井上靜の気楽ゆえ率直な日誌です。気楽にコメントしてください。おたよりも同様にe-mail:ruhig@outlook.jpまで


by ruhiginoue

カテゴリ:政治( 702 )

 新潟県知事選挙は、与党の推す候補と野党の推す候補が僅差の得票で、与党の推す候補が当選する結果となった。
 この選挙は、前知事が辞職したことを受けてのことだったが、その辞職とは私生活が原因だったので、そんなことで辞めなくていいと言われてもいたが、知事自身が辞職の意志を強くしていた。

 この知事は、もともと保守や右派の候補として選挙に立候補して落選した過去があったけれど、新潟にある原子力発電所の問題で再稼働に非常に厳しい姿勢をとることで野党から支持をうけて当選していた。
 そんな知事の辞職を受けての選挙だから、原子力発電の問題は主要な争点であるはずだ。
 しかし、野党系候補は明確に再稼働反対を表明し、与党系候補は慎重姿勢を表明する、というように、一見では少しの違いであった。これは前職が当選した現実を与党側が考慮し、原発問題で決定的な違いを見せないようにしたのだろう。

 だから、与党の候補が当選したからと、ただちに原発再稼働とはならないし、そうでなくても僅差の当選であるから、仮に当選した候補者が原発再稼働を何が何でもやると公約していたとしても、自分が当選したからと強行したのでは、多くの有権者を無視することになり、選挙の意義を否定することにもなってしまう。

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 もともと、議員ではなく首長の選挙だと、落選したけれど相当の得票があった候補者は、当選した候補者に対し、まず礼儀として、また自分に投票してくれた人への責任として、「当選おめでとうございます」と言いに行き、そのうえで「しかし私も〇〇%の得票がありました。私に投票した有権者のことも配慮して政策に当たってください」とお願いし、当選者は「ありがとうございます。それに気を付けながら頑張ります」などと言うものだ。
 こうした礼儀を欠く人が時々いるが、それとは少し違い、選挙を勝ち負けだけで考える人がいて、勝てば何でも好きにしてよく、負けた者を支持した有権者は蔑ろという態度に出る。

 この代表格が大阪の橋下徹もと知事・市長であった。何をしようと自分は選挙で勝ったのだからいいんだとして、文句があれば選挙で落とせと居直っていた。この態度と見識、大学出て弁護士になったのに義務教育の公民すら理解していないと批判されていたが、こうなってしまうのは、社会のために働こうというのではなく、自分の上昇志向のために政治家になるからだ。それで、その生い立ちが原因だと言われてしまうのだ。
 
 このような橋下式の勘違いが、この社会に蔓延している。

 

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by ruhiginoue | 2018-06-12 15:50 | 政治 | Trackback | Comments(2)
 低投票率の新潟県知事選挙で与党が推す候補が当選した結果を受けて、東京電力は、引き続き新潟県に柏崎刈羽原発の再稼働への理解を求めていくそうだ。

 これは電力供給ではなく経営上の事情であると東京電力は認めている。それで原発の再稼働には地元の同意が必要だが、新潟県の米山前知事は、福島の原発事故の原因や事故が及ぼす健康への影響、住民の避難計画の実効性の検証作業を終えるまでは、再稼働を認めるかどうか判断しないとしていた。
 また、今回当選した花角氏も再稼働には慎重な姿勢を示し、検証作業に少なくとも2~3年をかけるとしている。
 つまり原発が争点にならないようにする戦術が功を奏したということだ。もともと与党としては、政権が醜聞で窮地なのだから、そこで選挙に負けないことこそ重要であり、原発は二の次だろう。その点では、沖縄の米軍基地問題て争点隠しするのとは異なる。

 それにしても、政権がこれだけの醜聞にもかかわらず、その支援を受けた候補が僅差とはいえ勝てるのはなぜか。もちろんマスメディアの伝え方が充分でないなどの問題はあるが、それにしても不可解だ。そう言っている人たちがいる。
 しかし、この一方では同じ投票日の中野区長選挙で、野党の推す候補が与党の推す候補に勝って当選した。
 これについて、やはり都会と田舎の違いではないかと単純に言う人たちもいるけれど、地方選の場合、自分が居住していない地域の事情には判らない部分もある。


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 かつて、新潟といえば何と言っても田中角栄だが、彼はあれだけ問題になって批判を浴びても選挙で圧勝し、「世論は新聞じゃないテレビじゃない、世論は選挙だ」と豪語することができた。
 これは糞田舎だからだと言う人がいて、そうした読者にむけて『日刊ゲンダイ』などが地方の民度の低さをこき下ろしていた。

 しかし、『朝日新聞』は少々違った。新潟県とは、よほど保守的かと思ったら実は田舎にしてはそうとばかりいえないことがあり、けっこう野党が他の地方よりは強かったりするなどの現実もあると指摘し、あの本多勝一記者が新潟に赴き得意の現地生活入り込み取材をして、「田中角栄を圧勝させた側の心理と論理」という記事を発表した。
 これが朝日新聞に掲載されると、他の地方の人は「なるほど」「そういうことか」と言い、新潟県民は田中角栄を支持する人もしない人も「そのとおり」「よく書いてくれた」と言った。

 こういうことを、新聞がしなくなった。



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by ruhiginoue | 2018-06-11 15:26 | 政治 | Trackback | Comments(0)

銀行は無用の長物に

 大手銀行が、大幅な人員削減と店舗縮小に着手し始め、三菱UFJ銀行は、現在の窓口のある店舗515店舗を3年後には430店ほどに、5年後には約半分の250店舗に、支店の人員も3,000人前後縮小する予定で、三井フィナンシャルグルーブやみずほフィナンシャルグループも、規模は異なるが、店舗の見直しや支店人員の見直しに着手しているらしい。

 もう銀行としては、客に窓口に来ないで、振込、振替、残高照会などはインターネットバンキングにして欲しいらしい。もともと不採算であったが公共性を鑑みてやっていたことだから、来なくてもできることはやめてしまいたいわけだ。

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 これは客としても、便利で安上がりである。インターネットバンキングなら、朝一番で振込をしなくてはならない時に、わざわざ早起きしなくても、夜中にネットの操作をしておけば、自動的に朝一番で振り込まれる。
 しかも、振込手数料に大きな差がある。こんなに差ををつけているのだから、銀行は客をなるべく来させないようにしたいのだ。
 もう銀行は要らないということもできる。貯金は置く場所を借りて金庫を買って入れる。支払いはスマホ使ってコンビニ店で。これこそ「金融ビッグバン」である。



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by ruhiginoue | 2018-05-28 16:12 | 政治 | Trackback | Comments(5)
 加藤寛治衆院議員(自民党)が「必ず3人以上の子供を産み育てていただきたい」「子供産まねば人様の税金で老人ホーム」と発言し、これは女性を侮辱しているのではないか、などと問題になったが、野田聖子総務相も批判し「そういうことを言ったから子どもが増えるということでは決してない」と指摘した。
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 たしかに、ただ加藤議員のように言えばいいのなら、そもそも政治家はいらない。

 これで思い出すのが、かつて右翼活動家の赤尾敏もと代議士が、国旗掲揚と国家斉唱を強制する自民党など政治家の姿勢を批判していたことだ。彼は右翼だし、実際に日の丸と君が代が大好きで、反対する者はケシカランと言っているのに、なぜ批判したのか。
 それはまず、権力が強制することには慎重さが求められ、必要最低限の場合に限られるという原則は尊重すべきという趣旨だった。
 さらに、政治家の仕事ではないという指摘だった。政治家の仕事は、国民に国旗を掲げ国歌を唄えと命令することではなく、国民が国旗を掲げて国歌を唄いたくなる国にすることだ。なのに政治家が仕事サボってはダメだというわけだ。

 それと同じことだ。子供を産める安心な社会にする責務が政治家にはあるのに、その仕事を怠けて国民に命令している加藤議員。こういう政治家が他にも自民党にいて、同様の発言が飛び出しては問題になってきた。
 まず自分の仕事をしろと言いたくなるが、しかも加藤議員は子供が六人いるけれど孫は八人だそうで、十人も少ない。よそ様に言う前に自分の子供たちに言わないとダメじゃないか。でも、それを命令されたら可哀想である。



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by ruhiginoue | 2018-05-15 17:57 | 政治 | Trackback | Comments(4)
 安倍内閣の下で不祥事が相次いで、マスコミが調べて発表する支持率も低下しているが、それでも十代と二十代では、まだ支持する者が多く、それと重なるように、不祥事があっても、それを悪いことだと思っていない者や、責任をとるべきだと思ってない者が、けっこう多いというアンケート結果と分析がある。

 これについて、若者は素直だから騙されていると言う人がいる。
 ちょうど経済の情勢が国際的にも国内的にも回復期で、だから今の景気は政策と無関係であり、むしろ、もっと良くなっているはずなのに安部内閣の政策が妨げているくらいだ。
 この現実を大手マスコミがちゃんと報道せず、そこへインターネット工作があり、内閣の政策が優れているため景気が良くなり就職もしやすいのだというデマが流された。
 これを若い人は意志や判断力が脆弱なので疑わずに受け容れているから、不祥事があっても大目に見ようと言われ従ってしまうーというわけだ。

 しかし、その不祥事とは、国の成長戦略の目玉を私物化して不正および隠蔽と改竄がされたことなのだから、かなり深刻である。
 だから、政策が良いと信じ込んでいたとしても、内閣で問題がある人は引責のうえ政権与党内で別の人に交代するべきだと考えるものだろう。
 ところが、それでも責任をとらなくていいと思う若い人がいるのはなぜか。
 おそらく、友達だから贔屓して当たり前だと思っている人が、若い人ほど多いからだろう―という単純な意見が目立つ。簡単だから言う人が多いわけだ。
 そのうえで、それとこれとは別だとか、ケジメがないとだめだとか、そういうことを理解できない人が若い人に多く、やはり社会経験が浅く乏しい―というわけだ。
 なるほど一見わかりやすい。

 しかし、子供のころはわからなくても大人になればわかるようになるのだろうか。そう思いがちではあるが。
 かつての友情が、社会に出て揉まれたり擦られたりしているうちに、通用しなくなる。
 また、子供のころは利権も思想信条も社会的立場も無かったので、純粋に人間として付き合い仲良くできたけど、大人になったらそうはいかなくなる。
 などと、よく言われる。
 それで、子供のころは友達だから特別だと思い、しかし大人になって社会に出たら違うのだけど、まだ若い人は社会的な立場や責任をわかっていないから気づかない―という図式に考える人がいるのだろう。
 けれど、どうだろうか。

 というのは、自分の経験の記憶からも、いろいろな人たちの体験談からも、子供のころ「友達だから」という発想は、ほとんどして無かったはずだからだ。
 そして、よく思い出して検証してみれば、子供だってやはり力関係が影響してのことであり、これに対して非力で抵抗できなかっただけである。
 また、大人になって社会に出たら、親の庇護も無くなったし、自分の力で進んで行くもので、子供のように非力で無抵抗でいたら人生が挫けて御終いとなってしまうけど、こういう認識をしたり自覚をしたりが、駆け出しの若い人は未だできず、自らが抱える現実と向き合えてないので、抵抗する意思も持っていない。

 つまり、社会と政治・経済の不正に若い人たちほど寛容なのは、甘いからではなく非力だからである。そして、ほんとうは非力であることなど仕方ないから大目に見てもらえるべきことなのだが、これに対して世間は冷淡または冷酷だし、当人も恥だと思って認めようとしないのだ。これが不正に寛容な態度となって表れる。
 というのが実態だろう。

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by ruhiginoue | 2018-05-13 13:03 | 政治 | Trackback | Comments(0)
 過日、週刊文春が、林芳正文科相は日中に「ヨガ」の店に出かけていたと報じ、そのさい公用車を利用し、その店が体操や健康のためとしながら風俗営業まがいの雰囲気であることを問題にしていた。
 これに対して、その店を運営している女性が週刊文春に対して苦情の声明を発表した。週刊文春の記事だと、いかにもいかがわしい店のように誇張していて、また、その女性はグラビアに出たことならあるけれど、それをアダルトビデオに出演していたように書いているから事実と違うということだった。

 ここで問題なのは公用車の使用だった。勤務中に私用があって出る程度なら公用車の使用は許容されている。しかし、小さい子供がいる女性の議員が出勤のついでに託児所に寄ったことを公私混同と非難する人たちがいて、それは言い過ぎだと反論もあった、ということが記憶にまだ新しいのだから、仕事の息抜きでヨガに行くことはどうなのかと問題にされても当然だった。
 しかも、その店は女性ばかり接客するから、いわゆるセクシーヨガであったと言っても不当ではないと指摘され、これは趣味の問題だけど、大臣が公用車で行くのはいかがなものかと疑問が出たのだった。

 もう一つ問題になったのは、その店がリラクゼーションと称して行う中で、無資格の従業員が指圧やマッサージまでしているらしいという疑惑だった。
 これを実施するのが若い女性ということで、だからどうも風俗営業っぽいじゃないかと言われたのだが、それと共に、いやそれ以上に、無資格営業の横行により有資格者が圧迫され、特に視覚障害者の自立・自活の妨げになっていることが前から問題になっているのだから、その資格については学校教育の分野であるため管轄が文部科学省であり、なのに文科相が無資格者のところへ公用車に乗って客として行くことは、進退にもかかわる問題というわけだ。

 この、無資格で指圧やマッサージを女性がすることを題材にした小説『くねり坂』があった。書いたのはタレントのうつみ宮土理で、創作教室に通って悪戦苦闘しながら書き上げたらしく、ついに出版されて彼女は笑顔で読んでくださいと言っていたけど、それで読んでみたら切ない話だったという小説で、今は亡き大原麗子が主演でテレビ化されている。
 このドラマで主人公が偶然に出会った女性たちの集団は、無資格の指圧とマッサージを派遣で行い生計を立てていた。みんな訳アリの女性たちで、主人公も同じだったから仲間に入り働きはじめる。そこで働いていた若い女性が出張風俗嬢とみなされて客に襲われてしまう挿話もあった。

 このように、小説のネタにもされるくらい、もともと色々とあったのだ。そこに文科相が公用車で行けば問題にされて当然。週刊文春の騒ぎ方が面白おかしくしようとした部分を割り引いても、だ。

 余談だが、もともとセクシーとヨガといえば岡本かおり。彼女はテレビタレントとしてバラエティー番組に出たり、大映テレビの連続ドラマに俳優として出たりしていたが、映画ではにっかつロマンポルノで活躍したことでも知られている。その前はモデルだったそうだ。その当時の付き合いだったらしいが、義理の姉が彼女と親しかった。
 しかし会ったことはななく、ヨガはすべて姉に教わったのだった。

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by ruhiginoue | 2018-05-04 20:00 | 政治 | Trackback | Comments(6)
 読売新聞が郵送によるアンケートをとった結果、憲法改正に賛成51%であり、改憲を目指す安倍総理がズッコケても国民の意識は改憲が過半数だったとプロパガンダしている。

 しかし、その読売新聞の記事は、以下のように記述している。
 
 憲法を「改正する方がよい」は51%、「改正しない方がよい」は46%だった。前回2017年3~4月調査では、「する方がよい」と「しない方がよい」が各49%で拮抗(きっこう)していた。改正賛成が反対を上回ったのは15年調査(賛成51%、反対46%)以来3年ぶり。

 こう問われれば、改正だから賛成という人が安倍総理とは無関係にいて当然だ。

 ところが、自衛隊の根拠規定を明記する自民党の改憲条文案への賛成は55%に「上った」(読売新聞の表現)ことに、自民党内から歓迎の声が出た。だが、連立与党である公明党や、立憲民主党などの野党は、改憲への国民の理解は深まっていないとして、慎重姿勢を崩していない、とも指摘している。

 また、自衛隊を「合憲」とする回答は76%、憲法への自衛隊明記に「賛成」と答えた人の割合は自衛隊合憲派で57%だった。
 ということは、無意味なことをするべきだという人が少なくないということだ。それだけ日本国民の認識はムチャクチャであり、理解が深まっていないという指摘の正しさを示している。

 しかし理解が深まっていないとしても、ただ混乱してるだけでは、このような不整合は起きないはずだ。
 では、自衛隊が合憲だと思うのに、憲法への自衛隊明記に賛成だ、という滑稽な回答をした国民とは、なぜそうなのか。おそらく、国とか政府とかのやっていることに間違いはないから、というより従っておかなければいけないから、今ある自衛隊は合憲のはずだし、これからやろうとしている改憲も賛成しないとね、というだけのことで、内容がどうなのかは全く考えてないからだろう。
 しょせんそんなものだ。ほかに可能性があるだろうか。多数になびき迎合する日本人の国民性からすると、これが最も可能性が高い。

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 この読売新聞は「世界最大の発行部数」とロゴに付けて謳っているが、広告料を高くするため水増ししていることは他の新聞・雑誌と同じであることを割り引いたとしても、この発行部数について読売新聞が諸外国の大手メディアに自慢すると「そんなのは新聞じゃない」と一様にコケにされる。これは小説家の安部譲二も誌上で紹介したことがある話題だが、日本の人口と比して部数が多すぎるので、とうてい独自の報道や論説が不可能だから、もはや新聞じゃないということだ。
 だから自慢したら逆にこき下ろされてしまうのに、それに気づかないのは、日本人の多数になびき迎合する国民性のためだ。だから政府ベッタリ読売ジャイアンツ一辺倒で世界最大の発行部数と自慢する。

 そんな、新聞を名乗るが新聞じゃないものによる政府になびく国民のアンケート結果など、もはや「世論」ではない。ただの付和雷同である。
 


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by ruhiginoue | 2018-05-03 06:30 | 政治 | Trackback | Comments(0)
 「不正選挙」について訴訟を起こした人たちの裁判を東京地裁で傍聴したことがあるが、その前に行われた選挙が状況証拠から怪しいと指摘はするけれど、実際に不正が行われたという立証はできていなかった。 
 この時、支援に来ていた人たちの会話を聞いていると、311震災は人工地震による攻撃であるという話題にも熱心であったが、どこの断層で核爆発を起こしたという理論的な指摘は無かった。それが仮にあったとしたら、次は、実際にそうだったことを示す放射能の検出といった証拠が必要だけれど、理論的な指摘が無いので当然ながら証拠も無かった。
 
 このように、先ず、なぜ、どのように、という理論的な指摘が必要で、次に、それが具体的に実行された証拠を必要とする。それを理解できない人が多い。
 そうしたら、これについて白川もと自治大臣が指摘していた。政治家を辞めて弁護士に戻っている同氏は、これまで不正選挙について、根拠もなく騒ぐ人たちがいるので同調しなかったが、しかし切羽詰まったらやりそうな人たちはいるので、心配と監視は必要だと主張していた。

 このように、起こりうることなので要注意であることと、実際に起きたこととして問題にするのは、別である。先ず「絶対に不正はありえない」というのは、実際に不正があった現実によって否定できる。自治体レベルでは既に逮捕者が出ている。
 ただし、地方では有権者の数が少ないため、僅差で当落が決まることが珍しくないうえ最下位当選と次点と一票差なんてことまであるから、そこで不正が起きるという事情がある。しかし有権者が多いと、少しの差だから操作してやろうという動機がなくなると同時に票数が多いため操作が難しくなる。
 このため、例のムサシという集計機が数字を改変しているのだという陰謀論を説く人たちがいるのだが、それを疑うのと、実際にそうであるのとは話が別である。すると、証拠は無いし、否定論もある。だから、絶対に不正が無いと断定はできないが、根拠が不十分なのに疑いだけで断定している人たちも間違っている。
 
 また、国際選挙監視団の派遣を日本が断ったという噂があるけれど、これは外務省が公式に否定しており、かつ噂の内容をよく検討すれば、監視団の必要がある国と監視団を出している国が逆になっていたり、ありえない設定である。こうなるると、選挙監視団拒否は荒唐無稽なデマと言える。
 ただ、それとは別に問題がある。これまで日本は、選挙監視団を不安定な国に派遣しており、派遣される不安定な国ではなかった。だから必要ないとか在り得ないとかいう人たちがいるけれど、これも違う。もう昔とちがって、日本は大震災のうえ原発事故があったので、これからは政情不安定の国々と同じ扱いになるべきだし、原発の利権がらみで選挙に不正のおそれがある、ということで選挙監視団を外国から迎えるべきだと言われるようになったのだから。

 つまり、今後は日本も不正を危惧すべきというのと、実際に過去すでに不正が行われていた事実があるのというのは別なのだ。なのに、既にこんなことがあったという変なデマを流す人が絶えないのは、なぜか。あまりに滅茶苦茶なので、もしかしたら、この先やろうとしている伏線で、予め荒唐無稽なデマを執拗に流布しては否定するという反復により「オオカミが来た!」の状態にしたいのかと疑ってしまう。

 あと、滑稽なことに、自分が支持する側が勝った選挙では不正について何も言わず、負けた選挙では不正だと叫ぶ人たちには、不正が絶対にありえないという完全否定派でない者でさえ困惑させられているが、これかなぜかという一つの可能な回答がある。
 あの訴訟に来ていた人たちの中にも目立っていたが、不正選挙で陰謀と叫ぶ人たちの一部には「それで小沢一郎が総理大臣になれない」と必ず言う人らがいる。こう言う人たちは本当の支持者ではなく、ただ好都合だからと利用しているだけで、祀り上げ神格化しているから、勝って当然で負ければ不正と言うのだ。
 こういうことをするから、「だから小沢信者はダメなんだ」という反発も起きるのだ。そして冷静さを失う。

 こうなると、ムサシとか決まり文句を使わず、不正があった事実にだけ注目し、そこから警戒をよびかけ監視を強めるしかないだろう。

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by ruhiginoue | 2018-04-27 17:33 | 政治 | Trackback | Comments(0)
 追悼 渡瀬恒彦
 兄への出演依頼を石原プロがテレビの刑事ドラマと掛け持ちに難色を示したため弟が演じることになった『皇帝のいない八月』で、渡瀬恒彦は、やくざ役と違い狂信者だが信念ある役と入れ込み熱演した。
 このため、時の荒船官房長官が観て「こんなヤバい自衛官がいるものか」と怒ったが、今では「道義」云々する者が防衛相など自民党に目立ち、しかも幹部自衛官が野党議員へ暴言...


 もちろん自衛官も含めて、公務員でも国民の一人として意見を持つのは自由であるし、それを表明することも、節度をもってのことなら許される。
 だが、小西洋之議員に対してその男は自分が自衛官であると名乗ったうえで、小西氏個人に対してではなく議員活動に対して反感を露わにしたのだから、公務員の政治的中立を破っており違法行為である。
 また、意見を述べたのではなく執拗に罵倒しており、警察が出るほどだったのだから、これだけでも脅迫に該当する。しかも、職務から武器を持つ特権を持ち、その集団を指揮する立場でもあることを相手に示したうえでの行為である。当人は刑事告発のうえ懲戒免職で、上司も更迭など処分を受けるべき深刻な事案である。
 このことは、すでに数々の指摘がされいる。
 
 ところが、元自衛隊医官が、Twitterで実名を出して、罵倒して何が悪いのかとしたうえ「ましてあの小西ですが」と述べた。この人はもともと非常識なツイートをし続けていた人だが、しかし、これは特にひどい。
 だから、軍事に強い関心をもってツイートしている人が驚いて指摘していた。どんな思想を持とうと自由でも、銃を持った多数の者を指揮する立場の幹部自衛官が、政治家を非国民よばわりして罵ることは絶対に許されないのに、そんなことも自衛隊は幹部に対して教育していないのかと暗澹たる気持ちだ、と。

 ところが、その元防衛医官は、その時に銃を持っていなかったのだから、危ない人と決めつけてはいけないと反論した。医師が人命について不謹慎な発言をして問題になることがあるけれど、言った時にメスや注射器を持っていなかったと言えば済むだろうか。危ない医師だと誰もが思うはずだ。
 この人は防衛医官だったと言うから、防衛医大の卒業生ということで、それも色々だということは、よく解っている。このことは拙書『防衛医大の場合は』でも述べた。

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 このような認識と言動の自衛官がいるのは、なぜだろうか。
 もともと小西議員は、東京大学を卒業して官僚になった人である。公務員の仕事を熟知しているから、暴言を浴びせられたことで自分のことより公務員の中立性を問題にしている。それに、そもそも自衛隊について同議員がよく問題にしていたのは、政府の政策が無茶苦茶だからだ。これにより生命を危険にさらされる自衛隊員がいて、その家族が悲しむことになってはいけないと心配し、政策を変えろと主張し続けてた。
 なのに、自衛隊にかかわる政策を批判したというだけで、その中身を知らずに、罵倒した自衛官がいて、それを何が悪いのか、しかも小西だからと言う元防衛医官がいたのだ。

 これについて、自衛隊の教育がなってないとか、バカで不真面目な自衛官がいるとか、そう言って驚き呆れ怒る人たちがいる。それもあるかもしれないが、もう一つ指摘しておきたい。

 その小西議員も問題にしている自衛隊の海外派遣で、隊員たちにPTSD傾向があり自殺者もいることで、メンタルケアの重要性が専門医たちに指摘されている。防衛省が実施しているアンケートにより、海外や国内災害に派遣された隊員のうち、PTSD傾向にある隊員は毎年1千人以上で推移していることが明らかになっている。
 これについて、自衛官と家族のメンタルケアが重要であると自衛隊でも認識されているが、防衛省の対応だけでは不十分であるとして立ち上がる専門医たちがいる。

 かつて、戦場神経症の対応を防衛医大が、と言われていたが、どうなっていたのか。実効性のあることは、ほとんどしなかったのだろう。あのサリン事件の時も、ご相談くださいと呼び掛けていたけどポーズだけと卒業生の医師が明言したほどだったから。
 では、なんで自衛隊は隊員のケアをちゃんとしないのか。そう言ったところで、防衛大でも防衛医大でも、下っ端の隊員は消耗品という認識である。なんだかんだ言っても、結局は自衛隊の内部にだって格差はあるから、ということに尽きる。
 だから、政策が自衛官と家族に苦悩と悲痛を与えると批判しているのに、それを敵視する、単純バカないし出世亡者で政権に媚びる立場の自衛官がいるのだ。「俺様は勝ち組だ」と言いたいのだ。





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by ruhiginoue | 2018-04-20 06:40 | 政治 | Trackback | Comments(1)
 新潟県知知事の米山隆一氏が、数年前から出会い系サイトで知り合った大学生などの女性と援助交際していたことについて、その女性から聞きつけた週刊誌の取材で事実を認め、記事になる前に記者会見を開いたうえで辞職する決断をしたということで、話題になっている。
 これについて断片的にTwitterで述べていたが、それでは細切れで解りにくすぎるので、ここでまとめてみる。
 
 高畑勲監督の追悼で放送された『火垂るの墓』の原作者・野坂昭如の、その前の代表作は『プレイボーイ入門』である。その後、野坂昭如は、あの宇野総理大臣が週刊誌に暴露された援助交際を引き合いに出して、援交相手にバラされる人は、慣れていない者が中年以降に経済的余裕ができたからとニワカにはじめるから失敗するのだ、と指摘し「僕に相談すれば教えてあげたのに」と、生前よく言ってた。
 それなら米山隆一新潟知事も、野坂昭如が生きていたら相談したほうがよかったかもしれない。ただ、それで的確な助言が得られた保証はないが。

 そこで米山隆一氏は、援交相手は金だけが目当てだと解ったので会わなくなり、その後は紹介された他の女性と交際したが別れてしまい、だから独身のままだと言う。
 そして米山氏は、満たされなかったとか、金を渡したのは歓心を買い好きになって欲しかったとか、政治家になったのだからよせばいいのに、知事になって凄いと女性に言われて嬉しかったとか、言っている。これらは、たぶん本当だろう。年配の男が女子大生を相手に普通は有り得なそうだが、しかし彼のように勉強ばかりしてた人ほど、その当時に欠落したことの埋め合わせを後からしたがるものだから。

 これが、野坂昭如よりもう少し年上の世代だと、青春時代が戦争中だったので、戦後この世代の人たちが「デートクラブ」だの「愛人バンク」だの当時の出会い系で売春の温床として摘発もされたところに入り、初恋の人に似ている若い女性を探して金で雇って代わりを演じてもらっていたものだ。
 
 そうした戦争がらみは悲しい話だが、その後は受験勉強ばかりの人が似たようになっていた。米山氏のように東大に現役で入り医師と弁護士の両方というのは超人だから出来たのではなく、他の人がしていることをしないで勉強してたからだ。時間の使い方だけではない。有名な医師ベンジャミン=スポック博士も指摘したが、受験勉強はボクシングと同じで禁欲しないとできない。だから、その中には合格後タガが外れしまう人が出て、医学部で集団強姦とか官僚がセクハラとかいうことになるのだろう。

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Twitterに使用している写真。

 しかし、既にみんな言っているように、週刊文春の不倫記事といえば前に小室哲哉氏のことがあった。これと同様に、米山新潟県知も、仕事と何が関係があるのか。しかも原発問題で当選して女性問題で辞任とは不可解である。米山隆一氏と小室哲哉氏では立場が違う。小室氏は才能が枯渇したと感じていたそうで実際にヒット曲がないから、週刊誌が不愉快でやめると言うのもけっこうであり、この時は文春の方が非難された。しかし知事はこれからもやることが山積しているし、歌より原発は深刻だから、やめたら知事のほうが非難される。

 ただ、米山隆一知事は、今でこそ原発再稼働に慎重な姿勢で共産党や自由党など野党から支持されて当選したが、以前は自民党から立候補したり維新から立候補したりで落選を繰り返していた。つまり政策や理念に一貫性がなかった。
 また、Twitterでリベラルな良識派の発言をしていたが、その前はネトウヨのような発言をしていたので、立場に合わせて変えたと指摘されている。この逆というかで迎合をしている政治家が元アナウンサーで自民党の丸川珠代議員である。どちらも東大に入る人だから、要領がいいのだろう。片山さつき議員もそうだと、別れた元夫の元都知事が言っていた。

 せっかく念願の政治家になれたのに辞職とは、たかが女のことで米山氏は無念ではないのかと言う声もあがっている。
 ただ、映画監督の「ゴジ」こと長谷川和彦氏が、こう言ってた。
 もともと母親が教師で勉強にうるさく、また監督になるため映画会社にエグゼクティブで入るには大学それもなるべく一流のところに入るべきだと映画関係者に言われたため、猛勉強したとのこと。
 そして東京大学に現役で入るが、「受験から解放されたと思ったら、その後もやれ公務員試験だ司法試験だと東大は試験が好きな奴ばかり」と。

 おそらく米山隆一氏も、医師に弁護士さらに政治家と、なって何がしたいかではなく、なれるまでの過程が楽しいということで意味があって、だから途中で辞めても惜しくないのだろう。



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by ruhiginoue | 2018-04-19 12:34 | 政治 | Trackback | Comments(4)