井上靜の気楽ゆえ率直な日誌です。気楽にコメントしてください。おたよりも同様にe-mail:ruhig@outlook.jpまで


by ruhiginoue

カテゴリ:映画( 214 )

刃物に魅せられる人たち

 山の中で使用していたサバイバルナイフを持ち帰るのに、乗り物などで見咎められると銃刀法違反に問われるから、先に送っておいた。あのランボーも、警察署長にサバイバルナイフを持っているのを見咎められ逮捕されていて、これが物語の発端になっている。
 このナイフは紐を通す穴があり、棒の先に括り付けて槍に変えることができる。これでランボーはイノシシを仕留めて丸焼きにして食べていたが、そういうことはしていない。ヘビは出たけど、もっぱらカラスを追い払うのに使っていた。追い払うだけで、あれは焼き鳥にしたら不味そうである。
 あとはゴミ処理で解体するのに使用した。

 ところで、映画『ランボー』で有名になったので、同型のサバイバルナイフが売り出されていて、日本でも輸入販売されていた。映画のプログラムにも広告が載っていた。

 
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 これは高い、28万円くらいする。もちろん材質が良いから、研げばよく切れる。映画でも、警官がランボーから取り上げたナイフを軽く紙にあてると滑らかに切れるので、こんな危ないものを持ち歩きやがってという顔をする。
 あと、実用というより鑑賞用のナイフがあり、面白がって集める人がいる。日本刀と同じだ。萬屋錦之介も『子連れ狼』に出演して胴田貫の使い手を演じたことをきっかけに、同じ作者の系列刀を数百本も集めたという。
 そしてナイフ取集といえば忘れてならないのが舛添要一もと厚生大臣・もと都知事である。それを突き付けるようにしたから、片山さつきと離婚になったとも言われている。

 もともと動物は光るものにひきつけられる習性があり、刃物のギラギラした様子には、つい見とれてしまう。それで使いもしないのに鑑賞用に持つ人たちがいるのだろう。
 そして、空手の大山倍達が言っていたが、刃物を持った者に襲われたら、刃物から目を逸らすべきで、怖くて警戒して刃物をつい見てしまうと、その光に目をひきつけられ、それで抵抗したり逃げたりできず刺されてしまうのだそうだ。刃物より持っている手が必ず先に動くから、見ることないし、見てはならない、ということだ。
 これって、刃物以外のものごとについても言えそうだと思う。





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by ruhiginoue | 2018-08-22 21:50 | 映画 | Trackback | Comments(3)
 ジェーンフォンダは。アカデミー主演女優賞を受けた『コールガール』などで底辺の女性を演じるために役づくりしているうち政治的にラジカルになったと語っていた。

  グレゴリーペックは、『マッカーサー』で成りきっていたけど、その役作りのためにいろいろ調べていたところマッカーサーについて見直すところが出てきたと言っていた。それまでは批判的な部分が多かったそうだ。ペックはリベラル派として知られていた。

  チャールトヘストンは、もともとリベラル派だったが『十戒』でモーゼの役を演じてから宗教に影響され保守派に転向したと言っていた。

  丹波哲郎は、『人間革命』戸田城聖に扮してから宗教に目覚めたが、宗教よりオカルトに近くなって「死後の世界」「霊界」と言いはじめた。
  また『大日本帝国』で東條英機を演じたが、これは堂々としすぎて実際と違ったと言われている。

  津川雅彦は『プライド』で東條英機に扮したが、その演技がうまいわけではなく、映画の出来が良いわけでもないけど、実像には近いと言われている。
 それに感化されたため、右翼ぶった言動するようになったという指摘があり、兄の長門裕之もそれを言っていた。

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 しかし、演じることで理解をするのは当然としても、影響されるのは滑稽だ。



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by ruhiginoue | 2018-08-15 13:20 | 映画 | Trackback | Comments(2)
  80年代の半ばに公開されたアーノルド・シュワルツェネガー主演の『コマンドー』という活劇映画があった。
 ちょうど『ランボー』シリーズがヒットしていた当時だったので、真似だとも言われた。シルベスター・スタローンも、真似しやがってみたいなことを言ったらしい。

 これを新宿の映画館で観たが、ちょっと荒唐無稽なところがあったけど、よくできていたと思う。

 この映画は、退役していた特殊部隊の隊長が、娘を誘拐されたため、完全武装して奪回しに行くという話である。タイムリミットがあって、間に合わなければ娘が殺されてしまうとの設定にすることで緊迫感を盛り上げていた。

 ちなみに音楽はジェームズ・ホーナーである。後に『タイタニック』でアカデミー賞を受ける。小型飛行機を操縦していて墜落事故を起こし死亡したことでも話題になった。
 この作曲家、よく手抜きをするのでも有名である。『コマンドー』の音楽と、やはり彼が書いた刑事もの映画『48時間』の音楽が全く同じである。
 あと監督のマークLレスターには、『炎の少女チャリー』があった。

 ところで、この映画の設定で、劇中に説明されていないから観てわからないことがある。
 アーノルド・シュワルツェネガーふんする主人公は、娘と2人暮らしのようである。娘に扮しているのは子役時代のアリッサ・ミラノで、とにかく可愛らしい。

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 この父娘は仲が良いけど、娘の母親は出てこない。離婚したのかそれとも死別したのか、とにかくいないようである。この説明がない。
 また、結婚した相手との間の娘かどうかもわからない。結婚しなかったが子供はいたのかもしれない。
 あるいは、本当の親子ではなく養女なのかもしれない。ちょうどあの日本映画『野生の証明』の高倉健と薬師丸ひろ子のように、元特殊部隊の男が、事情あって親をなくした娘を引き取ったとも考えられる。

 一体、この『コマンドー』の設定は、どうだったんだろうか。のちにネット上の情報を調べたら、娘を産んだ後、産後の日だちが悪かったのか、すぐに死んだ設定らしい。その根拠は不明だが。脚本にはわかるように書いてあったけど、細かいことはいいんだとカットされたことが考えられる。これはハリウッド映画には、よくあることだから。
 そしてこれがハリウッド映画のつまらないところである。






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by ruhiginoue | 2018-08-14 17:49 | 映画 | Trackback | Comments(6)
 拙書『宇宙戦艦ヤマトの時代』で、オウム真理教の信者たちにはヤマト世代の人たちがいて影響受けていたことに、ちょっと触れたが、そしたら他はいいけどオウムの話なんかするんじゃねえよと、その部分に文句言ってるファンの人がいた。

 まあ、原理主義というか熱狂的なファンの人からすると、そういう否定的な話をされるのは不愉快なんだろう。

 そのオウム教は、自分たちで毒ガスを作ってばらまいておきながら、自分たちが被害者であると言い、教団内に対策で独特の巨大な空気清浄機を作って設置し「コスモクリーナー」と名付けていた。

 このコスモクリーナー、『宇宙戦艦ヤマト』の最終回で活躍する。デスラーが毒ガス攻撃してくるからだ。

 この時、必死の操作をするヒロインの名セリフが「だって古代君が死んじゃう」だった。
 このような自己犠牲と言えば今では『アナと雪の女王』の「だって、姉さんだもの」だ。

 このセリフをアテレコしている神田沙也加が、テレサの声で出演している。昔さやかさんといえば『マジンガーZ』だったが、松田聖子の娘が声優として『ヤマト』に出演すると予想できた人はいなかっただろう。
 
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by ruhiginoue | 2018-07-15 18:55 | 映画 | Trackback | Comments(0)
 大ヒットSF映画『スターウォーズ』の生みの親ジョージ=ルーカスは、2012年に、自身の映画製作会社ルーカスフィルムを『スター・ウォーズ』シリーズの権利も含めてをディズニーに売却している。そして独自の新作構想を持っていたが、「ファンのための作品にしたい」と考えるディズニーと意見が合わず、ここで自分が関わっても問題を起こすだけだとして新作からは距離を置いているそうだ。

 もともとルーカスは、『スター・ウォーズ エピソードI/ファントム・メナス』で言及された、全ての生命体の細胞内に存在している知的な共生微生物―ミディクロリアンの数が多いとフォースの感知能力に優れているとされる設定を、新作の中心に据えたかったらしい。しかし突然に提示されたこの考え方はファンに受け容れられなかったので、この設定を中心に据えた新作は作られなかった。
 しかし、もしも会社を売らなければ、その映画が作れたし、作っただろうから、多くのファンから反感を買ったはずだと、ルーカスは言う。

 これは、やはりやめておいてよかっただろう。もともと『スターウォーズ』が受けた理由から乖離しすぎているのだから。これでは日本の『パラサイトイヴ』みたいだ。小説それ以上に映画化は忘れられているが、当時は話題だった。

 ところで、『スターウォーズ』の内容についての質問にどの程度の正確さで答えられるか、その正解の数によって『スターウォーズ』に登場するキャラクターで誰に相当するか試すサイトがあったのでやってみたところ、全問正解なのでR2D2だった。
 そんなに熱心に映画を観てないが、かつてそのノベライズ(原作ではなく小説化)を読んだからなのかもしれない。


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by ruhiginoue | 2018-06-22 17:51 | 映画 | Trackback | Comments(11)

自殺か他殺か冤罪か

 古傷が痛むので湿度計を見たらやはり高まっていて、これは降るかと天気予報を確認したところ雨とのことで、次の日になっていたら当たりだった。
 しかし梅雨冷のような、気温は高いのに寒いのとは違う。

 ところで、西部邁自殺について警視庁が事件性の疑いで再捜査と報じられている。身体を結んでいる紐または帯の状態が自らでは不可能な締め方と思われる状態だったことから、他者が関与したと考えられるそうだ。
 あの当時は、みんな寒い寒いと言っていたものだ。そんな中で、自殺の方法なら他にいくらでもあるのに、よく川に飛び込む気になったものだ、と言われていた。それで、普段から自殺の意思を話していたうえ遺書もあったから他殺ではないとしても、自殺幇助事件だったのではないかというわけだ。

 そういう事件は自殺幇助の他にも、自殺のようだが他殺であるとか、犯人が別だとか、過去にいろいろな事件があった。そのうち、水中で遺体が縛られていたということで多くの人が映画を思い出すなら『太陽がいっぱい』だろうけど、日本で実際にあった事件に基づいた『青春の殺人者』という映画もある。『太陽を盗んだ男』の長谷川和彦監督のデビュー作であった。
 この映画のモデルになった殺人事件は、海に投棄されていた夫婦の遺体の縛られ方が疑問であった。両親と不仲だった息子の単独犯行とされたが、それにしては遺体を縛った紐の結び方が夫婦で異なっていて、複数犯であることをうかがわせた。

 しかし、この事件により、まず中上建次が短編小説『邪淫』を書き、これを長谷川和彦監督が映画化したのだけれど、短編小説を長編劇映画にするためモデルの事件に近い内容としていて、例えば小説では撲殺だったものを映画化では事件と同じく刺殺にしているが、小説と映画どちらも息子の犯行として描いている。

 しかし他に真犯人がいるという説は根強く、被告も否認し続けている。しかも裁判で有罪になったのは九十年代に入ってからで、映画が公開された七十年代当時は未決の事件だった。つまり、未決の時点で冤罪を訴える『真昼の暗黒』などとは逆で、もともと社会派映画ですらなかった。
 この件で、小説と映画についてどうかと語っていたら、冤罪事件の問題にとり組む同志社大学の浅野健一教授(当時)は、被告人と面会もしていて、あれは冤罪だと断言した。また、被害者の親戚に真犯人と疑われている人がいるそうだ。
 この会話を聞いて、やはり冤罪事件にとり組む山際永三監督は、どんな映画かと思い『青春の殺人者』を観たそうだが、そうしたら事件についてより演出がひどすぎると言った。人物描写にブレがあると指摘し、小説よりモデルの事件に近づける過程で脚本が迷走したという話についても、それは関係なくてあくまで演出の問題だとし、「今村昌平は弟子に何を教えているのか」と言っていた。長谷川和彦監督は今村昌平監督の弟子筋である。

 また、自殺といえば今の森友学園などの問題から黒澤明監督『悪い奴ほどよく眠る』を皆が思い出している。『ゴッドファーザー』が影響されたとコッポラ監督が言っていた。『ハムレット』をもとにした復讐劇だけど、土地の公的使用で不正があり発覚しそうになると担当者たちが自殺に追い込まれる。
 しかも、逮捕されそうになった部下が上司からの伝言「あくまであなたを信頼しているのでヨロシク」を聞いて暗澹たる表情となり、この直後に自殺する。「忖度」によって自死したわけだが、いま国会で「誰の指示だ」とかやっているけど、こんな調子だったのではないか。

 ということで、映画のネタになっているとおり自殺か他殺かは区別しにくいということだ。
 それより自分としては湿気が高くて辛い。



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by ruhiginoue | 2018-03-16 17:51 | 映画 | Trackback | Comments(0)
 1984年の4月にハリウッド映画『ブレインストーム』(内容はSFサスペンス)を新宿プラザ(少し前に閉館した歌舞伎町の大型映画館)で観たのだが、これは同級生が観たいと言ったからで、あまり気が進まなかったというのが正直なところだった。このようなネタはもともと好みではなく、しかしその同級生はこのようなネタをとてもよく好む。

 それで観たところ、『2001年宇宙の旅』『未知との遭遇』『ブレードランナー』の特殊映像を手掛けたり、自ら監督もした『サイレントランニング』もあるダグラストランブルの手法により映像はなかなか見事だったので、時間と入場料の損ということは無かった。
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 しかし物語が半端な感じがして、そうしたら最後に「TO NATALIE」と出て「ナタリーに」と翻訳もあった。
 つまりこれは撮影中に主演のナタリーウッドが急死したためで、おそらく半端な感じがするのは主演者の死で撮影しきれなかったのではないかと考えたのだった。
 こういうことがあるから、よく映画の撮影は最初に最後の場面を撮影しておくことがあるのだろう。

 そんなことを思い出したのは、これが遺作となってしまったナタリーウッドの死について、もう37年も前のことになる水死事故が最近また再捜査となり、地元警察が「重要参考人」として当時夫だった俳優のロバートワグナーへ事情聴取を求めているという報道のためだ。

 スチーブンスピルバーグ監督がリメイクすると言っている『ウエストサイド物語』などで知られるナタリーウッドは、映画『ブレインストーム』の撮影中の1981年11月、ロサンゼルス沖で夫ロバートワグナーらとヨットに乗っていたところで行方不明となり、翌日に入り江で水死しているのが発見された。享年43歳。

 あの当時は事故死とされたが、不審な点があるため殺されたという意見もあり、真相は謎とされている。彼女の身体にはいくつものあざがあり「暴行を受けた可能性がある」という指摘がされた。
 そして新たな情報が寄せられたとして2011年11月にロサンゼルス郡警察の殺人担当部署が再捜査を開始したということだ。
 2012年5月に作成された検視報告書では、遺体には複数の打撲や傷の痕跡があったことを認定し、死因を「事故死」から「水死および不確定要因によるもの」と変更したうえで、警察当局者は「殺人事件とは証明できていない」としながらも、夫だったロバートワグナーに事情聴取を求めたが、拒まれたということだ。

 この報道によって、懐かしい映画を思い出してしまったわけだ。



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by ruhiginoue | 2018-02-03 18:21 | 映画 | Trackback | Comments(3)

八甲田山の日

 昨日は前から予定が入っていて、出かける時間になったら雪が降ってきて、ついてないかと思ったが、帰宅してから本格的な降りようで交通も混乱したから、ついていたのだった。

 雪といえば、かつて秋田県の親戚の家に行ったとき地元のテレビで『復活の日』を放送していて親戚と一緒に観たら、南極基地に外から帰ってきた隊員の服から雪が軽々しく落ちるから従妹が変だと言って笑った。『南極物語』などの前、日本映画初の南極ロケを売りにしていたがセットで撮影した場面もあることを日本海側で生活している人は見抜いたのだった。
 この1980年公開の映画『復活の日』といえば、南極ロケ隊の船が座礁したことが報じられ、これを逆手にとって宣伝に利用したので、さすが角川と言われていた。

 そして翌日は雪が止んで晴れ、雪が解けて雫の落ちる音と雪かきの音があちこちから聞こえてきたが、この日は「八甲田山の日」である。
 1902年1月23日、八甲田山へ雪中行軍に出かけた兵士210名が遭難した事件があった。
 この事件をもとに映画『八甲田山』が製作され、77年に公開となった。製作は創価学会系のシナノ企画であったが、その前の『人間革命』のような宣伝ではなかった。遭難した司令官が雪の中で「天は我々を見放した」と言う場面がテレビの宣伝に使われて、当時はちょっとした流行語になった。よくパロディにされていて、デビュー当時だった小林よしのりも漫画の中でやっていた。

 この遭難事件は、そもそも冬の八甲田山では冬の重装備が必要だったのに指導部の無謀さから兵士は軽装のまま行軍を開始し、猛吹雪の中で道を見失い寒さと飢えと疲労のために遭難してしまい、25日になって199名の死亡が確認されたということだ。
 これと同じころ、別の連隊38名は同じルートを逆から踏破に成功していて、なぜなら装備と訓練をきちんとして十分な準備のうえでのことだったからだ。

 この点、映画の描き方は弱かった。また、別の部隊のどちらなのかが見ていてよくわからない。このような問題について黒澤明監督は、見て瞬時に判別できないものは動く方向の基本を決めて統一させておかなければならないと指摘していたが、この映画の監督は黒澤明監督の助監督をつとめていた人なので、なのにどうしちゃったのかと思ったものだ。

 そして、これは一昨年ここで述べた(ツイッターでは動画も)が、八甲田山に行ったら施設に映画のロケ隊の写真が飾られていて、頂上まで行ったら霧が出てきて視界が一メートルもなくなってしまい、ここで道に迷ったら、まず八甲田山で遭難なんてシャレにならないし、天に見放されたのではなくただのバカだから、予定を変更して下山したということだった。

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by ruhiginoue | 2018-01-23 19:23 | 映画 | Trackback | Comments(7)
 松本清張の小説『鬼畜』がまたテレビドラマ化された。
 この話はフィクションであるが、モデルになった事件は実在したそうだ。

 この原作と映画化では、主人公の印刷会社で火災があったり大手に顧客を奪われたりで商売が傾くことが発端だけれど、2000年のテレビドラマでは、小規模印刷会社の仕事なら誰でもパソコンで簡単にできるようになってしまい経営難に至る設定であった。
 これについて、放送当時、印刷会社で働いている人に聞いたら、どこもそんな感じになっていると言っていた。

 その前に『鬼畜』は、よく松本清張を映画化している野村芳太郎監督で映画になっていたけれど、ここで主人公の妻に扮した岩下志麻の演技が話題だった。夫がひそかに妾に子どもを産ませていたことを知って激怒し、しかも妾から産まず女よばわりの侮辱まで受けたため、妾の子どもにつらくあたるどころか、ほとんど虐待というべき扱いをする。この場面が凄まじい。
 この映画が公開された当時は子供だったし金もなかったから映画館に行けず、のちにテレビで観ていたのだが、その場面で、うちの母親が「赤ん坊がほんとうに泣いている」と言っていた。

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 この演出のため、野村芳太郎監督は、ふだん馴れ合っているいると演技の時につい手加減してしまい迫力が損なわれるから、子役たちと談笑などしてはいけないと厳命し、それに岩下志麻は従ったのだが、子役たちにトラウマとなってないかと心配になり、その子役たちが成人してから事情を説明したと言う。

 やはり岩下志麻が大役で出演したドラマ『独眼竜政宗』では、豊臣秀吉役の勝新太郎の提案で、伊達政宗役の渡辺謙と、最初に挨拶を交わしたあとは政宗と秀吉が対面する場面の撮影まで会わないようにしていたそうだ。
 こうした話は他にもいろいろあり、挙げていたらきりがないほどだ。(仮面ライダーV3で宮内洋は山口暁から「普段から視線を外すよ」と言われた、など)

 このように、俳優が演じるさいも気を遣うのだから、大相撲で貴乃花が、他の相撲部屋の相撲取りと飲み会などしてはいけないと言ったのも、勝負の世界なのだから当然だろうし、マスコミ関係者が政治家と懇親会をして、ごちそうしてもらうのは論外であるし、割り勘だったと言い訳するのだってとんでもないことだ。




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by ruhiginoue | 2017-12-26 16:15 | 映画 | Trackback | Comments(2)
 話題の映画『否定と肯定』(Denial)を観た人たちの多くが、「ホロコースト」否定論者の手法が日本の歴史修正主義者やネトウヨと驚くほど同じであるという感想を述べている。被害者を侮辱し、収容所の扉が右側か左側かなど証言のどうでもいいディテールの記憶違いなどで揚げ足をとり、事実をそのものをなかったものにしようとするからだ。

 この手口は、防衛医大の医療裁判でも同じだった。
 例えば、医師の不手際により患者が高熱を出しているのに、その不手際を認めようとしない医師が直ちに適切な処置をしなかった問題について、防衛医大(国)の代理人は、その熱が何度だったか患者が記憶違いをしているとし、それはどちらにしても高熱であり、医師の不手際と不適切の事実はその後の処置の記録から明らかであるのに、患者の記憶が不正確であると法廷でこき下ろした。
 また、医師の言ったことについて、事実かという質問に対して患者はただそのとおりであると答えたが、その質問のさい防衛医大(国)の代理人は、医師の言い方が乱暴なのでヤクザみたいだと自分の感想を付け加えていて、それはあくまで質問する側の印象であるのに、患者がそれに同意したと牽強付会したうえで、医師がヤクザのような口のききかたをするはずがないと根拠もなく言い(実際には医師が暴言を吐いて問題になることがあるというのに)、この患者は嘘をついていると誹謗したうえ、さらに、たったこれだけを根拠として、患者には虚言癖があると断定し、だから他のこともすべて嘘であり、最初から訴えは全部が虚偽であるから不当な訴訟であると主張した。

 あまりにもバカげているし医学的にも荒唐無稽であるから、防衛医大の他の医師たちもひどすぎると指摘し、このおかげもあって裁判官はその防衛医大(国)の代理人の戯言をいっさい採用しなかった。
 この代理人について、話したら実に失礼な人で大嫌いだと明言した自衛隊の元関係者もいる。
 これは、国と自衛隊に良識があったと言えることだが、なのに東京弁護士会は違った。その嫌らしいことをした代理人が同会に弁護士として加盟しているので庇いだてし、批判する患者の側を営業妨害だと言って中傷したのだった。
 つまり、歴史修正主義者と酷似した手口について国と自衛隊はすべてを容認したのではなかったが、東京弁護士会は積極的に擁護したのである。
 この会にはもともと批判が多かったけれど、話に聞いていたより酷いと実感したのだった。そして同会は何かにつけて組織的に狂信的なほど右翼的である。要注意だ。



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by ruhiginoue | 2017-12-11 16:12 | 映画 | Trackback | Comments(0)