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井上靜の気楽ゆえ率直な日誌です。気楽にコメントしてください。おたよりも同様にe-mail:ruhig@outlook.jpまで。下記の拙書を購入でご支援をいただけたら助かります。


by ruhiginoue

カテゴリ:映画( 233 )

 店でコーヒーを飲んでいたら、近くの席にいる女子高生が、宿題か何かで英語の文章を翻訳サイトに入力したうえ出てきた文を日本語として不自然な部分を直す、という作業をしていたから、これを見た人は、こういう道具があると、求められるのは英語力ではなく日本語の補正力だなと感じたそうだ。

 それを言ったら戸田奈津子はどんな訳し方をしているのだろうか。任意で参戦したというセリフを「ボランティア軍」と訳したことは語り草である。
 もちろんカタカナの方が良い場合もあるけれど、「志願兵」とか「義勇軍」とかは普通に言われているし、戦争に「ボランティア」ではピンとこない。それに長い。翻訳のテロップは1秒9文字と決まってる。文字が多いと素早く目で追えないからだ。なのにわざと長くしてしまう。
 かつて戸田奈津子は、「セクハラ」は文字が簡潔で意味も明瞭だから、こういう表現が後から出来て定着してくれたことは翻訳にとって好都合だと言ってたが、カタカナにしたけど長くなったのでは、これに反するだろう。

 あと、戸田奈津子はミリタリー無知でないかと言われ、軍事関連は大体ダメだとよく言われている。しかし、調べないでテキトーに当てはめる手抜きをしなければいいだけの話ではないか。

 ところで、この変な訳は『スターウォーズ』のシリーズでのことだ。先日、東京大空襲とその映画の話題をとりあげたが、空爆は活劇映画だとそれを行う側の俯瞰目線ばかりで地上がどうなるかを想像させない。

 『空爆特攻隊』
 この映画のような爆撃機ものが戦争映画の一分野だった。

 


 しかし、爆撃は地上の悲惨さから見せ物にするのは如何なものか、ということになってきた。
 それでSFならばと『スターウォーズ』は、爆撃ではなく襲撃してくる戦闘機を回転銃座で迎撃するだけにした。

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 それで『スターウォーズ』はセリフが解らなくても困らない内容である。



by ruhiginoue | 2019-03-17 06:11 | 映画 | Trackback | Comments(2)

アメリカバンザイ

 先日の報道は「日米外相“北の完全な非核化が必要”で一致」とのことであるが、イラク、リビア、シリア、そしてベネズエラ、という現実があるのに核放棄なんてするなら金さんはアホである。アメリカに情報まで操作された日本の無能外交も度し難い。
 また、その後トランプ氏「非核化を進めれば経済発展の可能性」と述べたが、核開発放棄して経済発展したリビアは今どうなったか。NATOに侵略されて政権崩壊と内戦である。経済発展の事実は欧米のマスメディアがフェイクニュースで打消した。これに追従したのが朝日新聞をはじめとする日本のマスコミであることは、拙書『朝日新聞の逆襲』で指摘したとおりだ。

 よく、日本政府を批判する際に中国や北朝鮮と同じだと言う人たちがいる。知りもせずに大手マスメディアから垂れ流されるプロパガンダに浸かっていることを示して愚かであるし、だいたい日本政府と支持者たちは、敵対はしていても人権を蹂躙する部分だけは素晴らしいなんて言って褒めているのだから、そんな皮肉は彼奴等にとって痛くも痒くもない。
 また、日本政府がやっている蹂躙はUSAの傀儡となっていることが原因なのに、それとは真逆の中国や北朝鮮と同じというのも本質を捉えていない薄っぺらい発想だ。

 これはあの社民党から選挙に出て落選した自称「映画監督」(画家のはずなのに)の夫が最たる者だが、彼はSPA!に書いたりしているから、おそらく商売の都合なのだろう。

 こういうことに気付かない日本人の体質は、それだけマスメディアの洗脳が執拗だったということだろう。
 その一つがハリウッド映画だが、トランプ大統領は映画『エアフォースワン』の大統領が理想だと言ったところ、その主演の俳優ハリソン=フォードは、あれはフィクション映画だと指摘した。
 けれど、やはり映画でフィクションの『ペンタゴンペーパーズ』となると、実話に基づいているというだけで真に受ける人がいる。

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 もともと、活劇だとフィクションだと思うけれど、社会派っぽいと劇映画なのにノンフィクションのように受け取ってしまう人がいて情けない。
 それに、あれは情報操作のためのリークだと70年代から指摘されていた。ベトナム戦争で儲けた勢力としては、泥沼化してもうやめたくなったから、ニクソン政権をトカゲのシッポとして切り捨てるため、情報漏洩したということだ。当時、朝日新聞の本多勝一記者らベトナム戦争を取材した大勢のジャーナリストたちが書いていたことだ。
 なのに、あくまでドラマである映画を観て真に受けて、アメリカのジャーナリズムは立派だと思う人たちはオメデタイし、そもそもベトナム戦争に関する本など読んだこともないのだろう。

 つまり、マスメディアの洗脳とかいう以前に、今より少しはマシだった当時の新聞を読んだり、関連する本を読んだり、ということをしてこなかった人たちが、なんと今ではジャーナリストとして通用しているということである。
 ほんとうに恐ろしい社会である。




by ruhiginoue | 2019-03-02 12:39 | 映画 | Trackback | Comments(0)
 平成も終わるが、昭和の終わり近くに天皇の戦争責任を追及する男を追った記録映画『ゆきゆきて神軍』が87年に公開された。海外の映画祭で受賞したあと、国内では政治的な問題からミニシアターでの単館上映となり、そこから次第に上映館が増えて大いに話題となった。

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 この映画の中に、戦争体験をもつ主人公が、軍隊時代の知人を訪ねる場面がある。病気で手術し入院しているということで見舞いに行くと、寝ている病人に対して主人公は、そのようにつらい思いをしているのは「天罰」だと言う。戦争を知っている者が戦争責任を追及しないから罰が当たったと言うことだ。
 そう言われたほうは怒ったが、言ったほうも後に同じことを他で言われてしまう。この映画とは別の後日談で、映画が話題になって注目されたらスター気取りで戦争責任の追及をしなくなり、それをとがめられると、病気になって身体が思うようでなかったから仕方ないと弁解する。だから、なんで病気になったのかと問い詰められてしまう。

 これは、過酷な体験が元になっていて、それと社会との関わりが問題なので厳しい言葉も出たということだが、そうではなく普段から、病気で苦しむ人に対して「罰が当たった」と言う人がいて、その是非が議論される。
 このうち、宗教の勧誘が目的などの他意がある場合は論外だが、そうではなく病人になった人の言動が良くなかった場合、だから罰が当たって病人になったのだと、言って良いものだろうか。

 やはり、病気で苦しむことは不幸なのだから、そこに追い打ちをかけることは慎むべきだろう。いくらその人は普段からの行いに難があったとしても、だから罰が当たったと言うのはこじつけであるから、どんなに言いたくなっても言ってはいけない。
 また、あきらかに不摂生で病気になったのなら、それは因果関係があるけれど「自業自得」ということであって、これと「罰が当たった」というのは異なる。「罰が当たった」という宗教的な発想の「因果応報」とは、物的な説明ができる原因と結果の「因果関係」ではないからだ。

 なら、「罰が当たった」と言っていい場合は存在するのだろうか。するとしたら、こじつけではない直接的な関連が具体的にあって、それが物的に説明できる原因と結果ではなく、しかも道徳的・倫理的な観点から非がある場合だろう。

 例えば、自分の高校のある同級生は、同じクラスに胃腸の弱い人がいて腹痛や下痢に見舞われやすく悩んでいるのを「うんこ臭い奴だ」などと面と向かって言いながら侮辱と嘲笑をしていたが、そのあと手前がもっと深刻な病気になって下痢が止まらなくなり、入院して食事ができず点滴しながらガリガリに痩せていた。
 こうなると、上記の条件がそろっているから「罰が当たった」と言ってもいいだろう。


 

by ruhiginoue | 2019-02-19 12:21 | 映画 | Trackback | Comments(5)

降雪とスノーマン

 今日は雪の予報だが、雪だるまを作れるほどの積雪ではないようだ。
 しかし昨年知り合いの音大教授が凍結した歩道で足を滑らせ転倒して頭を打ってしまい、その負傷がもとで亡くなったということがあったのだから、積雪が少しでも危険はあるから要注意である。

 ところで、雪だるまといえば『スノーマン』である。
 『風が吹くとき』と同じ作者で、デビッドボウイがナレーションをしていたりする。
 のちの『となりのトトロ』に、そっくりの発想の場面があるのは周知のとおり。
 
 この歌は聴くたびに涙が出てくる。




 『スノーマン』を知らなくても「♪雪だるま作ろう」なら知ってるという人もいるだろう。
 'Do You Want to Build a Snowman' 「♪雪だるま作ろう」という訳詞だけど、Buildなのかと思ったものだ。この辺りのニュアンスはどうなのだろう。大きいからなのか。詳しい人、教えてほしい。





 とにかく、雪だろうと、今宵はどうしても用事があって出かけなければいけないから「♪ Let It Go ~」と気合を入れてはみたが、大した雪ではない。先述したとおり足元に注意ということだ。








by ruhiginoue | 2019-02-09 14:05 | 映画 | Trackback | Comments(4)

嫦娥4号とカプリコン・1

 中国の探査機「嫦娥4号」が月面の裏側を撮影した画像が話題だが、月はどうして地球に同じ方向を向けているのかということを、かつてアイザック=アジモフが解説していて、それと同時に、月に6回も行って何が解ったのかというと調査の結果とうてい住めないということだと述べていた。

 また、住めないうえ、資源が見つかりそうもなく、それで月に行くことが何十年も途絶えていると言われている。ところが、行かなくなったことから、実は月に行ったのは嘘で、フェイク映像を見せられているのだという噂がある。
 しかし、月は空気が無いので風が吹かないから、宇宙飛行士の足跡や月面車の轍が何十年も残っていて、これを無人探査機が撮影したから、いちおう着陸はしたのだろうと言われている。予定の場からズレてはいたが。

 このフェイク説から『カプリコン・1』という映画が作られたのだが、そのため誤解されていて、これはSF映画ではないのだ。背景にNASAの陰謀があるというだけで、話の筋としては、セットで芝居をやらされた宇宙飛行士たちが口封じのため消されそうになって逃げだし、やはり口封じで失踪したスタッフの件を追及していた記者が、宇宙飛行士を見つけて助け、追いかけられて逃げ回るという、まったくB級のサスペンスとアクションの内容である。

 この『カプリコン・1』の脚本・監督ピーター=ハイアムズは、後に『カナディアン・エクスプレス』という映画を、自ら脚本・監督で撮っているが、これは裁判で証言されないように口封じしようと狙う犯罪組織から証人の女性を守って逃げる検察官の話で、背景が違うだけで筋や見せ場は『カプリコン・1』と同じである。
 こちらはB級アクション・サスペンス映画として良く出来ていると公開当時から言われていた。

 ところが『カプリコン・1』はSF映画の大作だと勘違いしている人が、特に日本には多い。
 そのわけは音楽のド迫力のためで、この曲を『川口浩の探検隊』など色々なテレビ番組が場面を煽るために流用していたから、映画を観ていない人も音楽だけ知っている。そしてポスターの図案になっているロケットと宇宙飛行士を合わせた印象から、壮大なSF映画だと思い込んでいる人たちがいるのだ。

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 そして、作曲したジェリー=ゴールドスミスは、映画音楽のコンサートで来日したさい、よく『カプリコン・1』のレコードやCDにサインしてくれとせがまれるので「『カプリコン・1』は日本でポピュラーなのか?」と言ったそうだ。

 とにかく、『カプリコン・1』はSF映画ではないのだ。










by ruhiginoue | 2019-01-13 06:03 | 映画 | Trackback | Comments(0)
 劇映画『戦場のメリークリスマス』について、かつて監督の大島渚がテレビでこんなことを言っていた。
 「時々、記者などの中に『どうしてデビッド=ボウイを使ったのですか』と質問する者がいるけど、僕は彼の首に縄を付けて引っ張ってきたのではないし、彼の目の前に札束を積み上げたのでもない。だから『使った』なんて失礼な言い方はやめてほしい。彼とは一緒に仕事をしたんだ」
 また、大島渚は別のインタビューで、デビッド=ボウイとの出演交渉のさい、大筋で合意したあと最後に出演料について切り出したところ「お金のことは後でいいじゃないか。一緒に仕事をしようと決めたのだから」と言ってくれたと述べていた。

 これと関連することだが、かつて俳優の山城新伍がテレビて言っていた。
 どこかの企業の宣伝部や広告代理店の重役などが、よく料金の高い店で一杯やりながら人気の芸能人について「あれ、最近売れているけれど、うちの宣伝に使ってやっているんだ」と言って威張っているのを見かけて嫌になることがある、と。
 これはまさに「使った」ということであって、「一緒に仕事した」のではないわけだ。

 この違いだが、大島渚がデビッド=ボウイについて言っていたのは、もちろん、相手は大スターだからそれ相当のギャラを払わないといけないし、そこで製作費とのことがあり気になるところだった、ということがあっただろう。
 しかし、仕事で志が一致したのだから、そこが重要だと認めてくれたということだ。この映画は戦争が題材になっているため、国際間の政治的な問題にも関わる可能性があるから、やはり出資者たちも気になっていたらしい。このため出演者としても気にするところであるが、その意味でもデビッド=ボウイは理解してくれたので、大島渚は感謝しているということだった。

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 これと同じことが言えるのは、あのローラがインスタで辺野古の基地問題について署名を呼びかけたことで、CMに影響しないかという騒ぎになったことだ。
 その出演CMのスポンサーである企業はどこも、関係ないと明言した。

 なのに高須クリニックの経営者は自分ならCMから降ろすと言った。ローラほど売れている芸能人が「イエス高須クリニック」なんて宣伝に出るわけがなく、セレブになったら仮に世話になるとしても技術などの程度が低い日本の美容外科など何処にも行かないし、そんな印象低下のうえ出演料も安い宣伝は引き受けるわけがない。
 そして、一緒に仕事をすることはあっても、使われることはない。
 
 だいたい、どんな仕事でも、使う使われるというのは一流ではなく底流である。




by ruhiginoue | 2019-01-05 00:08 | 映画 | Trackback | Comments(5)
 プロデューサーとか製作者とか言われる人には二種類あって、調整型と恫喝型があると言われる。これでいうと、あのハリウッドの大物プロデューサーとして知られるワインスタインは後者らしく、彼を直接知る人の大方は、そのパワハラ体質を証言しているそうだ。
 しかし、そんな証言をする人たちも、大問題になったセクハラとレイプについては知らなかったと言う。しかし大量に告発が出ているので、それなのに知らなかったと言うのは、なんなのか。実際に知らなかった人も中にはいるだろうとは思えても、皆が知らなかったというのは疑ってしまう。ジョージ=クルーニーなどワインスタインについて「まさか彼が」「信じられない」などと言っていたが、すっとぼけているだけかもしれない。本当に知らなそうに見えても、ハリウッドなのだからアカデミー賞を狙う演技派ぞろいである。

 そもそもワインスタインは、大物製作者としての威光を悪用してセクハラやレイプを繰り返し、長年にわたり泣き寝入りしてきた女性たちがいて、ついにあのMeTooという声が上がったわけで、芸能界などに昔からよくある話である。
 そして、ワインスタインが製作した映画には、ヒット作や傑作が多く、その中にはリベラルな立場からの社会派作品がいくつもある。そして後から問題になると、彼がそんなことする人だとは信じられないとクルーニーら「リベラル」な映画人たちが言ったものだ。
 
 このことを思い出したきっかけは、「フォトジャーナリスト」の広河隆一による、仕事の立場を悪用しての女性たちに対する性的暴行が、週刊誌に報じられたことである。
 これについて、かつて彼に取材した女性記者が述べていた。数年前に彼の関与する雑誌『DAYS JAPAN』に寄稿もしたが、関係者から「これ以上は関与しない方がいい」と忠告されたことを思い出し「そういう意味だったのか」「昔から気づいてた人はいたのだろう」と。
 
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 そもそも『DAYS JAPAN』なんて雑誌は、途中までリベラルな立ち位置で誘導しておいて結論は逆になる記事が目立つのだが、騙されていた人が少なくなくて、しかし最近では気づいた人が増えていた。これが、人気低落で廃刊の予定となる一因、と見る人もいて、自分と同じ見解の人がいて安心したものだ。
 それで広河のことが影響して雑誌の廃刊が早まり残念と言っている人のことは鈍感に見える。

 これに絡んで「総理ベッタリ山口」と違い「反原発の広河」は「人権派」なのに、と言う人たちがいるけど、セクハラやレイプをするのでは人権派ではないし、そもそも権力批判してるだけでは人権派とはならない。もしも定義するとしたら「左翼」だ。右翼でも権力に楯突く人はいるから、そうした一部を除けば左翼ということになり、これと人権派とは違う。
 よく、日本では人権擁護運動と称しているが実質は左翼運動ばかりで人権意識が無く、内部で様々なハラスメントがあったが、それと同じことだ。

 また「総理ベッタリ山口」の問題は、だから女性に訴えられたけど逮捕状を握りつぶしてもらえた、ということであって、だから女性に手を出したのだ、ということではない。
 ところが「メルトダウンじゃないだす」の迷言など頓珍漢な発言で知られる大阪大学の菊池誠は、広河の反原発が気に入らないので、だから女性に手を出したのも納得だと言っている。まるで関係ないのに。
 これでは、ワインスタインの映画が気に入らなかったので、女優に手を出したのも当然だろうと言うのと同じである。相変わらずこの人は徹底的に頭が悪い。

 こんな菊池のような頭と性格が悪い人の便乗悪口は論外だが、みんな問題の要点を取り違えないよう注意は必要だ。
 また「広河隆一さんには会ったことがあるけど、そんな人だという感じがしないので信じられない」とか「菅野完さんなら人相からしてやりそうだから納得だけど」とか言っている人達がいるけど、それも違うだろう。





by ruhiginoue | 2018-12-29 17:57 | 映画 | Trackback | Comments(0)
 フランスでは金持ち減税と庶民・農民の増税に猛反発で大規模デモが巻き起こり、大統領も対応すると発表しないわけにいかなくなった。これと日本は大違いだと言う人たちがいる。
 そして、革命があった国との差だというありきたりの指摘とともに、日本の時代劇では水戸黄門など権力側のヒーローが「世直し」と称した体制強化をし、そのさいついでに助けてくれるのを庶民は待っている話が最も人気があって、象徴的だと言う。

 もちろん、フランスだって封建時代が舞台の『三銃士』が人気だし、『水戸黄門』は体制の中でスポイルされながら、その体制のおかげで持った力を駆使するのだから一種の「ダークヒーロー」であり『デビルマン』などと同じと言える。
 そして、もっとも人気があった水戸光圀の役は、よく映画で悪役を演じていた東野英治郎であり、彼と最も親しかった共演者は風車の弥七の役の中谷一郎で、二人は左翼が多い新劇の役者だから山本薩夫監督の社会派・反権力の映画などで息が合った共演をしていた。
 
 ところで年末といえば『忠臣蔵』である。
 かつて『忠臣蔵』は欧米で意外とウケていた。日本の時代劇で『七人の侍』は大いにウケたけれど『水戸黄門』はウケないどころか顰蹙ものであった。なのに『忠臣蔵』がウケたのはなぜか。

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 それは、「アーサー王と円卓の騎士」みたいだということで、『忠臣蔵』は好意的に受け取られたのだった。
 しかし欧州に比べると、北米では封建的ということで冷ややかな反応もあったらしい。
 これが南米だと「敵を討つなら殺し屋を雇って暗殺すればいいのに」であり、なんとも当地らしい。おそらく南米で最もウケる日本の時代劇は『必殺シリーズ』だろう。

 この『忠臣蔵』について、小説ではなく映画として独自の作品の構想から自分の脚本を書いたことがあるのだが、映画製作の関係者に読んでもらうと、面白いけど企画が通らないと言われてしまった。こんなのはいつものことなので慣れているが。




by ruhiginoue | 2018-12-28 18:14 | 映画 | Trackback | Comments(0)

クリスマス映画はどれか

 国会で山本太郎議員が抗議の声をあげていた時、映画『スミス都へ行く』(1939年)を連想したが、これを彼は観たことあるだろうか。

 この映画の影響を明らかに受けている日本映画がある。テレビドラマの人気脚本家であるジェームズ三木が、原作と脚本と共に初監督した作品『善人の条件』(1989)である。突然死した市長の後継として選挙に担ぎ出された男が、最初は理想を掲げていたけれど、現実の政治の汚さに巻き込まれていくまでは同じである。
 これは公開当時、コメディの形をとりながら田舎の政治にある構造を暴き出したことで良心的な作品だとする映画評論家(山田和夫など)もいたが、「おすぎ」は酷評していた。何か事件が起きて背景に政治の問題があるというのではなく、これだから政治は問題だと描いているから、これでは作者が観客にお説教している、というものだ。

 ところで『スミス都へ行く』のフランク=キャプラ監督といえば、クリスマス映画の定番『素晴らしき哉、人生!』(1946)も、よく知られている。

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 これは巨匠キャプラ監督の自信作であったが、まず興行的にふるわず、またアカデミー賞ではもう一人の巨匠ウイリアム=ワイラー監督の名作『我らが生涯の最良の年』に取られてしまった。
 しかし、内容がクリスマスの話だからとテレビでクリスマスに放送されると好評で、アメリカではクリスマス映画の定番となった。
 これは有名な話。

 よく言われるように、黒澤明はジョン=フォード監督を尊敬していると言っていたけど、最初に強く影響を受けていたのは明らかにフランク=キャプラ監督で、だから作風はダイナミズムよりセンチメンタルの方が最初は勝っていた。
 また、黒澤は日本の監督で一番は溝口健二だと言うけど、実際に最も尊敬していたのは成瀬巳喜男だったと周囲が証言している。黒澤は、溝口が良い映画を撮れるのは押しの強さだと言っていて、溝口は成瀬について「シャシン撮るのはうまいがキンタマがない」と言って、おそらく軟弱だということだろう。
 そして時代小説で、黒澤は山本周五郎を何度も映画化したけど、池波正太郎には手を付けてなかった。

 さて、普通クリスマス映画なんて意識してないものだが、内容がそうであることや、その時にテレビで放送されていたとか、年末の公開で映画館で観たとか、そういうことが大方だろう。
 この点では、自分は『グレムリン』(1984)だった。年末に公開で、クリスマスの話だから。今は無くなった新宿ミラノ座であった。




by ruhiginoue | 2018-12-24 13:26 | 映画 | Trackback | Comments(0)
 そもそも利益を上げないと事業を継続できない経営体である民間企業が、これまで税金をつぎ込んで維持してきた事業を引き受ければ、料金が高くなったり品質が低下したりが当たり前である。これはすでに鉄道や郵便で証明されている。なのに、もっとうまくいかない水道まで。

 ほんとうに民間企業にやらせて大丈夫なら、警察や自衛隊も民営化すればいいのだ。SF映画『ロボコップ』みたいに。
 あの映画も、漫画みたいな活劇と見せかけて、大企業が好き勝手にやったら社会がどうなってしまうかという風刺だった。
 近未来、国家財政の危機から公的機関が次々と民営化され、軍隊や警察まで民間企業に丸投げ。企業利益優先のため劣悪な条件で働かされる警官たちはストライキし、その間に犯罪が激発。
 しかし、それは下町のことであって、セレブな人たちの住む高級住宅地や六本木ヒルズのようなビルは租界のような別世界。そこでも利益と権力争いのため足の引っ張り合いがあり、時には殺しまで。

 その続編では、社会が大混乱でも悪徳企業家たちは逃げ延び、これに「悔しい」という婦人警官に対してロボコップが言う。

 「耐えろ!しょせん我々は人間だ」

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 まったく仰る通りである。

 そのセリフで締めくくり、エンドタイトルはこの音楽。
 レナード=ローゼンマンといえば『エデンの東』が有名だが、もともと彼はシェーンベルクの系統の前衛派だからSFも多い。
 「♪ロボコップ~ロボコップ~」の合唱が入るのが面白い。彼の前のSF『スタートレック4』に、ちょっと似ているかも。







by ruhiginoue | 2018-12-09 10:00 | 映画 | Trackback | Comments(2)