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by ruhiginoue

カテゴリ:映画( 227 )

嫦娥4号とカプリコン・1

 中国の探査機「嫦娥4号」が月面の裏側を撮影した画像が話題だが、月はどうして地球に同じ方向を向けているのかということを、かつてアイザック=アジモフが解説していて、それと同時に、月に6回も行って何が解ったのかというと調査の結果とうてい住めないということだと述べていた。

 また、住めないうえ、資源が見つかりそうもなく、それで月に行くことが何十年も途絶えていると言われている。ところが、行かなくなったことから、実は月に行ったのは嘘で、フェイク映像を見せられているのだという噂がある。
 しかし、月は空気が無いので風が吹かないから、宇宙飛行士の足跡や月面車の轍が何十年も残っていて、これを無人探査機が撮影したから、いちおう着陸はしたのだろうと言われている。予定の場からズレてはいたが。

 このフェイク説から『カプリコン・1』という映画が作られたのだが、そのため誤解されていて、これはSF映画ではないのだ。背景にNASAの陰謀があるというだけで、話の筋としては、セットで芝居をやらされた宇宙飛行士たちが口封じのため消されそうになって逃げだし、やはり口封じで失踪したスタッフの件を追及していた記者が、宇宙飛行士を見つけて助け、追いかけられて逃げ回るという、まったくB級のサスペンスとアクションの内容である。

 この『カプリコン・1』の脚本・監督ピーター=ハイアムズは、後に『カナディアン・エクスプレス』という映画を、自ら脚本・監督で撮っているが、これは裁判で証言されないように口封じしようと狙う犯罪組織から証人の女性を守って逃げる検察官の話で、背景が違うだけで筋や見せ場は『カプリコン・1』と同じである。
 こちらはB級アクション・サスペンス映画として良く出来ていると公開当時から言われていた。

 ところが『カプリコン・1』はSF映画の大作だと勘違いしている人が、特に日本には多い。
 そのわけは音楽のド迫力のためで、この曲を『川口浩の探検隊』など色々なテレビ番組が場面を煽るために流用していたから、映画を観ていない人も音楽だけ知っている。そしてポスターの図案になっているロケットと宇宙飛行士を合わせた印象から、壮大なSF映画だと思い込んでいる人たちがいるのだ。

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 そして、作曲したジェリー=ゴールドスミスは、映画音楽のコンサートで来日したさい、よく『カプリコン・1』のレコードやCDにサインしてくれとせがまれるので「『カプリコン・1』は日本でポピュラーなのか?」と言ったそうだ。

 とにかく、『カプリコン・1』はSF映画ではないのだ。










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by ruhiginoue | 2019-01-13 06:03 | 映画 | Trackback | Comments(0)
 劇映画『戦場のメリークリスマス』について、かつて監督の大島渚がテレビでこんなことを言っていた。
 「時々、記者などの中に『どうしてデビッド=ボウイを使ったのですか』と質問する者がいるけど、僕は彼の首に縄を付けて引っ張ってきたのではないし、彼の目の前に札束を積み上げたのでもない。だから『使った』なんて失礼な言い方はやめてほしい。彼とは一緒に仕事をしたんだ」
 また、大島渚は別のインタビューで、デビッド=ボウイとの出演交渉のさい、大筋で合意したあと最後に出演料について切り出したところ「お金のことは後でいいじゃないか。一緒に仕事をしようと決めたのだから」と言ってくれたと述べていた。

 これと関連することだが、かつて俳優の山城新伍がテレビて言っていた。
 どこかの企業の宣伝部や広告代理店の重役などが、よく料金の高い店で一杯やりながら人気の芸能人について「あれ、最近売れているけれど、うちの宣伝に使ってやっているんだ」と言って威張っているのを見かけて嫌になることがある、と。
 これはまさに「使った」ということであって、「一緒に仕事した」のではないわけだ。

 この違いだが、大島渚がデビッド=ボウイについて言っていたのは、もちろん、相手は大スターだからそれ相当のギャラを払わないといけないし、そこで製作費とのことがあり気になるところだった、ということがあっただろう。
 しかし、仕事で志が一致したのだから、そこが重要だと認めてくれたということだ。この映画は戦争が題材になっているため、国際間の政治的な問題にも関わる可能性があるから、やはり出資者たちも気になっていたらしい。このため出演者としても気にするところであるが、その意味でもデビッド=ボウイは理解してくれたので、大島渚は感謝しているということだった。

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 これと同じことが言えるのは、あのローラがインスタで辺野古の基地問題について署名を呼びかけたことで、CMに影響しないかという騒ぎになったことだ。
 その出演CMのスポンサーである企業はどこも、関係ないと明言した。

 なのに高須クリニックの経営者は自分ならCMから降ろすと言った。ローラほど売れている芸能人が「イエス高須クリニック」なんて宣伝に出るわけがなく、セレブになったら仮に世話になるとしても技術などの程度が低い日本の美容外科など何処にも行かないし、そんな印象低下のうえ出演料も安い宣伝は引き受けるわけがない。
 そして、一緒に仕事をすることはあっても、使われることはない。
 
 だいたい、どんな仕事でも、使う使われるというのは一流ではなく底流である。




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by ruhiginoue | 2019-01-05 00:08 | 映画 | Trackback | Comments(5)
 プロデューサーとか製作者とか言われる人には二種類あって、調整型と恫喝型があると言われる。これでいうと、あのハリウッドの大物プロデューサーとして知られるワインスタインは後者らしく、彼を直接知る人の大方は、そのパワハラ体質を証言しているそうだ。
 しかし、そんな証言をする人たちも、大問題になったセクハラとレイプについては知らなかったと言う。しかし大量に告発が出ているので、それなのに知らなかったと言うのは、なんなのか。実際に知らなかった人も中にはいるだろうとは思えても、皆が知らなかったというのは疑ってしまう。ジョージ=クルーニーなどワインスタインについて「まさか彼が」「信じられない」などと言っていたが、すっとぼけているだけかもしれない。本当に知らなそうに見えても、ハリウッドなのだからアカデミー賞を狙う演技派ぞろいである。

 そもそもワインスタインは、大物製作者としての威光を悪用してセクハラやレイプを繰り返し、長年にわたり泣き寝入りしてきた女性たちがいて、ついにあのMeTooという声が上がったわけで、芸能界などに昔からよくある話である。
 そして、ワインスタインが製作した映画には、ヒット作や傑作が多く、その中にはリベラルな立場からの社会派作品がいくつもある。そして後から問題になると、彼がそんなことする人だとは信じられないとクルーニーら「リベラル」な映画人たちが言ったものだ。
 
 このことを思い出したきっかけは、「フォトジャーナリスト」の広河隆一による、仕事の立場を悪用しての女性たちに対する性的暴行が、週刊誌に報じられたことである。
 これについて、かつて彼に取材した女性記者が述べていた。数年前に彼の関与する雑誌『DAYS JAPAN』に寄稿もしたが、関係者から「これ以上は関与しない方がいい」と忠告されたことを思い出し「そういう意味だったのか」「昔から気づいてた人はいたのだろう」と。
 
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 そもそも『DAYS JAPAN』なんて雑誌は、途中までリベラルな立ち位置で誘導しておいて結論は逆になる記事が目立つのだが、騙されていた人が少なくなくて、しかし最近では気づいた人が増えていた。これが、人気低落で廃刊の予定となる一因、と見る人もいて、自分と同じ見解の人がいて安心したものだ。
 それで広河のことが影響して雑誌の廃刊が早まり残念と言っている人のことは鈍感に見える。

 これに絡んで「総理ベッタリ山口」と違い「反原発の広河」は「人権派」なのに、と言う人たちがいるけど、セクハラやレイプをするのでは人権派ではないし、そもそも権力批判してるだけでは人権派とはならない。もしも定義するとしたら「左翼」だ。右翼でも権力に楯突く人はいるから、そうした一部を除けば左翼ということになり、これと人権派とは違う。
 よく、日本では人権擁護運動と称しているが実質は左翼運動ばかりで人権意識が無く、内部で様々なハラスメントがあったが、それと同じことだ。

 また「総理ベッタリ山口」の問題は、だから女性に訴えられたけど逮捕状を握りつぶしてもらえた、ということであって、だから女性に手を出したのだ、ということではない。
 ところが「メルトダウンじゃないだす」の迷言など頓珍漢な発言で知られる大阪大学の菊池誠は、広河の反原発が気に入らないので、だから女性に手を出したのも納得だと言っている。まるで関係ないのに。
 これでは、ワインスタインの映画が気に入らなかったので、女優に手を出したのも当然だろうと言うのと同じである。相変わらずこの人は徹底的に頭が悪い。

 こんな菊池のような頭と性格が悪い人の便乗悪口は論外だが、みんな問題の要点を取り違えないよう注意は必要だ。
 また「広河隆一さんには会ったことがあるけど、そんな人だという感じがしないので信じられない」とか「菅野完さんなら人相からしてやりそうだから納得だけど」とか言っている人達がいるけど、それも違うだろう。





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by ruhiginoue | 2018-12-29 17:57 | 映画 | Trackback | Comments(0)
 フランスでは金持ち減税と庶民・農民の増税に猛反発で大規模デモが巻き起こり、大統領も対応すると発表しないわけにいかなくなった。これと日本は大違いだと言う人たちがいる。
 そして、革命があった国との差だというありきたりの指摘とともに、日本の時代劇では水戸黄門など権力側のヒーローが「世直し」と称した体制強化をし、そのさいついでに助けてくれるのを庶民は待っている話が最も人気があって、象徴的だと言う。

 もちろん、フランスだって封建時代が舞台の『三銃士』が人気だし、『水戸黄門』は体制の中でスポイルされながら、その体制のおかげで持った力を駆使するのだから一種の「ダークヒーロー」であり『デビルマン』などと同じと言える。
 そして、もっとも人気があった水戸光圀の役は、よく映画で悪役を演じていた東野英治郎であり、彼と最も親しかった共演者は風車の弥七の役の中谷一郎で、二人は左翼が多い新劇の役者だから山本薩夫監督の社会派・反権力の映画などで息が合った共演をしていた。
 
 ところで年末といえば『忠臣蔵』である。
 かつて『忠臣蔵』は欧米で意外とウケていた。日本の時代劇で『七人の侍』は大いにウケたけれど『水戸黄門』はウケないどころか顰蹙ものであった。なのに『忠臣蔵』がウケたのはなぜか。

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 それは、「アーサー王と円卓の騎士」みたいだということで、『忠臣蔵』は好意的に受け取られたのだった。
 しかし欧州に比べると、北米では封建的ということで冷ややかな反応もあったらしい。
 これが南米だと「敵を討つなら殺し屋を雇って暗殺すればいいのに」であり、なんとも当地らしい。おそらく南米で最もウケる日本の時代劇は『必殺シリーズ』だろう。

 この『忠臣蔵』について、小説ではなく映画として独自の作品の構想から自分の脚本を書いたことがあるのだが、映画製作の関係者に読んでもらうと、面白いけど企画が通らないと言われてしまった。こんなのはいつものことなので慣れているが。




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by ruhiginoue | 2018-12-28 18:14 | 映画 | Trackback | Comments(0)

クリスマス映画はどれか

 国会で山本太郎議員が抗議の声をあげていた時、映画『スミス都へ行く』(1939年)を連想したが、これを彼は観たことあるだろうか。

 この映画の影響を明らかに受けている日本映画がある。テレビドラマの人気脚本家であるジェームズ三木が、原作と脚本と共に初監督した作品『善人の条件』(1989)である。突然死した市長の後継として選挙に担ぎ出された男が、最初は理想を掲げていたけれど、現実の政治の汚さに巻き込まれていくまでは同じである。
 これは公開当時、コメディの形をとりながら田舎の政治にある構造を暴き出したことで良心的な作品だとする映画評論家(山田和夫など)もいたが、「おすぎ」は酷評していた。何か事件が起きて背景に政治の問題があるというのではなく、これだから政治は問題だと描いているから、これでは作者が観客にお説教している、というものだ。

 ところで『スミス都へ行く』のフランク=キャプラ監督といえば、クリスマス映画の定番『素晴らしき哉、人生!』(1946)も、よく知られている。

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 これは巨匠キャプラ監督の自信作であったが、まず興行的にふるわず、またアカデミー賞ではもう一人の巨匠ウイリアム=ワイラー監督の名作『我らが生涯の最良の年』に取られてしまった。
 しかし、内容がクリスマスの話だからとテレビでクリスマスに放送されると好評で、アメリカではクリスマス映画の定番となった。
 これは有名な話。

 よく言われるように、黒澤明はジョン=フォード監督を尊敬していると言っていたけど、最初に強く影響を受けていたのは明らかにフランク=キャプラ監督で、だから作風はダイナミズムよりセンチメンタルの方が最初は勝っていた。
 また、黒澤は日本の監督で一番は溝口健二だと言うけど、実際に最も尊敬していたのは成瀬巳喜男だったと周囲が証言している。黒澤は、溝口が良い映画を撮れるのは押しの強さだと言っていて、溝口は成瀬について「シャシン撮るのはうまいがキンタマがない」と言って、おそらく軟弱だということだろう。
 そして時代小説で、黒澤は山本周五郎を何度も映画化したけど、池波正太郎には手を付けてなかった。

 さて、普通クリスマス映画なんて意識してないものだが、内容がそうであることや、その時にテレビで放送されていたとか、年末の公開で映画館で観たとか、そういうことが大方だろう。
 この点では、自分は『グレムリン』(1984)だった。年末に公開で、クリスマスの話だから。今は無くなった新宿ミラノ座であった。




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by ruhiginoue | 2018-12-24 13:26 | 映画 | Trackback | Comments(0)
 そもそも利益を上げないと事業を継続できない経営体である民間企業が、これまで税金をつぎ込んで維持してきた事業を引き受ければ、料金が高くなったり品質が低下したりが当たり前である。これはすでに鉄道や郵便で証明されている。なのに、もっとうまくいかない水道まで。

 ほんとうに民間企業にやらせて大丈夫なら、警察や自衛隊も民営化すればいいのだ。SF映画『ロボコップ』みたいに。
 あの映画も、漫画みたいな活劇と見せかけて、大企業が好き勝手にやったら社会がどうなってしまうかという風刺だった。
 近未来、国家財政の危機から公的機関が次々と民営化され、軍隊や警察まで民間企業に丸投げ。企業利益優先のため劣悪な条件で働かされる警官たちはストライキし、その間に犯罪が激発。
 しかし、それは下町のことであって、セレブな人たちの住む高級住宅地や六本木ヒルズのようなビルは租界のような別世界。そこでも利益と権力争いのため足の引っ張り合いがあり、時には殺しまで。

 その続編では、社会が大混乱でも悪徳企業家たちは逃げ延び、これに「悔しい」という婦人警官に対してロボコップが言う。

 「耐えろ!しょせん我々は人間だ」

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 まったく仰る通りである。

 そのセリフで締めくくり、エンドタイトルはこの音楽。
 レナード=ローゼンマンといえば『エデンの東』が有名だが、もともと彼はシェーンベルクの系統の前衛派だからSFも多い。
 「♪ロボコップ~ロボコップ~」の合唱が入るのが面白い。彼の前のSF『スタートレック4』に、ちょっと似ているかも。







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by ruhiginoue | 2018-12-09 10:00 | 映画 | Trackback | Comments(2)
 かつて、冤罪事件の裁判がらみで、映画の脚本を書くために取材していた周防正行監督に話を聴く機会が有ったことは、前にここで述べたとおりであるが、その時、ファンが映画の話題を投稿するサイトで見かけた周防監督の話題について二つ尋ねた。

 一つは、『『Shall we ダンス?』(1996年1月公開)の後、周防監督は10年も新作が無いので、「もしかして『太陽を盗んだ男』の後、新作を作らなくなった監督みたいになってしまうのか」という投稿。
 これに周防監督は苦笑し、『Shall we ダンス?』がヒットした後、そこから利益を上げるため数年は働いていたし、その後しばらく新作の構想が具体的でなく、決まってから取材など準備を数年かけて、企画が実現して撮影に入るまで10年間あったという次第で、次回作の案が決まっているのに取り掛からない監督とは違うとし「いくらなんでも長谷川和彦と一緒にしないで欲しいな」ということだった。

 もう一つは、その次の『それでもボクはやってない』(2007年1月公開)の主役を演じた加瀬亮について。彼のファンだという女性が、内容はコメディだけど裁判を扱う社会派ということで、とっつきにくい感じだけど加瀬亮が主演なら映画館に観に行くという投稿。
 これに周防監督は、テーマに関心が無い人が俳優のファンだからと観てくれたら有難いことだけど、それを意図して主演を決めたのではなく、起用はあくまで役に合っていると思ったからで、加瀬亮にもファンはいるけど、木村拓哉や織田裕二みたいに主役にしたから客が呼べるスターではない、とのことだった。

 この加瀬亮について、浅野忠信がテレビで、加瀬亮は下積み時代に浅野の付き人をしていたという話を披露した。
 かつて世話になったと浅野は言う一方で、その後は加瀬が『それでもボクはやってない』の他にも山田洋次監督『おとうと』や北野武監督の『アウトレイジ』に出演し、テレビでも『SPEC』などに出て活躍していることに、浅野は「いやー、悔しかったですよ、最初」「こんなに有名にならなくてもいいじゃん」「俺より有名にならなくてもいいじゃん」と言った。

 これでハリウッド映画『イヴの総て』を思い出してしまった。

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 このVHSで観たのを、ハッキリ憶えている。演劇漫画『ガラスの仮面』が、この映画からアイディアをパクッていたことも思い出した。







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by ruhiginoue | 2018-11-29 12:40 | 映画 | Trackback | Comments(0)
 インド東部の北センチネル島で、上陸しようとしたアメリカ人の男性が住民に殺害されたと報じられた。
 この島は「未開の孤島」「現代文明を拒否する島」などといわれ、外部との関わりを嫌う先住民は、島に近付こうとする人を弓などで威嚇しており、まちがって近づいた漁船員が殺害されたこともあったそうだ。
 
 また、この島のそうした状態をインド政府は文化保護の意義などから公認しており、誰も訪れてはいけない島となっていた。
 ところが、そのアメリカ人の男性は、漁船に便乗させてもらうと無許可で島に上陸し、住民に殺害されたそうだ。彼はキリスト教の宣教師をしていて、布教のために訪問したらしい。

 しかし、文化保護の意義もあって、地元で伝統的な生活をしている人達を尊重して政府公認で立ち入り禁止としている島なのに、布教するからと勝手に上陸という独り善がりが、いかにも宣教師らしい。
 こういうことを善意でやらかす人がいるアメリカなので、中東などでは「十字軍だ」と反発されたり「ジハードだ」と抵抗されたりで、それに対してこれまた善意で「テロと戦う」などと、うそぶくということになるのだろう。

 ところで、宣教師が布教に行って殺されたというのは、映画『ミッション』(日本は87年公開)の、南米で宣教師が縛られて滝壺に落とされた場面を思い出させる。
 そのあとジェレミー=アイアンズふんする神父は、それまで宣教師がやっていたような訪問するといきなり上から目線で説教ということをせず、地元の人達は音楽が好きそうなので持ってきたオーボエを吹き始め(この映画のためにエンニオ=モリコーネが作った旋律が素晴らしい)これを聴いて寄ってきた地元の人達に分け入り受け容れてもらおうとする。

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 おそらく、そのアメリカ人宣教師も、映画を真似しようとしたか(28歳だったらしいので知らないかもしれないし、話題作でDVDはあるから宣教師なら関心をもって観たかもしれない)、楽器を持って行ったか、などは判らないが、何かしら分け入り受け容れてもらえる手を考えていたはずだ。
 しかし、通用しなかったということだ。


 オーボエの曲はこちら。モリコーネ指揮の演奏。









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by ruhiginoue | 2018-11-26 17:35 | 映画 | Trackback | Comments(4)
 怖い話で知られるスチーブンキングが原作の小説だったかオリジナル脚本だったか、とにかくアメリカのテレビドラマで、売れない小説家が黒魔術によってベストセラー作家になる話があった。

 この話の主人公は、自分の小説が売れないのは出版社の編集や宣伝が下手だからと思っていたところ、ある日ラジオを聴いていたらエージェント業の広告が放送されていて、物書きでも芸能人その他でも、交渉や代理をして欲しい人は相談して下さいと言っていたので、電話してみることにした。
 そして、そのエージェントに会って話すと、その男は知り合いの出版関係者に電話をかけ、言うとおりにしないとまた辛い目に遭うと仄めかしながら、わら人形に五寸釘みたいにし、すると電話の向こうからその編集者の悲鳴が聞こえてくる。
 こうして売り込んだうえ、さらに生贄を供えた儀式で祈願し、人々の心を操って本を買わせるのだ。

 これで人気作家となって儲かった主人公は、契約通り印税の一部を上納金としてエージェントに支払うのだが、この先もっと売りたければ、もっと大きな生贄が必要だと言われ、その誘惑により最初は小動物だったのが次第に大きな動物となり、最後はもちろん怖い話だから人間ということになり、殺人を重ねて遂には自分の妻を、ということになってしまう。

 これは、成功したくて魂を売ってしまう人を風刺していて、黒魔術でなくても、ヘイト本を出したり、どこから金が出ているのか、やれ政治資金だ機密費だとか、派手な宣伝がされて、まとめ買いがされて、ということに通じる。
 だから、なんであんなデタラメな本が大々的に売り出されるのかも、看板が国会で追及されているさい話に出たけど、国会議員の本が配布されて印税は国会議員に入るということも、このテレビドラマが風刺していることの一部なのだろう。
 

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by ruhiginoue | 2018-11-16 16:54 | 映画 | Trackback | Comments(3)
 先日、市民団体が主催する上映会に出かけて『米軍が最も恐れた男その名は、カメジロー』を観た。
 

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 これを観て思うことはたくさんあった。
 例えば、インタビューに出てくる稲峰恵一元沖縄県知事である。なんでこの人が、と思うと同時に、かつてとは人相が別人で、あの悪人面はどこへ行ったのかと唖然とするほどだった。二枚舌とか言われる人だけど、顔まで変わるのだろうか。
 
 あと、アメリカが沖縄に対して圧力をかけてきた手口については、資金の口座を凍結するなどで兵糧攻めにしながら平行してプロバガンダを行うなど、まったく今の中東その他に対する手法と同じである。
 こういうことに、まるで気づかない人が多い。アメリカに苦しめられている日本特に沖縄について関心がある人たちが、なぜか欧米によって野蛮人や非民主と宣伝されながら軍事と経済の両方で責められている国や人については、欧米の側になってしまうのか。
 それだけ、戦後アメリカの占領政策がうまくいったということだろう。
 
 これが沖縄だと違ってくる。最初は日本軍の暴虐から米軍が解放してくれて良かったと本当に思っていたし、実際にそうだったが、その後は解放軍ではなく占領軍となって横暴の限り。問題は一部の不良米兵のことだからと苦情を訴えれば対処してくれると思ったら大間違いで、占領者は被占領者に聞く耳持たないと言い出す。
 それによって不合理で理不尽となってしまい、基地問題で解決できることもできなくなってしまったことを、アメリカ側でも認める人がいて証言する。ここが他の日本と異なる。

 そんな沖縄でも、もとは気づけない人のほうが多かったが、そこへ現れたのが瀬長亀次郎であった。沖縄市長さらに国会議員として活動する彼の不屈を支える精神力には、達観と楽観があった。ここは面白かった。

 帰りは近所の店でソーキそば。


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by ruhiginoue | 2018-11-06 15:00 | 映画 | Trackback | Comments(0)