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by ruhiginoue

カテゴリ:社会( 1128 )

 あの菅野完氏(の事務所ということになっているけど)がTwitterで、CNN『ニューデイ』の司会者たちが笑いながらふざけた調子で「今朝の話題は、現政権につきまとう最大の疑惑。なんでこんなにロシア疑惑で嘘つくんでしょう。嘘、嘘、そしてまた嘘」と言い出して番組を始めたことについて「これが日本のメディアに欠ける姿勢。ちゃんと真っ直ぐ怒らないといけない」述べて、CNNを絶賛していた。

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 かつて山崎雅弘氏が、日本のマスメディアと違ってBBCは良いとか述べていたので、その無知さを指摘したことがあるけれど、日本を批判するのは結構であるとしても「それに比べて欧米は素晴らしい」と言いたがる人がやけに多いのには困ったものだ。それだけ鹿鳴館から敗戦までのコンプレックスが強烈ということなのだろう。

 このため、「アメリカの大手マスコミは権力を批判するから立派」という幻想を日本人は持たされたままでいる。だが、現実は権力内の勢力争いの片方側に付いて、もう片方を批判しているだけ。
 これにより、互いにチェックし合っていると誤解させるのが体制側の意図である。どちらも同じ人たちに握られている手綱でつながれているにすぎないから、茶番劇である。

 こういうことは、すでに今の若い人たちが生まれるより何十年も前から日本のジャーナリズム論やマスコミ内でさえも散々に指摘されていたことである。
 その後のアカデミズムとマスメディアの腐敗堕落によって、こういうことを若い人たちが知らない。それだけでなく、いい歳した人たちが知らないのだから、とても情けないことである。

 だいたい「安倍政権を批判しない日本の大手マスコミと違いトランプ大統領を厳しく批判するアメリカのマスコミ」なんて言っても、それはCNNなんだから、尖閣の件などで民主党政権を厳しく批判した産経新聞と同じことである。
 また、少しはマシそうなCBSもニューヨークタイムズも実質は権力の紐付き似非リベラルだけど、極右を売りにするマードック氏のFOX-TVなどが「左だ」と非難しているから錯覚してしまう人たちがいる。
 ちょうど朝日新聞も『ニュース(報道)ステーション』も、水島社長のチャンネル桜や文春および退社組その他が商売で「左だ」と叫んでいるのに釣られる人がいるけれど、実際には昔から権力の手先でしかなかった。これと同じことである。

 まあ、広河隆一なんてのが女性の敵と判明しても彼の写真やDAYS‐JAPAN誌は社会派・人権派と思ってる人たちがいるし、久米宏サンも女性の敵なのは歌番組『ベストテン』の出演自粛になった騒動などから『ニュース-ステーション』の頃まで相変わらずだと雑誌などが何度も取り上げていて、しかし司会者に難があっても番組はリベラルだという錯覚をする人が大勢いるわけだから、とんでもない認識を持つ人が多いのは仕方ないことなのかもしれない。



by ruhiginoue | 2019-02-16 09:13 | 社会 | Trackback | Comments(7)
 前に触れた話題について、不確かな部分がある。それは、実話に基づいた小説の映画化『ミスターグッドバーを探して』のこと。
 そこで、主人公が思いを寄せる大学の先生にクリスマスプレゼントを渡すと、そんな世間の雰囲気に釣られるのは愚かだと考えているインテリなものだから「クリスマスなんてデパートの陰謀だ」と言われてしまう場面があるけれど、これはテレビで放送された時の字幕の訳で、原語では「資本家の陰謀だ」と言ったのではなかったか。
 しかし今は再見する機会がなくて確認できない。ずいぶん昔に映画雑誌の『スクリーン』か『ロードショー』の記事では「資本家」だったような気もするが、これも自信がない。

 それはともかく、「陰謀だ」ということでは、続けて一月には成人式という呉服屋の陰謀があり、二月ではコンビニの陰謀で恵方巻、さらに菓子屋の陰謀でバレンタインデー、翌月は「ホワイトデー」なんて勝手にこしらえた「お返しの日」まである。
 ただし、「陰謀」ではなく「投資」ということで、お返しの日に倍返しを期待しながらも「本命」に絞るのではなく安価なものを複数の男性に渡す女性がいる。つまり分散投資というわけで、これは「ポートフォリオ」と呼ばれている。

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 それで、女性からくれたのだから相思相愛になれるかと期待した男性がお返しをしたら、「私を落としたければ菓子では足りない」と高級店での飲食やブランド品をせがむ。ちょうど先物取引の「追証」であるから大変である。
 あと株はこの先どうなるのか。自信がある人がいたら教えてほしい。
 
 しかし、お菓子のように遊びの感覚でやっていることならともかく、恵方巻の「これを買えば福を呼び込める」というのはカルト宗教の「霊感商法」と同じではないだろうか。しかも売れ残り大量廃棄で罰が当たるだろう。
 



by ruhiginoue | 2019-02-14 16:39 | 社会 | Trackback | Comments(4)
 厚生労働省が調査したところ、高齢者が自分を介護してくれている家族から暴力をふるわれることがあり、これは介護の大変さの中で言うとおりにしないとかわがままとかで苛立ってのことだから、互いに気の毒なことであるが、起きてしまうことは有っても当然と誰でも思うだろう。
 
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 このうち、女性が介護を受けていて家族から暴力をふるわれるのは、夫からが19%くらい、娘からが17%くらい、息子からが40%くらい、というように、夫と娘はそれぞれ2割弱なのに対し息子は約4割と倍以上である。

 これは、高齢で引退している夫や家事手伝いの娘と違い、家庭内より社会で働くのが普通とされる息子だから、自分を犠牲にして介護しているという被害者意識があったり、それで申し訳ないと母親は思って我慢したり、ということもあるようだけれど、しかし母親の介護で暴力をふるった息子の内訳を見ると、就業の有無など状態は様々であるから、原因は他にあると考えるべきだ。
 そういう指摘がマスコミで報じられていた。

 そして、息子は堪え性が無いからではないかとの指摘や、息子は自立能力が失われないようにと厳しくしがちであるからだとの指摘があり、このあたりで意思の疎通がうまくいかないことから、一部は苛立ち暴力になると推測する記者もいた。

 それだけでなく、息子に対する母親の独特の態度が原因としてあるのではないか。
 その厚生労働省の統計に基づく記事などではふれていなかったが、女性は介護に限らず何か家族にしてもらうと、それが夫と娘なら感謝するけれど、息子だと当たり前だという態度になり、だから感謝どころか注文や文句になるものだ。それで、中には怒ってしまう人が出るのではないか
 
 よく女性が戒めのように言うことだけれど、女性は夫に不満だと歳をとってから子供に代わりを求め、特に息子に対しては「あれして、これして」とうるさくなって嫌がられるものだ。
 そこで介護を受けるようになったら、わがまましまくってブチ切れさせてしまうと考えられる。

 また、幸いにして介護をされないで済む健康な人でも、多くの女性が、娘と違って息子は便利で良かったとか、娘のほうが可愛いけど役に立たないとか、そういうことを言っており、離婚したとか未婚の母になったとかの女性など特に、苦労はしたけど息子がいて結局は得したと、よく言っているものだ。




by ruhiginoue | 2019-02-13 16:25 | 社会 | Trackback | Comments(0)
 役に立たないけど土建屋を大儲けさせる基地建設と同じで、自衛隊にとって役に立つかどうかではなく、ただ高額な武器を購入して業界が儲かり、アメリカは不良在庫の処分ができる、という構図がある。
 だから自衛隊なんて役に立たなくていいと言ってしまってもいけないだろう。

 そこで問題なのは、装備など高い買い物ばかりしていて自衛隊は人手不足ということ。隊員が足りず高齢化しつつあり、これからどうするのか深刻であると報道でも取り上げられていた。

 では、まるで自衛隊に入りたがる人がいないのだろうか。
 もちろん、自国のために働くのではなくアメリカ様のために使われるなんて御免という人もいるから、このことで自衛隊を志望しない人たちは実際にいるはずだし、更に内部のいじめ問題やセクハラ問題もある。

 それでも自衛隊に応募する人は、ちゃんといるのだ。なのに自衛隊で人が足りないのは応募者を落とすからだ。よく健康診断ではじかれる人がいて、入ってからも健康問題で辞める人は珍しくない。
 このことは前に述べたことがあるけれど、どんな職場でも健康診断はあり、自衛隊は特に厳しい。当たり前だが。すると、これでは採用できないという人が結構いるのだ。

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 こういうことだから、よく自衛隊で人が足りないと徴兵制とか経済的徴兵とか危惧する人たちがいるけれど、そういうことにもならないのだ。実は日本人が不健康や虚弱体質になっているという問題があって、このほうが深刻だ。他のことにも影響するのだから。
 これは今まで日本が保健などについてぞんざいにしてきたということだろう。



by ruhiginoue | 2019-02-07 15:30 | 社会 | Trackback | Comments(0)
 沖縄の出身で高校まで同地で過ごし、東京大学に入ったから18歳で東京に来た男性の話題が、去年、一部のマスコミやネットで取り上げられていた。
 彼はたいへん頑張って勉強して難しい東大入試に合格したが、地方にいることで苦労が多いのを身をもって知っているから、努力すればいいんだと安易に言ってはいけないという認識だ。
 ところが東大に入ったところ、そこは一部の有名進学校を出た人たちが多く、そういう人は親が裕福で、辺地の出の人や所得が低い世帯の人たちとは大違いだった。そして自分が恵まれている東大生は、それが当たり前だと生まれた時から思い込んでいて、経済的に恵まれていない家庭の出身者のことを知らず、また知ろうともせず、ただ努力が足りないだけと言い放つ。
 これに沖縄から出て来た努力と苦労の学生は「多くの東大生は、まるで他人に対する想像力がない」と言って嘆かわしそうであった。

 これは昨日に述べたとおり、あの時に筑紫哲也が指摘した通りになったということだが、その当時、筑紫哲也とは立場が違い右派の論客でもある西尾幹二(当時大学教授)も、東大が一部の有名進学校の卒業生で占められている現実について指摘していた。
 これは日本が実力主義でなくなってしまったことの象徴的な現象であり、このままでは社会と国の衰退につながるとして、西尾幹二も危惧を表明していた。
 この話の中で西尾幹二は、全国の高校の総数の約5パーセントでしかない数の超有名進学校の卒業生が、なんと東大生の約3分の1を占めていて極端な偏りだという事実も提示していた。

 そこまでとは知らなかったから驚いた、という話をしたことがある。ところが、これに対して高校の同級生だった男が否定して、こう言ったのだ。
 「じゃあ、あとの3分の2は?」
 だから違うだろうと言うことで、まったく数値についてのセンスが悪すぎる。
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 この人は大学進学せず高卒でブルーカラー労働者として就職しており、もともと進学について全く関心がなかった。それで話題に興味が無くてチンプンカンプンだったのかもしれない。
 だとしても、頭の悪すぎる反応であろう。だから彼には、進学したくてもできない人がいることを理解できないのだ。貧困で進学できない人がいることを理解できず「努力が足りない」と言う東大生がいるけれど、この一方で、大学に行かない人は進学に興味が無いだけだと思っている高卒の人がいるのだ。

 そして職場で彼は、自ら望んで下層労働者になったのだから、そうするしかない人間なのだから、権利なんてあるわけないと思っていて、なのに労働組合で熱心な人がいたりするから「共産党だ」「わけがわからないことを言っている」そして「ケッケッケ」なのである。

 こういう人は、少なくない。そして、今のこの日本の惨状の一因なのだろう。




by ruhiginoue | 2019-01-29 15:45 | 社会 | Trackback | Comments(6)
 いろいろな見方があり評価もさまざまではあるが、しかし日本が最も繁栄したとされる昭和後期の社会的特徴とは(社会主義国は別にして)諸外国に比べ格差の小さい社会だったのだから、これをいちおう成功体験として肯定したり見習ったりするべきなのだが、逆に格差を広げ、戦前の亡国を失敗体験とは認識せず幻想により美化している。
 そんな勢力が主流となってしまった現状だが、なぜなのかと不思議がる人たちがいる。

 これに対する一つの回答がある。
 かつて90年代の前半に、筑紫哲也の出ていたテレビ番組が指摘していた危惧は正しかったのだ、ということである。

 まず社会が豊かになるように目指し、それがある程度の実現をした次は、そこで成功した人たちが特権階級を目指した。
 これは、自分だけでなく自分の子供たちも豊かになれるように、というのが努力しなくてもそうなるようにしてしまえ、ということになったということだ。だから財産だけでなく地位や学歴まで世襲も同然となる社会のからくりを作ったうえ、自分の子供が社会の中で競争して負けてしまわないように、他の階層の子供が努力しても無駄になる仕組みにした。
 つまり金やコネがないと進学や就職ができないように仕向けたのだ。

 この成果が次第に表れて、競争社会といっても公正なものではなくなって、そこから遂にあのような、学校の勉強を真面目にしていないのが剥き出しの総理と副総理らが、威張り散らし傲慢の限りを尽くせるようになったのだ。

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 では、昔から警鐘が鳴らされていたのに、どうすることもできなかったのは何故か。
 それを理解できない人たちが多かったからだが、これについて具体的に挙げられる事例を次の回に述べるつもりだ。





by ruhiginoue | 2019-01-28 18:05 | 社会 | Trackback | Comments(2)
 東京都町田市の都立高校で、教師が生徒から挑発されて暴力をふるってしまい、この様子を撮られて曝されたことでマスコミにも取り上げられた。
 このため、学校としては校長が不祥事として謝罪した。

 この教師は年齢50代だそうで、生徒は当然10代である。つまり威厳あるはずなのがガキに引っ掛けられてブチキレてしまい、しかも証拠を作られるという、なんともマヌケなことだった。これでは学校としても恥ずかしいに決まっている。

 ところが、これを頭の悪い芸能人たちが、挑発した生徒が悪いとか殴られて当然とか言っている。
 まったく、不見識もいい加減にして欲しい。暴走運転でぶつけておいて、うるさくクラクションを鳴らされて頭に来てしまった、こっちは煽られたのだ、悪いのはあっちだ、と言えば正当化できるのか。
 だいたい、殴られて当然の奴かどうかは、ここで問題じゃないのだ。殴った方の社会的立場から問題になっているのだ。責任や権限を理解できない社会的意識の乏しい人が多すぎる。
 いくらテレビでバカ視聴者むけにバカやってるバカ芸能人でも、少し恥を知るべきだ。

 また、問題の教師が挑発されて言った言葉を引用して「大人なめるな」なんて言ってた男もいるが、これは『バトルロワイヤル』のビートたけしの情け無い先生のセリフだ。
 そもそも、大学を出て講習を受けて実習して免許とって採用されたのに指導ができず、自分の仕事をちゃんとこなせないくせして子供に向かって言うに事欠き最後にすがるのが「大人」ってのは大変に無様なこと。

 こんなこと本来は言うまでもないことだが、ただ歳をとったのと年の功とは違うように、大人になるだけなら老化と同じで生きてさえいればいいのだから努力は無用であるが、ほんとうに大人らしくなるにはそれ相当の努力が要る。
 その努力をしなかったとか、努力したけど足りなかったとか、充分に努力したけど結果が出なかったとか、そんな人が大人として子供から尊敬されず、それでバカにされて悔しいからと、ただ歳を食っているだけでこちとら大人だとガキに向かって言うことほど、無様でみっともないことはない。
 しかし、そんな歳を食っただけの人が多すぎる日本の社会である。

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by ruhiginoue | 2019-01-25 16:41 | 社会 | Trackback | Comments(0)
 『DAYS JAPAN』の広河隆一を告発した『週刊文春』は「人権派」と大見出しである。
 もちろん、人権派と思われていた人が裏ではトンデモだったという方が印象として強烈である。しかし、それだけでなく「人権派」を全体的に攻撃する意図もあるのだろう。

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 もともと週刊文春は反動メディアだから、いくら有力政治家を失脚させるスクープで「文春砲」と称賛されても本質は変わっていない。
 しかし、『週刊文春』の何人かの記者と会ったことがあり、交換した名刺を何枚か持っているが、その体質はともかく、やはり第一線で活躍するだけに、みんな優秀であり、社会の物事をよく見ていて、その目は節穴ではなかった。

 だから『週刊文春』は、広河隆一なんて偽物であると、とっくに見抜いていたのだろう。
 それで見出しでも「人権派」はカッコ付きである。これは「いわゆる」という意味だから、そう言われているだけということで、そのことが後から発覚したのではなく、前から解っていたという意味のはずだ。

 ところが、広河隆一を本気で人権派と誤解してるバカは相当いる。だから『週刊文春』は広河隆一を人権派ということにしながら女性の敵だと告発し、反動メディアの立場から人権派攻撃に持って行ったと見るべきだ。

 ここでも、前から何度も広河隆一と『DAYS JAPAN』の偽物ぶりは指摘していたし、他にもずっと変だと言っている人達がいることを紹介していた。それくらいだから『週刊文春』なんか気づいて当たり前である。

 そして、気づけないバカとして、ある政党がいい例だという指摘を最近になって受けた。そこに関与していたので身を以て知っているという人の証言である。
 その政党は全体的に頭の悪い人が多く、例えば「護憲」にしても、昔その政党の源流だった党が言っていたので、それをただ引き継いだうえ惰性で主張しているだけだから、憲法など読んだことがない人ばかりで、おそらく読んだところで一行たりとも理解できないだろう。それくらい度し難いデクノボーばかり。
 だから、そんな人たちは社会派っぽければそうだと思い込み、ホンモノかニセモノか判断するなど不可能で、『DAYS JAPAN』のことも具体的な内容ではなく、なんとなく良い雑誌だと信じていた、ということだ。

 これは確かにうなづける話で、この政党の他にも似たようなことは色々とあるはずだ。これを見透かして『週刊文春』はあのような見出しで記事を掲載したのだろう。


by ruhiginoue | 2019-01-17 14:21 | 社会 | Trackback | Comments(2)
 昔、政府予算について、防衛費を対GNP比1%以内としていたが、これはGNPが多かった時代に作られたことなので、歯止めを設けるというけど実際には軍拡の口実だったと指摘されていた。もちろんGNPも、ほんとうに経済力を反映した数値かというと正確さに疑念があった。
 ところが、この「歯止め」が守れなくなった。アメリカが軍拡に付き合えと要求してきたうえGNPの数値が減ったからだ。

 ここで御用評論家たちがマスコミとくにテレビで、アメリカとの付き合いのほうが大事だとか、対GNP比なんてもともと無意味だったとか、正当化の宣伝をした。
 しかし当時すでに指摘されていたとおり、経済の成長が鈍化した時こそ、軍拡に歯止めを設けておかなければ国力の衰退によってむしろ危険であるから、ここを無視しての正当化は「木を見て森を見ない」ものであった。
 
 だから、金のために正当化する御用評論家がどう喚こうと、その虚偽を見抜く一般人は大勢いた。
 そして、こうした政府のやり方に反対する人がどれくらいいるかと街頭での投票をテレビのライブで実施したら結構な数になったのだが、するとスタジオにいた自民党の浜田幸一(今の浜田の父)が「東京でやるからだ。田舎でやれば違う」と言った。
 この田舎とは彼の選挙区の千葉のことだろう。選挙運動で握手するため作業中の人がいる田んぼへ入って行き、泥まみれになるのを目立たせるよう白いスーツを着た、そうやってたぶらかしてやった、などと誇る人らしい言い分であった。

 しかし、田舎でなくても、インタビューなんて対象を恣意的に選べば結論は操作できる。
 だから、渋谷か新宿の辺りで取られたと思われるテレビ局の街頭インタビューでも、「沖縄県の辺野古で、とうとう土砂が投入されましたが、どう思いますか」と言う質問に今風の若い女性が「へぇ~そうなんですかぁ~興味ないから分かりません」なんて、最初からそう答えそうな人である。
 そして、これを見た若い人は吊られて同調する。若い人は連鎖反応しやすく、同世代の人たちの自殺が相次いだと報道されると影響されて死ぬから、煽るのはよせとテレビは苦言を呈されてきたものだ。
 これを応用し、昔からテレビは政権に媚びて、この手法を用いて来たのだ。


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by ruhiginoue | 2019-01-15 12:44 | 社会 | Trackback | Comments(0)
 『通販生活』2019春号に、落合恵子と広河隆一の対談記事が掲載されていて、おそらく出来上がってしまっていて対応が間に合わなかったのだろうとか、それで気の毒とか、色々と言われている。

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 ここに登場する小説家の落合恵子は、レイプやセクシャルハラスメントを題名そのものにして性暴力を告発する小説を発表し、それらが映画化やテレビドラマ化されている。
 なのに、その性暴力を仕事の立場を悪用して長きにわたって行使しつづけてきた広河隆一と対談とは、悪い冗談としか言いようがない。
 
 かつて『通販生活』は、今のように有名になる前の、「ナンシー関の記憶イラスト」あたりから、ずっと定期購読していて、当時どんな記事があったかみんな言えるくらい愛読してたけれど、社会派を始めてから共感できなくて止めてしまった。

 この社会派について、『通販生活』は、それが気に入らないと言う人たちに対して毅然として声明を発した。
 「そういうことが『左翼』だと言う人がいます。戦争まっぴら原発事故まっぴらが『左翼』なら、左翼で結構です。良い商品が買いたいだけだという人は、記事が読みたくないなら読まなくて結構です。そうした記事が不愉快だから購読しないという人は仕方がありません。今までご購入ありがとうございました」
 こんな趣旨だった。これは立派な姿勢だと思う。

 しかし出て来るのが、ろくでもない人ばかりだった。佐高信とか胸糞悪すぎ。これでは社会派ぶっているだけでニセモノだから、購読をやめたのだった。
 そして、やはり広河隆一が出て来た、まさか告発記事が週刊誌に掲載されるとは思わなかったのだろうが、そうでなくてもニセモノと気づかないとは間抜けである。
 
 ここで広河隆一は、危険な戦場に行くジャーナリストと自画自賛している。よく恥ずかしくないものだと思うが、だいたい「戦場ジャーナリスト」と名乗っている人達は気取っているもので、命がけのように装っているが、身の安全とマスコミに売ることが何より。それゆえ報道の中身はお粗末で、反権力と格好つけているが実際は真逆の効果の報道をしている。有名な人ほど、そうである。当たり前だが。
 これについては過日述べた通りであるし、拙書『朝日新聞の逆襲』でも主要なテーマの一つとしている。

 この格好つけ屋の最たる広河隆一は、立場を悪用しただけでなく勘違いもしてるようだ。彼は、フォトジャーナリストの仕事に憧れている人なら自分に憧れるあまり身体も提供するはずだと信じていた、という趣旨の弁解してた。
 ということは、彼は自分について、まるでロック歌手のスーパースターみたいに錯覚していたのだろう。それでフォトジャーナリズムに関心があると言う女性は、自分のファンだからグルーピーになると思ってしまった。

 これは、反権力の人が道を踏み外して残念なことになったのではなく、格好つけ屋がある意味で必然的にやらかしたことである。最初から見抜いていないといけないし、見抜けるはずだが、見る目の無い人達は少なくなかったのだ。




by ruhiginoue | 2019-01-10 17:08 | 社会 | Trackback | Comments(0)