井上靜の気楽ゆえ率直な日誌です。気楽にコメントしてください。おたよりも同様にe-mail:ruhig@outlook.jpまで


by ruhiginoue

カテゴリ:政治( 722 )

 このあいだ潰れた月刊誌『新潮45』に昔、ビートたけしが連載していて、これをまとめた単行本『だから私は嫌われる』がベストセラーになったけれど、ここでビートたけしは「消費税の何が悪いってんだ」という見出しで、これから高齢化社会になるのだから福祉の財源が必要なんだから当たり前だと説いていた。
 もともと「ババアの首をしめろ」などと老人虐めを言っておいて、政府に媚びる処世術では心にも無いことを書くビートたけし。他の週刊誌では、相対的に低所得者ほど負担が重たい消費税が不公平だと説いていた。いくら芸人の商売でも露骨すぎる二枚舌だと批判されていた。


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 それでも、高齢化社会にむけて広く薄く税金を集めて福祉制度の財源にするという建前を、ある程度は実現していたなら、不十分であっても仕方ないとまだ言い得た。
ところが、福祉はまるで充実してない。だから少子高齢化になって困り、今さらもう遅いのに、慌てて子供を作れと若い夫婦に対して言い出す人たちがいるわけだ。

 また、消費税のほとんどは、大企業の法人税を減らした穴埋めに使われた。もちろん自民党が政治献金をもらう見返りだ。これについて、もう死んだ三宅久之など御用マスコミ人たちが、大企業を優遇しないと外国に出て行ってしまうとテレビで必死になって連呼していた。こんなに大企業にとって居心地の良い日本から出ていけるものなら出て行ってみろよとみんな言っていたが、マスコミは御用のほうを取り上げて拡声する。これもビートたけし同様に商売だからだ。

 だから、商売の人たちは、それで儲かればなりふり構わずだろうが、それ以外の人たちがどうなのかという問題だ。



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by ruhiginoue | 2018-10-14 16:34 | 政治 | Trackback | Comments(2)
 この項は昨日の続き。

 原発推進とか原発は安全とか、チェルノブイリ原発事故の被害は大したことない、などと主張し続けていたのは、かつて有田芳生がいたころの日本共産党系月刊誌『文化評論』も同じだった。原発問題を説いて話題の広瀬隆『危険な話』を、嘘または揚げ足取りで非科学的だと猛批判し、東電など原子力関連業界がコピーを配布していると言われ、また、どう見ても業界の働きかけによって、『文化評論』から『文芸春秋』に転載された。当時の『文芸春秋』の編集長は後に『WILL』を発行する堤堯であった。
 このあたりは拙書『朝日新聞の逆襲』で一項を費やしている。なぜなら、当時、朝日新聞および系列の週刊誌が騒いだことから、これはよく知られるようになったからだ。

 もちろん、ほとんどの民主的な科学者は、早くから原発の危険性を訴えていた。だが、その周辺にまだ原発安全論者がいて、危険じゃないというのが福島への愛だという奇妙な主張をする開沼博に協力している。
 そして、『文化評論』は経営難で潰れ「チェルノブイリ原発事故で被害を過少に見せかけるなどしてきたが、ソ連崩壊でスポンサーを失った」と右翼雑誌に書かれていた。同誌の廃刊とは別に日本共産党を追放された有田芳生は、民主党さらに立憲民主党へと移るが、今度は深刻な被害が世界的に問題となっている予防接種について、『文化評論』と同じ態度をとった。すなわち「感情的反発」ではなく「科学的検証」を主張した。
 それで、どう調べたりしたのかという話ではなく、業界の提灯持ちであることを指摘される人の話を鵜呑みにして受け売りし、自らは何も検証せず、当然にして事実誤認があった。だから、被害の問題に取り組む議員たちから批判や提言があったけれど、有田は誠意ある対応をせず侮辱的な反発をして、非難轟々であった。
 この件では有田の他にも同類がいて、やはりという人もいれば、意外だと驚かれる人もいた。要するに、もともと党派とは別に「感情的な大衆」を見下す性癖を持つ人たちがいるということだ。

 しかも有田芳生は、外交問題でも古い共産党員の態度を露呈させた。外国から来賓があって与党ではなく政府が晩餐会を催した場合は、超党派でもてなしてきたのだが、なのに安倍政権は野党をのけ者にして問題になった。だから共産党の志位委員長も安倍総理を批判した。今の共産党は、北部朝鮮共和国やイスラム=イランなどのように北米合州国と対立して原発さらに核開発するのではなく、穏便に軍事同盟関係の解消を目指す方針を取っている。だから、合州国大統領のもてなしに政府が主催する会への参加は重要である。

 ところが、これに有田芳生はTwitterでこう非難した。

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 「志位さん 晩餐会などに招かれなくてもいいんじゃないですか。孤高の精神で闘うこと。宮本顕治さんならそうしたと思います。黙して毅然と対処することです。」

 なんと、共産党の現在の代表者である志位ではなく、大昔の代表である宮本を引き合いに出し、古めかしい孤立主義を開陳した有田。これを見せつけられると、有田が大昔は共産党員だったけど追放されてしまったという話に、そりゃ無理ないよと言いたくなってしまう。

 そして、おしどりマコさんが立憲民主党から参議院議員選挙に立候補を表示すると、早速、あの菊池誠が攻撃し始めたが、ここで立憲民主党と共産党の中から追従したり、そこまではしないとしても、変なことをして野党の協力関係に亀裂を生じさせないかと心配になってしまうのだ。





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by ruhiginoue | 2018-10-08 11:30 | 政治 | Trackback | Comments(0)
 夫婦漫才おしどりマコさんらに会い話したことが数年前にある。お笑い芸の中で時事ネタをとりあげ、特に原発事故について発言をしている人たちだ。ウーマンラッシュアワーらのように二次情報による時事ネタではなく、自ら精力的に詳しく調査している。
 このとき、おしどりマコさんは、原発問題にからんで共産党の一部から変なこと言われると言っていた。

 これを基にツイートしていたら、党員の熱心な活動家と自称作曲家から、Twitterで反論ではなく差別的な罵声を浴びせられた。おそらく、この問題についてスタンドプレー的に口出しをしていた共産党の地方議員の言動を批判してもいたから、それを共産党への敵対行為と解釈したのだろう。
 これはTwitterでのことだから、ここではその個人を問題にはしないが、その議員が他の問題により党から除籍されたら、罵声を浴びせてきたうち前者は同議員を非難しはじめ、後者は沈黙した。滑稽である。

 
 また、その当時、福島安全プロバガンダ絵本の作者・松本春野が、例の福島第一原発は「メルトダウンじゃない」と喚いた大阪大学の菊池誠とつるんでいて、これにその議員ら一部の共産党員が追従し「いわさきちひろ先生と松本善明先生のお孫さんでいらっしゃるから」と理由にならないことを言っていた。
 ただし、それを批判する党員もいたし、どこの党にもバカはいるものだ。

 そうはいっても、左翼系の民主主義科学者協会と日本科学者会議は、「原子力の平和利用」であるとして原発を推進してきた。その影響を日本共産党も受けてきた。
 このことは、あの田原総一朗がバカテレビ司会者に成り下がってしまう前に書いて「公害原論」の宇井純から絶賛されたり映画化されたりの名著『原子力戦争』でも触れられている。


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 この項目、続きは明日に。





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by ruhiginoue | 2018-10-07 19:47 | 政治 | Trackback | Comments(0)
 矢作俊彦+大友克洋『気分はもう戦争』に、こんな場面があった。中国に行って、時代に取り残された山賊の老人から日本人である証明に教育勅語を暗唱しろと言われた国士舘高校中退の自称右翼は困ってしまう。
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 それで、かつて大友克洋のマンガの真似をして自称右翼に言ったことがある。明治神宮のパンフで憶えてしまったから先に暗唱してみせて「さあ、あなたの番ですよ」と言ったら退散しやがった。

 この話をここで昨年したのは、稲田防衛大臣が教育勅語を肯定する発言をしたからだった。果たして教育勅語を暗唱できるだろうか、と。

 まったく、大臣として発言するなら、その仕事としてのことだから、個人的な話をするべきではない。なのに今度は柴山昌彦文科相の発言である。就任早々に「教育勅語に普遍性」があるとして道徳に使用を否定しなかった。「普遍性」なら『毛沢東語録』にも『我が闘争』にも、なんだってだいたいは在るものだ。そんなことも柴山昌彦文科相は解らない。
 そもそも道徳とは自分で考えるもので、上から強制するのでは規範であって道徳ではないのだが、それを柴山昌彦文科相は解っていないから、教育勅語を道徳に使えると言う。道徳の意味を知らない人が文科相になってしまったのだ。

 また、柴山文科相は不祥事の文科省について対策として「省内ですれ違った際にはあいさつを」と言う。これには失笑を禁じ得ない。子供が自殺した学校で、よく教師たちが職員会議で対応策を討議し、その結果とは学校で挨拶しようというのが相場だから、先生たちが何時間もかけて議論しておいてその程度のことしか思いつかないのかと呆れられてきた。これをなんと学校の元締めである文科相と文科相がやろうと言う。

 あまりのお粗末に、柴山昌彦文科相はこれでも東大法学部卒の弁護士だったのかと言われてるけど、受験勉強ばっかりで自分の頭で考えてこなかった人がにわか語りするからだろう。道徳を教科にして採点するのも同じ。自分の頭で考えることを否定するからだ。つまり柴山昌彦文科相自身が我が国の教育行政の犠牲者なのだ。

 それにマスコミも問題である。かつて教育勅語は国会で失効・排除の決議がされているけれど、それを否定する決議を国会に出すよう内閣に提案した或いは提案する予定なのかと記者はツッコミ入れるべきだし、そうまでして教育勅語を肯定するならこの場で暗唱してみせろと要求するべきだ。
 なのに、「野党が批判している」なんていう情けない報道である。教育行政の犠牲者は大手マスコミに多いのだろう。




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by ruhiginoue | 2018-10-04 11:38 | 政治 | Trackback | Comments(6)
 沖縄県知事選挙は、期日前投票が多く、期日の投票率は低かった。台風の接近が影響したこともあるだろうし、組織的な期日前投票の強制もあったからだろう。

 結果は、周知のとおり玉城デニー氏の圧勝で、得票は39万票を超え、翁長前知事36万票を3万票以上も上積みし、過去最高の得票だった。組織的に動員して、期日前投票のために送迎バスまで出して、企業に働きかけて期日前投票の報告書まで提出させ、投票の秘密を侵害していると問題になり、しかも東京中央政権が推す候補者の名を書いた投票用紙の写真を撮らせていると言われていたほどで、その他にもデマ撒き散らしたりと、そうした卑劣さが逆効果となったらしく自民党らは完敗であった。

 しかし、金と組織とデマは凄まじく、これによって普通ならあきめてしまうところだった。
 やはり「勝つ方法は、あきらめないこと」であった。今年、辺野古に行ったとき、そう書いてある看板や幕を各地で見た。それが執念深いとかではなく陽気であった。これを地元の人たちと会って話して感じた。沖縄の人たちの明るさが、この勝利をもたらしたのだろう。
 これはすでに誌上で述べていたことだが、一つ実証されたわけで、ほんとうによかったと思う。



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by ruhiginoue | 2018-10-01 15:50 | 政治 | Trackback | Comments(5)
 『新潮45』の編集長は、前に『ムー』の編集部にいたから、ネトウヨ路線はあくまで会社の指示であって編集長の意思ではなかったはずだという人たちがいるけれど、実際に社内でどうなっていたかは外部からだと不明だが、そもそもオカルトとか心霊とかいうものは保守や極右との親和性が高いものだ。他にも『たま』とか『メビウス』など同種の雑誌があって『ムー』より極右路線だった。

 それにしても、心霊というものが日本は特にひどい。前に、テレビで丹波哲郎が霊能者を紹介する番組があったけれど、そこで彼が対談した女性の霊能者は、岸総理に相談されて大丈夫だと押したことを誇っていた。それで自信をもった岸総理は安保を強行して死傷者まで出した。
 また、同番組では、癌など難病は悪霊の仕業なので追い払って治せるという霊能者を紹介し、それ以来、その霊能者が主催している団体には問い合わせが殺到して、相談の予約をしても一か月以上待たされるほどになった。最初は料金など取らないと公言してたのに、会の規模が大きくなると巨大な建物を建設して維持費がかかったりするようになって、高額な相談料を取るようになった。それで「除霊」「浄霊」「心霊(神霊)治療」したのに治らず死亡する人が出て、騙された詐欺に遭ったという人たちの「被害者の会」までできる始末。
 これらの「霊能者」たちは皆、私生活で不幸に見舞われていて、天罰だと言われたものだ。そうでなくても、心霊により災いを除くことを説いていたけれど、自らはダメだったことが証明されたことだけは確かだ。

 それに、心霊という考え方からしても、日本の霊能者は不純な発想ばかりしている。
 その「被害者の会」までできた団体の会長は、人に恨みや呪いをかけると、相手の霊的な力の方が強い場合は負けて自分が災いを受けてしまうと説き、実際に彼が呪った相手は災難に見舞われ、逆に彼を呪った者は呪いの念が跳ね返されて災難に見舞われたという話をすることで、自分は強いからいいが、お前たちはやめておけという説教をしていた。
 しかし、心霊で世界的に最も有名なシルバーバーチというアメリカ先住民の口を借りたという教えでは、憎しみや呪いの想いを人に向けていると、自らの霊格が低下して低級霊と波長が合ってしまい、自分が不幸や災難に見舞われるというものだ。これなら、勝てばいいが負けたらやばいからやめておけというのと違って、自らを向上させないといけないという健全な発想だ。
 ただ、どちらにしても、「人を呪わば穴二つ」という戒めとして言うなら、まだ仕方ないとも言える。

 ところが、戒めだから仕方ないでは済まないのが、歌手で自称霊能者の美輪明宏である。彼は、人に優しくすれば木霊のように自分にも跳ね返ってきて優しくしてもらえると説いていた。これもシルバーバーチでは違い、人に優しくすれば、自分が向上するということだ。「情けは人の為ならず」という諺も、人に情けをかけると人格が向上するという意味において自分の為になると解釈できるが、そうではなく見返りが期待できるので情けをかけるというのでは発想が卑しい。
 これは、世間一般の感覚に照らしても、同じだろう。

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 このように、日本の心霊というものは自らの向上という発想ではなく、力関係と損得勘定が混じったものである。もともと日本では、子供のしつけでも倫理ではなく「先生に言いつけますよ」「お巡りさんが来ますよ」であるから、当然だろう。だから道徳を教科にして評価をつけたりするのだ。
 これだから、美輪明宏も親しくしていた三島由紀夫に「二・二六事件の将校の霊が背後にいるのが見える」と言って、あの狂気の行動をけしかけたし、長崎出身の被爆者だからと戦争は批判しても、他のことでは、社会の秩序を乱す者は未成年者であっても権力によって殺して見せしめにしろと言うなどファシストむき出しである。これと同じことは、先の「被害者の会」ができた団体の「霊能者」も説いていた。

 こうしてみると、『ムー』から来た編集長が『新潮45』で極右的かつナチズム的な差別を煽動したとしても、もともと親和性があるのだから別段不自然なことではない。その原因は、自らの向上という発想を欠いた日本文化の貧困であり、これには絶望するしかない。







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by ruhiginoue | 2018-09-30 13:34 | 政治 | Trackback | Comments(4)
 自民党の杉田水脈議員が、歳がバレるからやめておけばいいのに、70年代のテレビアニメの主題歌をヘイトスピーチの替え歌で披露して呆れられている。
 このアニメ『勇者ライディーン』は、悪役が美形キャラとして女性に人気が出るハシリであった。そして二年後に『惑星ロボダンガードA』のトニー・ハーケン(全体の設定は松本零士だが、この途中登場のトニーは美形キャラが得意なアニメーター荒木慎吾によるものであると一目で判る)や、その二年後『ライディーン』と同じく安彦良和がキャラクターデザインで参加した『機動戦士ガンダム』のシャア、さらに杉田水脈がファンだと公言する特撮ヒーロー『科学戦隊ダイナマン』のメギド王子などへと続く。

 この趣味が歪に昂じたらしい杉田は、悪の組織の狂信的ドグマに傾倒していることを見せつけている。
 現に杉田水脈議員の非常識な発言の数々は、テレビのアニメや特撮物に悪役として登場する秘密結社などが説いていることと同じであり、つまり彼女は、悪の美学ではなく否定されるべき狂信性として描かれていることに共感してしまっているのだ。その反映の代表が、生産性が無い者は社会の無駄だから排除せよという発言である。


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 この「生産性」発言について安倍首相は、「私も妻も大変つらい」と言った。ここでいう「生産性が無い」とは子供ができない夫婦の意味であるから、不妊治療したのに子供ができなかったという安倍夫妻としては傷つくだろう。
 しかし、こんな杉田水脈議員を推挙して自民党の比例名簿に載せて当選させたのは、他でもない安倍首相だった。
 
 この杉田発言を自民党の野田聖子議員も批判した。野田議員は高齢出産で障害児が産まれたけど子宝を授かり幸せと言っていた。それなのに、あの曾野綾子という小説家崩れの差別主義者のヘイト売文屋から、障害児を産むなんて社会に迷惑と侮辱された。
 そして野田議員は、保守派の論客だから尊敬していたのにと言って嘆いた。これでは、杉田議員を右派だからと推挙した安倍首相と同じである。

 どうやら今の自民党は、人を見る目がない議員が中心になっているようだ。



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by ruhiginoue | 2018-09-18 15:38 | 政治 | Trackback | Comments(0)
 すでに先月号のことで間延びしているが、月刊『紙の爆弾』9月号に「三宅雪子元衆議院議員の支援者"告訴"騒動にみるTwitterの社会病理」という題名の記事が掲載されていた。記者は黒藪哲也氏である。

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 これは、元衆議院議員の三宅雪子氏が、Twitterにからんで告訴すると公言したことで、それが本気なのか威嚇なのか不明だが、ここで名指しされた人たちは、本当であった場合に備えて資料を揃えるなどしたと語っていたことを指している。
 また、三宅雪子氏は「小沢ガールズ」の一人としてギリギリ当選したあと選挙区を変えて落選していること、「生活の党」から離党したのは政治とは無関係な部分に不満であったと説明していること、などの経緯とともに、三宅雪子氏がTwitterを原因に民事でも裁判になっているが、その当事者たちとは、もともと三宅雪子氏の選挙運動を手伝うなどしてきた支援者であったけれど決別したという人たちであったこと、などの事実を、同記事は提示している。
 
 この三宅雪子氏のTwitterには、自分も誤解することを書かれた経験がある。他愛のない勘違いで笑ってしまうが、前に筆名について男なら「じょう」でなければ「やすし」と読み、女性なら「しずか」であるとここで説明したけれど、それを三宅雪子氏は女性と間違えたうえ「美女」とまで付け加えていた。この人は、自由党の鈴木まりこ氏など女性に対して「美人」などと書くことが何度もあるで、その調子だったのだろうと推測している。もちろん鈴木まりこ氏については、ほんとうにそう思っていたのだろうが、そうではなく中には適当に書いていそうなことがある(誰の事かは置くとして)ので、その延長であったはずだ。

 それにしても、Twitterの上でのこととはいえ、あるいはTwitterの上でのことだからこそ、気を付けないといけないということだろう。あと、訴訟沙汰の詳しいことは、同記事を読めば詳しく書いてあるのでそちらを参照していただきたい。




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by ruhiginoue | 2018-09-11 16:02 | 政治 | Trackback | Comments(0)
 いまこの時に大阪を抜け出して沖縄に行く松井府知事は、さらに欧州行脚に行くので、これに驚き呆れている人が全国的には多いが、この常識とは逆に大阪では支持される。だから行くのだ。支持を失うなら、行くわけがない。

 なぜかと大阪府民たちが言うには、実質は米軍基地建設推進の知事候補を応援しに沖縄に行くことはすなわち中央に迫害される沖縄を虐める手助けをしに行くことであり、これを見て、自分たちもぜひやりたいことを実行する素晴らしい知事だと思うからだ。
 また、災害のため困っている地元の人をほったらかしにすることも、ほんとうはそんな困っている人たちを自分で虐めたり笑ったりしてやりたいが、それはまずいので、代わりに政治家か放置するのを見てザマアミロと喜ぶのだ。
 
 それが大阪人というもので、「大阪の食い倒れ」と同じなのだ。この「大阪の食い倒れ」には条件があって、それは安くて量が多くて旨いの三拍子が揃っていることなのだが、これと同じく差別と弱い者いじめは、金をかけなくても出来て、相手が弱者だから思う存分にやれて、これが他に無いすごい快感、という三拍子が揃っている、というわけだ。

 だいたい、商売の大阪というのはとうに昔の話だから、今の大阪人はすでに商売などどうでもよく、経済の活気に裏打ちされた「ナニワの民主主義」は死滅し、それで最も安価で快感の差別や弱い者いじめをして楽しみたいからと、橋下ら維新に託してきたが、そうしたら彼らは期待通りだと喝采している。
 こういう人が大阪には多く、その証拠に、あれだけ他からは批判されても大阪では絶大な支持があり、これを解っているから府知事は支持を失う心配などせず、逆に支持されると確信しているから、災害などほったらかして遠くまで出かけるのだ。

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by ruhiginoue | 2018-09-09 11:04 | 政治 | Trackback | Comments(2)
 もともとは、選挙で競り勝ったとはいえ相手方も相当ないし一応の支持があったのだから、それを尊重して人事の面で登用するなど配慮するのが常識だったのに、そうではなく勢力争いで勝ったのなら負けた者を粛清するスターリン主義的な体質に、自民党は変容してきている。
 これは、小渕恵三が、自分と同じ時に総裁選立候補した加藤紘一らを徹底的に排除したことから始まった。このことは先述したとおりだ。
  
 また、小渕恵三が総理大臣の時、国旗国歌法や盗聴法など、国家主義的傾向の強い法案を次々と成立させており、これは転んだ公明党と組むことで多数になったら議論などしないで押し切るやり方である。これと同じことを安倍晋三はしているから、共通してファシスト的傾向がうかがえる。
 しかも経済に対してまで同じだ。小渕総理は、野菜が並んでいるのを見ているさい、そこにあるカブを両手に持つと、テレビカメラを意識しながら万歳の恰好をし「株上がれ~」とおやじギャグをブッこいたことがある。今はアベノミクスなる官製相場が問題だが、小渕恵三もバラマキをしまっくて「世界一の借金王になった」と愚痴をこぼした姿がテレビで放送されている。つまり両者は共通して、積極的というが実は無理矢理で、ツケが後に回ってくることをしているのだ。

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 この二人の人物は、経歴からすると違うように思ってしまう。
 まず安倍晋三は、真面目に勉強しないし、強引にやらせても満足に出来ないし、成蹊というお坊ちゃま私大に付属から入り、授業サボって遊んでばかりで単位も取らず落第のはずが、おそらく金次第の私大だっからだろう、いつのまにか卒業していて教授が呆れたという話がある。身体的には難病指定されている持病がある。趣味といえば食うことくらいで、それも箸の持ち方が下手だったり、箸を口に近づけると舌を出してしまったりと、実に品が無い。あと好きなことといえばゲームとアイドルだと言われている。
 ところが小渕恵三は、もっと一流の早稲田卒で、スポーツは合気道4段、映画や音楽も嗜むなど、上品で均衡がとれた人物のように見える。

 しかし、小渕恵三は「鈍牛」と言われてきたし、海外メディアからは「冷めたピサ」と皮肉られていた。これまた不真面目な森喜朗からは「小渕さん、私より年齢は上だけど卒業は後で、よけいに勉強した」と公然とからかわれている。同じ早稲田大学だが、スポーツ推薦で入ったけど入ったらサッサと部活をやめてしまったなんていう森に、小渕は笑いものにされていた。深刻な持病もあり、これで長期政権にならなかった。

 これを群馬県出身の人が言うには、小渕は子供の頃ちゃんと前を見て歩かない情けない子だと評判で、真面目ではあっても実はボンクラだそうだ。それで劣等生の安倍晋三と同じく、自分の地位を脅かされることに過敏な恐怖を抱いていたはずだ。
 だからソックリになったと考えれば納得である。違うのは死んだ小渕に対し安倍は薬の進歩でしぶといことだけだろう。






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by ruhiginoue | 2018-09-03 20:47 | 政治 | Trackback | Comments(0)