井上靜の気楽ゆえ率直な日誌です。気楽にコメントしてください。おたよりも同様にe-mail:ruhig@outlook.jpまで


by ruhiginoue

カテゴリ:映画( 218 )

 先日、市民団体が主催する上映会に出かけて『米軍が最も恐れた男その名は、カメジロー』を観た。
 

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 これを観て思うことはたくさんあった。
 例えば、インタビューに出てくる稲峰恵一元沖縄県知事である。なんでこの人が、と思うと同時に、かつてとは人相が別人で、あの悪人面はどこへ行ったのかと唖然とするほどだった。二枚舌とか言われる人だけど、顔まで変わるのだろうか。
 
 あと、アメリカが沖縄に対して圧力をかけてきた手口については、資金の口座を凍結するなどで兵糧攻めにしながら平行してプロバガンダを行うなど、まったく今の中東その他に対する手法と同じである。
 こういうことに、まるで気づかない人が多い。アメリカに苦しめられている日本特に沖縄について関心がある人たちが、なぜか欧米によって野蛮人や非民主と宣伝されながら軍事と経済の両方で責められている国や人については、欧米の側になってしまうのか。
 それだけ、戦後アメリカの占領政策がうまくいったということだろう。
 
 これが沖縄だと違ってくる。最初は日本軍の暴虐から米軍が解放してくれて良かったと本当に思っていたし、実際にそうだったが、その後は解放軍ではなく占領軍となって横暴の限り。問題は一部の不良米兵のことだからと苦情を訴えれば対処してくれると思ったら大間違いで、占領者は被占領者に聞く耳持たないと言い出す。
 それによって不合理で理不尽となってしまい、基地問題で解決できることもできなくなってしまったことを、アメリカ側でも認める人がいて証言する。ここが他の日本と異なる。

 そんな沖縄でも、もとは気づけない人のほうが多かったが、そこへ現れたのが瀬長亀次郎であった。沖縄市長さらに国会議員として活動する彼の不屈を支える精神力には、達観と楽観があった。ここは面白かった。

 帰りは近所の店でソーキそば。


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by ruhiginoue | 2018-11-06 15:00 | 映画 | Trackback | Comments(0)

極楽浄土と人間革命

 浄土真宗の僧侶が、極楽浄土について経典に書いてあるけれど信じられないと言う人について、来年の月日が来年のカレンダーに書いてあるけど来年があることを信じられないのだろうかと言っていた。
 もちろん、来年は死んでしまえば来ないし、極楽浄土は死んだらの話だ。また、去年から今年までが有って、それを今生きている人はみんな知っているのだから、それで来年のカレンダーは来年の月日が有ることを前提としているが、それと違い、過去に死んだ人は数えきれないほどいるけれど、極楽浄土に行った人の証言は存在しない。
 その坊さんとしては、自分が極楽浄土に行ったら、ぜひその実在を語りたいそうだが、それは無理だろう。死んでから、成仏できない人や地獄に墜ちた人は極楽浄土について証言できないし、そんな亡者や亡霊になった人と違って極楽浄土に行った人だったら、そんな居心地が良いところからこの世にわざわざ戻って来て証言するわけがない。

 その話から思い出したが、『人間革命』という映画で、丹波哲郎ふんする戸田城聖という人が、極楽浄土の存在なんて信じられないという人たちに対し、もし存在するとしても自分だったら退屈してしまう、と言う場面がある。それは酒や女の楽しみが無いからで、私だけじゃなく君なんかもっとだろう、と言って笑わせる。
 そして、もともと仏教はそんな単純な教義ではないのだが、大衆には難しいだろうからと、死んでから極楽浄土に行けるというような布教の仕方をしてきたのだと、戸田城聖は指摘する。
 そしてそこから、生活が辛くても我慢すればいいとか、政治が悪くても文句を言うなとか、そのように宗教が堕落してしまったのであり、それではいけないと説くのが日蓮宗であった。

 この映画は、小さいころに学会員の人からチケットをもらって映画館で観た。あれはいちおう東宝特撮映画なので、タダで観れて有難かったが、どうも丹波哲郎があの調子で説教しながら関連するイメージ映像が重なる演出は、主演だけでなく監督も同じというのもあって『ノストラダムスの大予言』と印象が変わらなかった。どうも、両方観た人たちはみんなそう感じたらしい。
 このチケットをくれた人は「お布施」のつもりでたくさんのチケットを買ったので、あげるということだった。だから大ヒットして当然であり、不景気な七十年代の映画界の事情を感じさせることだった。


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 それはともかく、この映画の中心は、まず丹波哲郎ふんする戸田城聖が、出版社を経営していた時に宗教弾圧で逮捕され、屈せず耐え続けてからやっと釈放されると経営者の不在で事業は無茶苦茶になっていて、それを頑張って立て直すというもの。『続人間革命』では、若い社員がたいへんな意欲で、これがのちの池田大作だが、雑誌を刷新し若くして編集長になるということだから、まるで後の鹿砦社と同じ図式である。

 しかし、この映画と今の創価学会を比べたら、どうか。

 映画の最初のほうで、戸田城聖が列車に乗っていて明治神宮前を通ると、乗客たちが起立し、制服の軍人らは神社に向かって最敬礼するが、戸田城聖だけは敢然と無視して背を向けたまま座っている。これがなぜかは続けて描かれる。
 創価学会の創立者である牧口常三郎は、社会改革のため法華経の教えを用いるべしと唱え、これに戸田城聖は心服していた。だが、そこへ宗教弾圧があり、戦争に反対しないよう国策に従うと誓約せよ、伊勢神宮に参拝せよ、などと迫られて、牧口常三郎は拒否した。
 このため牧口常三郎は逮捕され、老齢のうえに栄養失調が加わって獄死してしまった。このとき戸田城聖も逮捕されて取調べを受けていたのだ。

 ところが、この創価学会が支持母体の公明党は、共謀罪に賛成するなど自民党に協力してきた。

 こうしたことが続いて、とうとう沖縄県知事選挙では、長年の創価学会員たちは造反したということだ。
 この映画を観れば、それで当たり前だと解る。


 




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by ruhiginoue | 2018-10-31 19:53 | 映画 | Trackback | Comments(0)
 日本は「北方四島」と言い、ロシアでは「南クリル諸島」と言う領土が、このところ急激に軍事化していると報道されている。
 
 かつてアメリカ映画『トップガン』の真似をして、日本でも『ベストガイ』というプロバガンダムービーを製作したが、ほとんど忘れられているようだ。
 この公開当時、航空自衛隊に勤務している操縦士が言ってた。宣伝映画だから話はツマラナイし、主役の織田裕二は何で人気があるのか不可解なほど演技がダメだけど、航空自衛隊が協力しているからF15戦闘機など本物を撮影していて、これは見どころだ、と。

 まあ、織田裕二の演技は周知のとおりだが、その彼が扮するパイロットの操縦するF15戦闘機が、ソ連の大型機を監視していると護衛の戦闘機が現れ「SU27だ」と一気に緊張する場面が見せ場である。『トップガン』ではアメリカのF5に赤い星のマークを付けた戦闘機がF14戦闘機と空中戦を展開するが、『ベストガイ』のF15は本物でSU27はハリボテを吊っているのをカメラをブレさせてそれらしくみせるよう撮影していた。

 このSU27は、F15に対抗し、また巡航ミサイルを迎撃するため、ソ連時代に開発されたものであるから、それで映画でも現れたら警戒する。これが何度も改造されて、最新型がSU35というわけで、これを北方領土に配備された。訪れた人たちに対して撮影禁止と言う。外見だけはいちおう解わかっているが。すでにハセガワからプラモデルも発売されている。

 この他にも、最新型の戦車など強力な兵器が続々と運び込まれている。「外交の安倍」はプーチンに金だけ取られてこのザマということだ。
 そもそも、小国なら金をもらうと大喜びだけど、大国には通用しない。なのに、バラマキして「世界でもっとも影響力がある一人に選ばれた」と自画自賛して悦に入り、その結果がこれである。


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by ruhiginoue | 2018-10-11 12:25 | 映画 | Trackback | Comments(0)
 佐々淳行が死んだので、そのツッコミどころいっぱいの自慢話を映画化した『突入せよ!あさま山荘事件』について語ろう。

 この「あさま山荘事件」を題材にした映画は他にもあるが、それについて製作動機を訊かれた監督が「ゴジが撮る撮る言って撮らないから俺が撮ることにした」と言ったことがある。もちろん「ゴジ」とは長谷川和彦監督のことである。『太陽を盗んだ男』の後はあさま山荘事件を映画にしたいと語っていたのに、一向に実行しなかったことは語り草である。

 さて、『突入せよ!『あさま山荘事件』は完全に権力の側から描かれているが、それについて公開当時に観た大学生が呆れて言っていた。権力の側から描いてはダメということではない。権力の側から描くとしたら、立て篭もり犯は権力の側にとって何なのかを描いてないと絵空事になる。
 なのに、この映画は、立て篭もっているのは雨宿りでないくらいなら判るが、では何が目的なのかとなるとちゃんと描かれていないから、観客はさっぱり判らない。もちろんプロバガンダとして成り立っていないけれど、ドラマが成立してないから劇映画として失格だと言う。
 
 このように根本的な難点を具体的に指摘した人でなくても、なんとなくつまらない映画だったと言っている人ばかりであった。


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by ruhiginoue | 2018-10-10 18:14 | 映画 | Trackback | Comments(3)

刃物に魅せられる人たち

 山の中で使用していたサバイバルナイフを持ち帰るのに、乗り物などで見咎められると銃刀法違反に問われるから、先に送っておいた。あのランボーも、警察署長にサバイバルナイフを持っているのを見咎められ逮捕されていて、これが物語の発端になっている。
 このナイフは紐を通す穴があり、棒の先に括り付けて槍に変えることができる。これでランボーはイノシシを仕留めて丸焼きにして食べていたが、そういうことはしていない。ヘビは出たけど、もっぱらカラスを追い払うのに使っていた。追い払うだけで、あれは焼き鳥にしたら不味そうである。
 あとはゴミ処理で解体するのに使用した。

 ところで、映画『ランボー』で有名になったので、同型のサバイバルナイフが売り出されていて、日本でも輸入販売されていた。映画のプログラムにも広告が載っていた。

 
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 これは高い、28万円くらいする。もちろん材質が良いから、研げばよく切れる。映画でも、警官がランボーから取り上げたナイフを軽く紙にあてると滑らかに切れるので、こんな危ないものを持ち歩きやがってという顔をする。
 あと、実用というより鑑賞用のナイフがあり、面白がって集める人がいる。日本刀と同じだ。萬屋錦之介も『子連れ狼』に出演して胴田貫の使い手を演じたことをきっかけに、同じ作者の系列刀を数百本も集めたという。
 そしてナイフ取集といえば忘れてならないのが舛添要一もと厚生大臣・もと都知事である。それを突き付けるようにしたから、片山さつきと離婚になったとも言われている。

 もともと動物は光るものにひきつけられる習性があり、刃物のギラギラした様子には、つい見とれてしまう。それで使いもしないのに鑑賞用に持つ人たちがいるのだろう。
 そして、空手の大山倍達が言っていたが、刃物を持った者に襲われたら、刃物から目を逸らすべきで、怖くて警戒して刃物をつい見てしまうと、その光に目をひきつけられ、それで抵抗したり逃げたりできず刺されてしまうのだそうだ。刃物より持っている手が必ず先に動くから、見ることないし、見てはならない、ということだ。
 これって、刃物以外のものごとについても言えそうだと思う。





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by ruhiginoue | 2018-08-22 21:50 | 映画 | Trackback | Comments(3)
 ジェーンフォンダは。アカデミー主演女優賞を受けた『コールガール』などで底辺の女性を演じるために役づくりしているうち政治的にラジカルになったと語っていた。

  グレゴリーペックは、『マッカーサー』で成りきっていたけど、その役作りのためにいろいろ調べていたところマッカーサーについて見直すところが出てきたと言っていた。それまでは批判的な部分が多かったそうだ。ペックはリベラル派として知られていた。

  チャールトヘストンは、もともとリベラル派だったが『十戒』でモーゼの役を演じてから宗教に影響され保守派に転向したと言っていた。

  丹波哲郎は、『人間革命』戸田城聖に扮してから宗教に目覚めたが、宗教よりオカルトに近くなって「死後の世界」「霊界」と言いはじめた。
  また『大日本帝国』で東條英機を演じたが、これは堂々としすぎて実際と違ったと言われている。

  津川雅彦は『プライド』で東條英機に扮したが、その演技がうまいわけではなく、映画の出来が良いわけでもないけど、実像には近いと言われている。
 それに感化されたため、右翼ぶった言動するようになったという指摘があり、兄の長門裕之もそれを言っていた。

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 しかし、演じることで理解をするのは当然としても、影響されるのは滑稽だ。



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by ruhiginoue | 2018-08-15 13:20 | 映画 | Trackback | Comments(2)
  80年代の半ばに公開されたアーノルド・シュワルツェネガー主演の『コマンドー』という活劇映画があった。
 ちょうど『ランボー』シリーズがヒットしていた当時だったので、真似だとも言われた。シルベスター・スタローンも、真似しやがってみたいなことを言ったらしい。

 これを新宿の映画館で観たが、ちょっと荒唐無稽なところがあったけど、よくできていたと思う。

 この映画は、退役していた特殊部隊の隊長が、娘を誘拐されたため、完全武装して奪回しに行くという話である。タイムリミットがあって、間に合わなければ娘が殺されてしまうとの設定にすることで緊迫感を盛り上げていた。

 ちなみに音楽はジェームズ・ホーナーである。後に『タイタニック』でアカデミー賞を受ける。小型飛行機を操縦していて墜落事故を起こし死亡したことでも話題になった。
 この作曲家、よく手抜きをするのでも有名である。『コマンドー』の音楽と、やはり彼が書いた刑事もの映画『48時間』の音楽が全く同じである。
 あと監督のマークLレスターには、『炎の少女チャリー』があった。

 ところで、この映画の設定で、劇中に説明されていないから観てわからないことがある。
 アーノルド・シュワルツェネガーふんする主人公は、娘と2人暮らしのようである。娘に扮しているのは子役時代のアリッサ・ミラノで、とにかく可愛らしい。

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 この父娘は仲が良いけど、娘の母親は出てこない。離婚したのかそれとも死別したのか、とにかくいないようである。この説明がない。
 また、結婚した相手との間の娘かどうかもわからない。結婚しなかったが子供はいたのかもしれない。
 あるいは、本当の親子ではなく養女なのかもしれない。ちょうどあの日本映画『野生の証明』の高倉健と薬師丸ひろ子のように、元特殊部隊の男が、事情あって親をなくした娘を引き取ったとも考えられる。

 一体、この『コマンドー』の設定は、どうだったんだろうか。のちにネット上の情報を調べたら、娘を産んだ後、産後の日だちが悪かったのか、すぐに死んだ設定らしい。その根拠は不明だが。脚本にはわかるように書いてあったけど、細かいことはいいんだとカットされたことが考えられる。これはハリウッド映画には、よくあることだから。
 そしてこれがハリウッド映画のつまらないところである。






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by ruhiginoue | 2018-08-14 17:49 | 映画 | Trackback | Comments(6)
 拙書『宇宙戦艦ヤマトの時代』で、オウム真理教の信者たちにはヤマト世代の人たちがいて影響受けていたことに、ちょっと触れたが、そしたら他はいいけどオウムの話なんかするんじゃねえよと、その部分に文句言ってるファンの人がいた。

 まあ、原理主義というか熱狂的なファンの人からすると、そういう否定的な話をされるのは不愉快なんだろう。

 そのオウム教は、自分たちで毒ガスを作ってばらまいておきながら、自分たちが被害者であると言い、教団内に対策で独特の巨大な空気清浄機を作って設置し「コスモクリーナー」と名付けていた。

 このコスモクリーナー、『宇宙戦艦ヤマト』の最終回で活躍する。デスラーが毒ガス攻撃してくるからだ。

 この時、必死の操作をするヒロインの名セリフが「だって古代君が死んじゃう」だった。
 このような自己犠牲と言えば今では『アナと雪の女王』の「だって、姉さんだもの」だ。

 このセリフをアテレコしている神田沙也加が、テレサの声で出演している。昔さやかさんといえば『マジンガーZ』だったが、松田聖子の娘が声優として『ヤマト』に出演すると予想できた人はいなかっただろう。
 
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by ruhiginoue | 2018-07-15 18:55 | 映画 | Trackback | Comments(0)
 大ヒットSF映画『スターウォーズ』の生みの親ジョージ=ルーカスは、2012年に、自身の映画製作会社ルーカスフィルムを『スター・ウォーズ』シリーズの権利も含めてをディズニーに売却している。そして独自の新作構想を持っていたが、「ファンのための作品にしたい」と考えるディズニーと意見が合わず、ここで自分が関わっても問題を起こすだけだとして新作からは距離を置いているそうだ。

 もともとルーカスは、『スター・ウォーズ エピソードI/ファントム・メナス』で言及された、全ての生命体の細胞内に存在している知的な共生微生物―ミディクロリアンの数が多いとフォースの感知能力に優れているとされる設定を、新作の中心に据えたかったらしい。しかし突然に提示されたこの考え方はファンに受け容れられなかったので、この設定を中心に据えた新作は作られなかった。
 しかし、もしも会社を売らなければ、その映画が作れたし、作っただろうから、多くのファンから反感を買ったはずだと、ルーカスは言う。

 これは、やはりやめておいてよかっただろう。もともと『スターウォーズ』が受けた理由から乖離しすぎているのだから。これでは日本の『パラサイトイヴ』みたいだ。小説それ以上に映画化は忘れられているが、当時は話題だった。

 ところで、『スターウォーズ』の内容についての質問にどの程度の正確さで答えられるか、その正解の数によって『スターウォーズ』に登場するキャラクターで誰に相当するか試すサイトがあったのでやってみたところ、全問正解なのでR2D2だった。
 そんなに熱心に映画を観てないが、かつてそのノベライズ(原作ではなく小説化)を読んだからなのかもしれない。


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by ruhiginoue | 2018-06-22 17:51 | 映画 | Trackback | Comments(11)

自殺か他殺か冤罪か

 古傷が痛むので湿度計を見たらやはり高まっていて、これは降るかと天気予報を確認したところ雨とのことで、次の日になっていたら当たりだった。
 しかし梅雨冷のような、気温は高いのに寒いのとは違う。

 ところで、西部邁自殺について警視庁が事件性の疑いで再捜査と報じられている。身体を結んでいる紐または帯の状態が自らでは不可能な締め方と思われる状態だったことから、他者が関与したと考えられるそうだ。
 あの当時は、みんな寒い寒いと言っていたものだ。そんな中で、自殺の方法なら他にいくらでもあるのに、よく川に飛び込む気になったものだ、と言われていた。それで、普段から自殺の意思を話していたうえ遺書もあったから他殺ではないとしても、自殺幇助事件だったのではないかというわけだ。

 そういう事件は自殺幇助の他にも、自殺のようだが他殺であるとか、犯人が別だとか、過去にいろいろな事件があった。そのうち、水中で遺体が縛られていたということで多くの人が映画を思い出すなら『太陽がいっぱい』だろうけど、日本で実際にあった事件に基づいた『青春の殺人者』という映画もある。『太陽を盗んだ男』の長谷川和彦監督のデビュー作であった。
 この映画のモデルになった殺人事件は、海に投棄されていた夫婦の遺体の縛られ方が疑問であった。両親と不仲だった息子の単独犯行とされたが、それにしては遺体を縛った紐の結び方が夫婦で異なっていて、複数犯であることをうかがわせた。

 しかし、この事件により、まず中上建次が短編小説『邪淫』を書き、これを長谷川和彦監督が映画化したのだけれど、短編小説を長編劇映画にするためモデルの事件に近い内容としていて、例えば小説では撲殺だったものを映画化では事件と同じく刺殺にしているが、小説と映画どちらも息子の犯行として描いている。

 しかし他に真犯人がいるという説は根強く、被告も否認し続けている。しかも裁判で有罪になったのは九十年代に入ってからで、映画が公開された七十年代当時は未決の事件だった。つまり、未決の時点で冤罪を訴える『真昼の暗黒』などとは逆で、もともと社会派映画ですらなかった。
 この件で、小説と映画についてどうかと語っていたら、冤罪事件の問題にとり組む同志社大学の浅野健一教授(当時)は、被告人と面会もしていて、あれは冤罪だと断言した。また、被害者の親戚に真犯人と疑われている人がいるそうだ。
 この会話を聞いて、やはり冤罪事件にとり組む山際永三監督は、どんな映画かと思い『青春の殺人者』を観たそうだが、そうしたら事件についてより演出がひどすぎると言った。人物描写にブレがあると指摘し、小説よりモデルの事件に近づける過程で脚本が迷走したという話についても、それは関係なくてあくまで演出の問題だとし、「今村昌平は弟子に何を教えているのか」と言っていた。長谷川和彦監督は今村昌平監督の弟子筋である。

 また、自殺といえば今の森友学園などの問題から黒澤明監督『悪い奴ほどよく眠る』を皆が思い出している。『ゴッドファーザー』が影響されたとコッポラ監督が言っていた。『ハムレット』をもとにした復讐劇だけど、土地の公的使用で不正があり発覚しそうになると担当者たちが自殺に追い込まれる。
 しかも、逮捕されそうになった部下が上司からの伝言「あくまであなたを信頼しているのでヨロシク」を聞いて暗澹たる表情となり、この直後に自殺する。「忖度」によって自死したわけだが、いま国会で「誰の指示だ」とかやっているけど、こんな調子だったのではないか。

 ということで、映画のネタになっているとおり自殺か他殺かは区別しにくいということだ。
 それより自分としては湿気が高くて辛い。



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by ruhiginoue | 2018-03-16 17:51 | 映画 | Trackback | Comments(0)