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井上靜のblog(網誌)です。下記の著書を購入して支援を頂けたら助かります。下記の他は別人や海賊版なので買わないでください。Googleが誤情報を混ぜているので信じないで下さい。アマゾンのコメント欄に嘘の書評が書いてあるのは過日倒産した出版社の宣伝です。この種の輩に対抗する意味でも何卒よろしくお願いいたします。品切れのさいはご容赦ください。


by ruhiginoue

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 「狼が来た」と嘘をついて騒ぎを起こす悪戯を繰り返した少年が、本当に狼が来た時に信用されなかったという寓話がある。これは、嘘をつくと信用されなくなるという教訓だと解釈されているが、その解釈こそ嘘だという指摘が、昔からされている。
 
 ほんとうの意味は、狡猾な者は簡単に姿を見せないということだ。狼は気づかれないように接近して来て、これに気づいた者がいても怖れて見て見ぬふりをする。
 ところが、子供は正直なので「王様は裸だ」という話と同様に声を出す。しかし、これを襲って殺せば、口封じどころかむしろ狼が来たことを証明してしまうので、叫ぶままにさせる。そして、他の者には姿を見せないようにする。
 そうすると、ごく一部の正直者が声をあげるだけで、他の者たちは気づかないか、気づいていても怖くて黙っている。そのために、声をあげた者は嘘つきだとして信用されなくなる。こうして皆を油断させたうえで襲撃する意図である。だから、狡猾な者は簡単に姿を見せないものなので注意しなければならない。

 こう解釈したほうが「社会派」であり、寓話とか訓話として意味がある。悪戯のつもりで嘘をついたら信用されなくなってしまうというのでは単純すぎるし、いかにも子供むけである。

 それに、子供むけでも一九六〇年代の昔から、例えば『ウルトラセブン』の「円盤が来た」という話がある。アマチュアの天体観測マニアらが空飛ぶ円盤を目撃し、ウルトラ警備隊に通報するが、調査すると確認できず見間違いという結論になる。これを繰り返すことで、地球に侵入しようとする空飛ぶ円盤を見逃すように仕向ける。そういう宇宙人の工作だった。
 その宇宙人は、「狼が来た」と言って信じてもらえなくなる少年の話が地球にあるけれど、それと同じことだと嘯く。
 
 また、七〇年代に活躍した羽仁五郎という左翼のタレント学者も、オオカミ少年の寓話は、権力者の狡猾さを風刺したものだと説いていた。
 そして実際に政治や経済の不安について、ファシズムになるとか戦争になるとか危機感を訴える人たちを、「オオカミ少年」と非難と揶揄する人たちがいると指摘していた。
 
 そして現実に、結果論として予想されたとおりでなかった場合もあるし、危機感を持った人たちがいたからそんな結果にならずに済んだ場合もあるし、危惧された通りの結果になっていてもそれが隠蔽されている場合もあるのだが、みんな「オオカミ少年」と一様に烙印を捺す連中がいる。
 例の『サピオ』というネトウヨむけ雑誌で、昔売れない小説家の井沢元彦が、古いネタの二番煎じ三番煎じで書いていたりしたものだ。今もまだ、たまに書いていて笑えるが、そんな解釈では、逆に手前らがヒステリックに騒いできた「ソ連が」「中国が」「北朝鮮が」というほうがオオカミ少年だろう。

 この話、明日に続く。 


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by ruhiginoue | 2016-02-19 17:34 | 社会 | Trackback | Comments(2)
 日本の大学には奨学金制度や学費無料がなく、一部の篤志家がやっている少数の例外を除けば高利の借金である。
 これについて問題にする人たちはいるけれど、社会を動かすほど大きくはならない。そこには色々な事情があるけれど、その一つとして、世間一般で大学とは遊びに行くところだと思っている人が多いため、必要なことだという認識ではないのだろう。

 これは自分の体験からも実感したことで、学費のために働いていると、勉強したくて費用を稼ぐということを全く理解できない人たちが大勢いて唖然とさせられたことがある。
 
 あの野口英世の母親は、息子は身体にハンデがあるので補わなければならないと言ってたくさん勉強させていたが、近所の人たちから「貧乏なのに学問なんて」と非難されてしまった。これはその当時の昔の福島の田舎だけのことではななく、学歴社会となって久しい今の日本全国も同じだ。
 だから奨学金制度や学費無料がないということだ。必要なことだという認識が主流ではないからだ。
 それでいて、偉人伝や千円札に野口英世が載っているのは、実に不可解である。

 また、今の老人世代の「全共闘世代」だの「団塊の世代」だのは、親のすねかじりで大学に行き、勉強しない口実に反権威とか反権力と嘯いて、学生運動と称して遊んでいた人が多い。
 この世代の人たちの甘ったれた認識は、今では日本最大の社会悪とされているが、それでいて「少子高齢化」となって多数派を形成しているのだから、いくら、意欲のある真面目な人は家庭に経済的な困難があっても勉強できるようにしようと言っても、そんな老人たちの耳には入らないし、入っても理解できないだろう。
 だから、この老人たちは左翼ぶって麻生や橋下を批判することはあっても、実質が同じなので批判しきれない。

 これでは、制度が改善されなくて当然である。


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by ruhiginoue | 2016-02-18 17:28 | 社会 | Trackback | Comments(1)
 気候が急に暑くなったので、伸び放題にしていた頭髪を切ることにした。
 そしていつもの店に行ったら、大混雑で待たされてしまった。その間に、店に置いてあるマンガを読んでいたが、『あさりちゃん』という昔テレビのアニメになったものがあり、これがなかなか可笑しかったので、退屈しなかった。店内で笑いをこらえるのが大変だった。

 この店の人は、客たちにお待たせしてしまったと謝っていたが、混雑していたのは老婆が大挙して毛染めにやってきたからだった。頭にタオルを巻いて待っている老婆集団の様子は、なかなか異様な感じである。

 なんでかと思ったが、店の人によると年金が入ったからだそうだ。言われてみれば、年金は偶数月の十五日の支給だから、その直後である。そして、では白髪染めしようということだ。
 
 で、今の老人はいいが、将来は「消えた年金」とか「アベノミクス」の株価操作でスッてしまったとかで年金などもらえず、自分で染めるか、それすらできずに、しかも苦労しているから白髪が余計に増えてしまい、惨憺たることになるのだろう。

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by ruhiginoue | 2016-02-17 15:10 | 学術 | Trackback | Comments(0)
 某量販店のテレビ売り場で、『マッドマックス怒りのデスロード』を再生していたから、前に立川の映画館で「爆音上映」を鑑賞したさいのことと比べていたら、店員が話しかけてきた。それで、映画館の音響について言ったら、その店ではホームシアターを特に扱っていないそうで、もっと古くからある量販店とは違い、あくまで家電という範囲だそうだ。
 
 その、ホームシアターを専門に展示している量販店では、メーカーから来た人がいろいろと説明してくれて、やはり詳しいのだが、機器については、仕事でやっている人だし若いから最新のものをよく知っているけれど、映画については、今話題の『スターウォーズ』の最初の作品は知らなかった。77年の映画だから、知らない人もいるようになって当然だろう。

 あのときドルビーステレオが実用化され、宇宙船を仰角で捉えた冒頭の場面で、頭上から轟音が後方から前方に移動し、そこで画面にスターデストロイヤーが現れるのだった。
 この、テレビでは味わえない臨場感に観客は大喜びし、映画館に客が戻った。それでアカデミー賞協会は開発者のレイ ドルビー氏に感謝状を贈った。

 これが今では、映画館ほどではないが、費用を少し奮発すれば自宅でもできるようになった。

 しかし、真空の宇宙空間で音がするわけがなく、あれは音楽と同じだという解釈であるが、松本零士のSFマンガでは、宇宙空間で爆発が起きたさいの轟音は、音ではなく重力波の衝撃によるものであるとし、そんなことをキャプテンハーロックも言っていた。
 これについて子供のころは屁理屈だと思っていたけれど、アインシュタインが予言していた「重力波」はついに観測されたということである。めでたし、めでたし。


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by ruhiginoue | 2016-02-16 17:25 | 映画 | Trackback | Comments(0)
 これは自分が十代のころのことで、昔は、朝日新聞の投書欄「声」に採用されて掲載されると、色々な景品が送られてくるが、その一つがこのバスタオルであった。
 かなり厚手で大きく、素材はバスタオルと同じだが、ひざ掛けや肩掛けかもしれない。タオルケットにしては小さくて、寝具として単独には使用できない。自分では肩掛けにしていた。
 
 Asahi Simbumの文字が入っている。この社名のロゴはSimbunと英式なのが玉に疵だと本多勝一記者が書いていたことがある。それでも変に英訳していないことが良いということも指摘していた。これはNHKもそうだ。他のマスコミは、よく、固有名詞なのに訳しているからだ。

朝日新聞に投書が掲載された昔の景品_f0133526_1716326.jpg


 このような、ロゴ入りオリジナルグッズというようなものが何種類もあり、他に自分でもらった景品としては鞄などがあった。入っていた箱からわかったが、松屋に発注しているようで、だから小ぶりな商品ではあるが、けっこう上質である。

 この鞄を学校に持っていくと、よく、同級生から「お前のお父さん、朝日新聞に勤めてるのか」と言われた。そこそこの規模の会社では、そこのロゴが入った鞄を作っていることが珍しくないからだろう。そして実際に親の勤務先の鞄を使っている人がいたものだ。

 その後、朝日新聞の鞄を学校用に使うことはやめてしまった。使い勝手は良かったので残念だが、いくら投書しても載らないで悔しがっている教師に妬まれ虐められるようになってしまったからだ。


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by ruhiginoue | 2016-02-15 17:14 | 雑感 | Trackback | Comments(2)
 知り合いの議員が活動報告の広報に掲載した写真に「アベ政治を許さない」のプラカードが掲げられている場が写っていた。この馬鹿馬鹿しさに気づいていない人も少なくない。
 もしかすると、故意に騙そうとしている手口にひっかかっている人が多いのかもしれない。これは論点逸らしや問題点逸らしにしかならないからだ。

 そもそも、安倍総理とか安倍内閣について、総理の還暦幼児ぶりのみっともなさと、その取り巻き連中の非常識や嫌らしさは表層の問題にすぎないし、その偽装としてアベノミクスなどがあるだけだ。真に深刻な問題であるTPPや安保法制や憲法解釈変更などは、すべてアメリカの意向によって強要されていることである。
  
 だから、当然に、こうした真に深刻な問題の数々は、安倍総理でなくても、自民党でなくても、民主党はもちろん共産党が政権に就いても変わらない。逆らう総理大臣は追われて、代わりに傀儡が据えられるだろう。そして、改革の旗手とマスメディアが世論操作しながら、実質は自民党と同じようにアメリカの意向に沿った政策で日本は蹂躙される。

 このように、問題の本質はアメリカ合州国にある。これをどうしようかと考えないといけないのに、「アベ政治を許さない」では見誤る。見誤った、あるいは見誤された人たちが、「野党共闘」に過大な期待を寄せている。
 そんな人たちが愚かである証拠に、その人たちはだいたい、アメリカの傀儡を作る「アラブの春」やら、親子で英米の飼い犬になっているスーチー女史がオルブライト長官の言いなりである事実を日本の現地外交官も指摘しているのに、マスメディアから垂れ流される嘘の報道を鵜呑みにして、無邪気に賛美している。

 これでは、何を条件に野党が共闘するかを議論できないから、まともな共闘など実現しないで、下手な野合を模索して失敗に終わだけだろう。そして、政権交代に成功しても全然変わらないということを理解していないから、失敗した責任のなすりあいをしたり、ムサシの開票集計機のせいにするだけだろう。
 
 こんな日本に比べたら、とにかくアメリカが問題だとして色々なことをしている北朝鮮のほうが、よほど現実を認識している。


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by ruhiginoue | 2016-02-14 17:24 | 政治 | Trackback | Comments(0)
 七十年代に、公害を高校生が独自に調査し、地元の河川の汚染を測定していたら、なにか圧力なのか事なかれ主義なのか、これまで使用していた理科室の機材を学校が使用させなくなり、それでその男子高校生はバイトして機材を自前で購入し調査を続けたところ、今度は近所から「不良」として変な噂を立てられるなどの迫害をされるようになってしまった、という話をフィールズ賞数学者の広中平祐氏が聞いて、その高校生訪ねるという地味なテレビ番組があった。
 
 これとは逆なのが、福島の高校生が原発事故の汚染を否定する「調査」をし、これを東大名物御用学者の一人である早野龍吾氏が支援し、大々的に報道されたという話。その高校生のレポートは調査方法も結論もツッコミどころが満載で、だから外国記者クラブでも厳しい質問が浴びせられたのだが、それを報道では「海外で話題」と大見出し。明らかな印象操作のプロパガンダであった。そうでなければ、こんな宣伝臭い騒ぎ方をされるわけないし、内容が逆だったら迫害されるのが現実だ。

 だいたい、専門家と称していてもお粗末な人は多いというか、そういうほうが主流で、なぜならそういう人ほどゴマスリの処世術に走るものだからだが、そうではなくいちおう専門分野には通じていてもオタク趣味的であるたるめ社会性が欠如した政治オンチは特に理科系に目立つものだ。
 そんな人たちは「危険な政治を見抜くセンス」が欠如している。だから普通なら一発で変だと直感することにすら気づかない。
 そして、政府の言いなりになることはもちろん、「科学的」と「政治的」の正しさをこじつけて悲惨な結果となったスターリン時代のソ連や文化大革命時代の中国の歴史的教訓が理解できないから、その悪しき流れを汲む日本共産党の一部の危険分子らともつるんでしまうのだ。

 これは日本共産党の支持が乏しい原因でもある。
 かつて本多勝一氏が色々な新聞社の記者が集まる会合で発言していた。共産党の機関誌から批判されたことがあり、それで不愉快というのではなく内容がお粗末すぎたので呆れてしまった。世界各地を取材したさい社会主義国でソ連型の組織の問題を感じたと書いたところ、これに日本共産党の機関誌が反論してきたが、それは、他の国では駄目でも日本共産党なら駄目じゃないということでしかなかったから実にお粗末ということだった。
 たしかに、日本共産党の機関誌は、そういうことを執拗に書いていて、いつも根拠薄弱であるどころか、ほとんど妄想の域である。
 そして本多氏は、共産党には特によく選挙で投票していて、それは他の党が自民党をちゃんと追及しないから、それに比べると共産党はちゃんとしているからだとし、そういう人は少なくないはずなのに、どうして共産党はもっと支持が広がらないのかというと、やはりこのような機関誌のお粗末さに反映されているような党の体質のためだろうと指摘していた。


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by ruhiginoue | 2016-02-13 17:20 | 学術 | Trackback | Comments(1)

わがままも計算のうちか

 過日、悪気のないわがままは不治の病だということを述べた。
 自分にだけ都合よくするため、家族の健康が心配だという嘘をついたり、ホームページを印刷すれば少しだけ値引きするというどこの店にでもある話を、その店だけの特別な割引券があるから安いと言って欺いたりするが、そうしておいて相手を騙しとおすことはせず、平然と嘘であったことを言ってしまう同級生のことだ。

 こういう人は、その場だけやり過ごしてしまえばあとはいいというような、悪気のないわがままであり、そうなると不治の病で、付き合うのをやめておく以外に対応策はないという指摘をする人がいた、ということだ。

 ところが、他の指摘もあり、そういう人はちゃんと計算しているというのだ。そういうわがままで困る人がよくいて呆れさせられるということだった。
 そういうわがままな人は、仕事に関わる人が相手だったら不利益を被る可能性があるので、わがままをせずに自分を控えるはずだ。
 また、そういう利益とは無関係な同級生などでは、ずるいとかひどいことをして、それを相手が知って怒ったとしても経済的損失や社会的な打撃を受けることはない。また、怒らせてしまったとしても殴ったりまではしないだろうと思っているから、平気でそういうことをするうえ騙したことを口にして恥じないのだ。

 なるほど、そうでもないと、あのようなことは出来ないだろう。
 それなら、なおさらそういう人とは付き合わないほうが良いということになる。また、そういう人でもかまわないといって付き合っている人とも、付き合わないほうが良いだろう。

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by ruhiginoue | 2016-02-12 17:30 | 雑感 | Trackback | Comments(1)
 過日、他人の痛みは我慢できるという人の話をした。
 健康保険の対象外となっている高額な治療を連続して受けなければならない家族のために医療費の負担で苦労している人が、確定申告で医療費控除によりかなりの還付があり、また医療費がかかるので助かると思っていたら、そこの親父がふんだくって自分の飲み代にしてしまった。
 家族の健康に関わることなのに、子供と孫が可愛くないのか、なんてひどいと嘆いたら、同級生から「いや!俺だったら、どんなに医療費で苦労しても親父に金を渡すよ!飲み代にされてもいいんだ!」などと言われ、自分が苦労していないからわからないにしても、そんなことを平然とよく言えるものだと呆れてしまうが、この同級生は他人の痛みは我慢できるという人なのだろうと思った。
 そういう話だった。

 しかし、これは違うのではないかと思い直した。
 そうではなく、その人はただ話の趣旨を理解できないので見当外れのことを言っているのではないか。なぜなら、その人には他にも話の趣旨を理解できないと思われることが、非常によくあるからだ。
 例えば、逆にいっぱい金をもっている人が、自分は金持ち優遇の政策で得をしているけれど、だからといってそれを肯定してはいけない、と言っていたら、これについてその同級生は「あの人はあんな商売で儲かっているから、そんな変なことを言えるんだよ」と言った。
 まるで噛み合っていないというか、意味不明である。問題は金持ち優遇の政策であって、それによって得をしているかどうかは金があるか無いかで、商売の中身とは関係がないし、自分が得をしているからといって政策の不公正を指摘しないのは不道徳だということの、どこが変なのか。

 ようするに、自分が得をしていることを批判するのは「変」だと思うだけで、なぜ批判するのかを考えられないのだろう。そして、「あんな商売」と自分が感じることで儲かっているから「変」で、だから言うことも「変」だと結び付けるのだろう。
 これ以外のことでも、この人はよく同じような反応をしていて、具体例を挙げていたらきりがないほどだから、たぶん間違いない。それに、試験で趣旨を何文字以内で説明せよという問題も、苦手というよりサッパリだったらしい。
 
 なので、他人の痛みは我慢できるという嫌な奴ではなく、話の趣旨を理解できない困った人だと認識を変えるべきではないかと思う。こういう人は社会の中に少なくないので、厄介である。また、当人も冷たい人であると誤解を受けることが他にもあるのではないか。


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by ruhiginoue | 2016-02-11 13:13 | 雑感 | Trackback | Comments(4)

ワープロと漢字

 ワープロで文字を書いたり、Eメールでやりとりしたり、便利な道具ができて普及したおかげで、昔より作文をする機会は多くなったという人が増えたはずだ。
 ただ、手書きしなくなったので、書き方を忘れてしまった漢字が増えたという人も多い。
 
 あと、これは本多勝一氏も言っていたが、ワープロで手軽になったためか文中に漢字が増える風潮となり、これは読みやすさ解りやすさなどから歓迎できないという指摘がある。
 しかし、自分としては漢字のほうが解りやすいと思っていた。漢字だと意味が明確になるから、強調するため、例えば「いうこと」は「言う事」と書いていた。誰かの認識や意見によって「言う」、物ではなく「事」なのだ、と。
 
 ところが、それを読んだ人はワープロが片っ端から漢字に変換したものをそのまま受け入れていると受けとる。前にある出版社の人から言われて、手書きの時にも漢字で書いていたことなのに、ワープロの影響だと思われたのだった。
 これは、当時のワープロが片っ端から漢字に変換してしまうものだったことも影響している。初期のワープロでは、例えば「そうですね」という相づちのつもりが「総出脛」になってしまい、裾を膝まで捲るのかというような滑稽なことになった。
 そんな調子だったので、間違ってはいない「言う事」など、ワープロのためだと思われてしまう。

 このため、習慣として漢字ではなく平仮名にするものは、それに倣い、意味については文の内容によって強調するように努めることにした。だから、過去に書いた文書と今の文書とでは文体が変化しているけれど、特に漢字と平仮名に違いが表れている。


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by ruhiginoue | 2016-02-10 17:30 | 雑感 | Trackback | Comments(0)