井上靜の気楽ゆえ率直な日誌です。気楽にコメントしてください。おたよりも同様にe-mail:ruhig@outlook.jpまで


by ruhiginoue

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 知り合いの弁護士がいる法律事務所から、署名の用紙が郵送されてきた。憲法違反の安保法を運用適用せず廃止するよう、総理大臣と衆参両議長に求めるので、署名に協力してほしいということだった。

 これと同様の署名運動は、ほかの団体もやっていて、署名したことがある。
 ただ、前にもこのブログで書いたように、安保法などは安倍内閣だからやっていることではなく、自民党だからでもなく、アメリカがやらせていることだから、国民がやめろと言ってもやめないし、政権交代しても変えることはできない。この自覚をしたうえで運動を続けていかないと、徒労に終わる。

 そして、郵送されてきた署名用紙は二種類で、趣旨は同じだが集約団体は異なり、両方とも協力してほしいという手紙が入っていたが、一種類しか署名しなかった。なぜなら、署名しなかったほうは集約団体が日本弁護士連合会と東京弁護士会だったからだ。
 この、日弁連と東弁は、ほかの弁護士会と同様に、表向きは安保法に反対してデモの主催をしたりと運動を呼びかけているが、実は権力にこびてばかりで、政府に反対する市民を組織的に迫害している。

 例えば、有事法制を批判していた市民にいやがらせを組織的にしていたことは、すでに報告したとおりである。進歩的文化人たちがマスコミ向けに声明を発し、カッコつけるだけでなにもしないという実態は昔から言われてきたとおりだが、それでも反対する市民への組織的迫害まではしなかった。だから、弁護士団体のほうがはるかに悪質である。

 こういうことだから、同趣旨の署名でも、日弁連と東弁が集約団体になっているほうは、偽装工作に協力はできないので、署名しなかったのだ。


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by ruhiginoue | 2016-01-11 17:31 | 司法 | Trackback | Comments(0)
 北朝鮮が核実験をしたらしいと報道されている。
 自衛隊機が空中の放射性物資を測定するために飛び回ったが、とくに検出されなかったという。なら、前にロシアのスホーイ戦闘機が日本の近くに飛来し、自衛隊機が監視していると、日本の周囲を旋回して帰って行ったというのは、やはり原発事故の汚染の実態を調査に来たのだろう。
 ここで疑問なのが、どうして自衛隊機が原発事故を調べないのかということで、調べたけれど発表できない結果であることを恐れたのではないかとも言われている。

 ところで、北朝鮮は地下で核実験をしたらしいから、それでは空中を調べてもわからないはずだ。そして、国内でやっただけマシということも言える。前にフランスが核実験を旧植民地で行ったので、国際的な非難を浴びた。やるならパリでやれと皮肉った政治家もいた。
 また、フランスは原発にも熱心だが、少数民族の居住地に建設することで反対されないようにしてきた。なのに、「アラブの石油ではなくフランスの技術を信用しよう」というスローガンを掲げて原発推進してきたフランスを日本も見習うべきだと言ったのが、当時東京大学助教授だった舛添要一現都知事であった。

 そしてフランスは、石油がらみであることが見え見えのリビア攻撃の先頭に立っていた。かつてリビアは核開発をしようとしていた。だから、先日また放送された八十年代の人気映画『バックトゥザフューチャー』では、タイムマシンの核燃料をリビア人の工作員からだまし取っていたのだ。
 もちろん製作のスチーブン=スピルバーグがその姓のとおりユダヤ人であることも反映している。のちに彼は『シンドラーのリスト』を作っているが、和製シンドラーといわれる杉原千畝の映画も、ユダヤ資本にこびた捏造美談だという批判がある。
 
 そして、核開発を放棄して国際協調路線をとったリビアは、NATO軍に攻撃され、侵略されたのだ。イラクと同じである。大量破壊兵器をもっているからと攻撃されたが、実はもっていなかったから攻撃されたのだ。これはもう世界の常識である。
 こうなると、抑止力のために核実験する北朝鮮ではなく、むしろ欧米を非難しなければならないのではないか。しかし、これを言うには勇気がいる。そんな蛮勇のある人は、政治家にもジャーナリストにも見当たらない。せいぜい、山本太郎議員の穏健な反対論に迎合するだけだ。


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by ruhiginoue | 2016-01-10 17:37 | 国際 | Trackback | Comments(3)
 安倍総理には、逆説的な功績がある。彼の滅茶苦茶のおかげで、それまで教科書でもきちんと教えられなかったし一般的に理解もされてこなかった「法治主義」「立憲主義」の意義が、かなり日本国民に理解されたのだ。

 だいたい、改憲を阻止するとか言って国会の議席を云々している人たちは、日本に法律も憲法も実質は存在しないと言っていい現実を、ほとんど認識していない。過日の菅もと総理が安倍総理に敗訴した裁判官すげかえ裁判のように、司法の現場で露骨な裏工作が横行し、こんなのは氷山の一角で、無法がまかり通っている。
 なのに憲法を守れとかいっても空念仏である。
 
 もともと「護憲」なんて、憲法の謳う自由や人権や平和が「絵に描いた餅」である実態を知らないオメデタイ人たちが、こんな社会を良く変えようと言うのではなく、条文の字面だけ維持しようと喚いているだけだった。だから改憲派という人たちも、絵に描いた餅を喉に詰まらせて死ぬからこんにゃくゼリーみたいに規制しようとか騒いでいるだけだった。そんな情けない現実が、昔から今まで続いていたのだ。
 
 この現実に気づくきっかけは小学校のころにあった。担任だった自称左寄りの教師は、授業中に脱線して「自衛隊は憲法違反だ」と、よく言い、それだけが彼にとって憲法の存在意義だった。他には、児童に暴力をふるうわ親の職業を差別するわ人権意識の欠片もなかった。
 そして、社会人になったらわかった。左寄りな人たち特に全共闘世代の人たちは、大体がそうなんだと。

 この世代の人たちには、早く社会から退場してもらうよう、餅をたくさん食べてもらいたい。


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by ruhiginoue | 2016-01-09 17:39 | 政治 | Trackback | Comments(4)
 こんなくだらない番組まだやっていたのかと思ったが、『朝まで生テレビ』で、またヤラセがあったらしい。司会の田原総一朗が、共産党の国会議員の発言をさえぎり、スタジオに来ていた一般人にふったところ、生放送なのにあらかじめ用意されていたようにしてテロップが出て、板金工の仕事をしている人だと紹介され、自民党政権になって民主党政権より良くなったと「証言」した。
 ところが、これは嘘で、実は自民党の議員だった。番組ぐるみで虚偽により政権にこびる世論操作をしたのだから、放送法違反の疑いがある。

 もともと、この番組は八十年代から始まってずっと、イカサマとヤラセによって政府に媚びてきた。この番組によって売り出された人もいて、その代表はタレント学者の舛添要一だろう。この番組によって知名度が上がり、そうでなければ大臣になったり都知事になったりすることはなかったはずだ。
 また、かつて京都大学の浅田彰は、『噂の真相』が「全共闘雑誌」で『朝まで生テレビ』は「全共闘テレビ」だと皮肉っていたが、自由闊達に議論しているようで中身がなく、結局は体制とか権力に媚びているのだから、正しい指摘だろう。
 
 これを、松尾貴史がモノマネで笑いにしていた。今は亡き常連出演者の大島渚が他の出演者の発言に怒って「バカヤロー」と怒鳴ると、司会の田原総一朗が「大島さん、落ち着いてください」、すると大島は「今、田原さんが下から合図を出したじゃないか」と言ってしまい、怒鳴るのは議論が白熱したかのように見せかけるヤラセだと、からかっていた。

 また、視聴者も真面目な番組だとは思っていなかった。ヤラセくさい盛り上がりがまたあるのではないかと期待していた。だから、松田聖子のヒット曲を替え歌にして「♪渚のバカヤローを待ってた」と唄い笑っていたものだ。

 ということだから、そんなものに出演する野党議員も悪いのだ。みんなでボイコットしたうえ糾弾するべきなのだ。

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by ruhiginoue | 2016-01-08 17:36 | 社会 | Trackback | Comments(2)
 一月も四日くらいから店がだいたい開くようになる。年中無休の店が当然のようにあるので、あまり意識しなくもなったが。

 これで、自分の母親が結婚したばかりのころ、困ったことがあったという思い出を語っていた。姑が、正月の客人を呼び過ぎて、親戚だけでなくその仕事の関係の人と、さらにその家族まで自宅に招き大盤振る舞いしてしまったので、作っておいた料理も買い置きしておいた食材もすべてなくなってしまった。

 当時は、少し地方に行くとまだコンビニ店もファミレスもないことが当然で、何も食べられなくなってしまった。仕方がないので、翌日に出かけて外食できるところまで遠出しようということになったが、その晩は一日なにも食べない空腹を我慢しなければならず、つらかったたそうだ。そのさい夫から「おふくろのせいですまない」と謝られたそうだ。
 のちに、祖母の無思慮について他にも親戚たちから色々と聞いて、「なるほど」と思ったが、そんな調子だから、まだまだ「嫁姑」の軋轢などがあったらしい。

 さて正月というと、皇居の一般参賀である。うちの母親は、これをテレビで観るのが大好きで、毎年必ずこう言うのだ。
 「ああ、美智子さま、また一段と御やつれになって、きっと皇后に虐められているんだわ、お気の毒に」
 たしかに、虐められたという話は巷でもよく聞くことだが、うちの母親の場合は、こうすることにより、姑に困っている自分を慰めてきたというわけだ。こんな国民がいるから皇室が持っているという部分もあるのだろう。



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by ruhiginoue | 2016-01-07 17:37 | 雑感 | Trackback | Comments(4)
 新年最初の買い物は、元旦の分厚い新聞であった。ところが、買いに行ったら、朝日新聞が売れきればかりで、一部だけ残っていた某コンビニ店で入手した。

 売店で朝日新聞がまず売れきれとなるのは昔から相変わらずだが、一方で読売新聞の売れ残りが目立つ。これは他紙を圧倒した売れ残れである。
 やはり、なんだかんだ言っても『朝日』が人気であるというだけでなく、『読売』はよくいわれるように水増しの刷りすぎなのではないか。

 ところで、元旦の朝日新聞が、同日選挙の可能性について一面から続いて政治面にまで及び、過去に同日選挙をしたらどれも自民党が勝っていると結んでいた。

 しかし、よほど勝てそうだから今だということで同日選挙をするのだ。そして、与党であれば勝てそうな情勢の有利な時期を見計らって選挙ができるのだから、選挙の結果をもって政策が支持されたのではなく、選挙には民意が反映されていないものだ。

 そうは書かない。問題意識の欠如した情けない報道と論説であった。こういうことが積りに積もって、新聞が売れなくなるのだろう。
 

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by ruhiginoue | 2016-01-06 17:35 | 雑感 | Trackback | Comments(0)
 拙書の新刊にさいして、分量の関係で削除された部分がある。その前に、結局まとまらかなかったが別の出版社で話していたさいは、別の部分を削除するということになっていた。
おなじく分量の関係で一部削除するとしても、出版社によって部分が異なったということだ。

 これは、削除するならなるべく軽い部分というさいに、重要性に対する意見が人によって異なるということもある。また、出版社のスタンスの違いが影響していることもある。例えば、ある人や団体に対して好意的または否定的な記述があったら、その出版社も同じであるか、同じではないが影響がないというなら残すけれど、付き合いがあるので批判は困るということであれば、分量とは無関係に削除ということになる。

 だから、こちらは批判してあちらはしないということがあった場合、実は著者ではなく出版社の見解とか都合とかいう場合もある。

 例えば、前に本多勝一さんが、他の出版社から出した本が朝日文庫になったさい、天皇について触れた部分を削除されたと説明し、理由は言うまでもないだろう、としていた。朝日新聞は天皇がタブーである。週刊新潮や週刊文春のほうが皇室の悪口を平気で書く。どっちが右でどっちが左かわからない。
 このように、単純明快とはいかないことがある。 そういうこともあることを、本を読むさいに念頭においていると、ある意味では面白いと思う。

 ただ、本に比べたら映画なんてもっとすごい。今ではDVDで「未公開場面」がオマケについてくるし、特別完全版なんていうのもある。『スターウォーズ』も、後から未公開場面を復活して再上映したが、まだ他にもカットされたといわれる場面があるそうだ。  



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by ruhiginoue | 2016-01-05 07:35 | 雑感 | Trackback | Comments(5)
 自民党が政権に返ることができたのは、小選挙区制のためだと指摘されている。自民党の支持が盛り返したのではなく、得票以上の議席を獲得できる選挙区制だからだ。
 それで、政権交代のために小選挙区制に変えるとよいと言っていた田原総一朗や久米宏などのマスコミ人やタレント学者の山口二郎が反省している。
 しかし、予想できないことではなく、もともと問題が指摘されていた制度であるのだから、反省が本心かは疑問だ。ほんとうに問題に気づかなかった「善意」なら、かなりの間抜けである。
 また、政権交代のつもりが失敗した小沢一郎が、共産党とも話し合っている。自分の関与した小選挙区制のために苦労し、かつては排除した共産党とも協力を模索している。共産党の側からすると、余計な苦労をさせられているということになる。

 これは実に無様であるが、しかし過去の失敗について先に控えていることで対策を講じないわけにはいかない。そうなると、失敗の原因を分析しなければならないが、それでまず考えないといけないことは、いちおう政権交代はしたのに、なぜ揺り戻しとなってしまったか、である。
 その支持が回復していないことから、やはり自民党が良いと思った人が多かったとは言えないし、そのうえ自民党は、無茶な経済政策をしたり、大手マスコミに統制を仕掛けたり、国民の自由を奪う法律を作ったり、権力を維持するために強引であるから、自信があるとはいえない態度だ。
 つまり、むしろ、民主党が政権に就いたが期待はずれで落胆してしまい投票しなくなった人が多い、ということだろう。だから、批判票が入って共産党は躍進した。これはよく言われることだ。

 では、期待外れで落胆したのはなぜか。それは、政権交代しても変わらなかったためだ。ただ、変えようとしなかったなら変えるように国民が押せばよいが、そうではなく、変えようとしたらアメリカが駄目だと言ったのだ。沖縄の米軍基地がそうだし、原発にしても、最初は菅総理が東工大卒とか言って輸出のセールスをしていたが、事故を受けて脱原発に方針を変えようとしたところ、その閣議決定する日程も決まっていたのに、日本だけで勝手に原発をやめてはいけないとしてアメリカに中止させられた。
 
 これで国民は失望したのだ。どの政党が政権についても、日本を従属国と扱っているアメリカは、傀儡政権しか認めない。この調子では、もしも共産党が政権に就いても、党内で転びそうな奴を捉まえて祭り上げ「首のすげ替え」をするだろうし、それもできなければ軍事クーデーターだろう。そのさい暴力や虐殺があっても、マスメディアが「民主化」と言いくるめるだろう。リビアやシリアやミャンマーで一目瞭然。

 それで国民が「自主規制」してしまい、野党が協力しても自民党が負けることは見込めないし、仮に政権交代しても政策を変えられない。問題は安倍総理でも自民党でもなくアメリカであり、それを動かしている国際資本である。これと戦うことを考えずに野党の協力とか言っても意味がない。肝要なのはアメリカとの闘いである。


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by ruhiginoue | 2016-01-04 07:28 | 政治 | Trackback | Comments(6)
 うちが貧乏であるため、親に頼らず働きながら大学まで出た息子に、その両親はダメな子だと貶した。
 そんなダメな長男と比べて、その妹の長女はエライと言う。長男と違い、長女は遊んでばかりで、その結果、派遣社員となった。この非正規雇用は、社会問題になっていることだ。
 ところが、この意味がその両親にはサッパリ理解できなかった。その挙句に、長男よりも長女の勤めている会社のほうが大手であるから、そんなところで働いていて、それも遊んでばかりで学歴もないのに凄いと言う。
 
 その後、長男のところには、長女が借りている部屋の大家から、家賃滞納の苦情で電話が何度か来た。転居した複数のところで、それぞれ家賃を滞納しているというのだから呆れるが、電話がかかってくるのは連絡先として勝手に書類に記入されたからで、実に困ったことである。
 まずは本人に連絡するものだが、自宅にいなければ勤務先ということになるけれど、派遣だから一定しておらず、職場に電話した時にはもうそこにいないということだ。このような迷惑をかけられて、親からは、無茶苦茶な社会認識に基づいて、親が原因で苦労したのに貶される。家族から踏んだり蹴ったりである。

 こういう話が、冗談ではなく、ほんとうにあった。もちろん極端に程度の低い例だろうが、そこまでではなくても、問題の深刻さを十分に認識していない人が少なくないから、相変わらずどころか悪化の一途なのだろう。

 よく、貧しい人には頭の悪い人が多いといわれる。貧乏な学者や芸術家ではなく、知的障害でもない。無知蒙昧に近いところもあるが、それとも少し違う。これは世代を超えて引き継がれ、貧困が再生産されてしまう。
 こういうのは、なんと定義づけたら良いのだろうか。


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by ruhiginoue | 2016-01-03 07:24 | 社会 | Trackback | Comments(2)
 オーケストラ指揮者のクルト=マズアが死去したそうだ。彼は世界最古のオーケストラといわれるライプチヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団で活躍して、旧東ドイツを代表する指揮者とも呼ばれた。
 しかし、彼の演奏は軽いだけだというのが、ファンも批評家も一致した評価だった。そして彼の地位は、彼の芸術的力量ではなく彼の政治力によって築かれたものだというのが、共通した認識だった。
 そもそも、彼は冷戦時代に、東ドイツの体制に迎合し、体制と闘う同業者を迫害する立場にいた。そして、東西ドイツの統一というときは西側に迎合し、ちょっと口出した程度なのに文化人として貢献したとされ、人道主義の代表とマスメディアに持ち上げられた。このご褒美で、冷戦後はアメリカに渡り名門ニューヨークフィルハーモニー管弦楽団に栄転した。

 そして、もともと軽いだけの演奏だと言われていたが、ニューヨークフィルでの演奏は炭酸ガスが抜けたコーラみたいで、地元の聴衆からも録音で聴いた人からも不評だった。
 また、東西ドイツ統一のさい、その混乱の中で拳銃自殺した名指揮者のヘルベルトケーゲルは、息子の病気のことで悩んでいたともいわれるが、同時に、ライバルであったクルト=マズアからひどい嫌がらせを受けていて、それも自殺に影響しているのではないかと言われてきた。
 少なくとも、マズアなんかよりケーゲルのほうが実力とファンの評価は、はるかに上であった。
 
 芸術家も政治力ということが、様々な分野で言えるが、音楽の場合もそうで、特に影響が大きい分野かもしれない。そして、権力にすり寄ることで地位を保った音楽家として、指揮者の代表がマズアである。作曲家ならソ連作曲家同盟のフレンニコフだろう。これが日本なら、すぎやまこういち。そんなところか。

 
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by ruhiginoue | 2016-01-02 06:20 | 音楽 | Trackback | Comments(0)