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by ruhiginoue

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 以下、文中敬称略

 百田尚樹がTwitterで、オウム真理教事件の坂本弁護士殺害は江川紹子がきっかけを作ったのであり、その後、江川紹子はこの事件で有田芳生と同様にテレビに出演して稼いだという趣旨の発言をし、これに対して、坂本弁護士を殺害したのはオウム教の狂信的な信者であったのだから、江川紹子のせいで殺されたのではないという批判が起きた。

 これについての客観的事実は次のようになる。

 まず、オウム教の問題で坂本弁護士に相談がもちかけられたのは、江川紹子が話を持って行ったからであり、これは江川紹子が認めている。テレビに出演したときも言っていた。だから江川紹子は坂本弁護士が事件に巻き込まれるきっかけではあった。
 しかし、あくまで坂本弁護士を殺害した犯人はオウム教の信者であり、その犯行動機とは、坂本弁護士がテレビに出演してオウム教を非難したからであった。これは実行犯であるオウム教の信者らも認めている。
 また、オウム教を批判している人たちは他にもいたが、坂本弁護士の場合は他の人たちと少々違い法律家としての見地から厳しい指摘をしていた。オウム教が資金集めのために行っている事業の中で詐欺になる行為をしていると、同弁護士は自ら調査したうえで具体的に明らかにしていたのだった。
 これに対してオウム教は危機感を抱き、坂本弁護士を邪魔に感じ始めたということだ。

 そして、このときのインタビューが放送されていないのに、この収録をしたTBSが、オウム教の関係者から内容を問われると、そのインタビューを勝手に見せてしまった。しかも坂本弁護士には無断であった。だから坂本弁護士としては、インタビューがまだ放送されていないのでオウム教側がどういう反応かということを全然知らないでいて、そのときすでにオウム教側は坂本弁護士に敵意を持つていたということになり、坂本弁護士はまさに不意打ちの形で襲撃を受けてしまい、妻子とともに自宅で殺害されてしまう。
 それで、坂本弁護士の遺族は記者会見の時に先ず「TBSはお断りです。出て行ってください」と言ったのだ。この怒りはもっともだろう。

 また、警察の対応も批判された。坂本弁護士一家が行方不明になって騒がれても、警察はのらりくらりとした対応で、しかもこの現場は神奈川県であり、当時、神奈川県警といえば不祥事連発でマスコミにも大きくとりあげられていたほどだった。
 そのうえ神奈川県警は共産党の緒方議員宅盗聴事件も起こしていて、このとき緒方議員の代理人を受任していたのが坂本弁護士の所属している横浜法律事務所だったから、直接敵対する関係であった。こういうことも影響したと当時から指摘されていた。

 こうして事実を確認すると、坂本弁護士殺害事件について江川紹子の責任という話は成立しないから、なのにわざわざ話の中に持ち出した百田尚樹はアクドイと言うべきだ。

 ただ、当時、萩原健一のヒット曲『大阪で生まれた女』を替え歌して「♪オウム騒動で~売れた~女や~」とテレビで皮肉っている芸人もいたように、オウム真理教事件によって江川紹子が頻繁にテレビ出演していたことは事実であるし、このとき出演するたびに着る物が高価そうになるから、テレビのギャラは良い額なのだろうと巷で話題となっていた。
 また、江川紹子はテレビに出ているとき、坂本弁護士を巻き込んでしまったと言って嘆いたが、これは自分が事件で売れたことに対するうしろめたさがあったのではないかと多くの視聴者から言われていたし、そこで江川が号泣したのが唐突だったから、空々しいとか、あれはそうして見せるパフォーマンスだろうとか言われ、女子高生たちは「ウソ泣きオバサン江川紹子」と言っていたものだ。
 このようなことがあったから、百田尚樹を批判する人がいる一方で、「しかしオウム教事件で坂本弁護士は殺され江川紹子は稼いでいた」という部分は事実だと言う人たちもいるのだ。

 しかし、ほんとうに問題なのは次のことだ。
 元信者で、もうオウム教とは関係なくなった人とか、それ以上に元々関係ない信者の子供とか、そういう人たちまで偏見や差別を受けた事実がある。
 これについて人権問題と認識し、子供が就学拒否されたら行政に抗議する、などの活動をしていた人たちがいた。そのうち山際永三(演出家・映画監督)は、テレビの姿勢を問題にしていた。オウム教事件が官憲に追及されるようになったからと安心して叩く者がいて、それだけにとどまらず、そこで権力に便乗した言動をすることで偉そうにする。こうしてマスメディア特にテレビは偏見と差別を煽り、なかでも有田芳生と江川紹子の態度はまさに「虎の威を借る狐」というべきひどいものだ。このように批判していた。

 また、それまでさんざん教団の迷惑行為を放置して地元住民の苦情など無視していた警察が、霞が関を標的にされたら教団を強制捜査し、そのさい信者をかたっぱしから逮捕して取り調べるために、どうでもいいようなことを口実にする「微罪別件逮捕」をしていることが問題になった。
 これでは、オウム教事件を利用して、権力の濫用の前例にされそうだと危惧する声が上がった。取り調べのための別件逮捕だけでも違法であり冤罪の温床だが、しかも微罪というのが冊子やチラシを束ねているのをほどくためのに持っていた文具のカッターナイフで「銃刀法違反」だと逮捕してしまうことまであった。
 しかも、民族主義団体の顧問で予備校講師で評論家の鈴木邦男が、こう指摘した。カッターナイフを持っていたのを銃刀法違反で逮捕なんてことは、自分や仲間が政治活動をしている中でざらにあったことである。前例どころかすでに常套手段であり、これを批判せずに見逃してはならないと警告していた。
 ところが江川紹子は「この事件にはやっても仕方ないと思いま~す」とテレビに出て言い放ったのだ。この人はすべてがこの調子であった。それも官憲と一体化していちいち上から目線で、山際永三が指摘したとおり「虎の威を借る狐」であった。

 ところが、こういうことを百田尚樹は批判しない。自分も権力にすり寄って「虎の威を借りる狐」の商売をしているから当然だろう。だから、江川紹子に対して批判ではなくテキトーな悪口しか言わないのだ。
 また、例の「W吉田」で朝日新聞が権力に迫害され窮地に立ったとき、そこへ付け込んで非難したことも、百田尚樹と江川紹子は共通している。このことは拙書『朝日新聞の逆襲』(第三書館)で述べたとおりだから詳しくは省略するが、「虎の威を借る狐」であると同時に「同じ穴の狢」でもあるのだ。

 つまり、百田尚樹と江川紹子どちらも糞である。「目糞が鼻糞を嗤う」とは、まさにこのことである。



 



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by ruhiginoue | 2018-02-22 13:50 | 社会 | Comments(0)
 税金の時期だが、本の売り上げを見ていると、「取次」と呼ばれている問屋の取り分が多いという話を出版社に言われたことを思い出す。出版社と書店の間を取り次ぐという意味だが、出版社との力関係で契約が異なるとか、週刊文春が週刊新潮の見出しをカンニングしたというあの事件で現場となったとか、いろいろな問題や騒動の舞台となっている。
 
 そして先日、小説家の女性が地方で自ら書店を開こうとしたら、書店の取り分が少ないことに驚いたと述べていた。本の場合は委託販売であるから商品の仕入れに資金が要らず場所さえあれば開業できるということで、どうしても店の利益が薄くなる。

 かつてレコードとかCDの仕事をしたことがあり、そのさい色々な店に行くと、次の仕入れのために返品ばかりしている店は、商品の棚や業界用語で「餌箱」と呼ばれている商品の入れ場がガラガラになっているところがあり、経営状態は一目でわかるからセールスに行くときの判断が比較的楽だけど、それと書店は異なり、儲かっていようといまいと商品がいっぱいということもありえる。

 ただ、書店は、薄利であるところへ、売れないときの返送料とか、万引きの被害とか、そういう負担をしなければならないので、これが大変である。
 また、書籍は売れないから返そうかと思っても、もしかすると明日売れるかもしれないと迷うが、そうではないのが雑誌で、売り上げの目安がつけられたのだが、これがスーパーやコンビニで売られるようになり、他の買物のついでという人が激増した。前に近所の小さい書店が商売替えしてタバコ屋になってしまったけれど、それは目の前にコンビニ店ができたからだった。こういうことが影響している。

 ということで、書店も出版社も著者らも努力はしているが、流通の問題があるということは、昔から言われてる。

 かつて井上ひさしが書いていたけれど、彼の母親が戦時中に闇物資の流通で稼いでいて、これについて「無力な政府に代わって物資を生産者から消費者に届けている」と社会的意義を説き、これでけっこう儲かっていることについては「紀伊国屋文左衛門の話があるだろう。三井や三菱も、そうだ。みんな物や金を動かすことで大きくなったじゃないか。文句があったら、物を作るより動かすほうが儲かるという経済の仕組みに言いなさい」とのことで、これは当たっていると井上ひさしは書いていた。



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by ruhiginoue | 2018-02-21 18:03 | 経済 | Comments(0)
 先ほど、都道で警察のパトカーが小型トラックに停止しろと呼び掛けて前に割り込むのを目撃した。トラックの速度は、かなりゆっくりだった。パトカーの警官は、トラックの運転手が運転中にスマートフォン向けゲーム「ポケモンGO」でもやっていると思ったらしい。あれは事故がよく起きていて死亡者も出ている。
 しかしトラックが停止して、その運転手(働き盛りのおじさんという印象)は、道がわからなくて地図を見ていたと言った。それだってダメだと警官は言い、なんでダメなのか、前を見ないで運転していることに変わりはない、という会話になった。

 ところで自動車で危険と言えば、先日、東京都港区の都道で、元東京地検特捜部長の石川達紘弁護士(78)が運転する乗用車が歩道沿いの店に突っ込み、歩道にいた建築業(37)が巻き込まれて死亡したことが報道された。
 この乗用車は一千万円もする高額な車種で、出力がありすぎるという指摘もある一方で、最新の自動停止装置が装備されているにも関わらず、ということだから運転者が高齢であったことも影響しているのではないかと言われている。

 どうであれ、群馬県で起きた事故など、爺さんの運転で若い人が死ぬ事故は深刻だ。
 あの群馬県の事故は、高齢者講習を受けることで免許更新した85歳の男性が、しかし、ぶつけたりこすったりの物損事故を数えきれないほど起こし、日常生活では認知症じゃないけれど物忘れが目立ち、それで息子など家族が、もう寄る年波だから運転をやめて免許も返すようにと言ってもきかず、止められても家族の目を盗んで運転し、事故を起こした日も予定より二時間も早く家を抜け出し、気づいた家族が駐車場まで追いかけたが、ふりきるように発車してしまい、それで他の自動車にぶつけて壊し、続けて塀にもぶつけ、登校途中の女子高校生16歳と18歳の二人をはねて意識不明の重体にし、のちに16歳のほうは死亡、さらに信号待ちで停まっていた自動車にぶつかって運転手を負傷させ、やっと止まって、これで警察に逮捕されると爺さんは「わからない」とか「気が付いたら事故になっていた」などと繰り返して言っているという、唖然茫然の事態である。

 この85歳の爺さん、運転は時々、主に老人福祉センターに行くためで、事故を起こした時もそうで、家族が運転する自家用車で送迎すると言っても頑として聞かず、なにがなんでも自分で運転し、なんでそうまでして運転するのかと不可解だが、その後の報道では、その老人福祉センターに集う高齢者たちの中に80歳の女性がいて、この人に会うのを楽しみにしていて、帰りは自分の車に乗せて送って行きカッコつけていたから、どうしても自分で運転したかったらしい。
 まったく呆れた爺だが、しかし石原慎太郎の世代だから当然かもしれない。障子紙を破れなくなったけれどクルマを運転して隣に女性を乗せることはしたかったのだろう。

 かつて、高齢化社会になったら自動車の運転で暴走させる人が増えると言われ、危惧されていたが、実際にそうなってみると想像していた以上に被害は深刻で、また老人の態度が醜い。それは世代のためだろう。




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by ruhiginoue | 2018-02-20 15:49 | 社会 | Comments(0)
 山口敬之元TBS記者準強姦事件の「逮捕状執行停止問題」に取り組む超党派の国会議員の会合で、元TBSの杉尾議員は、逮捕を中止させた刑事部長について「キャリアの刑事部長で偉くなる事しか考えてない人が実際に捜査の現場で証拠なんか見るわけがない」と指摘し、自分で会ったことのある何人もの刑事部長たちはみんなそうだったと証言した。
 また、その事件の記録があるのは高輪署だが「それ見ないで刑事部長が判断出来るのか」と、弁護士だった福島議員が質問すると、警察庁から来た担当者は「専門性が高い警察本部が専門性の劣る警察署に指導するのは通常の事」と返答した。
 この様子の録画に、キャリア官僚の見当違いなエリート意識を感じた人は多い。
 
 ところが、高い地位に就いた者は相当に高い能力があり見識を持っている可能性があるから信じるべきだ、という論法で常に権力の不正を擁護したのが、先日自殺した西部邁という元東京大学教授の「評論家」であった。そして「大衆」はバカで無責任であるとコケにし続けた。そんな彼が死んだら美化して保守の論客と持ち上げている人たちもいるけど、もともとこんなことばかり言っていたのだ。

 この西部邁と同じなのが、首都大学東京の木村草太というタレント学者である。権力を縛るためにある憲法が専門でありながら、とにかく専門家は間違い無いので学校の教師はマジメだから信頼していて医師は正しいから娘に例の予防注射をさせたと発言している。
 まるで自己矛盾しているようだが、おそらく彼は、政治家は人気取りなどで地位を得ているからダメだが、専門家は学校の勉強で地位を得ているからダイジョーブだ、という発想なのだろう。他の解釈は無理だ。
 そして政治に介在するポピュリズムを批判するのではなく、予防注射の効果と安全性の問題で自覚した市民に対して耳を貸さず、それを否定しているのが専門家だから無条件で正しいという例の発言になる。まるで「井の中の蛙大海を知らず」のように「研究室の中の学者実社会を知らず」で専門バカ丸出しであるが、そこで西部邁と同様に大衆蔑視を露呈させている。

 こんな人をマスメディアは重用している。三浦瑠麗と同じである。マスメディアで「気鋭の」と売り出された人は批判と否定の対象でしかないものだ。騙されてはいけない。


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by ruhiginoue | 2018-02-19 16:19 | 学術 | Comments(0)
 公立学校がアルマーニの高額な標準服という話題で、そこの校長は、銀座にある小学校だからと言うけど、それに賛同してもらいオマケとか勉強とかしてくれて超格安ということなら、こんなに問題とはならなかっただろうが、そうではなく、引き受けてもらうので言い値だったから高額ということらしく、これだとしたらその校長は非難されても仕方ないだろう。

 この件でタレントのビートたけしが激怒し、彼は小学生の時に富裕な家庭ではなく着る物でつらい思いをしたとテレビで言ったそうだが、そもそも公立学校で制服とか標準服とかを使用するのは貧富の差が外見に表れないようにするのが目的である。例えば英国なんかそうである。それでも着こなしなどに家庭が反映してしまうことは英国映画『小さな恋のメロディ』でも描かれている。なのに銀座の小学校長は何を考えているのか。

 ところで、自分が小学6年生の時、学芸会のような行事でお芝居をすることになり、そのとき貧乏な人の役があって、その衣装に自分が着ているコートを貸せと学級委員に言われて頭にきたことがある。
 これが、貧乏で着古したものを着ていたなら誰だって傷つくが、そうではなく、そのコートの褐色が作業服みたいだから貧乏人ふうだと言うので、この学級委員は労働者に対して差別と偏見を持っているということだ。

 それに、ではその役の人に貸して着せたら、それを見てどう思ったかというと、全然それしく見えないとみんな言う。そのコートはデザインが凝っていて微妙な色をしている洒落たものだった。気に入ったので親に言ったら、やや値は張るが高すぎるというほどではないので買ってくれたものだ。しかしその学級委員のガキには、作業着みたいで貧乏臭く見えたのだろう。
 その学級委員は、いつもミキハウスとかファミリアで買ったものばかり着ていて、そうでない服は下層の庶民や労働者の着るものだという固定観念を持っていたというわけだ。しょせんプチブルのガキのセンスということだろう。

 しかし、この学級委員のことを、担任の教師がいつも贔屓していた。学級委員はだいたい男女一組だが、もう一人の女子の方も、どちらも住んでいるのが地元では一番の高級分譲地で、家庭は他に比して富裕であった。この二人とも、担任の女性教諭はいつも依怙贔屓していて、全体的に富裕な家庭の児童を可愛いがり、そうでない児童は白眼視していた。これを学級委員たちは明らかに察して態度に反映させていた。

 この担任の女性教諭は、自らは東洋大学夜間部卒で苦学したと言っていたのに、なんでこうなのかと疑問だった。これについて親たちの間で、あの先生は買収されているに違いないと言われていた。うちの母親も、なにか貰っていたのだと断言し、根拠も無くそんなことを決めつけてはいけないのではないかと注意したところ、でもあの依怙贔屓ぶりは、そうとしか考えられない、と。
 
 ただ、貧困だったから自分の出自を恨むという心理もあるのではないかと、のちに中上建次の小説を読んで思ったし、橋下徹という人を見ても、そんな気がしてならない。

 こんなことを、アルマーニの件で思い出してしまった。

 



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by ruhiginoue | 2018-02-18 12:53 | 社会 | Comments(0)
 テロリストの工作員が大阪に潜入しているとテレビで三浦瑠麗が断言したことは色々と問題になったり呆れられたりしているが、これを落合信彦が言って『週刊プレイボーイ』か『サピオ』に載ったというなら、もともとそういう受け狙いが商売で、また彼の発言がホラだと批判したところでプロレスを八百長試合と批判しても仕方ないというのと同じだといわれているから、騒ぎにもならなかったはずだ。

 しかし三浦瑠麗は東京大学の研究所に勤務する学者ということだから、落合信彦と同じではいけないという話になるのだろう。
 ただ、三浦瑠麗は青山学院大学にも勤務という経歴があり、東大だとダメだが青学大なら良いということでもないが、もともとこの私立大学に勤務する国際政治学者というのはタブロイド紙や週刊誌のような話をしていることが目立つ。
 
 例えば、ロシアの原潜クルスクが事故で遭難した時のことだ。プーチン大統領は休暇中で、救助作業が順調と報告されていたから現場に出てこなかったが、この対応に批判もあった。
 そして、心配する乗組員の家族が軍の会見につめかけたさい、息子が乗組員で安否不明だという女性が怒りをぶちまけていたら、そこへ薬を持った女性が来て鎮静剤を注射した。この様子がテレビで中継されると、口封じだとかKGBの手口だとか騒いだ外国メディアがあった。

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 しかし実はその女性には持病があって、息子を心配するあまり興奮しすぎて危険ということで、いつもの医師が注射しただけだった。これを本人も海外メディアのインタビューなどで詳しく証言した。
 だから、日本のテレビ番組でも、スパイ小説ふうの解釈をして面白おかしく騒ぐべきではないと結論していた。

 なのに、ロシア情勢に詳しいと自称する青山学院大学の国際政治学者(注 袴田氏ではない)が、「注射をしたのは海軍病院の女医だ」と根拠も無く断定したうえで軍が批判を封じるためにやったのだ、という談話をして週刊誌が掲載した。
 この人はタレント教授としてよくマスメディアに出るから、受け狙いで面白おかしい話をしてばかりだった。漫画にも詳しいと自称し、八十年代半ばには「コミケ」を取材したテレビ番組に出て論評のようなことをしてもいた。

 こういう国際政治学者を、青山学院大学は重宝がるので、三浦瑠麗も同様ということではないか。




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by ruhiginoue | 2018-02-17 12:33 | 学術 | Comments(0)
 なにか気に食わない意見などに対して、普通、その意見などに反論や批判をするものだろう。これは常識であるはずだ。ところが、それをできないものだから、無関係のことに難癖をつけて反論や批判の代わりにする人がいるものだ。
 そういう行為をした人の滑稽さについて、出版社の担当者と一緒に笑ってしまった。

 その出版社の担当者は、ある人と拙書『防衛医大の場合は』について話しているとき、出版社の編集で作成する帯と表紙の折り込みに書かれている見出しというか簡単な説明というかの部分が巻末の解説と同じ内容であるから、この解説は出版社で書いたものかと指摘され、そのとおりだと答えたそうだ。
 この部分は、読者に内容の要約を示す意味で作ったから編集部が書いたのは当然である。しかし、それで内容的に大丈夫かという確認を著者がしないといけないので、書かれた解説の原稿がこちらに先ず送付され、これを読んで内容に問題がないかチェックし、内容的に修正すべき部分は手を入れて校正し、それと同時に文体の乱れを整える作業をした。
 
 こういう次第だから、文体が著者とほぼ同じ調子になっている。そして名義人を表むき立てた。この人は、名目上の書き手を他でもやっている。実質が雑誌の編集で書いた記事だけど誰かの名を立てないと不都合なので資料収集など雑務を担っていた人を名目上の書き手にしておく、という手法はよく行われていることだ。ここで報酬は支払うが、楽をして貰えるから安い。これは仕方ないだろう。そのかわり、訴訟リスクが生じないように、当たり障りのない内容にしておく。
 だから、この解説を読んだ某雑誌の編集長は、また違う文体の同一名義だと指摘していた。もちろん、よほど丹念に比較しないと気付かないことだが。

 なのに、こちらに反感を持つ人が、そこでは勝てないので別のことに難癖をつけるつもりだったのだろう、解説のほうは文が上手で、本文は悪文だという中傷をしていた。これには編集の人と一緒に笑ってしまった。そして、お褒め頂き感謝だが、果たして褒められたのは著者と編集部のどちらだろうかと、また笑ったのだった。
 この解説を実際に書いたのは編集部であり、著者が内容をチェックしたさい手を入れて修正もしているということは、別に隠すことではないので、先に述べたとおり編集部の人も普通に話しているし、そのきっかけの質問が出るのだから、読んで気づく人もいる。なのに解らなくて、悪口を言いたいが先行してしまい滑稽なことになった人が約一名いたということだ。




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by ruhiginoue | 2018-02-16 15:34 | 雑感 | Comments(4)

ネトウヨ本と恵方巻

 金に困った在日外国人が、おそらく名義貸しだろうがネトウヨ本の著者になっていて、これは書店でよく平積みになっている。ほかにも同類の本が同じ扱いをされている。
 こういう本はそこそこ売れるから商売でやる出版社がある。

 しかし、それだけでなく、政治的な意図からスポンサーが付いて大量に発行されて派手に営業をかけていることがある。一時的にまとめ買いをしたうえでアマゾンで上位になったと自作自演の宣伝をしたという関係者もいる。
 だから、売れているように演出するため買ったらしい本が、あちこちに贈呈として無料送付されたこともあるのだ。例えば、表向きは歴史教科書の宣伝のためということにして、歴史修正主義の本を学校関係者に送付する。私立学校で教科書の担当をしている教師に聞いたことがあるけれど、出版社からカタログなどが学校にも教師個人にも大量に送られてくるそうで、そういうのに混ぜて送ることで、売るのではなく処分することができるということだ。

 こうして、世論の多数から支持されているように装うことをしている人たちがいて、この一方で、ベストセラーになっているというにしては実際に読んだ人たちの話題がまるで聞こえてこないのはなぜかと言われている本とか著者とかの存在があるわけだ。

 これとは違い、そこそこ売れるから商売でやっている出版社は、糊口をしのいでいるというのが正確で、そう儲かってはいない。だから去年に倒産した出版社みたいなことがあるのだ。
 なのに、書店で平積みだから本当に多くの読者から支持されてベストセラーだと勘違いする人もいる。自分の経験でも、そう甘くないというのが実感である。

 そして、恵方巻が売れ残って大量廃棄でも、押し付けた本社はフランチャイズオーナーから容赦なく上納金を巻き上げている、という構造があるけれど、それとは違い本は委託販売であるから売れ残ったら返品ではあるが、しかし実際はどうであれ売れていることにしてしまうことが可能という点は同じなのだ。やり方が異なるだけである。
 
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by ruhiginoue | 2018-02-15 14:57 | 社会 | Comments(0)
 昨年の夏に倒産した東京都港区の出版社『日新報道』は、このところヒットが出ないため経営不振だったと報じられていたが、そのためかネトウヨとかヘイトとかいわれる本ばかりを発行しており、その内容のエキセントリックさとヒステリックさは、これだけでも経営が苦しいということを充分に伺わせた。
 しかし、そのトーンやボルテージばかりが高まっていて、内容はもともとの出版傾向と同じであった。つまり経営難による焦りが反映していたのかもしれない。ちょうど、楽器の演奏で力強さや勢いを出そうとしても出ないと力んでばかりで音が割れてしまうようなものだ。

 これについては過日に述べたとおり、もともとこの出版社はネトウヨとかヘイトとかの言葉が世間で使われる以前から、この種の本を発行する商売をしていて、特に権力の側から創価学会と共産党を罵る本が主な商品だったが、80年代から公明党が自民党にすり寄り始めたので、矛先を朝日新聞などに変え、さらには排外主義や歴史修正主義を叫ぶ活動をしている人達の主張を売りものにし、ヘイト度とネトウヨ度をエスカレートさせていた、という実態だった。

 そして、もともと日新報道の出版物は戦争の被害を否定するものばかりであったが、そうしたいわゆる歴史修正主義だけにとどまらにかった。
 例えば、在日米軍の問題である。先日国会で、米軍機の飛び方が危険なので安全対策が必要だという話が質問中にあったところ「それで何人死んだんだ」と老人のしわがれたダミ声でヤジった松本文明議員が問題になって責任をとるはめになったが、実際に米軍機墜落事故で死傷者が出ていて、あの全身大やけどで死んだ母子の悲劇などがあったから、このような心無い下品なヤジに批判が巻き起こったのだ。
 この悲劇に対し、当時の冷戦下で悪いのはソ連だから米軍を批判するな、などと無茶苦茶なことを主張する本を出していたのが日新報道という出版社であった。あまりの非常識に唖然とした人は多いが、そうではないと思う人もいて、そんな人たちを相手に商売をしていたのだ。

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 この日新報道は、統一教会との癒着が噂され、この噂が存在することは同社の人も自覚し、スタンスが共通しているだけで関係は無いと言っているのを直接聞いたことがある。もちろん関係なくても同じスタンスなら良いわけないが、そうは思わない人たちもいるのだろう。
 そのことに関連するのだが、拙書『朝日新聞の逆襲』(第三書館)のアマゾンレビューで、この日新報道の出版物を引き合いに出し、その内容をうのみにすることで、それに対して拙書は否定的であるからと非難する的外れなことを書いている人がいた。
 もちろん匿名のネトウヨだから程度が低いのは当たり前だが、この内容がどうも昔よくあった統一教会の機関紙誌に載っていたものと酷似していて、関連を疑ってしまうほどだ。
 もちろん、日新報道の社員が言っていたように、日新報道と統一教会とは癒着してなくてもスタンスが共通しているのだから、それと同じ発想をする個人もいて当然だろう。

 また、そのレビューは誤読に基づいていると指摘されて書き換えていたが、それで矛盾が生じているし、指摘した方も勘違いをして後から削除したりといい加減であったし、そのうえ他の出版社の本を宣伝していると批判しているが、日新報道が倒産したのだから宣伝も何もあったものではないということに気づいていない滑稽さであった。

 いちおう読んでレビューを書いてくれるのは結構だが、あまり変なことを書かれては迷惑である。これだからアマゾンのレビューはヤフコメと同様に評判が悪いのだろう。
 ただ、日新報道の社員は商売と言うけれど、他の出版関係で共通の知り合いが評するには、日新報道の社員もエリートでないくせに弱者に冷酷だから品がよくないので人として好きではないと言っていて、当たっているような気もした。


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by ruhiginoue | 2018-02-14 16:42 | 雑感 | Comments(0)
 三浦瑠麗のテレビで発言した内容がいかに問題かという話は、すでに色々と指摘が出ているし、それにもかかわらず擁護する者に対しても、ことごとく反証や反駁が出ているから、この点はそれ以上の言及など無用だろう。

 それで、この人についてまわる奇妙な現象について、ここでは話題にする。

 先日、一人のプロ野球選手が、ネット上で「嫁がブス」などと悪口を書かれたので、その発信をした人を訴えたということが報道された。
 すると、なぜかこの報道へのリンクや記事のコピペが、その三浦瑠麗を批判している匿名の掲示板などネット上のサイト各地へ執拗に反復して貼られるようになった。
 このため、三浦瑠麗は野球と無関係なのに奇妙だという疑問が当然ながら出ていた。そして、まるで三浦瑠麗が「私をブスと書いたら訴えてやる」と脅してるみたいだという推測がされるようになっていた。

 もちろん、当人であれ別の人の手によるものであれ、もしも「ブス」という悪口に対して牽制や威嚇などする意図であるなら、的外れである。なぜなら、そのプロ野球選手の場合、社会的に活躍していることで注目されるのはあくまでも選手であり、その家族ではないからだ。なのに悪口を書き、芸能人でもないのに容姿を侮辱すれば、訴えられても仕方がない。
 このプロ野球選手の家族とは違い、三浦瑠麗は社会的に活動している本人である。マスメディアに露出しているのも、家族としてではなく、本人としてのことだ。だからケースがまるで異なる。

 また、いきなり三浦瑠麗のことを「ブス」と書いた悪口などネット上に存在しない。この話題を聞いてから実際にどうかと調べてみたけれど見当たらなかった。すべては、先ず三浦瑠麗がテレビに出演した録画を投稿した動画サイトにリンクを貼って「正論を言う綺麗なお姉さん」という執拗な書き込みがあり、これに対し「どこが」という反応である。「正論」でなければ「綺麗」でも「お姉さん」でもない。そのうえで「自分で書くな」「自画自賛が過ぎる」「勘違いナルシスト」「ドラえもんのスネ夫みたい」「自分でイケてると思っている様子がイタイ」という、自作自演の疑惑や推測あるいは断定する書き込みがいっぱいであった。

 そうしたら今度は、プロ野球選手選手の妻が「ブス」と悪口を書かれて訴えたという報道のリンクやコピペとなった次第であり、だから、やはり自作自演という確信をもったという人とか、「綺麗」を否定されたので「ブス」はやめろと威嚇しはじめたとか、そうした憶測が出たということだ。
 
 これは非常に可笑しいことであった。






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by ruhiginoue | 2018-02-13 15:07 | 社会 | Comments(0)