、言われてみれば懐かしい漫画は確かにそういう設定だったが、それはともかく、身内で他所の大学院を出てからその大学に一時勤務していた人がいるけれど、そこは入試の難易度だけそこそこ高いが、それにしては学問的に無気力な大学だと言っていた。それを思い出した。



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by ruhiginoue | 2018-06-24 08:24 | 学術 | Trackback | Comments(0)
 その先生の名前は伏せておくが、法学部教授で民法が専門の、テレビにも出たことがあり、その道では知られた人だ。前の授業で書かれた黒板の字がそのままになっていることが時々あるので、よく消しておいてあげていたが、そこへ来ると先生は、そうしておいてくれると助かると言う誠実な人である。
 この先生が授業で「山崎豊子の『白い巨塔』のように、医者が誤ったことを裁判で追及するのは困難だ。そこで、不法行為で訴えると訴えた側が証明しないといけないが、そうしないで債務不履行で訴えると挙証責任が転換されて訴えられた側が証明しないといけなくなる」と言った。
 これは嘘ではないが、あくまで理論上のことであるから、現実の医療裁判では通用しない。

 このこと以外でも、やはり学問上の分類なのだから裁判と直には無関係ということはいっぱいある。だから、法律相談は弁護士にしてくれと法学部教授は言う。
 ところが、患者を診たことなどろくにない医師でも医学部教授として偉そうにしているのと同じように、法廷に一度も立ったことがないくせに威張っている法学部教授がいて、実務に対して机上の空論をふりかざしたうえで「もっと勉強しなさい」と得意になっている。

 このように、大学でもこんな調子だから、同じ調子の者がTwitterなどに現れて法律について中途半端な知ったかぶりをしている。そういう奴は、教えてやっても理解できない。法学部教授でもダメなんだから、Twitterの匿名アカウントで自己満足している者には到底無理である。
 そんな輩が、右翼のblogに騙されて煽られ「左翼」の弁護士に懲戒請求をしてしまう愚か者たちを非難していたりで滑稽だ。騙されるのが悪いから騙したほうは悪くないのかというと、そうではないと必ず言う。
 だったら手前も騙すんじゃねえぞと言うことだ。



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by ruhiginoue | 2018-06-15 18:41 | 学術 | Trackback | Comments(0)
 山口敬之元TBS記者準強姦事件の「逮捕状執行停止問題」に取り組む超党派の国会議員の会合で、元TBSの杉尾議員は、逮捕を中止させた刑事部長について「キャリアの刑事部長で偉くなる事しか考えてない人が実際に捜査の現場で証拠なんか見るわけがない」と指摘し、自分で会ったことのある何人もの刑事部長たちはみんなそうだったと証言した。
 また、その事件の記録があるのは高輪署だが「それ見ないで刑事部長が判断出来るのか」と、弁護士だった福島議員が質問すると、警察庁から来た担当者は「専門性が高い警察本部が専門性の劣る警察署に指導するのは通常の事」と返答した。
 この様子の録画に、キャリア官僚の見当違いなエリート意識を感じた人は多い。
 
 ところが、高い地位に就いた者は相当に高い能力があり見識を持っている可能性があるから信じるべきだ、という論法で常に権力の不正を擁護したのが、先日自殺した西部邁という元東京大学教授の「評論家」であった。そして「大衆」はバカで無責任であるとコケにし続けた。そんな彼が死んだら美化して保守の論客と持ち上げている人たちもいるけど、もともとこんなことばかり言っていたのだ。

 この西部邁と同じなのが、首都大学東京の木村草太というタレント学者である。権力を縛るためにある憲法が専門でありながら、とにかく専門家は間違い無いので学校の教師はマジメだから信頼していて医師は正しいから娘に例の予防注射をさせたと発言している。
 まるで自己矛盾しているようだが、おそらく彼は、政治家は人気取りなどで地位を得ているからダメだが、専門家は学校の勉強で地位を得ているからダイジョーブだ、という発想なのだろう。他の解釈は無理だ。
 そして政治に介在するポピュリズムを批判するのではなく、予防注射の効果と安全性の問題で自覚した市民に対して耳を貸さず、それを否定しているのが専門家だから無条件で正しいという例の発言になる。まるで「井の中の蛙大海を知らず」のように「研究室の中の学者実社会を知らず」で専門バカ丸出しであるが、そこで西部邁と同様に大衆蔑視を露呈させている。

 こんな人をマスメディアは重用している。三浦瑠麗と同じである。マスメディアで「気鋭の」と売り出された人は批判と否定の対象でしかないものだ。騙されてはいけない。


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by ruhiginoue | 2018-02-19 16:19 | 学術 | Trackback | Comments(0)
 テロリストの工作員が大阪に潜入しているとテレビで三浦瑠麗が断言したことは色々と問題になったり呆れられたりしているが、これを落合信彦が言って『週刊プレイボーイ』か『サピオ』に載ったというなら、もともとそういう受け狙いが商売で、また彼の発言がホラだと批判したところでプロレスを八百長試合と批判しても仕方ないというのと同じだといわれているから、騒ぎにもならなかったはずだ。

 しかし三浦瑠麗は東京大学の研究所に勤務する学者ということだから、落合信彦と同じではいけないという話になるのだろう。
 ただ、三浦瑠麗は青山学院大学にも勤務という経歴があり、東大だとダメだが青学大なら良いということでもないが、もともとこの私立大学に勤務する国際政治学者というのはタブロイド紙や週刊誌のような話をしていることが目立つ。
 
 例えば、ロシアの原潜クルスクが事故で遭難した時のことだ。プーチン大統領は休暇中で、救助作業が順調と報告されていたから現場に出てこなかったが、この対応に批判もあった。
 そして、心配する乗組員の家族が軍の会見につめかけたさい、息子が乗組員で安否不明だという女性が怒りをぶちまけていたら、そこへ薬を持った女性が来て鎮静剤を注射した。この様子がテレビで中継されると、口封じだとかKGBの手口だとか騒いだ外国メディアがあった。

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 しかし実はその女性には持病があって、息子を心配するあまり興奮しすぎて危険ということで、いつもの医師が注射しただけだった。これを本人も海外メディアのインタビューなどで詳しく証言した。
 だから、日本のテレビ番組でも、スパイ小説ふうの解釈をして面白おかしく騒ぐべきではないと結論していた。

 なのに、ロシア情勢に詳しいと自称する青山学院大学の国際政治学者(注 袴田氏ではない)が、「注射をしたのは海軍病院の女医だ」と根拠も無く断定したうえで軍が批判を封じるためにやったのだ、という談話をして週刊誌が掲載した。
 この人はタレント教授としてよくマスメディアに出るから、受け狙いで面白おかしい話をしてばかりだった。漫画にも詳しいと自称し、八十年代半ばには「コミケ」を取材したテレビ番組に出て論評のようなことをしてもいた。

 こういう国際政治学者を、青山学院大学は重宝がるので、三浦瑠麗も同様ということではないか。




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by ruhiginoue | 2018-02-17 12:33 | 学術 | Trackback | Comments(0)

非現実的な不登校の推奨

 『不登校新聞』というのがあるそうで、ここで東京大学東洋文化研究所の安冨歩教授がインタビューを受けている。ここで安冨教授は、五年前から女性向けの服を着るようになったおかげで自分自身になれたと述べている。
 このようなことをするのは昔から知識階級の人と言われていて、あくまで目立つのであって多数派ということではなく、立場的に「カミングアウト」しやすいためだと指摘されている。
 この問題とも絡むが、この記事の見出しは「東大生より不登校のほうが人生を始めやすい理由 東大教授・安冨歩」だけど、この「東大」と「不登校」の二択が非現実的である。

 ここで同教授は不登校の有益性を説いているが、そもそも、東大に行けるくらいの恵まれた家庭でないと不登校は不可能である。自宅での学習や親の意識の高さや世間の目という問題があるからだ。
 これは、男性なのに女性の服装をして本当の自分はこうだと言うことについて、それをできる立場であるか否か、というのと共通する問題である。

 これについて、当人からツイッターを通じて意味が解らないという反応があった。しかし同じ文を読んで意味がわかった人はいて、賛同する人もいた。
 このことから思うに、東大教授の地位に就けるくらいの恵まれた家庭に育った人には、学校の現状を批判して不登校も有益だと言うことまでは可能だが、しかし有害無益とわかっていても仕方なく学校に行くことで将来に絶望しながら生き地獄を味わっている人のことまでは理解できないのではないだろうか。

 その少し前のこと、福島県須賀川市で昨年1月に中学1年の男子生徒(当時13)が自殺した事件について、学校で様々ないじめを受けて追い詰められた末に命を絶った状況が同市の資料によって判明したと報じられたが、このような事件があると昔からこう言う人が必ずいる。
 「なんで、いじめられて自殺なんかするのか。自殺するくらいなら死ぬ気になってかかっていけばいいじゃないか」
 それをやったら親に迷惑がかかるので、自分が死ねばいいんだと思って自殺するのだから、もともと無理な話だ。

 これと同じことである。不登校したほうがいいとわかっていないのではなく、わかっていてもできないのだ。
 そして、それは自らの責任ではない。生い立ちのためだ。
 だから絶望感に苛まされて我慢を強いられるのだ。その中から自殺する者も出る。




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by ruhiginoue | 2018-01-31 17:06 | 学術 | Trackback | Comments(1)