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by ruhiginoue

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 先週、財務省の正門前で、福田次官がセクハラにもかかわらず懲戒免職ではなく退職金が5300万円も支払われることに抗議があり、これはその時に赴いた時に撮影した写真である。

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 この福田次官は、セクハラについて否定し、報じた週刊誌を訴えると言っていたが、財務省は検証した結果やはりセクハラがあったと判断して減給処分することを発表した。

 すでに述べたように、セクハラ被害者が記者でありながら他の週刊誌が報じるのは女性の勤務先であるテレビ局が財務省を恐れた為だが、昭和の時代には朝日新聞社の所有者・村山家の夫人が宮内庁の職員に殴られ重傷を負わされるが、朝日新聞は恐れて記事にできず、これも週刊新潮が取り上げた、ということがあった。
 もともと週刊誌は、新聞とテレビが報じられないことを取り上げる隙間産業的な存在意義があった。

 しかし、もともと週刊新潮は右派で男性読者が多い雑誌だから、女性蔑視がひどかった。これはヌードなどで売る週刊ポストも同様だった。
 こういうことは、スクープが無くて売れないときにやるのだ。つまり、今は商売で民族ヘイトをやっているが、前は主に女性差別をやって売っていた。これを、買う者が悪いとだけ言っても、果たして解決するだろうか。

 また、セクハラという言葉が一般的になった初期には「女はセクハラされてナンボ」「セクハラが嫌ならスカートはくなズボンをはけ、いやイスラム圏に行け」と週刊誌が書いていた。特にビートたけしなど大騒ぎしたものだ。
 それは違うと社会の認識が変わり、このことに気づかない人たちがまだいて、週刊誌に騒がれたわけだ。

 前に親族が東京に来たので出迎えホテルのラウンジに居たとき、そこに都議会広報があり、あのセクハラヤジの被害に遭った女性の議員が載っていて、これについて話したところ、親族で最高齢の女性が「今は問題になるけど、昔は問題にならないどころか女性に対して失礼という考えや発想が無かった」と言った。
 そういうことなのだろう。



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by ruhiginoue | 2018-04-30 18:06 | 社会 | Trackback | Comments(1)
 幹部自衛官が野党国会議員に対して脅迫罪になるはずの狼藉でもお咎めなしだが、続いて他の野党に所属する議員に暴力をふるった大学生が取り押さえられ逮捕される事件が起き、こちらは幹部自衛官と違って一学生という地位の違いで警察の対応も違ったのだろう。
 けれど、よく昔は、野党の運動をしている人や、政府・大企業に批判的な市民運動などで活動をしている側が、右翼やヤクザに暴行を受けたうえ、それから身を守るため制止したことを暴行だとされて逆に警察に逮捕されていたものだ。
 
 かつて『ゆきゆきて神軍』というドキュメンタリー映画があり、ここで戦争体験をもつ男性が戦友を弔うためにと、ゴールデンウイークの天皇誕生日に皇居の方面に街宣車で向かったところ警察に制止され、すぐそばを右翼の街宣車は見過ごされて通っていく、という場面があった。
 この映画は政治的な事情からミニシアターしか上映できなかったが、連日の満員だった。公開されたのは87年で、朝日新聞阪神支局襲撃事件があった直後であった。
 今、その監督による新作が公開され、朝日新聞が『ゆきゆきて神軍』の監督という紹介はしていた。もともと映画の内容を深くとりあげることはなかった。天皇の戦争責任を追及する内容だったからだと言われてきた。

 この『ゆきゆきて神軍』の主人公である奥崎謙三は、選挙に立候補したが広告掲載を朝日新聞に拒否されたと言って、著書で批判していたし、街頭で抗議活動もしていた。「日本の大手新聞の中では最も進歩的だと思っていた朝日新聞に拒否された。読売新聞は快く承諾したのに」と。

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 この時に併せて話題になったことがある。今、セクハラ被害者の女性がテレビ朝日の記者なのに週刊新潮が報じるのは、女性の勤務先が財務省を恐れた為だったらしいが、昭和には、朝日新聞社が主催する展示会に昭和天皇が訪れたさい、朝日新聞社の所有者・村山家の夫人が、天皇に近づきすぎだと宮内庁の職員に殴られ重傷を負わされても朝日新聞は恐れて記事にできず、同婦人が野党の女性議員に相談したら、これを聞きつけた週刊新潮が取り上げた、ということがあった。

 これについて、詳しくは拙書『朝日新聞の逆襲』で述べたとおりだが、警察もマスコミも不公正で、いつも圧力を受けたり、それを恐れたりしているのが日本の現実である。


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by ruhiginoue | 2018-04-29 12:52 | 社会 | Trackback | Comments(0)
 最近、フェイクニュース批判というものが流行っている。騙すことを目的とした情報とか報道という意味で、誤報とは異なる。また、世論操作とか政治的意図を持った宣伝(プロパガンダ)や経済的な悪意による風説の流布とも趣旨がやや異なり、愉快犯的な虚偽という要素が強い。
 これは、大手のマスメディアおよびその傘下の報道サイトなどが、インターネット上に出没する如何わしい報道や情報を摘発し、インターネットより「ちゃんとしたマスコミ」が信用できるよ、という商売上の都合であることが、その態度からハッキリと判る。

 しかし、このフェイクニュース批判なるものは、しょせんニセ科学批判と同じだ。
 このニセ科学批判とは、あくまでサブカルチャーに属するものであって、アカデミズムとは縁遠い、という指摘が既にされている。それもそのはずで、まず内容からして、どうでもいいようなことや趣味の範疇のことである。宗教や因習のマジナイであるとか、もっともらしい効能を宣伝で謳いながら実は大したことなかったり無駄だったりする商品とか、よくあるくだらないものごとを取り上げてあげつらうばかりである。
 そして、これこそ批判しなければならないはずの深刻なこと、例えば役所や大企業に雇われたり癒着したりの御用が、金とか地位とかのために雇い主に都合のよい曲学阿世を説いて、これを権威で押し切る、というような昔からあった問題については放置し、しばしば迎合をする。

 これと同じ構造をもっているのがフェイクニュース批判である。もともと陰謀であると摘発する側が陰謀の側のことすらあるけれど、それとともに、これもニセ科学批判と同じで、商売などのご都合主義や党派性によって恣意的に摘発の対象を選択している。
 そして、やはり、これこそ批判すべき報道と権力の関係について、記者クラブ制度に象徴される役所との慣れ合いと垂れ流れしの報道や、監査機能を失って冤罪など権力犯罪を発生させていることなど、昔からある深刻な問題については無視しておいて、軽いトピックスでしかないことに対して目新しい言葉をこしらえ当てはめ有意義ぶる。

 そしてミサイルが飛んでくると騒ぎながらライオンが逃げたというのは問題にする。

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 つまりフェイクニュース摘発とはジャーナリズムではなく、ニセ科学批判と同じでしょせんサブカルチャーである。

 こういうことだから、ニセ科学批判とかフェイクニュース批判は趣味ですること、それも嫌らしい趣味だから、そんなものは相手にせず自分で考えて判断するようにしなければならない。


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by ruhiginoue | 2018-04-28 17:12 | 社会 | Trackback | Comments(2)
 「不正選挙」について訴訟を起こした人たちの裁判を東京地裁で傍聴したことがあるが、その前に行われた選挙が状況証拠から怪しいと指摘はするけれど、実際に不正が行われたという立証はできていなかった。 
 この時、支援に来ていた人たちの会話を聞いていると、311震災は人工地震による攻撃であるという話題にも熱心であったが、どこの断層で核爆発を起こしたという理論的な指摘は無かった。それが仮にあったとしたら、次は、実際にそうだったことを示す放射能の検出といった証拠が必要だけれど、理論的な指摘が無いので当然ながら証拠も無かった。
 
 このように、先ず、なぜ、どのように、という理論的な指摘が必要で、次に、それが具体的に実行された証拠を必要とする。それを理解できない人が多い。
 そうしたら、これについて白川もと自治大臣が指摘していた。政治家を辞めて弁護士に戻っている同氏は、これまで不正選挙について、根拠もなく騒ぐ人たちがいるので同調しなかったが、しかし切羽詰まったらやりそうな人たちはいるので、心配と監視は必要だと主張していた。

 このように、起こりうることなので要注意であることと、実際に起きたこととして問題にするのは、別である。先ず「絶対に不正はありえない」というのは、実際に不正があった現実によって否定できる。自治体レベルでは既に逮捕者が出ている。
 ただし、地方では有権者の数が少ないため、僅差で当落が決まることが珍しくないうえ最下位当選と次点と一票差なんてことまであるから、そこで不正が起きるという事情がある。しかし有権者が多いと、少しの差だから操作してやろうという動機がなくなると同時に票数が多いため操作が難しくなる。
 このため、例のムサシという集計機が数字を改変しているのだという陰謀論を説く人たちがいるのだが、それを疑うのと、実際にそうであるのとは話が別である。すると、証拠は無いし、否定論もある。だから、絶対に不正が無いと断定はできないが、根拠が不十分なのに疑いだけで断定している人たちも間違っている。
 
 また、国際選挙監視団の派遣を日本が断ったという噂があるけれど、これは外務省が公式に否定しており、かつ噂の内容をよく検討すれば、監視団の必要がある国と監視団を出している国が逆になっていたり、ありえない設定である。こうなるると、選挙監視団拒否は荒唐無稽なデマと言える。
 ただ、それとは別に問題がある。これまで日本は、選挙監視団を不安定な国に派遣しており、派遣される不安定な国ではなかった。だから必要ないとか在り得ないとかいう人たちがいるけれど、これも違う。もう昔とちがって、日本は大震災のうえ原発事故があったので、これからは政情不安定の国々と同じ扱いになるべきだし、原発の利権がらみで選挙に不正のおそれがある、ということで選挙監視団を外国から迎えるべきだと言われるようになったのだから。

 つまり、今後は日本も不正を危惧すべきというのと、実際に過去すでに不正が行われていた事実があるのというのは別なのだ。なのに、既にこんなことがあったという変なデマを流す人が絶えないのは、なぜか。あまりに滅茶苦茶なので、もしかしたら、この先やろうとしている伏線で、予め荒唐無稽なデマを執拗に流布しては否定するという反復により「オオカミが来た!」の状態にしたいのかと疑ってしまう。

 あと、滑稽なことに、自分が支持する側が勝った選挙では不正について何も言わず、負けた選挙では不正だと叫ぶ人たちには、不正が絶対にありえないという完全否定派でない者でさえ困惑させられているが、これかなぜかという一つの可能な回答がある。
 あの訴訟に来ていた人たちの中にも目立っていたが、不正選挙で陰謀と叫ぶ人たちの一部には「それで小沢一郎が総理大臣になれない」と必ず言う人らがいる。こう言う人たちは本当の支持者ではなく、ただ好都合だからと利用しているだけで、祀り上げ神格化しているから、勝って当然で負ければ不正と言うのだ。
 こういうことをするから、「だから小沢信者はダメなんだ」という反発も起きるのだ。そして冷静さを失う。

 こうなると、ムサシとか決まり文句を使わず、不正があった事実にだけ注目し、そこから警戒をよびかけ監視を強めるしかないだろう。

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by ruhiginoue | 2018-04-27 17:33 | 政治 | Trackback | Comments(0)
 大手マスコミが世論調査と称して政権の支持率を発表するが、これは日本の文化と日本人の伝統的思考により有害であるから止めないといけない。
 その調査方法について不公正だと指摘があると、マスコミ関係者らは正確であると反論し、結果に不満だから文句を言っていると勝手な解釈をするが、これは間違いだと断言できる。
 なぜなら、昔から大手マスコミの世論調査に苦情が出るのは、結果に不満な為ではないからだ。そうではなく、マスコミが世論調査として発表すると、その「アナウンス効果」によって大勢に迎合するなどの影響をされる人が多いからだ。特に日本人は、周囲に流されたり、勝ち馬に乗ろうとする民族性なので、政治でも自分の判断や信念に基づいて応援するのではなく優勢な方に味方したがる。
 このため、これから有権者が自ら世論を作って行こうとしているのに、それを大手マスコミによって妨害される結果となる。だから、大手マスコミの世論調査と称する支持率の発表は有害なのだ。このことは、もう長きにわたり問題にされていて、ただマスコミが反省しないだけだ。

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 しかも、世論調査の結果について誤った分析をして牽強付会する世論操作も行われてきた。最近では、若い人ほど与党支持であり、それは経済政策が良いからで、就職が楽などの恩恵がある若い人は、観念的な批判をしないで素直に支持していると、御用の人たちが熱心に説いている。実際には雇用など惨憺たる状態で、経済政策とは無関係な景気の循環により求人があることなどを大手マスコミが隠蔽して報じるから、そこへ合わせて工作がされるのだ。
 しかし、社会に出ていないか、社会経験が浅くて、世の中の実態をまだ知らない人たちは、雰囲気によって思いこまされる。
 だから、若い世代ほど保守的で政権与党を支持するだけでなく、不祥事があって責任問題となっている大臣に、辞任すべきという声が多い中で、若い人だけは多くの人たちが、責任をとらなくていいとか辞任しなくていいとか回答している。

 もともと、若い人は純粋だから不正に敏感というのは幻想である。何が問題なのか意味を理解できなければ当たり前のことで、倫理観の問題ではない。そして若い人ほど未熟だから、社会の問題を理解できない人が多いものだ。
 しかし昔は、若い人たちが社会の不正に立ち向かった、などと言っても、学生運動世代の老人たちの話を聞けば明らかなように、その時代は社会が単純だったから発生する問題も単純だっただけのことだ。今はもう少し複雑で、それを年の功でいちおう理解できるようになった年配が、若い頃から理解できたと錯覚してはいけない。

 また、理解する能力ではなく、知らないという問題もある。
 これは先日NHKが報じていたが、75歳以上の医療費自己負担2割に引き上げを財務省が検討していて、これは高齢化のため医療費がかかりすぎて破綻しそうだからだ。これは予想されていたことだ。それで高齢化に備える財源にと消費税が導入されたのだ。先ず無駄遣いを無くすべきだから、その前には増税しないという方針だった。これを反故にして公約違反だが、高齢化社会になって莫大な医療費や介護そのほか福祉の予算が要ることが確実になった、ということで強行した。ところが、その増税分を大企業の減税に使ってしまった。
 こういう経緯を若い人は知らないから、世論調査で自民党に怒る人が少ないのも仕方ない。そして、年寄が困っても自分には関係ないし、大企業を優遇しているなら、そこに就職できたら得だ、という程度のことしか考えられない人が大勢でる。
 
 これではいけない、という議論を社会で深めていかなければならないのに、そこへ大手マスコミが世論調査で結果はもう出たのだから黙れと恫喝しているのも同然なのだ。 
 だから、大手マスコミの支持率世論調査はやめさせるべきなのだ。これを訴えていかなければなない。


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by ruhiginoue | 2018-04-26 09:51 | 社会 | Trackback | Comments(2)
 先の20日、アメリカのTIME誌が2018年「世界で最も影響力のある100名」を発表し、Leaders(指導者部門)では、アメリカのトランプ大統領や中国の習総書記とともに日本の安倍首相が含まれていた。日本からは他に孫正義氏で二名だった。安倍首相の名が本リストにあがったのは2014年以来4年ぶりで、オーストラリアのターンブル首相が「安倍氏の自信に満ちたダイナミックな指導力が日本の経済と繁栄をよみがえらせた」と寄稿した。

 これが不可解なのは、落ち目どころか死に体とかレームダックとかの状態になってから再登場したことである。また、地球の裏側の豪州首相が、日本のことを解っているのかも疑問であるうえ、空々しいお世辞である。
 しかし、日本ではなく諸外国からすれば、安倍総理こそ最高の総理大臣であろう。まさにネギを背負ってやって来るカモであるのだから。
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 かつて80年代に中曾根康弘総理が、ロナルド=レーガン大統領と互いに「ロン」「ヤス」と相性で呼び合う関係になったと誇った時、それでも対米従属じゃないかと批判されたけれど、それどころか安倍総理は各国の大統領たちに媚びたうえで一方的に「ウラジーミル」「ドナルド」と呼んでは無視されている。
 これでは無様だが、その自覚が安倍総理にはないのだろうか。

 いつも外交で安倍総理は、金をばらまいてただ相手を喜ばせて交渉になっていない。これで相手国はカモネギの安倍総理に大喜びする。それでリップサービスだって当然やる。この部分だけ取り上げて、日本が大金を失うばかりで何の外交成果も無いことは隠すと、外交でいつも世界中で成果をあげている安倍総理と印象づけられる。
 こんなことができるのは、NHKなど日本の主要なマスコミの幹部たちと会食してはゴチソウとともに圧力をかけているからだ。
 この一方で、日本の報道の自由は懸念され、世界の報道の自由度ランキングが安部内閣になってガクガクと低下している。そんな国の首相なのに、持ち上げる外国としては、よほどオイシイということになる。

 だから、欧米メディアの報道や論調を真に受けてはいけない。自国にとって損か得かによって、現実を無視し、平気で持ち上げたりこき下ろしたりするのだから。
 なのに、安倍総理に反対する人が評価に疑問ありとしながら、同じ欧米メディアから逆に貶められているプーチン大統領やアサド大統領や金委員長らへの評価は鵜呑みにしている人たちが大勢いる。欧米メディアが安倍総理を絶賛していて現実と違うと怒るなら、アサド大統領は逆に良いのではないかとまでは言わないにしても、実際には知らないのだから評価してはいけないし、どんなに悪いと仮定しても、欧米メディアとその受け売りをする日本の大手マスコミが言うほどではないし、逆の可能性すらある、というように考えなければならない。


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by ruhiginoue | 2018-04-25 12:47 | 国際 | Trackback | Comments(3)
 前に月刊誌で、大西健介衆院議員のことに触れた内容は、読んでくださった方々には既知のことだ。
 だが、簡単に説明すると、同議員は国会の質問で美容外科の宣伝について取り上げていたから、その問題について問い合わせたところ、実はすでに陳情もあったそうで、また国会議員ともなると色々な陳情があり、特に対応できることではないと答えていたそうだ。
 また、質問の中で美容外科の宣伝に言及したのは、あくまで医療一般の問題として宣伝と法規制が問題であるから、ということだった。

 さて、同議員がその質問のなかで発言した「CMも陳腐なものが多く、イエス○○とクリニック名を連呼するだけのCM」が、高須クリニックにとって名誉棄損に当たると訴えられ裁判となった。
 これに東京地裁の河井芳光裁判長は、その発言は高須クリニックのCMを指すと指摘したものの「CM一般に向けられた発言で、原告の医療機関に評価を加えたものではない」と判断し、高須クリニック側の訴えを退けた。

 「僕は傷ついているんだ」と同クリニックの高須院長は不満を言っていたが、名誉または名誉感情が毀損されて社会的評価が落ちたか否か社会的コンセンサスから問題になることであって、個人的に気持ちが傷ついたかどうかは争点にすらならない。
 しかし高須院長側は控訴する方針だという。

 もともと、そのCМは「ナチス!高須クリニック」「イエス!ナチスクリニック」などと散々皮肉られていたが、これには傷つかないのに「陳腐」と指摘されたら傷つく高須克弥という人の感覚は、理解できない人の方が圧倒的に多いはずだ。
 しかし、高須院長はナチを擁護する発言をして国際的に問題になっていたから、普通はナチスと一緒にされたら傷つくが、高須院長は傷つかないのだろう。

 それに、高須院長だけのことではなく、美容外科は人種差別と結びついているから、ナチスとは親和性がある。ナチ収容所での人体実験で有名なヨゼフ=メンゲレ博士も、人種的特徴を手術で変える研究をしていた。
 だから戦犯としての追及から逃亡中に、よくSFのネタにされて、危ない発想の研究をしていることにされていた。『ブラジルから来た少年』でヒットラーのクローンを作り、『マイティジャック』では日本に潜入し、白人のように鼻を高くしてやると言って女性たちを相手に美容外科で儲けていた。

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 だから、宣伝に熱心な一部の診療所だけの問題ではないのだ。
 




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by ruhiginoue | 2018-04-24 16:07 | 司法 | Trackback | Comments(2)

マスコミ内外のセクハラ

 80年代のアメリカ製TVドラマに『事件記者ルーグラント』があった。社会派の地味な内容だが、アメリカでは放送当時から評価が高く、また日本では深夜に放送されたさいに夜勤の新聞記者たちが観ていて話題にしたため、これで知った人たちもいる。

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 このドラマで主人公のセリフ吹き替えしていたのは俳優の小松方正だったが、新聞社の社会部編集室で「私はここのオヤジ」と自己紹介し、それは部下の記者たちから親しみを込めて呼ばれているからだけど、原語では親しみを込めて「ルー」とファーストネームで呼ばれていた。これは習慣の違いによるものだろう。
 
 さて、このドラマに、職場でのセクハラがテーマのエピソードがあった。当時はまだセクハラという言葉が使われていなかった。立場を悪用して相手が嫌がっているのに性的な言動をすることを「性的な嫌がらせ」ということで「セクシャルハラスメント」略して「セクハラ」と言うようになるが、この言葉ができたことについて映画の翻訳で知られる戸田奈津子は、簡潔なうえ明確だから便利な言葉ができて助かると言っていた。

 つまり社会問題として専用の言葉ができる前から問題は存在していたわけで、だから、その種の話題になったさい翻訳する側としては一発で解る簡潔な表現ができて良かったのだろう。
 このように、認知されていなくて表現する言葉もない、という時期に『ルーグラント』は既にテーマとして取り上げていたということだ。

 しかも作劇が上手だ。最初は自動車の中から標的を狙っている男の様子で、続いて急発進すると近くの店から出てきた男に突進し、狙いが外れてゴミ置き場のバケツをひっくり返して止まる、というようにサスペンス仕立てで始まる。何事かと興味を惹かれて観ていると、警察が来て車に乗っていた男は逮捕されるのだが、妻に猥褻行為をされたので頭にきてしまい、ひき殺してやろうと思ったが失敗したと供述する。

 この事件を取材していた女性の記者は、犯行動機について詳しく知ろうとして、逮捕された男の妻に会いに行く。
すると、コンビニ店でパート勤務していたところ、その店主がいきなり後ろから身体に触ってきて手を胸に回して掴んだから、驚いて逃げ出し夫に相談したところ、夫は短気な性格だったのでブチ切れて早まったマネをしてしまった、ということだった。この涙を流しながらの証言に驚いた女性記者は、その店主についてさらに調べると、他にも被害に遭った女性の店員がいた。

 さらに見事な展開なのは、この女性記者が、それでは自分の勤めている新聞社は大丈夫かと調べてみたら、出るわ出るわ、ということで自戒をこめた記事を書いたけど、掲載してよいものか社内で揉めてしまう。告発の記事を載せている新聞社内はどうなのか、などと言われそうだから、それよりは予め事件をきっかけに色々と調べていたら自社にも問題が色々あったという記事としたほうが説得力があるはずだと言う女性記者に対し、上司のルーグラントは世論の反応を心配し、なぜなら何でもマスコミが騒ぐから悪いという風潮があるためだった。

 これは日本でも同様のことがあるけれど、こんなに早くから扱い、しかも面白い筋立てにしながらテーマの追及を深めていくなど、アメリカのテレビドラマは作り方が上手である。もちろん、脚本家など人材の裾野が広いこともあるだろう。

 それより困ったことに、ちょうど問題になっている財務省次官のセクハラは、取材に行ったテレビ局の女性記者が被害に遭ってもテレビ局が圧力を気にして報道できず、また週刊誌に持ち込まれ、そして政権ベッタリのマスコミ人らがセカンドレイプも同然の言動をしているということだ。
 これをもしもテレビドラマにしたら、ひどすぎて現実にはありえないと思われてしまうだろう。


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by ruhiginoue | 2018-04-23 14:11 | 社会 | Trackback | Comments(4)
 妻を捨てようと決意した夫の方から切り出す「熟年離婚」の増加傾向という記事が、週刊朝日の前号に掲載されていた。
 これによると、もともと熟年離婚といえば妻から離婚を切り出す例が多かったけれど、最近では妻が不要になったという夫が増えているそうだ。そして定年退職しても、あと長ければ30年くらいは生きるが、もう妻と一緒じゃないほうが幸せだと言う男性の思いが語られている。
 その例は、ずっと生活に追われてばかりで、子供が独立すると、あと妻が夫を必要としているのは金のためだけで、もう人生のパートナーではなくなっていたと気付き、それで離婚のため財産を整理し分与もしたから前より貧乏になったけれど、はるかに幸せになったと言う。そして残りの人生は、自分の気持ちに正直に、前向き生きるつもりだと言う。

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 これまで離婚で難点とされていた年金について、法改正され専業主婦が離婚時に夫の年金の一部をもらうことができるようになったから、熟年離婚は妻から夫に離婚を切り出すのが増えるとばかり考えられてきた。
 だが、夫から妻に離婚を切り出すケースも増え、それは他に女を作ったなど過去からよくあったことだけではなくなってきたらしい。裁判所の2015年度の司法統計によると、男性からの離婚原因1~3位は「性格が合わない」「精神的に虐待する」「家族親族と折り合いが悪い」であった。
 そして弁護士のところへ離婚相談に来る男性で最近多いのは「妻と別れて本当の自分の人生を歩みたい」という訴えだという。

 この背景には、離婚そのものが珍しくなくなり、昔のように離婚で夫の出世に響くことが無くなり、離婚を考えやすくなっていることがあるけれど、しかし離婚にさいして財産分与をしないといけなくなり生活水準が低下することも多いのだが、これを弁護士から説明されても意思が変わらず、それでも離婚して残りの寿命を自分にとって納得できる生き方にすると言う男性が増えているそうだ。

 この記事を読んで思い出した。先日の国会議事堂前、その前の総理官邸前の抗議行動などに、夫婦で行った幸福な人たちがいた。けれど、こういうことに妻は無関心とか嫌悪感とかで、夫に行くなと言う妻だったら。そういう生き方の違いで離婚する人たちもいるだろう。
 そんな男たちを、実際に多く知っている。安保法制と共謀罪の抗議行動の時、居ても立っても居られず参加しようとした男が妻から反対され、身の安全などを心配されたのではなく価値観の違いによるもので、しかも政治や思想信条という以前に無関心とか冷笑系とかであったから、もう一緒に生きていくことは無理だと確信して離婚し、その後は集会やデモに参加して水を得た魚のようになったと言う。

 ただ、自分の人生を取り戻したいと家族を捨てる男なら昔からいた。子供のころに、よく小説やドラマに描かれていて、当時は理解しにくかったが、今は理解できるようになった。


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by ruhiginoue | 2018-04-22 17:12 | 社会 | Trackback | Comments(3)
 このところの、国会や総理官邸の前で行われている抗議行動について、海外メディアはデモ隊の視点から取材や撮影をすることで市民の目線を伝えたうえ警察の過剰な警備の実態を明らかにしているが、日本のメディアは警察が取り締まる目線で取材しているので、よく批判されている。

ところが、かつて様々な市民の集会について、警察の視点こそ中立で客観的だから報道も同じ視点でなければいけないと主張したのがテレビ朝日『やじうまワイド』という番組のレギュラー解説者で元読売記者の塩田丸男であった。しかも、日本の市民や労組の集会はソ連の諜報機関による裏工作であると何の根拠もなく発言していた。これは陰謀論が出たときアメリカの中央情報局(CIA)が否定したのに、である。

 こういう人の発言は非常識すぎるし明白な放送法違反であるが、政府や内閣に好都合であればお構いなしである。日本の言論報道の自由は有名無実であることが、テレビを見ているだけよくわかることは昔からである。
 そして今も続いている。

 あの辛坊治郎も、外国で危険に遭った日本人に自己責任と言い放っておいて、手前がしなくてもいいことして遭難したら自衛隊機に助けてもらって税金の無駄遣いで、あいかわらず自己保身のため政権に媚びる発言ばかり繰り返した。しかし総理がやばくなったら途端に辞めろと言い出した。このようにテレビに出ている者はお調子者ばっかりである。
 あの当時、外国で人質になった日本人については米軍の高官でさえ信念に基づいた行動であるから賛同できなくとも尊重しなければならないと明言していた。それでも助けるなと言い放った辛坊治郎が遭難したのは趣味の延長というべき内容だった。それなのに自衛隊機に救助され税金の無駄遣いをしたのだ。

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 こういう電波芸人たちは適当なことを言ってお金さえ儲かればいいと思っているのだろうが、テレビに影響されて国民の考え方がおかしくなれば国は道を誤り、それが国民に跳ね返って不幸をもたらすのだ。



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by ruhiginoue | 2018-04-21 12:21 | 社会 | Trackback | Comments(0)