人気ブログランキング |

井上靜のblog(網誌)です。下記の著書を購入して支援を頂けたら助かります。下記の他は別人や海賊版なので買わないでください。アマゾンのコメント欄に嘘の書評が書いてあるのは過日倒産した出版社の宣伝です。この種の輩に対抗する意味でも何卒よろしくお願いいたします。品切れのさいはご容赦ください。


by ruhiginoue

<   2015年 04月 ( 42 )   > この月の画像一覧

 今、「統一地方選挙」(統一ではなく一斉ではないか、地方ではなく自治体ではないか、という指摘もある)の最中だが、ここで知り合いの女性の議員が五期目を目指して演説していた。
 この人の父親は労働運動の活動家で、その影響で、娘は議員として若いうちから活躍している。なので、周囲から、親の期待どおりになったと言われている。

 もちろん、親と政治的に同じである必要は無い。ただ、親が権力に立ち向かっていたのに、子供は権力に媚び売っているのでは情けない。
 その点で、松本善明といわさきちひろの子供と孫が情けないという人たちがいるけれど、とくに珍しいことではない。
 
 例えば、権力と闘った人の親類でありながら権力に媚びている人として、俳優の津川雅彦がいる。
 彼は、ひどいネトウヨ発言を繰り返しているけど、彼の叔母の女優・沢村貞子は戦前、社会批判の演劇に共感して出演したため警察に逮捕され拷問をうけた。
 これは、1978年放送された、沢村貞子の伝記に基づくNHKの朝の連続ドラマ『おていちゃん』にも描かれた。ここで、「貞子」だから「おていちゃん」と呼ばれている主人公は、どんなに責められても仲間のことを喋らなかった。
 しかし、夫があまりにもアッサリと喋ってしまったことを警官から嘲るように言われて驚く。信じられなかったが、ほんとうだった。
 そして、仕事の先輩として尊敬していたから求婚を受けたのに、この結果であったので、ガッカリしてしまい離婚した。
 
 後に沢村貞子が語るところによると、もともと文学少女で政治に無関心だったが、真面目に働く人たちが報われない社会はおかしいという簡潔な気持ちから出演した芝居のことで「アカに協力した」と逮捕されたため憤り、もともと虚弱体質だったのによく耐えたと思うほど抵抗したそうだ。
 そして、その後も政治には関心がないが「スパイ防止法」という今の「秘密法」の前身というべき法案だけは絶対に反対だと言っていた。
 
 また、こうした沢村貞子の経験について、よくヤクザ者が親近感とともに敬意を表していたそうだが、これとは別に、あの山口組の竹中組長も、こんな事を言っていた。
 「デカの口車に乗せられてペラペラ喋るのは、ろくでもない奴や。左翼の思想犯は大したもんや。わしは一度、留置場で一緒になったことがある。彼らは取り調べに完全黙秘や。わしらも、そうでなくてはあかん」

 つまり、左翼の思想犯たる者は、政治への関心よりむしろ権力に立ち向かえるかどうかという点で試されるということだ。それで個人的に、左翼ぶっているが左翼失格と見捨てた者もいる。

人気ブログランキングへ1日1クリック投票をお願いします
by ruhiginoue | 2015-04-18 22:57 | 政治 | Trackback | Comments(0)
 チェルノブイリ原発事故のあと、被災者が避難したら、汚染がまとわりついていると恐れられて受け容れてもらえなかった、ということがあった。これは無知に基づく差別ということもできる。

 ところが今、福島は逆に、避難したり避難を推奨することを差別だと攻撃する人たちがいて、なぜなら事故の汚染は大丈夫だから、という奇妙なものだ。
 実際にどうなのかは別にして、福島が大丈夫という前提に立ったとしても、それが本当なのか疑問だったり、他に何があるかわからないから、ということで心配になり、避難する人はいて当然だし、また避難する権利もある。原発事故でなくても、取り越し苦労であって欲しいと思いながら慎重になることはいくらでもある。

 さらに、それを非難するとしても、逃げられない人を置き去りにしたとか、逃げない人はバカだと見下したとか、そういう話なら、その非難の当否は別にして、いちおうは現実と非難とが噛み合っているが、「差別」というのは現実と絡みがないし、非難の言葉として不適切だ。

 結局、差別というのはこじ付けで、ただ、汚染は大したことない、国や東電の責任は小さい、とか言いたいだけで、そう言っておけば何が「おこぼれ」がもらえるんじゃないかと期待している、その程度の話なのだろう。


人気ブログランキングへ1日1クリック投票をお願いします
by ruhiginoue | 2015-04-17 16:07 | 社会 | Trackback | Comments(0)
 高浜再稼働認めなかった福井地裁仮処分決定は、裁判官に勇気があったとも言える。実際に、その後の裁判官異動は事実上の左遷だと指摘されている。
 また、これを覆そうと、政府が高裁に手を回しているであろうことは容易に想像できるけれど、これを良い機会と捉え、これまでさんざん言われて来た裁判の実態について本格的な問題とし、司法改革につなげよう、という意見も出ている。

 ただし、この決定について画期的という人もいるが、その内容自体は法的な常識である。医療裁判と同じで、科学的になんと専門家が言おうと、しょせん科学には限界があって絶対という事がありえないわけだから、そういう場合は命がかかっている人の意思が尊重される。だから「人格権」が決定の根拠となったわけで、当たり前のこと。
 
 しかし、おそらく、再稼働を認めない仮処分に対して、不満を言う官僚にくわえ自称理科系科学者の連中が、裁判官は文系だとか馬鹿なこと言い出すだろう。すでに一部で実際に言っているようだ。
 そういう連中は、仮に本当に理科系だとしても、ただ学校出たにすぎない真の落ちこぼれである。ほんとうに勉強した人なら、その限界を知ることになる。知らないのは極めていないからだ。

 そういう者が、医者だったらヤブとなり、人を殺してばかりとなる。
 

人気ブログランキングへ1日1クリック投票をお願いします
by ruhiginoue | 2015-04-16 18:04 | 司法 | Trackback | Comments(0)
 このところ、選挙で共産党が好調だが、これを自民党が面白くないというのは当たり前だが、他の党は、文句があるなら自民党と相乗りするのをやめるべきだ。
 自民党を批判しながら選挙で同じ候補者を担いでいるのでは、他で何を言っても説得力をなくす。法案によっては賛成な場合がある、というのとはわけが違う。
 
 ところで、昔、共産党は、まだ先がわからないから原発自体は否定せず、とりあえず今の日本の原子力政策は、背後にいる業界やアメリカが悪いなどいろいろと間違いがあるから建設に反対してきた。
 これを、左翼の連中が、全否定でなかったから悪いと非難している。過日、週刊金曜日の常連寄稿者も言っていた。しかし、そもそも日本の原子力政策は1955年の「原子力基本法」に基づいていて、これは自民党と旧社会党の共同提案であった。
 そして、旧社会党は、手前の思うようにならなかったという程度の動機で反対するようになった。この政党によくあることだ。
 しょせんその程度のことだったから、旧社会党は80年代に入ると60〜70年代にかけて反対してきたことについて「現実路線」と称して自衛隊とともに原発の容認を打ち出した。

 そして90年代に入ると、旧社会党は小沢一郎や細川護煕らの連立政権に参加するがすぐ喧嘩別れして自民党と連立。社会党首の村山総理は、国会で自衛隊合憲など自民党の政策を踏襲すると答弁。
 これを聞いて小沢一郎はテレビカメラを意識して、よろしいと大きく頷いて見せた。
 これに乗じて、自民党にどさくさ紛れで移動した森田健作。彼は、連合型選挙で当選していた。このさい、保守を自認していたから、旧社会党を中心に、候補とすることに反対意見が出ていた。そして、自民党に入ると同時に、あの物真似のネタにされる軽薄な調子で、旧社会党の政策は間違い、党が存在してもいけない、自衛隊も原発も必要だ、などとテレビで言いたい放題。
 こんな旧社会党に比べれば、共産党のほうがよほどマシ、というより、旧社会党のほうがまるで話にならない、というべきだろう。

 ところが、旧社会党が大好きで往生際の悪い左翼の連中は、こうなったら他人を批判したりあてにしたりせず独自の運動を新たに構築するべきなのに、そうではなく、自分らが応援していた旧社会党を棚に上げて共産党を批判したり、自民党から喧嘩で出ただけの小沢一郎を、勝手に護憲や脱原発の政治家に祭り上げてしまったり、あるいは細川護煕や小泉純一郎という既に「改革」で騙された元総理たちを応援したりと、完全に自分を見失い迷走している。

 こういう化石左翼たちには、早く引っ込んでもらわなければならない。自民党も原発も共産党も、批判のネタならいくらでもあるが、にもかかわらず左翼の連中には、まともに批判する能力が無いのだ。今まで左翼運動をしていた人たちは、そうした自らの資質を認識するべきである。


人気ブログランキングへ1日1クリック投票をお願いします
by ruhiginoue | 2015-04-15 18:36 | 政治 | Trackback | Comments(1)

センター試験の仕組み

 「うちの大学に入れば、勉強も学生生活も、楽しくて楽しくて、スマホなんて忘れてしまいます」という自信は、どこかの大学にはなかったんだろう。
 つまらない訓示するより、大学の先生がスマホよりも面白い話をすればいいだけじゃないか、という気もする。
 
 さて、タレントのラサール石井が受験してみたという話で興味を持ち、センター試験のサイトを見たが、手続きや仕組みがわかりにくくて、こっちの方が入試問題そのものより難しい感じがする。
 どうやって受験生たちはその手続きや仕組みを理解するんだろうか。受けた人によると、やはり科目選択など面倒だったそうだ。

 色々とサイトをみたら、OSによってはダメというものがあって、しかも、この先は有料というところに肝心なことがあるようだった。やはり商売だから、これはしょうがない。
 しかし、商売でやっているものを金出して利用しないとわからない、ということであってはいけないはずだ。

 最近の大学入試問題は、昔のように非常識な内容はなくなってきたらしいので、どんなものかとまた受験してみようという者は、けっこういるようだ。だから、もう少し制度をわかりやすくして欲しいものだ。


人気ブログランキングへ1日1クリック投票をお願いします
by ruhiginoue | 2015-04-15 17:40 | 雑感 | Trackback | Comments(0)
 校庭から飛び出したサッカーボールのためバイクが転倒し、乗っていた人が死ぬ事故があった。遺族は、ボールを蹴った少年の親に責任があると裁判に訴え、それが認められたが、最高裁は親の責任は無制限ではないという判断によって否定した。
 
 これについて、故意にぶつけようとしたならともかく、ただ校庭でサッカーをしていた少年が悪いとは言えないから、したがってその親が責任を負う必要はないだろし、責任は、道路にボールが飛び出す事を予測できる場所にゴール・ポストを設置したうえ、その後も移設するなりネットを張るなどの措置を講じなかった学校にあるはずだ、という指摘も出ている。
 
 なのに、どうして少年の親が訴えられ、十年も裁判をしなければならなかったのか。事故の被害者の遺族は、弁護士に相談たうえで、学校の責任を追及しても裁判で認められにくいという判断だったようだ。
 これは、過去の裁判からすると、そう考える人もいるだろうと思われる。

 これで思い出すのは、「隣人訴訟」(1977年~1983年)事件である。三重県鈴鹿市で、会社員方で預かっていた近所の人の子供が溜め池に落ちて水死するという事故が発生した。 亡くなった子供の両親はこの会社員、国、県、市などを相手取って損害賠償請求をおこす。
 この訴訟の判決は、柵も作らず危険を放置した役所の責任を認めず、子供から目を離した隣人の責任だけ認めて賠償命令というものだった。
 そして、これがマスコミで騒がれ、世間は、行政に甘く一般人に厳しい判決という結果を問題にするのではなく、まず訴えた親を、近所の人を責めて裁判にするとはケシカランと非難、のちに近所の人を、他人の子供を死なせておいて責任をとらず裁判で言い訳とはケシカランと非難、嫌がらせが相次ぎ、控訴されていた段階だったが、双方から取り下げてしまった。
 これに法務省は、不特定多数の他人が干渉するのは裁判を受ける権利の観点から由々しきことだという異例の声明を発し、社会学的見地からは、日本人の法的意識の低さを指摘された。

 ところが、司法は相変わらず行政に甘く、学校の設備の問題から事故があったりイジメで自殺があったりしても、予見できなかったなどとして責任を認めない。
 こういうことばかりなので、学校を訴えてもダメだから、子供の親を訴えよう、という発想も、自然に出てくるのではないか。つまり原因を作ったのは司法ではないか。

人気ブログランキングへ1日1クリック投票をお願いします
by ruhiginoue | 2015-04-13 13:51 | 司法 | Trackback | Comments(2)
 中国のテレビで人気のある司会者が、私的な場で毛沢東を皮肉る発言をしたため、激しい非難が寄せられ、当局からも圧力があり、出演する番組が中断されて謝罪することになった。

 これで中国を批判することは簡単だが、では、もし日本で、例えば古館伊知郎が昭和天皇を皮肉ったら、私的な場だからで済むだろうか。そういう議論をせずに、「欧米や日本ではありえない」と言っている日本のマスコミ関係者がいるので呆れてしまう。

 その中には朝日新聞の記者もいるので、朝日新聞を例にしてみよう。
 
 深沢七郎の小説『風流夢譚』で、革命が起き皇族が処刑される描写が物議となった。出版した中央公論は、革命の恐怖を描いたと釈明したが、朝日新聞の天声人語は一方的非難をした。
 何を書こうと言論の自由であるという意見や、何か問題があるなら法的解決をしようという意見があった。国が国民を代表して皇族について民事訴訟を提起する方法もあるのだから、そんなに問題なら法廷で冷静にやるべきという指摘もあった。
 これらの声を無視した朝日新聞は、そのうえ天声人語でヒステリーを煽った。そして実際に右翼が出版社長宅を襲撃し、夫人らを殺傷するテロ事件が起きた。

 その後、朝日新聞の側が暴力を受けたこともある。
 朝日新聞社主催の展覧会に昭和天皇が来たさい、社主一族の村山藤子が、天皇に接近しすぎと宮内庁護衛役の空手有段者からいきなり殴られ、肋骨にひびが入る重症を負わされた。
 身元のはっきりした60歳代の女性なのに。彼女は怒り、記事にしてと訴えたが、朝日新聞は、宮内庁を批判したら商売に差し障ると拒否した。
 宮内庁の暴虐に朝日新聞が及び腰なので、村山藤子は国会議員に相談。このことがきっかけで週刊新潮がお得意の嫌味調で、身内がここまでひどいことされても宮内庁を批判できない朝日新聞、とコキ下ろした。こうして周知のこととなったのだった。

 そして、今までずっと、朝日新聞は皇族ネタのために宮内庁とは仲良くしている。
 また、社長が安倍総理と会食して、従軍慰安婦の記事を取消したり、原発事故の記事を誤報にしたり、と醜態をさらしている。
 そこへ、読売新聞その他の大手マスコミは便乗して叩き、同じ報道を自らもより熱心にやっていた事実にほおかむりしている。
 
 こういう現実を見ると、外国を批判するだけなら簡単で、殆ど無意味というより欺瞞というべきである。


人気ブログランキングへ1日1クリック投票をお願いします
by ruhiginoue | 2015-04-12 14:42 | 国際 | Trackback | Comments(1)
 これも選挙が近いので実名は出さないが、知り合いの地方議員が、こう言っていた。
 先日、憲法9条を護る会の催しがあり、この発起人となった大江健三郎と澤地久枝は昭和一桁世代で、あとに続くのは戦争を知らない世代となるが、十年後に、この人たちのような立ち位置に誰かいるだろうか。見渡せど「不作」ではないか、と。

 いなくていい。マスコミで商売し、進歩的とか平和主義者の格好だけつけて見せて、もっとも肝心な所では逃げてしまうお調子者なんか。不作どころか絶滅して欲しい。

 とくに大江健三郎については本多勝一や岡庭昇による批判が知られているが、それよりもっと前に、大江健三郎およびその小説を映画化したこともある大島渚ら「進歩的文化人」の偽物ぶりは、七十年代すでにピアニストの高橋悠治が著者で指摘していた。

 また、そのころ手塚治虫も、漫画の中で登場人物にこう言わせていた。
 「文化人か、フン。マスコミにヒルのように食いつき、体制の中で首を鎖に繋がれ、空虚な自尊心と低劣なナルシズムに人生を浪費する、それが文化人と言うやつさ。俺が一番軽蔑する輩だね」

 なのに、そうした「文化人」への幻想を抱いたままでいる人がいて、なんとそれが政治家にまでいる。だから、平和主義や民主主義を脅かす勢力が、安心して暴虐の限りを尽くせるのだろう。

人気ブログランキングへ1日1クリック投票をお願いします
by ruhiginoue | 2015-04-11 15:52 | 社会 | Trackback | Comments(2)
 天皇訪問で報道に登場することが増えたパラオは、国旗が日の丸の色違いだと誤解されてきた。実際には満月に基づいた図案であると、考案した人が説明している。この黄色っぽい満月は真ん中より左に寄っている。
 実は、赤い日の丸も正式には真ん中よりやや左にある。それを勘違いしてど真ん中だと思っている人が、外国だけでなく日本人にも多い。日本人が誤解しているから、外国人もつられているというべきだろう。
 それで、このことを知っている人たちは昔から「日の丸まで右に寄ってしまった」と皮肉を言ってきたのだった。

 ところで、旧文部省は、法律ができる前つまり法的根拠なく、公立学校の入学式で日の丸と君が代を国旗と国家として適正に扱えと通達した。これが批判されると、自民党の御用評論家で元TBSの政治記者だった三宅久之は、ヨーロッパでやってる当たり前のことで議論の余地もないとテレビで強弁。もちろん嘘である。入学式すら無い国が多数だ。
 嘘つきの三宅久之が死んだら、その墓参りをしたのが安倍晋三。金のために権力に媚び売るやつを政治家が利用するのは世の常かもしれないが、公然と墓参りをする知らずの総理大臣。
 だから、今度は公立大学でも国旗国歌をやれと言い出しても当然だ。

 これについては、まず、総理大臣がちょっと言っただけで役所がお達しするのも変だが、「税金によって賄われているということに鑑みれば」というのは理由になっていないどころか、逆に駄目な理由である。
 ようするにスポンサーを意識させよということで、逆に公立の大学だからこそ、学問の自由への侵害として問題だ。それすら総理は理解できない。
 国旗国歌を私立学校が勝手にやる分には大した問題ではないが、公立の場合はスポンサー様におもねることになり、学問の自由という点から問題になる。金を出した企業の社旗を掲げ社歌を歌えと入学式で強制したらおかしいのと同じことだ。

 そもそも、東京大学など名門国立大学では国旗国歌なんていらなかった。エリートとかエスタブリッシュメントになる人を養成するところだから、当たり前である。そこに必要だと言う安倍晋三は、そういう大学に入れず、偏差値も比較にならないくらい低い坊ちゃん私立大学に付属から親の金で入れてもらうしかなかった人だから、理解不能で当然だろう。

 そんな人に総理大臣をやらせれば、国が混乱や衰退するに決まっている。さっさと辞めて欲しいが、まだ地位にしがみついているので困ったものである。

人気ブログランキングへ1日1クリック投票をお願いします
by ruhiginoue | 2015-04-10 12:43 | 政治 | Trackback | Comments(2)
 辺野古に米軍基地を作ろうと、集団的自衛権を行使しようと、自衛隊は「我が軍」だろうと、狭い島国に何十もの原発がある限り無駄だ。
 
 しかし大丈夫だという人たちもいる。
 その後押しをしている一人の安斎育郎は、昔、原発に反対して学会で村八分になったと言い、それを売りにしているけれど、これで名が売れた後は、原発事故について反対派にしては奇妙な言動をしている。あまりに奇妙なので、彼の甥がタモリの番組でやっている「空耳」かと思うほどだ。
 また、まるでタレントのようなパフォーマンスをテレビでやっていて、その様子を見た時は、どうも真摯さが欠けているので如何わしかった。
 これには前例もある。あの近藤誠医師のがん治療告発は、それ自体は画期的であったが、その後は奇をてらったことを言い出し、自分だけの信者を集めるようになった。
 しかし、先述したとおり、安斎の場合はもともと悪意だった可能性が、その著書のお粗末さから充分に感じられた。

 もう一人が、無名の「絵本作家」から「プロパガンダ絵本」で一躍有名になった松本春野である。これも不思議ではない。

 あの、歴史修正教科書を「つくる会」の中心的存在で、それにより産経の正論大賞を受けた藤岡信勝は、なんと現役共産党員だった。前から、右翼ぶっているにしては用語の使用方法など左翼っぽいので、それを佐高信が指摘したら、同席していた西部邁が「そんなこと関係ないでしょう」と怒って言ったそうだ。西部は極左から右派に転向したと自称しているからだろう。
 これを騒がれた後になって藤岡は離党した。この藤岡のため同会は混乱し、西尾も小林よしのりも逃げ出したことは周知のことだ。当時は同会の仲間だった西尾幹二が、藤岡の離党が遅すぎて変だと思ったと述べている。

 このように、現役の党員ですらこれなのだから、単に祖父母が共産党員と言うだけの松本春野が原発反対運動を否定したり分裂させたりしても不思議ではない。
 しかも当人が、自分は祖父母と違うし、その周辺の運動は間違っていたと明言している。

 なのに、「松本善明先生といわさきちひろ先生のお孫さんでいらっしゃるから」と言う共産党員には苦笑させられる。共産党の国会議員と国民的人気画家と言っても、そのイデオロギーや才能が遺伝するわけではない。
 これがわからない一部の共産党員らは、安倍や麻生を担ぐ自民党も、金正恩を担ぐ北朝鮮も、中国共産党の太子党も、批判できないだろう。
  
 2011年7月2日(土)『しんぶん赤旗』 原発推進へ国民分断、メディア懐柔
〝PA「パブリック・アクセプタンス」の頭文字をとったもので、「社会的受容性」とも訳されます。円滑に企業活動や事業の展開ができるように、社会において企業活動の理解促進を図る活動をさします。〝
原発推進マニュアル明記の主な「方策」
国民向け
★繰り返せば刷り込み効果
・人気タレントが「原子力は必要だ」、「私は安心しています」といえば、人々が納得すると思うのは甘い。やはり専門家の発言の方が信頼性がある。
・繰り返し繰り返し広報が必要である。新聞記事も、読者は三日すれば忘れる。繰り返し書くことによって、刷り込み効果が出る。いいこと、大事なことほど繰り返す必要がある。
・政府が原子力を支持しているという姿勢を国民に見せることは大事だ。信頼感を国民に植え付けることの支えになる。
★文科系は数字をありがたがる
軽重の判断をするには基礎知識が欠かせない。文科系の人は数字をみるとむやみに有難がる。
・原子力がなければどんなことになるか、例をあげて説明するのがよい。
・停電は困るが、原子力はいやだ、という虫のいいことをいっているのが、大衆であることを忘れないように。
★良識的コメンテーターの養成
・原子力に好意的な文化人を常に抱えていて、何かの時にコメンテーターとしてマスコミに推薦出来るようにしておく(ロビーの設置)。
・数名からなるロビーをつくり、コメンテーターの養成に努める。役所でレクをするときに、意識的に良識的コメンテーターの名前やそのコメントを出す。
★テレビディレクターに知恵を注入
・マスコミ関係者は原子力の情報に疎い。まじめで硬い情報をどんどん送りつけるとよい。接触とは会って一緒に食事をしたりすることばかりではない。
・関係者の原子力施設見学会を行う。見ると親しみがわく。理解も深まる。
・テレビ局と科学技術庁のむすびつきは弱い。テレビディレクターに少し知恵を注入する必要がある。
・人気キャスターをターゲットにした広報を考える。事件のない時でも、時折会合をもち、原子力について話し合い、情報提供をする。
・人気キャスターを集めて理解を求めることが出来るなら、これが最も効果的で、いい方法である。うまくやれば可能だ。それを重視させ得る知恵者を日頃からつかんでおく必要がある。

 上記のように、『赤旗』には原子力ロビーの手口が掲載されていた。これについて、熱心な党員は、以下のように警告する。

 今の情勢は、これにインターネット、SNSが追加されている。
 そして、自民党、民主党、小沢一郎その他息のかかっていない政党はない状況で、原子力ロビーが共産党にむけたロビー活動を展開している可能性は高いはずだ。
 すると直接の実弾攻撃の効かない相手に合わせたイメージ操作を仕掛けてくるだろう。政府や東京電力の加害責任を覆い隠す効果の高いプロパガンダ用語「風評被害」を、無自覚に使っていたら、その影響を受けてしまっていると考えたほうがいい。
 洗脳のプロ集団である原子力ロビーを甘くみてはいけない。「自分だけは洗脳されない」そういう思い上がった人が一番洗脳されやすい。

 ところが、共産党員でありながら『しんぶん赤旗』をぜんぜん読んでない人もザラにいるのだ。政治経済の話題で、どうも前提が通じないと思う人が多くて、それがきっかけで判った。
 そういう人たちは、読まなくても購読料をちゃんと払っていると平然と言う。ちょうど聖教新聞を「お布施」だと思っている創価学会信者と同じである。これでは安斎育郎に騙されても、松本春野に盲従しても当然だろう。
 そして、こういう従順な党員が便利だからと、そればかり求めてきた共産党に、そもそもの責任がある。
 選挙が近いので実名は控えるが、『赤旗』を読んで政治経済を考える参考にするのではなく、とにかく購読料を払うことが重要だと、平然と言った議員もいる。
 政策などは自分ら党組織の上層部にいる者が考えればよく、下層の多数はひたすら党費と機関誌の購読料を払い、選挙で動員をかけられたら素直に従い言われた通りに無報酬で時間制限なく働くべきである、ということだった。

 このように素直な人たちは、プロパガンダの絶好の標的にされるだろう。
  

人気ブログランキングへ1日1クリック投票をお願いします
by ruhiginoue | 2015-04-09 13:54 | 政治 | Trackback | Comments(3)