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井上靜のblog(網誌)です。下記の著書を購入して支援を頂けたら助かります。下記の他は別人や海賊版なので買わないでください。アマゾンのコメント欄に嘘の書評が書いてあるのは過日倒産した出版社の宣伝です。この種の輩に対抗する意味でも何卒よろしくお願いいたします。品切れのさいはご容赦ください。


by ruhiginoue

カテゴリ:社会( 1175 )

 国民健康保険の納付書が各自治体から送付される時期である。
 この高額さに庶民は苦しめられており、生活の質が低下して健康を損ねている人が大勢いる。
 今、問題になっているのは国民年金と同様に、健康保険も、その実質は人頭税である。

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 ただ、年金は掛け金を納めていたのに見合った受け取りが将来ないけれど、健康保険は今の時点で病気や怪我のさい助かると言っている人がいる。
 ところが、納めさせられた掛け金に見合った受け取りがないのは、健康保険も同じだ。健康保険で受けられる医療は必要最小限のものだけである。これは今の医療の水準からするとお寒いとかお粗末とかいう内容である。

 これだから、前に拙書『防衛医大の場合は』に出てきたとおり、不適切な治療で深刻な被害が生じたことについて嘲り笑った医師が他の病院にいたのだ。
 これについて既に読んで下さった方々は知っているとおり、その医師は、同じ科目の医師たちからも、その性格の悪さによる不謹慎な言動により嫌悪感を表明される人だ。
 ただ、そこでこの医師の人柄だけが問題ではなく、その医師が被害を嘲り笑った原因も問題で、これは個人ではなく構造的な問題だから、こちらのほうが深刻である。

 なぜ笑ったのかというと、患者は貧乏人だから。
 貧乏人だと笑うのも最低だが、では医師がそれを言うのはなぜか。保険治療したからで、保険だからお寒くてお粗末なことになり、そこから被害が生じたということだ。
 だから、保険だったので仕方ないと言えば裁判に訴えても患者が負けるということで、貧乏人ザマアミロということだ。
 こんなこと実際には、常に通用はしない(防衛医大の場合は保険だけでなく、国立病院で違法性が疑われる保険と自費の混合治療があった)のだが、通用する場合もよくある。だから無神経な医師なら露骨に表に出すのだ。
 
 そして、この程度なのは保険だからしょうがないということは、医療全体によくあることなのだ。
 なので、健康保険は高すぎるのだ。医師はよく解っていることだが、患者に知らない人が多い。



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by ruhiginoue | 2019-07-19 04:50 | 社会 | Trackback | Comments(4)
 もともと国民年金は、人口が増加している時期に作られた制度で、その先に人口の増加が鈍り次には低下する時期が到来することを想定していなかった。
 そして、このままでは破綻しそうであることが実際に見えてきた80年代の半ばから、その時に社会に出た人たちは、年金の掛け金を納めるといっても実質は今の老人に払う年金のためでしかなく、将来、自分が年金をもらう時が来た時、最悪なら全く払いがないと指摘されていた。

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 ところが、その後、このことがより深刻な問題として語られるようになってきた時期、あるきっかけで話題になったら、既に高卒で就職していた同級生の男がいった「いやあ、そんなこと全然問題じゃないよ。自分がもらうためではなくお年寄りのために払うのは立派なことなんだから、俺は将来まったく年金をもらわないつもりできちんと納めているんだ」と誇らしげに言った。

 それでは年金ではないし、福祉として税金で行うことだ。こんな当たり前のことが、この人には理解できないのだ。社会制度の基本を知らないうえ、将来のことなど遠すぎて想像できないということでもある。
 
 これだから、今、年金などが問題になっていても、無関心な若い人が多くて当たり前のことなのだ。昔からそうだった。「今の若い人」ではない。
 



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by ruhiginoue | 2019-07-18 05:03 | 社会 | Trackback | Comments(0)
 「こんなレポートでは単位をやれない。まるで盗作じゃないか。もっとも、君が丸写しした一九分けのセンセイの論文だって、実は盗作なんだ」
 八十年代の映画の一場面、大学の研究室で講師が学生に言う。この「一九分け」とは竹村健一のことで、経済の本を書いて出版したら経済誌の記事からの丸写しだったことがあり、それが当時よく笑いのネタにされていて、テレビの演芸番組ではしょっちゅうだった。

 この竹村健一が89歳で死去したそうだ。 
 これで、堺屋太一・渡部昇一・竹村健一の「サンピン」が、ついに全員鬼籍に入ったわけだ。もしも地獄というものがあれば血池や針山で鼎談していることだろう。
 この「サンピン」とは渡部昇一・堺屋太一と共に竹村健一か谷沢永一のどちらだろうかと書いている人もいるが、当人たちは竹村健一としていて三人で「サンピン」と自称し鼎談する本も出版していた。
 一方、谷沢の方は長谷川慶太郎と共に元共産党員の転向右派として語られる方が多かった。

 また、「サンピン・イチスケ」とも言われ、これは80年代に自民党の御用マスコミ人として深田祐介も加えて語られることがあったということ。
 ただ、深田は、渡部と竹村が熱心に朝日新聞の悪口を言っているの対し、そういう批判は「当たっていない」と明言し、スタンスが微妙に異なっていた。

 ところで、竹村健一は政府の対米追従を擁護するにしても「アメリカの言うことには従わんといかんよ。アメリカが大丈夫なら日本も大丈夫なんやから」と、こんなの評論ではないことを言っていた。
 もちろん、テレビやラジオで主婦向けに言っていることを意識していたのだろう。彼は商売でバカげた言い方をしていたということだ。このとき番組のアシスタントをしていたのが小池百合子現都知事であるというのも関係してそうだ。

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 これについてタレント学者の羽仁五郎が「有暇マダムの無知につけこんでいる」と言い、元読売新聞記者でノンフィクション作家の本田靖春は「お茶の間の無知につけこむ世相講談師」と言っていた。
 また、タレントのタモリも「お茶の間の無知につけこんでいる人」と言い、『笑っていいとも』の初期に、当時は予め出演交渉せずいきなり電話をかけていたので、共通の趣味だったテニスで知り合ったと芸能人が言ったら「テニス?あの顔で」と笑い、そして竹村健一に電話したら怒ったように「今、見とった」、「明日来てくれるかな」「行かんよ」と拒否だった。

 しかし、竹村健一は、高齢で引退するより前に、そもそも自分が煽ってきた一人のはずなのに、あまりに右傾化したので自分で付いていけなくなってしまっていたらしいと言われている。
 そういう意味では、他の例えば保坂正康とか西部邁とか西尾幹二などと同じだったということだ。

 あと、ある同級生は、竹村健一は人相がアイザック=アジモフに似ていると言っていたが、そんな感じも確かにする。



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by ruhiginoue | 2019-07-15 05:04 | 社会 | Trackback | Comments(3)

動物愛護が嫌な右派

 前にモデルでタレントのローラが動物愛護を訴えていたが、次の参議院議員選挙でも動物愛護を訴える候補者がいて、この女性候補者は容姿端麗で昔は芸能の仕事をしたことがあるらしい。
 ところが、これに反感を抱く人たちがいて、その人たちはだいたいが単純な右派である。

 これで、自分が高校生の時にあったことを思い出す。
 よく嫌な奴だと評判だった同じクラスの男子が、なんとなく生意気だと他人にケチをつけては「共産党」と言って罵っていた。特に政治的ではないのに不可解だった。
 もちろん、そいつが住んでいたところがかなりの田舎だったこともあるだろう。よく指摘されるように、政治や経済とは関係がなくても、批判的ではなくても、なんとなく小難しい話をする奴は「アカ」だと言って毛嫌いしてしまうのが田舎者である。
 だから田舎者的な語彙の貧困が、まずある。

 しかし、そいつは毛嫌いするだけでなく陰険な嫌がらせをして、それが高校生とは思えない小学校なみの幼稚さだったから、手前が恥ずかしくないのかと周囲から疑問に思われていた。
 そいつは他にも、おしゃれをしている同級生や容姿端麗な同級生に執拗な嫌がらせをしていて、この原因は明らかに嫉妬だった。半端ではなく醜い男だったし、そいつは手前でも気にしていると言って劣等感をむき出していたことがある。

 そして醜く不細工な男は、なんでそんな陰険な嫌がらせをするのかと呆れられて問われると「犬や猫がいたら石を投げるのと同じだ」と言い放った。烏が嫌いで見かけたら石をぶつけようとする人がいて、それと同じように犬や猫が嫌いという人もいるけれど、そういうのとは違って、他人が「可愛いね」と言って撫でたりしているのを見ると憎たらしくなるそうだ。
 こいつは人間に嫌がらせするだけでなく動物虐待もすのるのかと驚き呆れてしまった。

 つまり、そいつは、生意気そうな人が気に入らないので、それを異議申し立てする少数派ということにして迫害するために、そうであろうとなかろうと無関係に田舎者感覚でアカだと罵声を浴びせる一方、犬や猫が可愛がられているのに反感を抱き、体が小さい動物だからと石をぶつけるのだ。
 自らの知能と容姿の劣等感から、自らの気づかない問題を指摘する者や、自らと違って愛される者を、少数派や弱者であることに付け込み嫌がらせして気晴らしする劣情なのだ。

 今思えば、犬や猫だって牙があるのだからということで、そいつの喉にでも噛みついてやればよかったが、そんなことをできる雰囲気に学校がなかった。学年全体に元気がなかったのだ。
 だから、動物愛護に反感を抱く右派を見ると、今の日本の社会も元気がなく、姿が醜いため心も醜くなった人が変に幅を利かせていると感じる。
 だから、あの同級生も、今では立派なネトウヨになっていることだろう。


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by ruhiginoue | 2019-07-07 05:31 | 社会 | Trackback | Comments(0)
 「バイトテロ」という俗語がある。臨時雇いの従業員が勤務先の評判を落して経営に打撃を与えることだ。おそらく「バイオテロ」をもじったのだろう。
 特に知られているのは、ある有名な定食屋のチェーン店でのこと。バイトの若い男が職場で下半身裸になったうえ店で使う盆で前を隠した写真をSNSに投稿し、あまりに下品な行為なので店の評判がガタ落ちになってしまった。

 これは、被害が深刻なのでテロに喩えてはいても、確信犯より悪ふざけが多いらしい。しかしインターネットによって新たな手口ができたということで、軽い気持ちで実行しても影響が大きい場合がある。

 もともと、こういうことはオバサンがやることだったはずだ。
 例えば、飲食店で注文しても一向に出てこないのは従業員のサボタージュだったということがあり、では労使紛争などがあったのかというと何もなく、ただ正社員に対する嫌がらせでパート勤務の主婦が面白半分でやっていたりしたのだ。

 こんなことをして何にもならないが、特に働かなくてもいいとか、必要あって働くにしても口は他にいくらでもあるとか、それでたまたま勤務することになった先があまり面白くないと、どうせ辞めるからそれまで暫く意地悪して楽しもうというわけだ。
 あるいは、家庭での不満や鬱憤のはけ口にしていたり。

 なんとも陰険だが、こういうことを主婦が好んでやっていたものだ。
 こういう話はあちこちで聞かれていたことだし、それで会社から「指導力が足りない」と叱責された大卒正社員の店長が「そんなこと言われても、あのオバサンたちを一体どうしたらいいのか教えてほしい。実際に現場に来て見てから何か言ってくれ」と嘆いていたりしたものだった。

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 ところが今では若い男がやっていて、その内容が下品というのだから呆れたものである。

 
 

 


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by ruhiginoue | 2019-07-05 05:10 | 社会 | Trackback | Comments(0)
 「梵天丸も、かくありたい」
 87年に放送されたNHK大河ドラマ『独眼竜政宗』の名セリフ。
 幼少の伊達政宗は、寺で不動明王の像を見たさい、仏様なのに怖い顔をしているのは何故かと言い、名僧・虎哉禅師から、世の不正を監視し悪い者を懲らしめるためであって、心は慈悲深く優しいのだと説明される。
 感心した虎哉禅師は梵天丸の教育係を引き受ける。
 梵天丸としては、病気で片目を失明しているうえ自分の顔が他の子どもと違い可愛げがないと気にしていたので、それなら不動明王のような存在となりたいと思うのだった。

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 最近、世の中の不正に怒ったり批判したりすることに対して、その内容にではなく、毅然とした態度や厳しさにケチや難癖をつけてのすり替え否定をし、こうすることにより不正を擁護し権力や権勢に媚びる「冷笑系」が流行している。
 しかし「冷笑系」など権勢に媚びる嫌らしい連中が幅を利かせているのは、不正に怒る側の顔に怖さが足りないということではないか。

 ということを前に述べた。昨年末に、来年の抱負は怖い顔をすることだと。
 そうしたら先日、政府の不正で年金が破綻したことに抗議するデモを「貧乏人」とか「気持ち悪い」とか侮辱する奴らがいた。
 一方、「三原じゅん子の演説はとんでもない内容だがドスが効いていた」なんて言う人がいるけど、あれは演技だ。
 こっちは芝居ではなく本気で怒っていることを示さないといけない。政府に物申すなら、堀江も百田も失禁する顔で言わないと通用しない。侮辱する奴らがいるのは、される側が怖くないからだ。
 
 なので、デモに参加するさい顔は怖くしなければならない。そして心には慈悲を。




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by ruhiginoue | 2019-07-02 05:07 | 社会
 年金政策に抗議するデモに参加した人たちをツイッターの堀江貴文アカウントが「税金泥棒」などと中傷したことに非難が集まっている。
 ところがツイッターで賛同しているのは高須克弥アカウントである。

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 この内容の非常識と不道徳は、これらのアカウントではいつものことだが、どちらも自分はたくさん金を稼いでいるからと言うことで庶民を見下し、正当な権利を求めることすら貧乏人には許されないという発想をする。
 これはかつて拙書『防衛医大医大の場合は』と『華麗なる美容外科の恐怖』のなかで、一部の医師とくに美容外科医がいつもする嫌らしい発想であるという指摘をしている。

 しかし堀江貴文アカウントのツイートは、満足に税金も納めないとか、まともに働いていないとか、そういう虚偽の事実を公然と流布しているので、侮辱や名誉毀損で訴えることができる。デモに参加した人たちは訴訟をするべきだ。
 また、みながそれぞれで訴え、デモに参加したことの証明や経済的な背景など内容も様々にして併合できないようにしてやれば、あれだけ大勢の参加者から一度に別々の訴えをされて各々に対応を迫られるとなり、彼も少しは懲りるだろう。しかも、やり方により勝訴と敗訴も人それぞれとなるだろうから、それもそれで興味深いことになるだろう。

 こういうことに右派は熱心である。あの『主戦場』のことで訴訟するのもそうだ。
 あと、かつて石原都知事が「ババアは生きていても無駄」などと暴言を吐いたことについて女性たちが大勢で「ババアと言われる歳になったけれど、それを石原さんに侮辱される筋合いはない」と訴訟にしたら「特定個人を差してのことではないから」と賠償請求は棄却されたが「多くの女性に不快感を与えた発言ではある」と判示されはして、マスコミでも取り上げられた。
 このところ堀江貴文は政商を目指しての発言をしているのだから、問題があれば積極的に批判して、可能な場合は法的手段に出て、ジャブでもいいからじわじわダメージを与えるべきである。

 


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by ruhiginoue | 2019-06-26 09:51 | 社会 | Trackback | Comments(0)

有名人たちの処世術

 講談社の雑誌『VIVI』が自民党とタイアップした選挙向けの宣伝をし、Tシャツをプレゼントするというので、これは買収に該当するのではないかと指摘されたし、雑誌の堕落であると批判もされている。

 これについて田中康夫が指摘していたそうだ。
 あの『日本国紀』から発生した色々な問題で幻冬社を厳しく批判をしていた中沢けい(群像新人賞) いとうせいこう(講談社出身) 高橋源一郎(群像新人賞選考委員) 島田雅彦(野間文芸新人賞) 平野啓一郎 といった人たちが、講談社の問題では何も言ってないとのこと。
 
 かつて田中康夫は『朝日ジャーナル』に連載を持っていて、この時に一緒に連載していた本多勝一が大江健三郎を批判していたから、それを踏まえてのことかもしれない。
 その当時、大江健三郎は文芸春秋の堤堯(後にWILLを発行)の極右言動に不快感を持っていたから、その文芸春秋社内の栄転に抗議して文芸春秋の関与する文学賞の選考委員を降りたけれど、これを公言しないでいるから、商売の取引を気にしていたのだろうと言われている。 こうした「進歩的文化人」の処世術を本多は問題にしていた。

 
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 このたび遂に離婚となったビートたけしは、かつて彼と親密交際していた女性にしつこい取材があったことで、その記者に委託していた週刊誌『Friday』を発行する講談社に文句を言いに行って暴力沙汰となってしまった、ということがあった。
 このときのビートたけしの対応は良くないけれど、覗き趣味の記事を売りにする雑誌も悪いから、そんな雑誌を発行している出版社の仕事はボイコットすべきだと藤本義一は言った。

 しかし、藤本義一は作家である他に司会者などテレビタレントとして大活躍していたので、副業をやっているから大手出版社も批判できるのだという指摘があった。
 そして、そうでなければボイコットなんて死活問題になるからできないと同業者たちが言っていた。

 これについてはNHKも同じである。
 不祥事ばかりにもかかわらず安倍内閣の支持率が落ちないのは特にNHKの隠蔽や翼賛によるところが大きいと具体的な指摘と共に批判してる人が多い。
 しかしテレビタレントたちは「勇気を持って」政権批判してもNHKは批判しないし、おそらく受信料は払っていて、出演していたりレギュラーだったりもしている。

 こういうことにも注意を払って「有名人」たちの言動を観察すべきである。
 


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by ruhiginoue | 2019-06-24 05:23 | 社会 | Trackback | Comments(1)
 麻生太郎が「老後に備えて2000万円貯めろ」と発言した。
これは年金制度を破綻させた政府の居直りであり、たいへんな批判が起きた。だから政府も個人的な発言だと逃げをうっていた。

 また、麻生太郎は一年間の飲み代だけで2000万円を軽く超えていると指摘されている。
 もともと彼は高い店に行って飲食していることが問題にされていた。その時は個人的な趣味だから問題ではないと擁護する人もいたが、このような無責任な放言をしてしまうのだから、やはり問題だった。

 こういう話について、自分の高校の担任教師なら、こう言っただろう。
 「他人を羨ましがったりしてはいけない」
 なぜなら、一事が万事この調子だったからだ。
 もともと、麻生太郎のことだけでなく、こういうことは色々とあるものだ。それが問題にされるのは社会的な不平等と公的な責任からである。ただ羨ましいのでは個人的な嫉妬で終わってしまい社会の問題とすることはできない。
 こういう違いが教師のくせに解らない。

 しかし、もちろんバカな教師はザラにいるけれど、そうではないと同級生が言っていた。
 では何なのかと言うと、その担任教師が赴任してくる前に勤務していた学校は埼玉県の山奥だから、その雰囲気に染まってしまっているので理解できないということだ。たしかに、その人が前に勤務していた場所は田舎どころか山の中である。
 また、村社会というのは本来みんなで話し合って決めたりする民主主義の原点なのだが、それが田舎として中央から収奪される植民地の一種のようになってしまうと、人心が卑屈になって社会的に感覚が麻痺してしまう。

 それがあるので、田舎は暮らしにくいと言われるのだ。
 ただ、これが昔に比べると認識されるようになってきたので、この分だけ少しはマシになってきたとも言いうる。ここが救いか。
 

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by ruhiginoue | 2019-06-20 05:08 | 社会 | Trackback | Comments(0)
 今の学校で使用する教科書は、製作する出版社が寡占状態であり、そこへ文科省が政権に媚びていることで、これに忖度する内容になっている。
 この反映が甚だしいのは社会科で、特に自衛隊についての記述は広報そのもの。自衛隊が国民の役に立っているという話を気恥ずかしいほど大げさで押し付けがましくしていて、それ以外は一切考えることをさせないようにする内容なのだ。災害があった時の救助活動ばかり強調され、戦争や治安出動で国民に銃を向けること、隊員が理不尽と感じて拒否すれば処分され、逃げようとしたら殺されることがある、などが隠されているということだ。
 しかし、綺麗ごとばかりであるが所詮は学校でやることだし、まだ子供には難しい問題を扱うことができないという面もある。

 むしろおかしいのは、政権に媚びて空々しいほど美化しているにしては、その総理大臣が「自衛官の子供が学校で父親の仕事は憲法違反だと言われて虐められて泣いた」などと言っていることだ。
 これはもちろん安倍総理の妄想または故意の嘘である。今どきそんなことは無いと自民党の中からも指摘と批判があった。いっそのこと自衛隊は救助隊にすればいい。そういうことになってしまう。
 なんでこうチグハグなことばかり今の政権はするのか。やはり安倍総理がトンチンカンだからといか言いようがない。

 また、前から言われていることだが、自衛隊が災害対策で出動するさい迷彩服なのは良くない。遭難した人が助けを求めたり、救助に向かった隊員が二重遭難したり、という危険性を低減するために、消防などと同じように目立つ制服を別に作るべきだ。
 そうするとまた予算が要るから兼用にしているらしいが、つまり災害対策で役立っていると教科書でさんざん強調しておいて、そのための予算は出せないということになる。

 それでいて、戦闘機には兆の金をつぎ込む。欠陥があると指摘されていたところ墜落し、そしたら乗組員のせいにしてしまった。優秀な操縦士だったはずだが。行方不明で生存の希望はない。そこで「死人に口なし」である。
 こうしてアメリカを大もうけさせる。高額であるだけではない。これまでのようにアメリカから設計図と製造権を買う「ライセンス生産」とは違い、完成品を購入したうえメンテナンスもアメリカでやるから、日本の産業はまるで潤わない。これは例の元空幕長も問題だと指摘していた。

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 こんなことをしているのも、不祥事ばかり起こして退陣しないといけない政権が、それでも地位にしがみついているからだ。宗主国にとってバカみたいに好都合な政権となる必要があるということだ。
 ほんとうは沖縄の基地にしても、日本政府にとっては親戚もいたりの業者を大儲けさせたいだけだ。工事ばかりしてセメントなどを大量に税金で買うことに意味がある。
 これにより、環境破壊だと世界中から非難されてしまっている。芸能人など国際的に著名な人たちも批判しているが、それでも無視して埋め立てを強行する。
 しかし無理な工事だから基地は完成しない。これではアメリカにとって無意味だから、やめろと言われてしまうかもしれない。そこで別の口実により莫大な税金をアメリカに渡し、安倍内閣を庇護してもらう必要がある。

 これが現実だ。教科書の内容と合っていない。子供たちに国を愛する心を植え付けると文科省はうそぶいているが、こんな教科書では税金の無駄遣いだ。




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by ruhiginoue | 2019-06-17 05:33 | 社会 | Trackback | Comments(0)