井上靜の気楽な日誌です。気楽にコメントしてください。おたよりも気楽にe-mail:ruhiginoue@excite.co.jpまで


by ruhiginoue

カテゴリ:社会( 1040 )

 このところの、国会や総理官邸の前で行われている抗議行動について、海外メディアはデモ隊の視点から取材や撮影をすることで市民の目線を伝えたうえ警察の過剰な警備の実態を明らかにしているが、日本のメディアは警察が取り締まる目線で取材しているので、よく批判されている。

ところが、かつて様々な市民の集会について、警察の視点こそ中立で客観的だから報道も同じ視点でなければいけないと主張したのがテレビ朝日『やじうまワイド』という番組のレギュラー解説者で元読売記者の塩田丸男であった。しかも、日本の市民や労組の集会はソ連の諜報機関による裏工作であると何の根拠もなく発言していた。これは陰謀論が出たときアメリカの中央情報局(CIA)が否定したのに、である。

 こういう人の発言は非常識すぎるし明白な放送法違反であるが、政府や内閣に好都合であればお構いなしである。日本の言論報道の自由は有名無実であることが、テレビを見ているだけよくわかることは昔からである。
 そして今も続いている。

 あの辛坊治郎も、外国で危険に遭った日本人に自己責任と言い放っておいて、手前がしなくてもいいことして遭難したら自衛隊機に助けてもらって税金の無駄遣いで、あいかわらず自己保身のため政権に媚びる発言ばかり繰り返した。しかし総理がやばくなったら途端に辞めろと言い出した。このようにテレビに出ている者はお調子者ばっかりである。
 あの当時、外国で人質になった日本人については米軍の高官でさえ信念に基づいた行動であるから賛同できなくとも尊重しなければならないと明言していた。それでも助けるなと言い放った辛坊治郎が遭難したのは趣味の延長というべき内容だった。それなのに自衛隊機に救助され税金の無駄遣いをしたのだ。

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 こういう電波芸人たちは適当なことを言ってお金さえ儲かればいいと思っているのだろうが、テレビに影響されて国民の考え方がおかしくなれば国は道を誤り、それが国民に跳ね返って不幸をもたらすのだ。



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by ruhiginoue | 2018-04-21 12:21 | 社会 | Trackback | Comments(0)
 強風の日だった。もともと予定が入っていたので、役所に出かけた。地下鉄で白い杖の人が目的地に近い出口はどちらかと言うので肩に手をかけさせて一緒に出たら、凄い風で埃が目に入る。すると「ありがとうございました。後は点字ブロックに沿って行けます。風が強いので気を付けて」と逆に気遣ってくれた。そして強風など関係ないように歩いて行った。
 よく、座頭市が、この強風と砂埃では目を開けられないほどだろとつぶやき、その間に自分は進むぞと言って歩いて行くが、これを思い出した。

 ところで、この時は港区にある中央労働委員会に行った。厚生労働省の下部にある組織だ。建物は芝公園だから東京タワーにも近い。訴訟とは別の労働裁判とでもいうべきものだが、地方から来た人たちは新幹線を使うためか浜松町駅を利用していたが、もっとも近いのは地下鉄東西線の御成門駅である。目の前に出る。

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 この建物も裁判所と同じで、出入り口に金属探知機が設置してある。受付で警備員から、会社側と組合側のどちらかと質問された。なぜなら始まる前に控室があり、それが分かれているという。このあたりが裁判所とは違う。
 この質問に対し、どちらでもなく取材で来たと答えると、氏名と連絡先と所属を受付表に書けと言う。いちおう、話を聴きに行ってくれと言った出版社の屋号を書いたが、記者クラブじゃないから所属は無しでも良いとのことだった。

 さて、この時は証人尋問があったのだが、会社側の代理人は白髪の年配男性で、立ち上がって反対尋問するさい、手を背広のポケットに入れながら威張っていた。
 これは拙書『防衛医大の場合は』でも述べたが、国とか大企業の代理人をしている人は、いつも態度がでかいものだ。法廷で裁判官より偉そうにしているが、労働委員会でも同じだった。

 なるほどね、と変に感心させられてしまった。




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by ruhiginoue | 2018-04-13 17:43 | 社会 | Trackback | Comments(1)
 三原じゅん子が「八紘一宇」発言について「世界は一家」の意味だったと釈明したが、これは大昔の黛敏郎と同じで懐かしい。戦争で世界中を支配するのが目的であり、家長のDV亭主になるという意味であるが、そうと気付かないマヌケぶりを黛敏郎は批判されていた。ようするに無知な芸人が右翼ぶっているだけというよくあること。
 この黛敏郎に対して、同業者のうち高橋悠治は本当に左翼だから黛を嫌い同席も拒否したけど、芥川也寸志や岩城宏之は自分のリベラルと同じで黛の右翼もどうせネタだと知っていたから平気で付き合えたのだろう。

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 よく、合理的で冷静な自称理系のお馬鹿さんほど、義務教育レベルの三権分立も議会制民主主義もわかってなくて、ほんとに中学に行ったのかと疑わしいお粗末を開陳しながら世界の全てを理解してるみたいに振る舞うものだと指摘されているが、同様に、かつて東京芸大で問題が起きTVが取材に行ったら音楽学部の学生が「僕たち音楽やっている者はアンタたちと違ってバカじゃないんだ」とカメラの前で言い、この放送を見てみなが呆れ、新聞に投書も載ったが、なぜか自分が大学でやったこと自体ではなく、その属する分野を誇り無謬性まで信じる者がいて、不可解である。

 今、新作が公開で話題のスピルバーグ監督だが、シリアス路線では『シンドラーのリスト』が話題だった。この映画のなかで、ナチの収容所が囚人を労働させるか抹殺するかを役に立つか否かで分類する。哲学や文学の教師が役立たずに分類され、崇高な学問なのにと怒ったけれど、そんなことは戦時中だから無意味であり、この一方で、理系だから役に立つと売り込んだ女性がいて、これが理系だと誇る人の意識で、今も続いているのだろう。
 だが、この女性は生意気だからと、その場で射殺された。こんな人たちは音楽家にも少なくなかった。

 とにかく、自分のしたことではなく、その属性で威張るのは、個人的には自信がないから属している国や人種や民族を誇るのと同じであり、醜いふるまいだ。



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by ruhiginoue | 2018-04-11 17:27 | 社会 | Trackback | Comments(1)
 地下鉄サリン事件から23年が経過し、それだけ長い時間が経つと当時の事情を知らない人も多くなり、いい加減なことを言う人の話が信じられてしまうと江川紹子はツイッターで発言したうえで、何よりの裏付けが裁判記録だと言う。
 その裁判の記録を精査すると、あの当時、ワイドショーなどで有田芳生とか江川紹子とか下里正樹とか佐木隆三とかの言い放っていたことが、いかにいい加減であるかよく判る。このことは当時から批判されていたが、知らない人も多い。
 
 また、安倍内閣が酷すぎるからと「昔の自民党は良かった」と言い出す人がいるように、この江川紹子も月刊誌『Will』や『Hanada』が酷すぎるからと、それらに関与している連中の元勤務先である月刊誌『諸君!』を「まともな保守論壇誌」と言い出し、「今からでも復刊したらいい」と妄言を発信していた。
 こんなことは言うまでもないことだが、もともと『世界』などリベラルな月刊誌に対抗しての保守論壇月刊誌として『自由』があり、そこへ『諸君!』なんていう渡部昇一などが常連の下品で質の悪い雑誌が出てきて劣化し、産経の『正論』とともに頭文字を取って「SS」とナチにひっかけて皮肉られていた、というのが一般的な認識である。このことを江川紹子が年齢的に知らないわけがない。
 
 このように雑誌の歴史を無視する江川紹子は、ようするにかつて自分に書かせてくれたからと世辞を言っているだけである。もともと江川紹子は池上彰と同じで常にここぞというとき権力にすり寄る卑怯者であることは先に述べたとおりである。だから、その意味では当然の感覚または処世術なのだろう。こういうのがマスメディアで幅を利かせているから、社会の認識がくるってしまう。

 それにしても、江川紹子の非常識は度し難い。どんな脳の構造だろうか。

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まだ、されてないが。


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by ruhiginoue | 2018-04-09 17:51 | 社会 | Trackback | Comments(0)
 5日の朝日新聞に、朝日新聞社とベネッセ教育総合研究所が共同で実施する「学校教育に対する保護者の意識調査」の結果が掲載された。前4日にまとまった結果だそうだ。
 これによると、全国の公立小中学校の保護者7400人に聞いたところ、教育格差について「当然だ」「やむをえない」と答えた人は62・3%となり、4回の調査で初めて6割を超えたそうだ。
 
 この朝日新聞の見出しは、子供を持つ人たちに教育格差を容認する風潮が高まっているというものになっていた。
 これは、あってはならないはずの現実という意味でない。問題があると思うかとの設問もあったうえで、問題ありというのとは反対に、当然などの見解があるということだから、容認するという趣旨となりうるだろう。

 では、なぜそうなるのだろうか。
 この朝日新聞らの意識調査記事によると、富裕で教育に金をかけられる親ほど、貧乏人の子供が教育を受けられないことに対して冷淡な傾向である。
 こうなることについて同記事は結論づけてないが、しかし読んで感じ取れることは、貧乏人の家は親の意識が低いのだから、社会の制度によって平等にしようとしても、どうせ無駄だと突き放しているのではないか、ということだ。

 これで思い出したのは、何年か前のロシアの映画の一場面だった。子供のいない富裕な夫婦が養子を求めているので、そこに行くよう貧しい家の子供が勧められる、しかしその子は気が重そうだし、貧しくても幸せになれるはずだと言う人もいる。すると、年配の人が、将来のことを考えたら教育が大事で、それには富裕な家のほうが良いと説得する。
 このさい、その年配の男性は、自分が子供のころはソビエト連邦だったという話をし、社会主義政策によって誰でもタダで学校に行けたけれど、競争率が高くて成績優秀でないと入れない学校や職場に行くには親の意識も高くないとダメだったと言う。そしてだいたい貧乏人は意識が低くて富裕な人は意識が高いものだから、単に収入の問題ではなく、それゆえ貧しくても幸せになれるというのは甘いと言う。

 それが現実だろう。つまりソビエト連邦でさえそうだったのだから、いくら社会で貧富の格差を問題にし、せめて子供だけは平等にと、その将来を考えて教育制度を充実させたところで親が理解できないという限界がある。このため、子供は気の毒だがどうしようもないと考える人が多くなったのではないだろうか。
  
 
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by ruhiginoue | 2018-04-08 12:06 | 社会 | Trackback | Comments(0)
 相撲の巡業へ挨拶というとき急病で倒れた市長に適切な処置をした女性は、専門家が見ると訓練を受けていることが判り、医療関係の仕事をしているのではないかと指摘されていたが、看護師らしい。それにもかかわらず、女性は土俵から降りるよう行事がアナウンスしたことが騒ぎとなった。海外でも格好のネタとして報道されている。
 このため相撲協会は、シキタリより人命であるから不適切だったと謝罪した。

 では人命がかかっていないときはどうかというと、ダメということだ。今、東京では女性の知事だが、初の女性知事となった大阪で、知事が表彰に出ることに前向きだったのに女人禁制ということで拒絶されたことが既に話題であった。
 しかし、大昔に女相撲があった当時から同じ土俵が使用されていて、女人禁制はかなり後のほとんど近代になってからのことだから、伝統というほどではないと指摘されている。
 それに、神聖な場所だから女人禁制というけど、それを示す柱を四本立て境界になっていたはずだが、無い。もとは有った。これはテレビ中継の邪魔だからと取っ払ってしまったのだ。年寄株が高額で売買されていたりと大相撲の金権体質は有名だが、商業主義に迎合して伝統と宗教的意義を無視しながら、伝統というほどではないことにこだわるなんて、相撲界は滑稽だと昔から批判されていた。
 そうしたら、ついに人命に関わることまで起きたわけだ。

 これについて外国の報道では、女性が触れると穢れるとされる日本の因習のためだと指摘されている。
 かつてNHKの人気ドラマ『はね駒』では、斉藤由貴の扮する主人公が祭りの神輿に近づいたら「女が触るな、穢れるじゃないか」と怒鳴られ突飛ばされる場面が話題だった。



 また宮尾登美子の小説『蔵』でも、主人公が跡取り娘であるにもかかわらず酒蔵に入れてもらえず、それは女性が入ると穢れるからだと言われてしまう。なぜかとの問いに、世話役の女性が「女は子供を産まないといけないから」と教える。そして後に主人公は職人の若い男を好きになるが、酒蔵の跡取りであるお嬢様と職人では身分が違いすぎると反対され、すると「男を好きになるのが罪なの。これが女の穢れなのね」と言う。この、ほのめかし方が実に巧みで感心してしまう描写である。

 この騒動について、外国の報道サイトを読んでいたら、日本で女性はダメというのは天皇と相撲で、他は近代化して残るはこれだけになってしまったから、ついこだわってしまったのだろうと指摘していたけど、そういえばそうである。女性の天皇だって実在したのに、男でないとダメになったのは明治時代である。
 これも、かつてNHKの人気ドラマで斉藤由貴が鶴姫に扮していたとき、娘を溺愛する将軍が、女でなければ跡取りにしたいと言うから側室が「でも天皇家には女帝がいます」と。これに将軍が反論して「天皇家と将軍家は違う。武士の頂点たる将軍だから女ではいかん」と。
 こういうことで、実は伝統とか歴史ではないものが多い。

 ただ、かつて俳優の天本英世は、貴乃花が宮沢りえに「愛情がなくなりました」と心無い言葉を浴びせたことに対して、相撲界なんて日の丸と君が代を有難がっている集団だから当然だろうと述べた。彼は東大生の時に学徒動員で戦争に駆り出された経験を持つので、その視点から辛辣になったのだろう。しかし今回の人命より女人禁制で、やはりそうだろうなと感じた。




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by ruhiginoue | 2018-04-07 12:31 | 社会 | Trackback | Comments(9)
 「♪ゆびきりげんまん、うそついたら、はりせんぼんのーます」
 というのは、周知のとおり約束するさいに命がけで破ったら殺すという意味だ。
 ただし、これは子供が冗談でやることだ。わざと大げさなことを言うわけで、それにしても言っている意味は冗談では済まない。「ゆびきり」とは命がけの誓いで指を切断して渡すという意味だ。昔は野蛮だったことに加えて、それだけ深刻な約束をすることが今とは違って在ったのだ。
 それを簡単に冗談の遊戯でやるとは不謹慎だが、続けて「げんまん」と言う。これは拳万であり、拳で万の回数殴るという意味だ。さらに「はりせんぼんのます」とは針を千本飲ませるという意味である。魚ハリセンボンのことではないかとも言われ、これを否定する説もあるが、あの全身トゲトゲを飲まされてはたまらない。
 このように恐ろしい意味であるのに、無邪気に唄われてきた。

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 ところで、四月一日は嘘をついても良い「エイプリルフール」(四月馬鹿)の日であるが、もちろんこれは冗談で済む嘘という意味だ。これをネタにした『ドラえもん』の「ハリセンボンバッチ」というエピソードがある。魚のハリセンボンを型取ったバッチで、これを付けている人に対しては嘘がつけないという道具である。もしも嘘をついたらハリセンボンバッチが「ノーマス」と言い、すると嘘でなくなるようにしなければならなくなる。
 それで、のび太が(すぐ真に受けるのもマヌケだが)ひっかけられてばかりなので、ドラえもんがハリセンボンバッチがを出してくれる。するとジャイアンやスネ夫がのび太に、これをやると嘘をついてハリセンボンバッチが「ノーマス」するとジャイアンもスネ夫も勝手に身体が動いてしまう。大事なものをやりたくないと言いながらその意思に反して身体が動いてしまうスネ夫の様子は気の毒だが痛快である。
 しかし、しずかちゃんが指摘する。嘘でガッカリではなく嘘でよかったいうことでないと冗談やユーモアと言えない。ではどうすればいいかと実践して「のび太さん、あなたの家が火事よ」「ノーマス」しずかちゃんはマッチを持ちのび太の家へ放火しに向かい、のび太が大慌て、という凄いオチで笑えた。

 しかし笑っていられない財務省の公文書改竄は、このハリセンボンバッチのオチと同じことだろう。問題になった後から嘘でないことにしようとし、それも嘘ついたらいけないというのではなく火事をほんとうにするため放火するようなものだから。
 いったい、財務省にとって誰が(あるいは何が)ハリセンボンバッヂの役割を果たしたのだろうか。パンチ百発とか針千本でなく自殺に追い込まれた人までいるのだから、ドラえもんのひみつ道具どころではないものが現実に存在したこになる。



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by ruhiginoue | 2018-04-01 06:32 | 社会 | Trackback | Comments(0)
 よく、ツイッターやってると医者のほぼ全般が実にひどくて、これは気分的に嫌になるし、こんな医師がよくいるとなると危ない、などと言われている。以前は匿名の「成りすまし医師」っぽい人らがひどかったけれど、最近は実名を出してFBともリンクさせたりと明らかに本物の医師らがひどすぎるから、医師全体の評判が悪化している。
 しかし、これはもともとだったのがツイッターの登場によって「ジキル博士とハイド氏」のように本性が露呈しただけでのことある。だからツイッターという気軽な発信手段の登場は、多くの人たちが実態を知って現実と向き合うことができるようになったということで有意義である。

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 では、医師全体のうち優秀と劣悪の割合はどのくらいかと考える人もいるが、それを明らかにすることは無理というものだろう。
 ただ、知りあいの医師は、こんなことを言っていた。もともと医者はみんな威張っているもので、威張る相手が違うだけだ。そして優秀な医師は医師に対して威張っていて、劣悪な医師は患者に対して威張っているそうだ。そしてツイッターで減らず口の医師は実質的に患者に対し威張っているのだから、ツイッターやってる医師は避けるのが身のためだそうだ。

 また、医師は仕事および仕事に関わる勉強がとても忙しいもので、そもそもツイッターなんてやっている暇がないはずだ。だからツイッターやっていると精進しないので患者を見下すしかなくなってツイッターやっている、という「鶏と卵どちらが先か」となるわけだ。
 そういうことなので、ツイッターで見かけた医師は先ずダメと考えた方がいいから、最近はひどい医師がいるなとツイッターを通じて感じても、それはツイッターやっている医師だからで、このことからも、最近になって医師が劣化したわけではないとも言えるのだそうだ。



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by ruhiginoue | 2018-03-31 12:39 | 社会 | Trackback | Comments(0)

学校の制服と時代の変化

 先日の朝日新聞東京版に「制服 男女区別なく選ぼう 世田谷区 区立中の標準服で検討 区教委「自由に選択できる」示したい」「区立中でスラックスやスカートなどを性別に関係なく選べるよう検討。健康面や宗教にも対応。」という記事が掲載された。
 これは女性議員の議会質問に関してのものだが、このような話題がマスメディアを賑わせるということに時代の変化を感じる。

 かつて2001年に放送された人気ドラマ『3年B組金八先生』には、女子の制服を嫌がる女生徒がいて、実は性同一性障害のためだという話があった。
 そうとは知らない校長が、長いスカートで足を隠しているのを叱ったため、まず金八先生が担任の指導権を侵害していると抗議し、それでも校則違反は不良化につながるから深刻だと校長が言い張るので、これに対して教頭(シリーズ最初の方から出ていた女性の教師が昇格していて、相変わらず口やかましいが言うことは正しい)が、「校長先生の認識は20年前のものです。やれ前髪が何センチとかスカートの丈が何センチとか、そんなことしても子供が良くなるわけではないことは、とっくの昔に証明されています」と指摘する。

 この長いスカートが不良というのは、79年に放送された最初のシリーズで三原じゅん子が扮していた女生徒のような服装である。集団リンチで「顔はやばいよ、ボディやんな」の怖いセリフが有名で、それが今では永田町センセイになって「八紘一宇」と怖いことを言っているが、なぜか受動喫煙問題では自民党の古い体質に反逆しているから、これも時代の変化なのだろうか。

 また、80年のスピンオフ作品『1年B組新八先生』では、スカート嫌いの女生徒が、それならばと男子の制服を着て登校して校則違反ではないと主張するが、それを先生から「女子は女子らしく」と説得され、結末は素直に女子の制服着て登校しメデタシで、そこへシンガーソングライターのイルカが歌う代表作「♪いま~春が来て~君は~綺麗になった~去年よりずっと綺麗に~」が空々しく流れたのだった。
 なんのひねりもないつまらないオチで、このシリーズはいつもそうだが、学園ドラマはどれもそうで、だから日本のテレビドラマはだいたい面白くないのだ。

 というように、ドラマにも反映しているとおり時代の変化である。
 
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by ruhiginoue | 2018-03-28 12:29 | 社会 | Trackback | Comments(3)

学校の制服と利権

 公立小学校の標準服に銀座だからという奇妙な理屈でアルマーニにしたうえ言い値で高いという話題の次は、奈良の高校で「制服代は親が負担する公共事業」ということで新制服はメーカーがネットで直販して販売店通さず価格2割安という報道である。
 「衣料品価格は下がっているのに、なぜ学生服だけ値上がりしているのか。校長がマネジメントに目覚めれば、1~2割は即下がる」
 「『非常に困る』と販売店からは言われたが、校長のマネジメントとしては、半年間協議した上で、生徒保護者の利益を優先すると決めた。泣いていただいたということになる。ただ、体操服の販売は残した」

 だいたい、昔から、制服なんて同じものが他から安く買えるのに、学校指定業者からやけに高い値段で買わなければならないと強制され、その業者は地元の保守系市議会議員が経営している、なんてことが特に田舎では普通だった。
 まさに「公共事業」だが、制服だけでななく通学に使う自転車まで学校指定の業者だから高額であったり、他にもまったく不必要なものを売りつけていることまであった。

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 これについて、中学の時に疑問に思っていたが、高校ではもっと変なことがあって、これに一世代上の生徒会が騒いだらしいが、しかし教師から激しい弾圧を受けたそうだ。そのあとの世代でも問題にしようとすれば教師から迫害され、議論することも許されなかった。
 なぜなら教師も迫害を恐れているからだった。何か疑義を差し挟むと「共産党」と非難されるという、飛躍したというよりダサいことになる。
 なんでこうなのか、東京ではそんなことなかったと言ったら、大阪や京都や神戸から来た生徒も同感だと言った。これに対して教師が、自分としても不愉快みたいな表情して言った。
 「いいか!ここは埼玉なんだ!わかったな!」

 

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by ruhiginoue | 2018-03-27 12:41 | 社会 | Trackback | Comments(5)