井上靜の気楽な日誌です。気楽にコメントしてください。おたよりも気楽にe-mail:ruhiginoue@excite.co.jpまで


by ruhiginoue

カテゴリ:司法( 520 )

 かつてバイトをするようになった最初のころ、ある職場でしつこく、こう戒められたことがある。

 「よけいな仕事を増やすな」

 これは、横着すると後始末をしなければいけなくなり、かえって忙しくなるという意味だ。

 これを思い出したのは、朝日新聞社が従軍慰安婦の記事のことで嫌がらせも同然の訴訟を起こされたが勝訴したという報道のためである。

 この裁判は、一審も二審も朝日新聞社の完全な勝訴であるが、このあと最高裁が異常に政治的とならない保証はないし、それ以前に、裁判で勝訴したから名誉が回復されたというわけではなく、もともと訴えを起こした人たちは、その訴えの内容からして、いいかげんでも何となくでもいいから印象を貶めてやればいいという意図であることが明らかだから、法的な救済を司法に求めるのではなく政治的であり、この点では朝日新聞社の完敗だと観る人もいる。

 それ以前に、そもそもこれは朝日新聞社にとってまさに「余計な仕事」である。政治的な圧力に屈して従軍慰安婦の記事のうち「吉田証言」を報じた部分を取り消したことで、従軍慰安婦の記事はすべて捏造であったと騒がれてしまった。そんな意味にはならないと後からいくら反論したところで、もともと「朝日新聞の捏造」と叫ぶ人たちには知ったことではない。
 だいたい、従軍慰安婦でも吉田証言でも、他の新聞だって取り上げていて、取り消したりはしていない。そこには読売や産経も含まれている。それでも「朝日新聞の捏造」と喚くし、これ以外の件でも、朝日新聞ではなく他の新聞やテレビの報道なのに「朝日新聞の捏造」と言う連中である。

 これが一部の変な人やバカな人だけではなく、総理大臣ら政権の中枢までそういう人であり、だからそれに媚びる人や、いつも卑劣な池上彰のように朝日新聞にインチキ非難したかと思えば他のメディアを批判してみせて同時にしっかり政権には媚びるというお調子者の電波芸者がいたりする。

 このあたりは拙書『朝日新聞の逆襲』(第三書館)で詳しく述べたとおりだが、そういう状態で圧力を受けたところ安易にやり過ごすつもりでいた朝日新聞社は付け込まれたのだ。

 おかげで、本来はしなくてよかった余計な仕事が増えてしまったのだ。


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by ruhiginoue | 2018-02-10 15:34 | 司法 | Comments(0)
 このあいだ、遺産相続の法律について語り合っていたところ、「遺留分制度」の話が出た。この遺留分とは、法定相続を受けられる立場の人が遺言によって受けられなくなった場合に、一定の割合で遺言の効力を否定して法定相続分から取り戻せる一部のことである。

 まず、自分の財産を自分の死後にどうするかは、遺言によって自分の好きなように処分できると法律で定められている。だから、子供が複数いたら気に入った子供に全部または多くを与えて、そうでない子供には少なくするとか全然やらないとか、全部を愛人とか愛人の子供に与える、というようにすることができる。

 しかし、それでは残された家族にも「親孝行したはずなのに」とか「愛人の子供だけなんて」とか言い分があるだろうし、現実の問題として生活が不安定になってしまうこともある。
 そこで、遺言によってどう財産が分配されても、残された家族は遺言で他人の手に渡る財産から法定相続の一部を取り戻す権利が法律で認められている。

 また、極端な遺言により財産をめぐって遺族の間で憎悪が発生しても困る。あの『犬神家の一族』のように。
 この話では、信州財界の大物・犬神佐兵衛が裸一貫から築いた莫大な財産を残して死去すると、その遺言状には、恩人の血縁者の孫娘だからと佐兵衛が可愛がっていた珠世に全財産を与え、そうする条件として3人の孫息子の中から配偶者を選び、そうしなければ相続権を珠世は失い、ただし3人が死去した場合は無条件で珠代に全財産を与える、などと規定されていて、そもそも遺言とは揉め事を防ぐためにあるのに、逆に遺族の間で骨肉の争いをさせようとしているとしか思えないものだったから、おどろおどろしい発展をしていく。
 ということなのは周知りとおり。
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 しかし、ここから話は映画化のことに及んだ。相続人の珠世は絶世の美女ということになっている。そうするのが小説では当たり前かもしれない。
 しかし、これについて話していたうちの一人の女性が言った。それなのに、なんで映画化で珠世の役は松嶋菜々子なのか、と。
 そう言われてみれば、そうかもしれない。言われるまで意識していなかったが。



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by ruhiginoue | 2018-01-14 11:56 | 司法 | Comments(1)
 1995年の東京都庁爆発物事件で殺人未遂ほう助罪に問われたオウム真理教の元信者・菊地直子被告の上告審で、最高裁第1小法廷(池上政幸裁判長)は裁判官5人全員一致の意見で検察側の上告を棄却する決定をしたとのこと。
 これで、裁判員裁判で懲役5年とした1審判決を破棄して逆転無罪を言い渡した東京高裁の2審判決が確定する。

 この裁判で菊地元信者は、事件で使用された薬品を運搬したことを認めながらも、しかしそれが爆弾の原料とは知らなかったとし、無罪を主張した。
 そして最高裁の小法廷は、有罪とした一審の判断について「事実認定で飛躍や過剰な推認がある。不合理と言わざるをえず、破棄を免れない」と批判。この地裁判決を覆した高裁判決については「地裁判決の事実認定の不合理さを具体的に指摘しておらず問題だが、無罪とした結論は是認できる」と支持した。

 かつて最高裁は、裁判員が参加した裁判の認定について覆すには、それが経験則や論理に反していることを具体的に指摘しなければならないと判示していた。なので、その点を二審判決は欠いているが、結論には影響しないということだろう。
 また、それが被告人の利益となる結論であるから、結果が正しいならよしとすることに理があるということだ。

 こうして、結局は無罪が確定したが、これまでマスメディアは警察が疑いをかけた段階で犯人と決めつける報道をしていて、これが今また批判されている。単に結果論ということではなく、そもそも最初から犯人視する報道は許されないので、マスメディアは批判されているのだ。
 それに、この問題とは別に、前からずっと、テレビはこの事件の扱いで視聴者から批判されていたのだ。この元信者が嫌疑をかけられた当時から、陸上選手として活躍していた写真とともに「走る爆弾娘」とワイドショーが騒いだためである。
 これには多くの視聴者から「テレビは不真面目だ」と批判が起きていた。面白おかしくするつもりだったのだろうが、これは深刻な事件であるのだから、そういうことをしてよい話ではないし、そもそもそんな悪ふざけをしたところで、ちっとも面白くない。

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 そして当時から、新聞のラジオテレビ欄の投書欄に載った視聴者の意見でも指摘があった。悪ふざけならとんでもないことだし、こんなことをして面白いと本気で考えているのだとしたら、テレビ番組の製作をしている人たちは視聴者を舐めているかバカにしているかだ、と。

 このオウム真理教事件のあたりから、テレビがつまらないうえ不愉快だとよく言われるようになり、そしてしばらくしてインターネット時代が到来したら、テレビを全く見ない人ばかりになったのだ。




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by ruhiginoue | 2017-12-28 20:06 | 司法 | Comments(0)

人の命を人が決める

 犯行当時は未成年だった犯人の死刑執行があり、これについて、親や生育環境の影響が大きい時期の犯行なのに更生できないと決めつけてはならないと批判する弁護士団体の人に対して、どこぞの大学の学長だという法学者は、犯行の内容から更生は不可能だから死刑にすべきであり執行を評価するという意見を表明していた。

 この犯人がどうなのかとは別に、批判している人は、その意見の当否とは別に、いちおう人の命を奪うことに反対してのことだ。
 ところが、逆に死刑執行した国の対応を評価するという人は、人が、それも国家権力が、人の命を奪うことについて肯定してのことである。そして、それは更生できない人だからと言う。この意味は、ちゃんと考えたほうがいい。

 つまり、裁判なんてかなりいい加減であることは常識で、特に日本の法曹は水準が低くて冤罪ばかりなのは周知だが、この問題を別としても、しょせん神ならぬ人のすることだから、どんなに慎重に緻密に行っても、まだまだわからないことがあるものだ。
 それでも、いちおうはっきりさせるとか白黒つけるとかしないといけない。ただし、これが他の問題なら仕方ないけれど、人の命について、生きている価値の有無を人が評価して奪うべきかどうか云々できてしまう人の感覚には恐怖や戦慄を感じざるを得ない。

 これは法曹だけではない。医学と同じことだ。
 前に、医師であったが辞めて別の仕事をしているという人が、医学部の教授の発言について、非常に違和感を覚えたと言い、そのことを本に書いて出版していた。その医学部教授は、臓器移植と脳死の問題について、生かしておく価値が有る者と無いものという発想で話していたので、よくそんなことが言えるものだと、元医師は驚いたと言う。
 もちろん、脳死して意識もないのだから生きているうちに入らないという話について、その元医師は医学部教授に反論するほどその分野に詳しいという自信は持てなかったが、自分とは違い自信を持って意見している人の、その自信を、どうしても受け容れられなかったと言う。

 このように、人の命について、神ならぬ人が、なにか偉い専門家だからと自信たっぷりに、価値を決めたり判断したりして、権力によって殺しなさいとか言うことが不気味なのだ。



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by ruhiginoue | 2017-12-20 17:14 | 司法 | Comments(4)
 NHK受信料制度が契約自由を侵害する憲法違反であるか否かという問題で、最高裁が15人の裁判官全員を揃えた大法廷で判断するというので注目されたが、これにより最高裁の限界が露呈する結果となった。

 すでに、NHKの受信料については問題の指摘がいろいろと出ているので端折り、そのうえで最高裁の判断司法の問題をここで分析してみる。

 この裁判で最高裁は、まずNHKが勝手に契約したことにしてしまうことは許されないという判示をしていて、これについてはNHKを批判して運動してきた人たちが注目している。
 そして、テレビを設置すれば契約する義務があるということは公共性の観点から合憲であると判断した。これに対して、現実はNHKが公共性などまるで無視しているのに契約を強いているではないかと多くの人が憤っている。
 だが、これはあくまでNHKの実態が問題なのであって、制度について法的な問題を最高裁が判断するさいには言及できない部分である。

 こうなると、あとはNHKの契約違反をどう問題にするかである。
 このNHKとの契約について、過日このblogで紹介したとおり、NHKは契約について勝手に作成したひな形を各役所に送り付けて市民に渡せと権限もないのに命令している。そして、その内容には非常に深刻で重大な不正がある。
 この指摘をして、そんなものは使用しないように地元の役所に進言したところ、役所のほうでも聞き入れ、問題のある部分は塗りつぶしてから市民に渡すことにすると返答した。こういうことがあることを前にここで紹介した。

 そうしたら、最高裁判事の中で弁護士出身の鬼丸かおる裁判官は、契約を義務付けるならNHKが勝手に契約内容を決めてしまっている現状は問題だから法律を定めるべきだと意見していた。
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 昔、「毒親」に苦しむ少年に無料法律相談してくれた弁護士が、最高裁判事に出世してから制約が多い中で変節せず良識を発揮してくれることがあったので安堵していたが、今回は自分が問題にして役所に言いに行った話を意見してくれたので、少々救われた気がした。

 しかし、最高裁の判決がダメであることは変わらない。当事者らも、これでは何のために大法廷に全裁判官を集めたのか、意味がないと批判していた。多数意見が押し通され、これに難があることを見抜いた一部の裁判官ら(学者出身と弁護士出身の女性二人)が、それぞれ意見を付け、その他一人だけ部分的に反対、という具合で、まるで合議になっていない。

 これは制度の不備なのか、それとも最高裁が怠慢で判断から逃げてばかりいたため、いざというときに議論することができないのか、どちらかだろう。
 また、最高裁は、テレビに公共性がまだあるという前提に立っているが、そんなもの今では通用しないという時代の変化について、まるで認識がないようだ。
 しかし、これはメディア論の範疇であるから最高裁は対応できない。できるわけがない。無理なのだ。

 ということで、NHKの受信料訴訟は、NHKの抱える問題(これを言ったら際限ない)とは別に、法的見地に絞っても、最高裁にとってしょせん限界なのだ。それが露呈した。



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by ruhiginoue | 2017-12-07 15:48 | 司法 | Comments(3)
 映画『それでもボクはやってない』で、逮捕された主人公が検察官からいきなり「俺は騙されないぞ」と言われる場面があったが、あれは検察官の職業病のようなものだと言われる。検察官は警察官と違って司法試験に受かっているから頭の程度が違うのだという自負と虚勢が混ざった感覚が、あのような態度をとらせるのだと指摘する弁護士は多い。

 一方、検察官だった人によると、良識派の人は損をする仕事だと言う。その点で、堀田力というマスコミにもよく出る元検察官が体験を話していた。この人は他の元検察官に比して良心的だったという評判があるが、何度も騙されたと率直に語っていた。
 そのうち、困っている人にお金を貸してあげたところ一度だけ、踏み倒されたけれど実はその人が死んでいたためだったと後で判ったということがあったそうだ。これには驚いて、騙されたのではなかったことは良かったけれど残念なことでもあったという複雑な気持ちだったそうだ。
 それ以外では、よく嘘をついている人に出くわして不愉快な思いをしたけれど、そういう人は嘘をついている意識がなく、本当ではない話を本気で信じて話をしているものだと言っていた。

 この、本当ではない話を本気で信じているというのには色々と原因があるだろうが、そのうち、精神病による妄想の人によってネット上で嘘を書かれたから裁判に訴えたという話を、このブログでしたことがある。
 その人自身が精神病であるが、確実な証人がいるので嘘ではないと抗弁したからその証人が法廷に呼びだされたところ、その証人も精神障害者で手帳を所持していて、しかし証言はちゃんとできると言うので証言させたら奇声を発したり証拠の写しをひったくって破ってしまったり滅茶苦茶で、裁判官も書記官も廷吏も傍聴人も呆れたり怖がったりであった。
 これにより、その被告には賠償命令の判決となり、そのとき被告は「精神障害者の証言だから信用できないとは差別判決だ」と非難していたが、控訴を取り下げて賠償金を支払ってきた。ただ障害者だから信用できないということではなく、証言の内容が信用できるものではなく、しかも証言のとき態度が正常ではなかったというものだったからだ。

 ところが、支払ってきた額が正確ではなく少なかった。それを指摘したところ、その元被告は逆ギレして嫌がらせをしてきたので、それが住んでいる古いアパートの大家や仲介の不動産屋に敷金の差し押さえができることを通知するなどの対応をした。また、精神病ということで地元役所の福祉担当にも相談した。
 それからしばらくしたら、何か言われたのか残りの支払いをしてきた。これでいちおうは解決だが、この人の病気は悪化の一途らしく、まだ嘘を話している。そのときは本気だから、事情を知らない人は一時的に信じてしまう。しかしすぐ気づく。

 どうやら聞くところによると賠償金は母親に出してもらったらしい。成人していれば親の責任ではない。むしろ、困ったら泣きつくということをして、それで尻拭いのようなことはしてやるから、甘やかす結果となるようだ。
 しかし、こうなると他所様の話である。支払いが済めば無関係となる。
 あとは、なにかあった場合にだけ、騙されないようにと他の人たちに指摘してやることだ。もっとも、これはネット上のことで、実生活ではすでに誰からも相手にされていないらしい。

 こういう人がいるのだから、ネット上だけの話には要注意である。




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by ruhiginoue | 2017-11-30 22:28 | 司法 | Comments(1)
 検察審査会も、話題の告発書の題名と同じ[Black Box]であることが明らかとなったが、これについてはすでに悔しい思いをしてきた人たちが大勢いて、今回は一部のマスコミがなんとか騒いだから知られるようになったというだけである。
 そして今回も、不起訴相当になったわけもわからないし、証拠として提出された調書も、被害を訴える女性が所轄で話した内容と違っているし、11人の審査員について気になる男女構成比さえ審査補助員を付けなかったわけとともに法務省は回答を拒否した。
 このように、検察をチェックする検察審査会の不透明と不当が批判されているが、これとまったく同じなのが日弁連である。各弁護士会をチェックする立場であるはずが、まるでやらないしその内容も不透明である。

 この元TBS記者事件の背景には、加害者が「総理ベッタリ」といわれる男だったことが政治的圧力の原因であっただろうと指摘されているが、その政権が進める軍拡によって軍事産業が肥大化し、産業界と政権との癒着はますます強固になって、いずれ軍事依存の産業構造から脱却できなくなるだろうとも指摘されている。
 こうした軍拡と戦争で儲ける大企業の顧問弁護士たちも当然いて、邪魔な市民に対して迫害もしている。
 しかも、大企業から豊富な報酬を得ている弁護士たちは、各弁護士会および日弁連の中で強い勢力をもっている。
 だから、弁護士会や日弁連が政府の姿勢を批判する声明を発しても、それは表向きだけのことで、実質は戦争賛成の立場で組織的に活動しているというべきだ。

 つまり、警察と検察だけでなく弁護士にも気をつけて騙されなうようにしないと危険である。それだけ日本の法曹界が全体的に腐敗の巣窟と化しているということだ。



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by ruhiginoue | 2017-11-27 19:42 | 司法 | Comments(0)
 東京大学法学部卒の愚かしさが3パターン出揃う。

 まず舛添要一元東京大学助教授(今の准教授)、元東京都知事。

 座間の9遺体遺棄事件で被害者の氏名・顔写真が報道されたことにつき、「日本国憲法は加害者保護に偏しており、被害者保護が不十分。自民党第一次改正草案も25条の3として『犯罪被害者は、その尊厳にふさわしい処遇を受ける権利を有する』という条項を付加する改正を提案している。この改正には反対はなかろう」
 
 これは憲法の範疇じゃないと、早速の指摘がされていた。今の憲法の下、法律で出来ること。舛添氏も自民党も、憲法の本質を理解していないと言うことがよくわかる。
 そもそも、被害者は他殺でも自殺でも死に追いやられたことが人権侵害で、加害者は権力から追及される立場として人権を配慮されなけばならず、遺族はそっとしておいてもらうことと個人情報を保護される(両方を合わせてプライバシーという)ことが人権で、これらはそれぞれ尊重されるもので比較するものではない。
 
 だいたい、憲法と刑法そのほかの法律の区別ができたら、こんな滑稽なことは書けないはずだ。大学院は政治学専攻でも、学部で基礎は踏まえているはず。いったい彼はどうしてしまったのか。
 つまり、本当に法学部を卒業したのかというお粗末。


 次は山尾志桜里もと検察官、衆議院議員。

 「改憲論議に先手打つ」
 「これまでの改憲議論は『一文字でも変えたい改憲派』と、『一文字も変えさせない護憲派』による二項対立の構図に絡めとられてきた。だがもうこうした不毛な構図からはいい加減脱却すべきだ」

 これは私生活の不倫疑惑よりはるかに深刻だ。改憲と護憲の対立や論争は「不毛」と両方をこき下ろしたうえで、自分はもっとハイレベルと言ってのける上から目線の独り善がりである。
 まるであの三浦瑠麗という人がやっているお粗末と同じである。そんな三浦氏を小林よしのり氏は「東大出とは思えないバカ」と言うが、それと同類の山尾氏のことは、どうやったらあんなに持ち上げられるのか不可解である。
 
 東大卒の女性がみな変ということではないが、政治の話になると、片山さつき、豊田真由子、山尾志桜里、三浦瑠麗、などおかしなことになるのはなぜか。共通しているのは、なんとしてでも他人を見下そうと腐心して滑稽な言動をとることだ。
 つまり、高学歴らしさが自然に発揮できず、下手に偉ぶりたがるという醜悪さである。
 

 あとは木村草太首都大学東京教授(正式肩書)、「新進気鋭の憲法学者」(マスコミ用語)

 「我が家では、思春期以降の深刻な悩みに備えて、『親に相談したくない悩みができたら、弁護士のところに行くように』と伝えている。彼らは守秘義務があるから、必要があれば、親にも秘密にする。でも、話を聞くだけじゃなくて、とり得る具体的な措置を提案してくれるはず。」

 ほとんどの事を相談に乗ってもらえて、かつ信頼関係が築かれているという、有り得ないに近い前提の話である。未成年者なのに、費用の事もあるのに。
 そもそも弁護士は紛争の「敗戦処理」をするだけで、本質的な解決はできない。そして法律家が思春期の悩みに応えられるとも到底考えられない。
 これはやっぱり学者サマの意見にすぎないということ。実務は全然違う。だいたい弁護士は守秘義務なんて守らない人がざらにいる。そのことで懲戒請求されても弁護士会も日弁連も屁理屈をこねて庇う。裁判に訴えても、やっぱり裁判官は身内だし弁護士会は天下り先だから、無茶苦茶な屁理屈をこねて庇う。

 どうやらこの法学者の先生は裁判沙汰になった経験がないようで、弁護士に係らないでいられたのは実に結構、幸せなことではあるが、それでこんなことを公言するとは「幸せ」というより「オメデタイ」というべきだ。しかも、これでは子供のころに悩んだことも多分なかったのだろう。
 つまり、学校の勉強はがんばったが世間の現実を知らないという井の中の蛙ということ。

 「やれやれ」である。見事に3パターン揃い踏みである。

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by ruhiginoue | 2017-11-12 12:15 | 司法 | Comments(4)
 選挙のついでに民主的な制度のふりをした有害無益な最高裁判事の国民審査が行われる。ここで、この裁判官を不信任しようという呼びかけがされているが、愚かなことだ。

 もちろん、自分としては辞めさせたい最高裁判事がいるけれど、その一方では良い仕事をしていると確信する最高裁判事もいる。
 そして、自分が評価している理由が逆に気に入らず辞めさせたいと言う人達もいる。

 つまり価値観の違いだ。それによって信任か否かと決めるべきではない。なぜなら司法は政治と違うし人気商売でもないからだ。それを投票したところで民主的ではない。こんな制度は廃止すべきであるから、みんな投票を棄権しよう。

 また、毎度のことだが、最高裁判事の審査にさいし、その簡単な経歴と仕事ぶりについて漠然とした情報が与えられていて、これで判断せよというのだから殆どの人たちはわからなくて困るし、そのうえ無知な人達が、わかったふりしたり、わかったと錯覚したりで、デタラメを言い散らしている。
 これは、審査される最高裁判事の関与した裁判について、法律を全然知らない人達の勝手な思い込みによる低劣な扇動である。

 もともと、判例時報でさえ裁判官や弁護士が読んで、その曲解にいい加減にしろと怒りたくなることがあるのだから、まして新聞記事などマスコミ報道はいいかげんな要約をしていることが珍しくない。
 かつて自分が勝訴した裁判について、相手が負けた愚痴を自分のブログに書いていたが、そこで裁判官を罵りながら判決の要旨が滅茶苦茶だったから、同じ被告が別件でも被告になっていたところで、こういうデタラメを書いていたと複写を見せ「チクって」やったのだが、担当の裁判官は率直に話す女性で「まあ、しかし新聞の記事だって司法記者が書いているはずなのに変な要約していることがよくあるのだから、素人ならしょうがないでしょう」と言った。

 なのに、二次情報であるマスコミの報道だけに頼って、裁判の内容を咀嚼しないで記事の切り貼りしたうえで騒いでいる人が大勢いるのだ。
 しかもネットで適当に知っふりしただけのことが多い。例えばあの憲法学の新鋭とマスコミに取り上げられる木村草太という人が最高裁について批判していると言う人の話をよく見たら、そのリンク先は有料会員しか読めない記事で、実際は彼が何と言っているか趣旨を知らなかったから、読みもせず見出しだけ利用しているのがバレバレだった。
 このような人がネット上には多い。

 あと、裁判所は全国各地にあるが最高裁は一つしか無いので全国から上告が集まり、最高裁には最高裁判事でない大勢の裁判官が勤務し下請けで振るいにかけているから、あの判事なら話を聞いてくれるはずだという期待がたくさん裏切られる、という話は前にした。
 このような実態を知らない人ばかり、というより知ることがほとんどできない。かくいう自分だって、東京地裁で原告の立場のさいに、たまたま当たった親切な裁判官から、地裁にいた裁判官が異動で最高裁に行ったことについて、最高裁判所に勤務する裁判官と最高裁判事は違うと指摘され、言われてみれば当たり前のことだが意識していなかったことに気づかされた。

 さらに、日本は三審制といわれるが、事実を争うのは一審と控訴審の実質二回である。最高裁判所での上告審は法律審であるから事実認定は覆らない。
 それに、門前払いでなくても最高裁としては法制度上受け付けられない場合がある。今は亡き団藤重光最高裁判事も、明らかに無実の人が有罪になったけれど最高裁への上告としては不適法だったのでどうしようもないことがあり、中には死刑判決まであったと言っていた。
 そこで最高裁では取り上げられない制度であると伝えたところ、最後の望みをかけていた被告人の家族から「人殺し」と罵声を浴びせられてしまい、つらかったと言う。それで、死刑だけは取り返せないので廃止論を説いた。

 なのに、「この最高裁判事は、この事件でこんなことだったから不信任のバツつけよう」と、口から出任せのようなことを言う人たちが大勢いる。これらは言っているそばから法律も裁判もチンプンカンプンであることがわかってしまう。
 これはネトウヨ連中に限らない。野党の支持者とか現政権に批判的な人達でも、軽薄な人や無知な人ないし極端に左翼っぽい人になると、誤りと独りよがりで冷静な判断ができず、敵認定したらひたすら攻撃という猪突猛進型気質を発揮する。ネットだけなら大した害はないが、運動の現場ではしばしば迷惑な存在と化しているのが現実である。
 そして、最高裁判事国民審査でも同様のことをしているのだ。Twitterで「最高裁判事は国策判事に決まってるーっ。全員バツだっ。この俺様は反権力だーっ」と七十年代の学生運動のノリで叫ぶ単純な人たちがいるけれど、この燃え方からすると、この匿名アカウントは全共闘世代の爺さんだなと苦笑させられる。

 そもそも最高裁判事の国民審査は制度自体が間違っているけど、今の制度を是と仮定しても、情報が乏しいうえ無知な人が法律や裁判の仕組みを知らずにデタラメを煽っている人ばかりで話にならないのある。
 だから冷静になって、投票に行ったら、無益な最高裁判事の国民審査は「棄権します」と用紙を返却することだ。




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by ruhiginoue | 2017-10-16 16:28 | 司法 | Comments(2)
 「私が受けた行為は28年間生きてきたなかで最も醜い人権侵害」
 そう言って、あの詩織さんは損害賠償を請求して提訴したとの報道である。
 そして「最も」ではなく2番目になる。訴訟すれば「セカンドレイプ」が待っているからだ。これは国賠裁判や医療裁判も同じだが。

 先ごろ、アメリカでOJシンプソンが仮釈放された。失った自分のスポーツ記念品を取り返そうとしたが、このさい拳銃を持っていた(当人は否定)ので強盗とされ裁判で有罪となり服役していた。彼はアメリカンフットボールの殿堂入りするスター選手で、その後は俳優など芸能人として大活躍し、日本で公開された映画やテレビの作品も多い。
 そんなスターが「転落」したのは、元妻とその友人を殺害した疑いをかけられたことがきっかけであった。刑事裁判ではお粗末な捜査などが問題となり無罪となったが、被害者の遺族から民事訴訟を起こされると敗訴して多額の賠償金を支払わされる。このあいだ芸能人としての活躍ができなくなり収入が途絶えたうえ裁判で多額の出費を強いられてしまったのだった。
 このように、刑事裁判で納得できないなら民事裁判に訴えることで一定の成果が得られることもある。

 しかし、日本ではどうだろうか。そこそこの名誉回復がされた事件もあったが、逆に追及を諦めないことに対する報復的な対応をされることもある。
 特に詩織さんの場合は政治的な圧力により刑事裁判がつぶされたのだから、まだ民事裁判があると一縷の希望に賭けるしかないとはいえ、やるからには相当のリスクがある。
 まず、請求を棄却されたうえ証拠を無視してて荒唐無稽な認定をされる恐れが大きい。「枕営業」するため自ら誘ったことにされてしまったり、反訴されて逆に莫大な賠償金を払わされたりの恐れもある。最悪、口実をもうけて逮捕されたうえ国際的に悪名高い日本独特の密室取り調べで拷問や暴行を受けることもありうる。なぜなら、そうしたことは現実にたくさんあるからだ。
 そういう不正が存在しない国なら、最初から民事裁判などしなくても逮捕状が握り潰されることなく刑事裁判になっている。

 もちろん、そのような現実を承知のうえで後戻りできない覚悟をして「ルビコン川」を渡ったのだろう。
 だから裁判に付随する問題について、詩織さん側は適切に対応するはずだ。
 例えば、マスコミはまだ相手にしてもいいが運動団体は構ってはならないということ。日本の運動団体は人権擁護に関心がない左翼崩れ老人の自己満足の場。人権侵害を受けた一般市民は支援ではなくネタとかダシにされるだけで、なかでも特に女性、まして性犯罪の被害者は酷い侮辱と嘲笑をされるのが実態だ。
 しかし、これらは言われなくてもわかっていることであろう。



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by ruhiginoue | 2017-10-03 15:12 | 司法 | Comments(0)