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by ruhiginoue

カテゴリ:社会( 1017 )

悪魔化のプロパガンダ

 ネット上で三浦瑠麗が美人か否かなんて話があり、それに対して、そんなことは関係ないだろうとか、そんなこというのは女性を顔で判断してるとか、そんなふうに批判する人がいるけど、もちろん彼女の言うことがマトモだったらそんなこと関係ないが、あんなデタラメやメチャクチャばかり話していて、なのにテレビに出して発言させるとは不可解すぎるから、これはおそらく何故かあれを美人だと思う人がいて起用してるのではないか、という話になるのだ。

 そんな三浦瑠麗の発言が問題になった直後に、もともと悪名高かった右翼活動家が朝鮮総連本部発砲事件を起こした。
 これを支持する人たちがネット上で狂喜の発信をしていて、実際に行動を起こした人たち以外にも潜在的に狂信的な人や狂暴な人が存在しているとして危惧する声があがっている。

 ただし、ここで特徴的なのは「朝鮮総連なら発砲されても仕方ない組織」という正当化であり、ほんらい暴力は悪いし発砲なんてとんでもない、という常識が覆されてしまうことだ。
 こうなるのは、敵を作ったり、敵に見立てたり、そのうえで「悪魔化」する論法のためである。これは戦争プロパガンダの手口の一つであることを、前にここで外国人ジャーナリストの言葉とともに紹介したはずである。

 このため、暴力事件を起したり事件を支持したりの人ではなくても、とにかく北朝鮮と朝鮮総連の「悪魔化」をしさえすれば何でも正当化されると勘違いするのだ。
 その証拠に、そういう誤りに陥った人は、それをいくら否定されても、ひたすら「悪魔化」で応じ、「悪魔化」で思考停止して、すべて「悪魔化」で解決とか、持論を否定をされても「悪魔化」によってすべて反論できると錯覚したままでいるものだ。
 
  この手口は単純で便利だから、マスメディアも重宝がるので気を付けないといけない。



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by ruhiginoue | 2018-02-23 18:24 | 社会 | Comments(0)
 以下、文中敬称略

 百田尚樹がTwitterで、オウム真理教事件の坂本弁護士殺害は江川紹子がきっかけを作ったのであり、その後、江川紹子はこの事件で有田芳生と同様にテレビに出演して稼いだ、という趣旨の発言をし、これに対して、坂本を殺害したのはオウム教の狂信的な信者であったのだから、江川のせいで殺されたのではないという批判が起きた。

 これについての客観的事実は次のようになる。

 まず、オウム教の問題で坂本弁護士に相談がもちかけられたのは、江川紹子が話を持って行ったからであり、これは江川が認めている。テレビに出演したときも言っていた。だから江川は坂本が事件に巻き込まれるきっかけではあった。
 しかし、あくまで坂本を殺害した犯人はオウム教の信者であり、その犯行動機とは、坂本がテレビの取材を受けてオウム教を非難したからであった。これは実行犯であるオウム教の信者らも認めている。
 また、オウム教を批判している人たちは他にもいたが、坂本弁護士の場合は他の人たちと少々違い法律家としての見地から厳しい指摘をしていた。オウム教が資金集めのために行っている事業の中で詐欺になる行為をしている実態を、同弁護士は自ら調査したうえで具体的に明らかにしていたのだった。

 そして、このときのインタビューが放送されていないのに、この収録をしたTBSが、オウム教の関係者からその内容を問われると、なんとインタビューの録画を勝手に見せてしまった。しかも坂本弁護士には無断であった。放送されていれば口封じという発想にはならないが、放送されていないから世間に知られていない。
 そして坂本は、インタビューがまだ放送されていないのでオウム教がどういう反応か解らなかったし、まさかインタビューの内容がオウム側に漏れているとは想像もしていなかった。ところが、そのときすでにオウム教は坂本に危機感を持ち敵意を抱いていた。
 この結果、坂本はまさに不意打ちの形で襲撃を受けてしまい、妻子とともに自宅で殺害されてしまう。
 それで、坂本の遺族は記者会見の時に先ず「TBSはお断りです。出て行ってください」と言ったのだ。この怒りはもっともだろう。

 また、警察の対応も批判された。坂本弁護士一家が行方不明になって騒がれても、警察はのらりくらりとした対応で、しかもこの現場は神奈川県であり、当時、神奈川県警といえば不祥事連発でマスコミにも大きくとりあげられていたほどだった。
 そのうえ神奈川県警は共産党の緒方議員宅盗聴事件も起こしていて、このとき緒方議員の代理人を受任していたのが坂本弁護士の所属している横浜法律事務所だったから、直接敵対する関係であった。こういうことも影響したと当時から指摘されていた。

 こうして事実を確認すると、坂本弁護士殺害事件について江川紹子の責任という話は成立しないから、なのにわざわざ話の中に持ち出した百田の行為は、江川への批判ではなく嫌がらせと言うべきだ。

 ただ、当時、萩原健一のヒット曲『大阪で生まれた女』を替え歌して「♪オウム騒動で~売れた~女や~」とテレビで皮肉っている芸人もいたように、オウム真理教事件によって江川紹子が頻繁にテレビ出演していたことは事実であるし、このとき出演するたびに着る物が高価そうになるから、テレビのギャラは良い額なのだろうと巷で話題となっていた。
 また、江川紹子はテレビに出ているとき、坂本弁護士を巻き込んでしまったと言って嘆いたが、これは自分が事件で売れたことに対するうしろめたさがあったのではないかと多くの視聴者から言われていたし、そこで江川が号泣したのが唐突だったから、空々しいとか、あれはそうして見せるパフォーマンスだろうとか言われ、女子高生たちは「ウソ泣きオバサン江川紹子」と言っていたものだ。
 このようなことがあったから、百田尚樹を批判する人がいる一方で、「しかしオウム教事件で坂本弁護士は殺され江川紹子は稼いでいた」という部分は事実だと言う人たちもいるのだ。

 しかし、ほんとうに問題なのは次のことだ。
 元信者で、もうオウム教とは関係なくなった人とか、それ以上に元々関係ない信者の子供とか、そういう人たちまで偏見や差別を受けた事実がある。
 これについて人権問題と認識し、子供が就学拒否されたら行政に抗議する、などの活動をしていた人たちがいた。そのうち山際永三(演出家・映画監督)は、テレビの姿勢を問題にしていた。オウム教事件が官憲に追及されるようになったからと安心して叩く者がいて、それだけにとどまらず、そこで権力に便乗した言動をすることで偉そうにする。こうしてマスメディア特にテレビは偏見と差別を煽り、なかでも有田芳生と江川紹子の態度はまさに「虎の威を借る狐」というべきひどいものだ。このように批判していた。

 また、それまでさんざん教団の迷惑行為を放置して地元住民の苦情など無視していた警察が、霞が関を標的にされたら教団を強制捜査し、そのさい信者をかたっぱしから逮捕して取り調べるために、どうでもいいようなことを口実にする「微罪別件逮捕」をしていることが問題になった。
 これでは、オウム教事件を利用して、権力の濫用の前例にされそうだと危惧する声が上がった。取り調べのための別件逮捕だけでも違法であり冤罪の温床だが、しかも微罪というのが冊子やチラシを束ねているのをほどくためのに持っていた文具のカッターナイフで「銃刀法違反」だと逮捕してしまうことまであった。
 しかも、民族主義団体の顧問で予備校講師・評論家の鈴木邦男が、こう指摘した。カッターナイフを持っていたのを銃刀法違反で逮捕なんてことは、自分や仲間が政治活動をしている中でざらにあったことである。前例どころかすでに常套手段であり、これを批判せずに見逃してはならないと警告していた。
 ところが江川紹子は「この事件には~やっても仕方ないと思いますう~」とテレビに出て言い放ったのだ。この人はすべてがこの調子であった。それも官憲と一体化していちいち上から目線で、山際永三が指摘したとおり「虎の威を借る狐」であった。

 ところが、こういうことを百田尚樹は批判しない。自分も権力にすり寄って「虎の威を借りる狐」の商売をしているから当然だろう。だから、江川紹子に対して批判ではなく嫌味の悪口しか言わないのだ。
 また、例の「W吉田」で朝日新聞が権力に迫害され窮地に立ったとき、そこへ付け込んで非難したことも、百田尚樹と江川紹子は共通している。このことは拙書『朝日新聞の逆襲』(第三書館)で述べたとおりだから詳しくは省略するが、「虎の威を借る狐」であると同時に「同じ穴の狢」でもあるのだ。

 つまり、百田尚樹と江川紹子どちらも糞である。「目糞が鼻糞を嗤う」とは、まさにこのことである。



 



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by ruhiginoue | 2018-02-22 13:50 | 社会 | Comments(0)
 先ほど、都道で警察のパトカーが小型トラックに停止しろと呼び掛けて前に割り込むのを目撃した。トラックの速度は、かなりゆっくりだった。パトカーの警官は、トラックの運転手が運転中にスマートフォン向けゲーム「ポケモンGO」でもやっていると思ったらしい。あれは事故がよく起きていて死亡者も出ている。
 しかしトラックが停止して、その運転手(働き盛りのおじさんという印象)は、道がわからなくて地図を見ていたと言った。それだってダメだと警官は言い、なんでダメなのか、前を見ないで運転していることに変わりはない、という会話になった。

 ところで自動車で危険と言えば、先日、東京都港区の都道で、元東京地検特捜部長の石川達紘弁護士(78)が運転する乗用車が歩道沿いの店に突っ込み、歩道にいた建築業(37)が巻き込まれて死亡したことが報道された。
 この乗用車は一千万円もする高額な車種で、出力がありすぎるという指摘もある一方で、最新の自動停止装置が装備されているにも関わらず、ということだから運転者が高齢であったことも影響しているのではないかと言われている。

 どうであれ、群馬県で起きた事故など、爺さんの運転で若い人が死ぬ事故は深刻だ。
 あの群馬県の事故は、高齢者講習を受けることで免許更新した85歳の男性が、しかし、ぶつけたりこすったりの物損事故を数えきれないほど起こし、日常生活では認知症じゃないけれど物忘れが目立ち、それで息子など家族が、もう寄る年波だから運転をやめて免許も返すようにと言ってもきかず、止められても家族の目を盗んで運転し、事故を起こした日も予定より二時間も早く家を抜け出し、気づいた家族が駐車場まで追いかけたが、ふりきるように発車してしまい、それで他の自動車にぶつけて壊し、続けて塀にもぶつけ、登校途中の女子高校生16歳と18歳の二人をはねて意識不明の重体にし、のちに16歳のほうは死亡、さらに信号待ちで停まっていた自動車にぶつかって運転手を負傷させ、やっと止まって、これで警察に逮捕されると爺さんは「わからない」とか「気が付いたら事故になっていた」などと繰り返して言っているという、唖然茫然の事態である。

 この85歳の爺さん、運転は時々、主に老人福祉センターに行くためで、事故を起こした時もそうで、家族が運転する自家用車で送迎すると言っても頑として聞かず、なにがなんでも自分で運転し、なんでそうまでして運転するのかと不可解だが、その後の報道では、その老人福祉センターに集う高齢者たちの中に80歳の女性がいて、この人に会うのを楽しみにしていて、帰りは自分の車に乗せて送って行きカッコつけていたから、どうしても自分で運転したかったらしい。
 まったく呆れた爺だが、しかし石原慎太郎の世代だから当然かもしれない。障子紙を破れなくなったけれどクルマを運転して隣に女性を乗せることはしたかったのだろう。

 かつて、高齢化社会になったら自動車の運転で暴走させる人が増えると言われ、危惧されていたが、実際にそうなってみると想像していた以上に被害は深刻で、また老人の態度が醜い。それは世代のためだろう。




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by ruhiginoue | 2018-02-20 15:49 | 社会 | Comments(0)
 公立学校がアルマーニの高額な標準服という話題で、そこの校長は、銀座にある小学校だからと言うけど、それに賛同してもらいオマケとか勉強とかしてくれて超格安ということなら、こんなに問題とはならなかっただろうが、そうではなく、引き受けてもらうので言い値だったから高額ということらしく、これだとしたらその校長は非難されても仕方ないだろう。

 この件でタレントのビートたけしが激怒し、彼は小学生の時に富裕な家庭ではなく着る物でつらい思いをしたとテレビで言ったそうだが、そもそも公立学校で制服とか標準服とかを使用するのは貧富の差が外見に表れないようにするのが目的である。例えば英国なんかそうである。それでも着こなしなどに家庭が反映してしまうことは英国映画『小さな恋のメロディ』でも描かれている。なのに銀座の小学校長は何を考えているのか。

 ところで、自分が小学6年生の時、学芸会のような行事でお芝居をすることになり、そのとき貧乏な人の役があって、その衣装に自分が着ているコートを貸せと学級委員に言われて頭にきたことがある。
 これが、貧乏で着古したものを着ていたなら誰だって傷つくが、そうではなく、そのコートの褐色が作業服みたいだから貧乏人ふうだと言うので、この学級委員は労働者に対して差別と偏見を持っているということだ。

 それに、ではその役の人に貸して着せたら、それを見てどう思ったかというと、全然それしく見えないとみんな言う。そのコートはデザインが凝っていて微妙な色をしている洒落たものだった。気に入ったので親に言ったら、やや値は張るが高すぎるというほどではないので買ってくれたものだ。しかしその学級委員のガキには、作業着みたいで貧乏臭く見えたのだろう。
 その学級委員は、いつもミキハウスとかファミリアで買ったものばかり着ていて、そうでない服は下層の庶民や労働者の着るものだという固定観念を持っていたというわけだ。しょせんプチブルのガキのセンスということだろう。

 しかし、この学級委員のことを、担任の教師がいつも贔屓していた。学級委員はだいたい男女一組だが、もう一人の女子の方も、どちらも住んでいるのが地元では一番の高級分譲地で、家庭は他に比して富裕であった。この二人とも、担任の女性教諭はいつも依怙贔屓していて、全体的に富裕な家庭の児童を可愛いがり、そうでない児童は白眼視していた。これを学級委員たちは明らかに察して態度に反映させていた。

 この担任の女性教諭は、自らは東洋大学夜間部卒で苦学したと言っていたのに、なんでこうなのかと疑問だった。これについて親たちの間で、あの先生は買収されているに違いないと言われていた。うちの母親も、なにか貰っていたのだと断言し、根拠も無くそんなことを決めつけてはいけないのではないかと注意したところ、でもあの依怙贔屓ぶりは、そうとしか考えられない、と。
 
 ただ、貧困だったから自分の出自を恨むという心理もあるのではないかと、のちに中上建次の小説を読んで思ったし、橋下徹という人を見ても、そんな気がしてならない。

 こんなことを、アルマーニの件で思い出してしまった。

 



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by ruhiginoue | 2018-02-18 12:53 | 社会 | Comments(0)

ネトウヨ本と恵方巻

 金に困った在日外国人が、おそらく名義貸しだろうがネトウヨ本の著者になっていて、これは書店でよく平積みになっている。ほかにも同類の本が同じ扱いをされている。
 こういう本はそこそこ売れるから商売でやる出版社がある。

 しかし、それだけでなく、政治的な意図からスポンサーが付いて大量に発行されて派手に営業をかけていることがある。一時的にまとめ買いをしたうえでアマゾンで上位になったと自作自演の宣伝をしたという関係者もいる。
 だから、売れているように演出するため買ったらしい本が、あちこちに贈呈として無料送付されたこともあるのだ。例えば、表向きは歴史教科書の宣伝のためということにして、歴史修正主義の本を学校関係者に送付する。私立学校で教科書の担当をしている教師に聞いたことがあるけれど、出版社からカタログなどが学校にも教師個人にも大量に送られてくるそうで、そういうのに混ぜて送ることで、売るのではなく処分することができるということだ。

 こうして、世論の多数から支持されているように装うことをしている人たちがいて、この一方で、ベストセラーになっているというにしては実際に読んだ人たちの話題がまるで聞こえてこないのはなぜかと言われている本とか著者とかの存在があるわけだ。

 これとは違い、そこそこ売れるから商売でやっている出版社は、糊口をしのいでいるというのが正確で、そう儲かってはいない。だから去年に倒産した出版社みたいなことがあるのだ。
 なのに、書店で平積みだから本当に多くの読者から支持されてベストセラーだと勘違いする人もいる。自分の経験でも、そう甘くないというのが実感である。

 そして、恵方巻が売れ残って大量廃棄でも、押し付けた本社はフランチャイズオーナーから容赦なく上納金を巻き上げている、という構造があるけれど、それとは違い本は委託販売であるから売れ残ったら返品ではあるが、しかし実際はどうであれ売れていることにしてしまうことが可能という点は同じなのだ。やり方が異なるだけである。
 
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by ruhiginoue | 2018-02-15 14:57 | 社会 | Comments(0)
 三浦瑠麗のテレビで発言した内容がいかに問題かという話は、すでに色々と指摘が出ているし、それにもかかわらず擁護する者に対しても、ことごとく反証や反駁が出ているから、この点はそれ以上の言及など無用だろう。

 それで、この人についてまわる奇妙な現象について、ここでは話題にする。

 先日、一人のプロ野球選手が、ネット上で「嫁がブス」などと悪口を書かれたので、その発信をした人を訴えたということが報道された。
 すると、なぜかこの報道へのリンクや記事のコピペが、その三浦瑠麗を批判している匿名の掲示板などネット上のサイト各地へ執拗に反復して貼られるようになった。
 このため、三浦瑠麗は野球と無関係なのに奇妙だという疑問が当然ながら出ていた。そして、まるで三浦瑠麗が「私をブスと書いたら訴えてやる」と脅してるみたいだという推測がされるようになっていた。

 もちろん、当人であれ別の人の手によるものであれ、もしも「ブス」という悪口に対して牽制や威嚇などする意図であるなら、的外れである。なぜなら、そのプロ野球選手の場合、社会的に活躍していることで注目されるのはあくまでも選手であり、その家族ではないからだ。なのに悪口を書き、芸能人でもないのに容姿を侮辱すれば、訴えられても仕方がない。
 このプロ野球選手の家族とは違い、三浦瑠麗は社会的に活動している本人である。マスメディアに露出しているのも、家族としてではなく、本人としてのことだ。だからケースがまるで異なる。

 また、いきなり三浦瑠麗のことを「ブス」と書いた悪口などネット上に存在しない。この話題を聞いてから実際にどうかと調べてみたけれど見当たらなかった。すべては、先ず三浦瑠麗がテレビに出演した録画を投稿した動画サイトにリンクを貼って「正論を言う綺麗なお姉さん」という執拗な書き込みがあり、これに対し「どこが」という反応である。「正論」でなければ「綺麗」でも「お姉さん」でもない。そのうえで「自分で書くな」「自画自賛が過ぎる」「勘違いナルシスト」「ドラえもんのスネ夫みたい」「自分でイケてると思っている様子がイタイ」という、自作自演の疑惑や推測あるいは断定する書き込みがいっぱいであった。

 そうしたら今度は、プロ野球選手選手の妻が「ブス」と悪口を書かれて訴えたという報道のリンクやコピペとなった次第であり、だから、やはり自作自演という確信をもったという人とか、「綺麗」を否定されたので「ブス」はやめろと威嚇しはじめたとか、そうした憶測が出たということだ。
 
 これは非常に可笑しいことであった。






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by ruhiginoue | 2018-02-13 15:07 | 社会 | Comments(0)
 新宿区の小学校で、図工の担当教諭が忘れ物に怒って連絡ノートをいちいちチェックするなどシツコクしていたため時間が超過し、児童が給食を食べられなくなってしまう事態となり、帰宅してから空腹を訴える児童がいたことから保護者に発覚し、指導の行き過ぎとして問題になったそうだ。
 
 このように問題となるだけ、日本の社会も洗練されてきたということだ。自分が小学校のころは、結果として時間がなくなり食べられなかったどころか、故意に給食を食べさせないことが普通にあった。しかも、それが指導の行き過ぎなんて生易しいものではなく、教諭が児童を虐待して悦に入るのが目的だった。
 そして、こうした陰険な雰囲気が日常的になると、これに児童も追従し、どうでもいいような例えばノートの下敷きなどに対してまで、これも忘れ物ということになるのだとあげつらい、担任教諭お墨付き集団虐めの標的にされた児童は給食を食べられないことが何日も続いたという残酷なことがしょっちゅうであった。

 このような険悪な雰囲気を醸造させたがる人は、その育ちが原因で、親から虐待を受けて育ったとかDVばかりの家だったとか、なにかしら残忍な雰囲気に包まれて成長したため、そうした雰囲気でないと落ち着かなくなってしまうのだということを、精神科医や心理カウンセラーらが指摘しているのを後に本で読み、あの担任の教諭はそうだったのだなと納得したものだ。

 こんなひどいこと、昔と違い今では無くなった、というのではなく、まだあるけれど、しかし親が知ると問題になりマスコミに報道もされるようになったわけで、それは親の意識が高まり洗練された対応をするようになったということだろう。
 その問題となった新宿区の小学校でも、報道によれば、親たちが問題にすると担任の教諭は「忘れ物が多いことが原因であり、忘れ物は家庭の問題だから親が悪い」という趣旨の発言をしたらしい(ただし校長は別の意味で言ったことが悪く受け取られたと弁解した)が、ここで昔の親なら黙ってしまう。なんとなく納得できないが反論することができない。それが昔の親の頭の程度だった。

 ところが今の親は違い、報道によれば、そうした教諭の責任転嫁に対して「今問題になっているのは給食を食べられなくしたことであって、忘れものではない」と指摘し、担任の教諭がしていることは問題のすり替えであると批判したそうだ。
 このように、社会が洗練されて、親の良識はどうなのか別だが少なくとも頭の水準は高くなったことで、子供と学校と教師の問題が、それ自体は昔と大して変わらないにも関わらず、少しは良くなっているのだろう。



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by ruhiginoue | 2018-02-11 15:08 | 社会 | Comments(3)
 東京・銀座にある公立の泰明小学校は、標準服がこの春から高級ブランド「アルマーニ」のデザインに切り替わり、大幅に値上げされることが話題で、全部で9万円ほどになる。「公立校なのに」と批判的な意見も出ている。

 この標準服を決めたのは校長の独断だったそうで、「街との絆」を感じながら泰明小で学んでほしいとか、銀座の街あっての泰明小学校で標準服もその要因の一つであるとか、視覚的な同一性により泰明の標準服を身に付けているという潜在意識が学校集団への同一性を育みスクールアイデンティティーに昇華して愛校心・所属愛・学校に対する誇りが自己の存在と重なるとか、そういう説明をしていた。

 これについて批判している人たちは怒った様子だが、こっちは笑ってしまった。まるで昔のドラマやアニメみたいだからだ。

 今では不倫の公表で話題の小泉今日子が初主演した80年代のドラマ『少女に何が起こったか』(やっぱりこういう内容は大映テレビ)では大学に制服があり、それは良家のお嬢様のためなのに、そうでない者が着ていて相応しくないと嫌味を言われて、そんなお嬢様にふんする賀来千香子と高木美保に、小泉今日子のふんする主人公は虐められていたけど、そんな懐かしい番組を思い出させてくれた。

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 あの、70年代に放送された社会派の要素もあったファンタジー『魔法のマコちゃん』には有名デザイナーの制服導入という挿話があって「高すぎます」とマコが抗議していたし(『制服はいやよ』)、また90年代には原作以上にギャグが強くて好評だった 『きんぎょ注意報!』(『セーラームーン』の前の番組)では、主人公らの通う「田舎ノ中学校」を見下す「都会ノ学園」が金持ちしか入学させない方針であるとか高価な制服とか気取っていて、そこにアルマーニのパロディで「サルマーネ」というブランドが登場する(『制服なんて大キライッ』)。

 というわけで、公立なのに銀座だからと言う校長が、昔のテレビを彷彿とさせることをしてくれたから、笑ってしまったのだった。




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by ruhiginoue | 2018-02-09 07:20 | 社会 | Comments(3)
 昨年の夏、東京地方裁判所から破産開始の決定を受けて倒産した東京都港区の出版社は、このところヒットが出ないため経営不振に陥っていたそうで、そのためかネトウヨとかヘイトとかいわれる本ばかりを発行していた。
 もともと、この出版社はネトウヨとかヘイトとかの言葉が世間で使われる以前からこの種の本を発行する商売をしていて、権力の側から創価学会と共産党を罵る本が主な商品だった。
 ところが80年代から公明党が自民党にすり寄り始めたので、矛先を朝日新聞などに変え、さらには排外主義や歴史修正主義を叫ぶ活動をしている人達の主張を売りものにし、ヘイト度とネトウヨ度をエスカレートさせていた。また、医師法違反で逮捕された美容外科医師の言い分をそのまま書いた本も発行していた。
 その内容のエキセントリックさとヒステリックさは、これだけでも経営が苦しいということを充分に伺わせた。そして創業が1967年であったから昨年でちょうど50年の時に潰れたということだ。

 実は、この出版社がらみで大変な迷惑を受けたことがある。
 それは、この出版社の経営難が関係していた。
 この会社が売り上げ不振で、もう何年も前から運転資金に困っているという話がすでにあった。そのさい、ある人が、この出版社と関わりのある人に対して、資金にするようにと、まとまったお金を渡したと言っていた。しかし、そんな話はその出版社の人が聞いておらず、お金を受けとった事実もないということだった。
 このとき預かった人のところで金が行方不明になったということで、その人が横領とか着服とか言われることをしたのではないかと疑われていた。
 この話をその出版社の正社員から聞いてはいたが、安易に誰かと話したり、まして公言はすべきでないから、伏せていた。

 ところが、横領とか着服とか疑われた当人が、自ら疑われたことを公言した。疑われただけだ、とは言うが、では実際にどうだったのかということになると話があやふやであった。
 そのさいこちらの名を出して、疑惑を言い触らされたなどと事実無根の捏造話をしたので、それならばと、一切こちらから話したりはしていないと否定したのだった。そして後から、その人の話は言うに事欠いて口から出まかせのウソであったことが明らかとなった。
 それなのに、その出版社の正社員から、それでも黙っていて欲しかったという意味のことを言われた。つまりウソをつかれても否定するなということになってしまう。
 おそらく神経質になっていたので周囲に沈黙していてほしかったのだろうが、しかし疑惑の当人がなんとか否定しようと焦ったらしく勝手に変なことを言ったのだから、まずそれを責めるべきだろう。

 このため、自社の経営が問題なのに周囲に八つ当たりのようなことをして無責任だと呆れていたが、経営が行き詰まっていて冷静な対応ができなかったのだろう。
 そうではないかと考えていたら、この数年後すなわち昨年に倒産したということだ。



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by ruhiginoue | 2018-02-08 06:34 | 社会 | Comments(0)
 突然、ずっと忘れていたことを思い出したのだが、今から思うと笑ってしまう話だ。
 それは、かつて半年くらい働いたバイト先でのこと。責任者に「あがらせて(バイト契約解除という意味の、よくある隠語)ください」と言ったところ「いつ」と訊き返えされたので「今月の15日(給与の締め日が毎月15日だった)で」と答えたところ「だめだよ。早すぎるでしょう」と。
 まあ、今になって思い出すと、やはり通告が急だから、だめだと言われても仕方なかった。それで可笑しくなるのだが、しかし同業他社で給料が良いところがあったからという事情は話さなかった。言わなくてよかった。言ったら怒るだろう。しかし仕事が大変な割に給料が安かったのは現実である。

 それはともかく、最近ではブラックバイトという呼び方をされるが、こういうのは昔からあって社会問題だった。
 この一つとして、売れない商品を就業員に買わせるということがある。昔からあったことだけれど、最近ではコンビニ店業界が販売促進のイベントとして季節の商品を強要し、もともと無理なことだから売れ残り、従業員が押し付けられ、それが問題になると大量廃棄ということになって、大規模だから無駄も大きいということになってしまう。

 これが今の時期ではまた恵方巻ということで、相変わらず売れ残りが大量に捨てられているそうだ。
 この恵方巻だが、もともと習慣だった人なら結構だが、そうではなく宣伝に乗せられてそうするものだと思って「方角を向いて丸かじり」をやりたがる人もいる。そういう人に対して、バカバカしいからやめろと言っても無駄である。

 ただ、それに困っている人の話を聞いたことがある。その人と結婚を前提に同棲していた女性は、ことごとくマスメディアを鵜呑みにするから、そういう生活習慣は主体性が無いうえ無駄な出費が多いからよくないと言うと「なんでアタシの言うとおりにしないのよ」とブチ切れられてしまうそうだ。そして、そういうことが重なり、彼女の方から「アンタは頭が固い」などと罵声を浴びせて一方的に出て行って凄い田舎にある実家に帰ったそうだ。

 それで良かったと彼は言っていたが、その通りだろう。あれでは価値観が違いすぎてうまくいくはずがない。その女性のように何も考えないから幸せな人は、同じような人と結婚すればいい。
 ただ、そんなに数は多くないのだから、コンビニ店業界は期待しすぎないで欲しいものだ。現に売れ残りばかりで当てが外れているではないか。

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by ruhiginoue | 2018-02-04 12:55 | 社会 | Comments(5)