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by ruhiginoue

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極楽浄土と人間革命

 浄土真宗の僧侶が、極楽浄土について経典に書いてあるけれど信じられないと言う人について、来年の月日が来年のカレンダーに書いてあるけど来年があることを信じられないのだろうかと言っていた。
 もちろん、来年は死んでしまえば来ないし、極楽浄土は死んだらの話だ。また、去年から今年までが有って、それを今生きている人はみんな知っているのだから、それで来年のカレンダーは来年の月日が有ることを前提としているが、それと違い、過去に死んだ人は数えきれないほどいるけれど、極楽浄土に行った人の証言は存在しない。
 その坊さんとしては、自分が極楽浄土に行ったら、ぜひその実在を語りたいそうだが、それは無理だろう。死んでから、成仏できない人や地獄に墜ちた人は極楽浄土について証言できないし、そんな亡者や亡霊になった人と違って極楽浄土に行った人だったら、そんな居心地が良いところからこの世にわざわざ戻って来て証言するわけがない。

 その話から思い出したが、『人間革命』という映画で、丹波哲郎ふんする戸田城聖という人が、極楽浄土の存在なんて信じられないという人たちに対し、もし存在するとしても自分だったら退屈してしまう、と言う場面がある。それは酒や女の楽しみが無いからで、私だけじゃなく君なんかもっとだろう、と言って笑わせる。
 そして、もともと仏教はそんな単純な教義ではないのだが、大衆には難しいだろうからと、死んでから極楽浄土に行けるというような布教の仕方をしてきたのだと、戸田城聖は指摘する。
 そしてそこから、生活が辛くても我慢すればいいとか、政治が悪くても文句を言うなとか、そのように宗教が堕落してしまったのであり、それではいけないと説くのが日蓮宗であった。

 この映画は、小さいころに学会員の人からチケットをもらって映画館で観た。あれはいちおう東宝特撮映画なので、タダで観れて有難かったが、どうも丹波哲郎があの調子で説教しながら関連するイメージ映像が重なる演出は、主演だけでなく監督も同じというのもあって『ノストラダムスの大予言』と印象が変わらなかった。どうも、両方観た人たちはみんなそう感じたらしい。
 このチケットをくれた人は「お布施」のつもりでたくさんのチケットを買ったので、あげるということだった。だから大ヒットして当然であり、不景気な七十年代の映画界の事情を感じさせることだった。


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 それはともかく、この映画の中心は、まず丹波哲郎ふんする戸田城聖が、出版社を経営していた時に宗教弾圧で逮捕され、屈せず耐え続けてからやっと釈放されると経営者の不在で事業は無茶苦茶になっていて、それを頑張って立て直すというもの。『続人間革命』では、若い社員がたいへんな意欲で、これがのちの池田大作だが、雑誌を刷新し若くして編集長になるということだから、まるで後の鹿砦社と同じ図式である。

 しかし、この映画と今の創価学会を比べたら、どうか。

 映画の最初のほうで、戸田城聖が列車に乗っていて明治神宮前を通ると、乗客たちが起立し、制服の軍人らは神社に向かって最敬礼するが、戸田城聖だけは敢然と無視して背を向けたまま座っている。これがなぜかは続けて描かれる。
 創価学会の創立者である牧口常三郎は、社会改革のため法華経の教えを用いるべしと唱え、これに戸田城聖は心服していた。だが、そこへ宗教弾圧があり、戦争に反対しないよう国策に従うと誓約せよ、伊勢神宮に参拝せよ、などと迫られて、牧口常三郎は拒否した。
 このため牧口常三郎は逮捕され、老齢のうえに栄養失調が加わって獄死してしまった。このとき戸田城聖も逮捕されて取調べを受けていたのだ。

 ところが、この創価学会が支持母体の公明党は、共謀罪に賛成するなど自民党に協力してきた。

 こうしたことが続いて、とうとう沖縄県知事選挙では、長年の創価学会員たちは造反したということだ。
 この映画を観れば、それで当たり前だと解る。


 




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by ruhiginoue | 2018-10-31 19:53 | 映画 | Trackback | Comments(0)
 はっきり言って「自己責任」ということ自体は何も悪くない。政府が危険だと注意しているのに、なにかわけがあって、あるいはただのバカだから、そこに行って最悪は死ぬとしても、そうするのは勝手なのだから、それは自己責任である。

 ただし、前のイラクと今回のシリアで日本人が捕えられたり殺害されたりしたことで、日本政府または在野だが日本政府の側に立って「自己責任」と言うと、それでは済まない。
 なぜなら、日本人が危険なのは日本政府が原因を作っていたからだ。

 まずイラクでは、アメリカによって国土が破壊され国民が殺害されたことで怒り狂った人たちが、この武力攻撃を日本政府は支持したから、日本人に対しても敵意を抱いていた。
 だから犯人たちは、殺害した日本人の遺体に星条旗を添えて、アメリカに媚びる日本人を殺してやったというメッセージを発信していた。そして他にも捕えられた日本人がいたが、この人は反米活動が原因で日本国内で逮捕歴があり、その延長でイラクを訪問していて、そんな人であると解ったことが釈放された一因であった。

 このように、イラクで日本人が危険な目に遭うのは日本政府の対米従属のせいだから、日本政府が行くなと言ったのに従わなかったから自己責任だと言っても、政府の責任は逃れられない。だから日本政府は批判をされていたのだ。大手マスコミがちゃんと報じないから知らない人も多いが。
 しかも、その時の小泉純一郎総理大臣は、後から、原発は通産省に騙されていたと言うけど、劣化ウラン弾の汚染が深刻なイラクについては、アメリカ国内でも問題になっている「大量破壊兵器の嘘」について、「見つからなかったのは無かった証明ではない」というひどすぎる屁理屈を言いっぱなしで、武力攻撃支持は反省しないどころか撤回していない。
 さすがは、日本の一般市民を標的に爆撃して大勢殺害したルメイ大将に勲章を授けた防衛庁長官の七光り息子である。経済の分野でも、日本の富をアメリカの企業に渡すことで地位を保っていたことは周知のとおり。
 さらにその息子も、沖縄に何度も行って「安室奈美恵さん」などと無関係な演説をしながら、沖縄の美しい海を破壊して米軍基地を建設させようするのだから、代々の家業が売国というべき恥ずべき小泉家である。

 またシリアの件では、拘束された人が万一に備えて高額な掛け捨て身代金保険に加入していて、人質の釈放を交渉していたのに、安部総理が日本人を拘束している勢力と「戦う」諸国に総額で二億ドル位の支援を約束すると発言してしまう。これを日本政府は後になってから人道支援のつもりで言ったと弁解していたが、イスラエル国旗の前に立ち、戦う諸国を支援すると言う様子がテレビで世界各地に放送されたのだから、これを見せられた側がどう反応するか。
 そして捕えられている日本人は殺されてしまったのだ。
 
 こういうことがあったのだ。それに、そもそも自己責任とは、あくまで当人の選択権にかかる言葉であって、日本政府がその政策について言い逃れするための言葉ではないのだ。
 これを踏まえていない人たちが、安田純平という人は勝手に行ったとか、そうじゃない仕事で行ったのだとか、外れたところで議論する自己責任論争をしているのだ。


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by ruhiginoue | 2018-10-30 12:36 | 社会 | Trackback | Comments(2)
 もと政治家でタレント弁護士の橋下徹という人が、安田純平という人について、ある指摘をしていて、それは要するに「結果オーライ論」というものだ。これでいいのかは別にして、そういう現実があることは認識しておく必要があるだろう。

 あの安田純平という人が危険を承知のうえで内戦下にわざわざ出かけて行ったのは、それによって命がけの取材をしてきたということで話題になり、記事や映像がテレビ局などに売れるからだ。
 つまり彼には功名心と功利心があったということだ。そして、こういう俗な意味の成功をしていれば、政府の忠告に逆らったなど途中経過で問題があったとしても、最後は称賛すなわち「おわり良ければ全て良し」の「結果オーライ」となるはずだ。

 だが、今回のように拘束されて人質になったのでは、失敗して成果なしだから途中の努力も無駄とみなされる。そして、政府の忠告は正しかったのに従わないから、国民みんなに心配をかけたと非難されてしまう。

 なので、安田純平という人は称賛ではなく非難をされて当然である、というのが、橋下徹の結果オーライ論である。かなり勝手に要約させてもらったが、趣旨はこのとおりのはずだ。

 これでいいのかという疑問が沸いて当然ではあるが、こうした現実が存在するのは確かである。橋下徹という人は出自などから苦労して来て、のし上がるためなりふり構わずの人らしいから、どうしても現実主義者になって、そこから嫌なこと露骨なことを言うのだろうが、その現実とは確かに存在するから無視してもいられない。

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by ruhiginoue | 2018-10-29 11:50 | 社会 | Trackback | Comments(3)

危ない親戚という現実

 かつて、現在の世田谷区の保坂区長が国会議員だった時、ある集会に来て、地元だったので行って話を聴いたことがある。一緒にその配偶者の女性も来ていて、彼女とも会話させて頂いた。
 そのさい福祉の話で保坂議員は、よく独居老人が生活保護を受けていて、それが生活保護を受けている人達の中で割合が非常に多いという指摘をしていた。これは、頼れる家族がいないうえ年金がもらえない人が少なくないためだ、ということだった。

 この背景に年金制度の不備があるけど、それでも昔から「老後の備え」とよく言うように、引退後のことなどは自ら考えて対応しておくものだったから、それなのに生活保護に頼らざるを得なくなる年寄りは、若い頃に無計画で場当たり的とか刹那的とかいう生活だったのだろうと思われてしまう。
 そして自業自得などと嘲笑されたり、そんな人を助ける福祉は税金の無駄づかいと非難されたりする。

 もちろん、一部にはそういう人もいるが、その一方ひたすら働いて遊びもしなかった真面目な人が、悪い人から財産を騙し取られたり強奪されたりの結果だったりもする。認知症や老齢による判断力低下に付け込まれ、振り込め詐欺に遭ってしまったり、言われるまま契約したらインチキだったとか極端なハイリスクだったとかで財産を失うということがあるのだ。
 だから、一概に自業自得とか言っては気の毒だし、社会的に対策を講じる必要がある。

 そこでもう一つの現実を述べておかなければならない。いちおうあった財産を騙し取られたことが原因で貧困に陥った人にとっての加害者とは、詐欺師や悪徳業者の他に、親戚にやられたというのが結構多いのだ。親族なので資産について知っていることがあるうえ、親族なのだからまさかと思っていて、しかも普通なら犯罪になるところだけど身内なので法的な手が入りにくい、ということも加わって、えげつないことをされてしまうのだ。
 また年金のことでも、受け取ったものを横取りされることがあるけれど、手続きをしておくからと預かった掛け金を納めず着服され続けて受け取れないことがある。

 これは親子兄弟姉妹の間にもあることだが、それより少し離れているくらいの、微妙な距離の親族が最も悪辣なものだ。具体的には、親よりも親の兄弟姉妹およびその配偶者と子供、子供や兄弟姉妹よりもその配偶者およびその子供、というくらいの間隔が危ない。

 こういうことは言いにくいことだが、しかし親族などを美化しないで現実を認識して対策を講じないといけない。社会全体の問題であるのだから。
 
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by ruhiginoue | 2018-10-28 12:20 | 社会 | Trackback | Comments(2)
 シリア内戦について、大手マスコミはろくな報道もしていないくせに、そこで隙間産業か下請けのようになっているフリーランスの人達をダシにして、いかにジャーナリズムが大切かと説いているのを見せられると反吐が出そうであるが、それ以上に酷いのは日本政府である。

 周知のとおり前にシリアで殺された日本人が二人いた。湯川遥菜氏と後藤健二氏である。
 このうち先に捕まって殺された湯川氏は、捕まえた側も最初から殺すつもりだったらしい。それについて潜入したスパイからの証言があったそうだし、取り囲まれた湯川氏が「テメエ何しに来やがった」みたいなことを言われながら袋叩きというか足蹴というかの状態が録画されていた。

 この湯川氏はもともとミリタリーマニアで、民間軍事会社を設立して武器まで含めた物資の調達をする事業を展開しようとしていた。そしてシリア内戦をビジネスチャンスだと捉えてウエッブサイトでも公言していた。これでは反感を持たれて当然だった。
 あの田母神俊雄氏と一緒に撮った写真をウエッブサイト上に掲載していたので、友達なのかとマスコミが尋ねると田母神氏は知らないと言った。選挙に立候補したとき色々な人達と記念写真を撮ったから、いちいち憶えていないと言うのは当然だが、それしても無関係を強調する態度が露骨なので、湯川氏の事業について関係があると思われることを避けたのではないかと指摘されていた。

 しかし後藤氏はジャーナリストであり、取材してテレビ局に売っていたからシリアの内戦も商売のネタではあるが、戦争の犠牲になる子供を取材して世間に訴えていたから、そこは湯川氏と大違いであり、反感を持たれることはないはずだった。
 また、危険は承知の上で、何かあったさいの準備をしていて、外国の会社の高額な掛け捨て身代金保険に入ってもいた。

 だから交渉して解決の可能性はあったのに、安倍総理がぶち壊したのだ。イスラムの急進派と戦うために周辺諸国に支援をいたしますなんて言ったから、これに刺激された連中に殺されてしまったわけだ。
 これについて後から日本政府は、あれは人道支援の意味だったと言い訳したけど、安倍総理はイスラエルの国旗の前に立ち演説しており、その姿が世界中に中継されたのだから、見せられたほうは穏やかでいられないに決まっている。

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 そして今回の安田純平という人だが、カタール政府が三億円を支払った代わりに釈放されたらしく、同国としては外交上の思惑があってのことだと推測されている。
 つまり、その身代金を日本政府は払ってないから、日本は何も迷惑してない。何か迷惑したなら、しかし彼の仕事は立派とか言う意味あるけど、そうじゃないから褒めることない。

 むしろ問題は、本当は何もしてないのに、解放されたのは安倍総理のおかげと嘘の報道するNHKだろう。
 もともと安部総理は、自分の息がかかった人たちをNHKに送り込む工作をしていて、あの百田尚樹が経営委員になったことまであるのだから、むしろ当然の不正だ。
 これに受信料を払うなんてまさに「泥棒に追い銭」だが、こうした嘘のため、政府が努力したかのように誤解した人たちが間違った非難をしているのだろう。

 まったく、マスコミもマスコミなら政府も政府である。





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by ruhiginoue | 2018-10-27 11:45 | 国際 | Trackback | Comments(4)
 危険を承知で行く所は、よく引き合いに出されるのが戦場取材と山岳部だけれど、昔、朝日新聞で本多勝一記者は、自分が学生時代にやっていたから山の遭難の問題についてよく批判的に記事にした一方で、ベトナムなど戦場の取材には遺言状を書いて出かけていた。
 そんな根性のある人が大手マスコミにいなくなったからフリーが赴くのだろう。

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 しかし、「フリージャーナリスト」に期待するのは幻想である。かつてその本多勝一記者は、大手のことを左翼が「ブルシン」(ブルジョワ新聞)と皮肉るのに対し、現実にはブルシンの記者が頑張っている一方で「フリー」がダメである実態を指摘していて、その指摘するとおりだと言う人たちが「フリー」の中にも少なくなかった。そうなる構造があるからだ。

 あのシリアで人質になったフリーのジャーナリストたちについても、これは言える。大手メディアがダメだからと安易にフリーに期待してはいけない。
 まず例の安田氏だが、その「報道」に対しては疑問や批判がいっぱいあり、それは、あの人の「報道」はあくまでもアメリカに都合の良い内容で、そのために嘘臭さがあるからだ。これを自己責任論で非難してる連中は口にしない。アメリカの傀儡である日本政府を擁護しているに過ぎないからだろう。
 一方で、安田氏を擁護している人たちも、彼の取材とスタンスを称えることで、暗に彼の「報道」とは違ったり逆の立場だったりする取材や報道を非難する政治性を発揮していて、その多くは欧米寄りであったりイスラム圏に対する偏見があったりしている。そもそも報道は色々な視点があってこそ有意義なのだから、気に入った報道スタンスだから支持して他は否定するというのは間違った態度だ。

 そもそも、危険なところだから行くなと言われても、危険とわかっていて仕事に行く人もいるのだから、そこに文句を言ってもしょうがない。これだけで充分である。そこで安田氏の仕事を評価する意味はない。それを言っていたら、共感できないなら殺されてもいいのかという問題になってしまう。
 だから、人質にされた安田氏が殺されなくてよかったことと、その取材や報道の内容とは無関係だ。もともと安田氏の報道を批判や否定する者もいるし、彼とは逆の立場から取材や報道をしている者もいるが、それは支持できないから取材するな報道するなと言うことになるのか。それとこれとは問題が別なのだ。

 なにより肝心なことは、安田氏がどこかのメディアに正社員として勤務してないから「フリー」だと言っても、シリア政府やそれを助けるロシア政府、あるいはそのことで対立するアメリカ政府、およびそれらの息がかかったマスメディアから、彼が「フリー」であるという保証はない、ということだ。
 これについて昔から「奴隷フリーランス」と言うように、フリーであるため逆に自由がないことは多い。定収入がないので、売れる方に、買ってくれる方に、なびくからだ。これは多くの場合、金や権力にからめとられる。大手マスコミに迎合することもあれば、ユーチューバーのように受けばかり狙うようにもなる。

 現実に、後藤氏も安田氏も「フリー」だと言うけれど、カスミを食って生きていたのではなく、テレビ局など大手のマスメディアにネタを売って金にしていた。国家権力から免許をもらったり大企業がスポンサーに付いたりしているところだ。それに迎合せざるを得ないのだから、フリーだから真実に迫っていたというのは幻想だ。
 なので、無能な日本政府に媚びたバッシングを批判するのはいいが、幻想に基づいて持ち上げてはいけない。




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by ruhiginoue | 2018-10-26 18:00 | 社会 | Trackback | Comments(10)
 かつて山本太郎議員が、国会質問で安倍総理に対し「いつ辞めてくれるのか」と問うたことがある。政策で失敗しているのに偽装したり、不祥事があったのに隠蔽したりで、居直りつづけているから、ということだった。
 それなら同様に、安倍氏は「いつ離婚するのか」と質問したい。安倍氏は離婚するべきだ。


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 なぜなら、安倍氏はまた憲法改正を言い始めているからだ。
 このさい、いつも安倍氏は、憲法が日本人の精神に悪影響を及ぼしていると言い、その理念を全否定する。他でもない自分が憲法に悪影響を受けている最たる者だと自覚していないのだろうか。憲法が謳う個人の自由や男女平等のため昭恵夫人と未だに離婚しない。

 これではいけない。安倍氏が本気で憲法改正すべきと思うなら、先ず昭恵夫人と離婚しなさい。安倍氏および自民党のみなさんによれば、お国お家より個人を優先させる憲法は悪いそうだから。
 それでは、不妊治療しても子供ができないと昭恵夫人は言っていたが、そんな「生産性のない」夫婦を続けていないで「産まず女」には「三下半」を渡すこと。安倍氏および自民党とくに「日本会議」の人たちの持つ価値観からすると、そうなる。

 この点、小泉元総理とその家族を見習うことだ。彼にはちゃんと跡継ぎの子供がいるし、あとは妊娠中の妻を姉たちが叩き出して離婚させた。憲法など無視し、個人より、お国お家を優先させたのだ。偉い。

 だから、安倍氏は早く離婚しないといけない。いつ離婚するのだろうか。


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by ruhiginoue | 2018-10-25 16:38 | 政治 | Trackback | Comments(6)
 お笑い芸人の松本人志は、最近よく軽率な「持論」を展開していて、それは社会の現実を認識しない無責任な精神論であると指摘されているが、そういうものは元々、弱者を虐げ強者に媚びるもので、実際に松本人志は平行して政府に媚びる発言をしている。

 これについて、しょせんはお笑い芸人と言う人をよく見かけるけれど、違うだろう。こういうことは、お笑い芸人でなくても言っている。特に目立つのが教師である。お笑い芸人と教師が同じことを言うのは、どちらも共通して社会の現実を認識できていないからだ。だから演芸と学校がどちらもツマラナイわけで、その構造が存在する。
 この構造については別の問題として、ここではそんなくだらない精神論になってしまう原因の無知について話題とする。

 この精神論を説く無知とは、かなり単純な世間知らずである。例えば若くして功績があって大学で教えているとされる落合陽一という人が典型的だ。
 まるで功績がないけどなぜか大学で教えている連中もいる(そんな人が何故いるのかは、これも別の問題とする)が、いちおう功績のある人でも、その分野についてだけ語っているならいいが、にわかに他の事まで語りだすと非常識なことを言う。するとだいたい無責任な精神論になる。これが、お笑い芸人と同じになる原因だろう。

 この落合陽一という人は、学校の勉強が社会で役に立たないと言う人を批判していた。そして、そう言う人が解っていないのは、学校の勉強それ自体も意味があること、および社会に出てから役に立たないとしても勉強は訓練になるということであり、これを解っていないと貧困が堂々巡りするということだ。
 しかし、今時、学校の勉強が社会に出て役に立たないと言う単純な人はいないだろう。学校の勉強は学歴が伴っていないと社会から認められないので、貧困などの原因で進学できないと貧困の再生産になるという現実なら、昔から今まで指摘されてはいるけれど。

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 また、学校の勉強の内容にも意味があるとか、勉強することが訓練になるとか、そんなことは大昔から言われていたことで、よくテレビの学園ドラマでも繰り返し出てきたほどだ。
 そんなことを今さら言うなんて、落合陽一という人は一体どう思いついたのか、あるいはどこから受け売りしたのだろうかと不可解だが、これは貧困で進学できない人がいるなどの社会問題から目を逸らそうとする昔式の戯言であり、学園ドラマのネタとしても、教師などが安易に発するその場しのぎの言葉として描かれていたはずだ。

 どうであれ、これは社会の現実を認識できていないことによる無責任な精神論であることに変わりない。お笑い芸人がやっているのと同じで、政府などの強者に媚びて弱者を虐げることであるから、決して容認してはならない。
 だいたい、木村草太という「気鋭の学者」もそうだけど、マスコミが持ち上げている教員ってのは大抵ろくでもないものだ。
 





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by ruhiginoue | 2018-10-24 17:20 | 学術 | Trackback | Comments(0)

寿司と焼肉が本当は嫌い

 自分に正直が実は難しい。これは、よく言われることだ。
 例えば、仕方なく周囲に合わせてしまい、本当は嫌いな料理を付き合って食べていることがある。「そばつゆをタップリ」という寓話があるけれど、この逆のような感じである。

 ここで、世間のみんなが有難がっている料理であると、相手が良かれと思って薦めてくるから、好きじゃないとか嫌いだとか言って断ることが難しい。
 その代表が、寿司と焼肉である。

 この両方を食べ放題という店があり、安いけれど素材が如何わしくて、不味いだけでなく不気味であり、健康を損ないそうな恐怖感まで覚える。
 そうまでして食べ放題という店があるのは、寿司と焼肉をありがたがる人がいるからだろう。そんな人たちの中に「安かろう悪かろう」でも質より量で食べる人がいて、店が成り立っているということだ。

 だから、そういう安かろう悪かろうの店ではなく寿司と焼肉をおごってやろうと、上司が部下などに対して善意または恩着せで連れて行く。そして、その場合は寿司と焼肉と、どちらがいいか、なんて話題にもなるわけだ。
 また、安倍総理がマスコミ関係者を懐柔したり圧力かけたりするために飲食店に呼び出すと寿司や焼肉になり、そこから御用コメンテーターが「田崎スシロー」なんて皮肉なあだ名を付けられる。

 これは『ナニワ金融道』の最初のころの場面だが、話があるからと寿司屋に呼び出しておいて勝手に注文してしまい、話を聞くだけだから要らないと断っているのに「ここの寿司、美味いんだから食ってみぃ」と強引に薦めて席を立てないようにしてしまう。
 ここで、寿司は嫌いだと言って帰ってしまえばいいのだが、寿司が嫌いだとは言いにくい人が多いだろう。焼肉も同じだ。

 あと、親が寿司や焼肉を「食べさせてやる」と言った場合も、他のものと違って嫌いだとは言いにくい。嫌々食べて美味しそうな芝居をしてきたものだ。これを子供のころからやらされていると、大人になってから寿司も焼肉も嫌いだと言いにくくなってしまう。そしてまた嫌々付き合うはめになる。

 こういうことを言うと、嫌いな人はよくても、好きな人は困ると言う人がいるだろう。
 しかし、みんな本当に寿司や焼肉が好きだろうか。周りに合わせたり流されたりしているだけではないか。自問自答したうえで、自分に正直になるべきだ。いいことがたくさんある。
   
 
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by ruhiginoue | 2018-10-23 15:37 | 雑感 | Trackback | Comments(4)
 公営住宅は家賃が割安だから、入居希望しても抽選になかなか当選しないもので、そこへ入居できたら、よほど成功して一戸建てを買えるようになったというのでもなければ引っ越さないほうがいいと言う意見もある一方、それでも引っ越してしまい、わざわざ割高な家賃を払って民間経営のアパートやマンションなどの集合住宅に転居する人がいる。

 これは、公営住宅が住みにくいからで、その原因は住民関係である。
 もともと家賃が割安であるため入居には所得制限されて低所得者の住民が多く、過去にはスラム化を防ぐために所得制限に幅を持たせていたが、財政や持家取得推奨の政策が影響して次第に所得制限が厳しくなり、ちょっと所得が増えると追い出されるようになった。こうして、ほんとうに貧乏な人ばかりになり、民度の低下も来した。

 また、貧困層の票を獲得するため、その政党を支持する宗教団体が組織的に応募しているなどの噂があり、実際に団地のあちこちで「ナンミョーホーレンゲーキョー」と唱える声が聞こえ、こういうのが気持ち悪いと言う人が少なくない。よくテレビのSFドラマで、団地の住民たちがみんな宇宙人だったという話が繰り返されていたけれど、これを皮肉ったものだと指摘されている。
 しかも、その宗教団体と仲が悪い政党の党員であるため、集団で迫害されたと言う人の話もある。
 
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 それどころか、命にかかわる問題も起きている。

 これは入居したばかりなのに引っ越してしまった人がよく言っていることだが、単に人付き合いが煩わしいだけでなく、日曜日の朝に全員参加の一斉清掃があって、日曜日に仕事がある人でも休暇を取って参加させられ、有給が無い人は収入に響くし、客商売の人はどうしても休めないと言っても聞き入れられないとか、罰金を払わされたりとか、そういうことで嫌になり、それで家賃が高くても管理組合に任せているほうがよいと転居してしまうそうだ。
 そんな中で、ケガそれも重症を負った人が、退院して自宅療養しているのに、それを説明しても強制されてしまい、マスコミに取り上げてくれないかと訴えたら、そんなこと昔からしょっちゅうのことで、越してきたばかりの人が実態を知らないだけだと言われてしまったそうだ。これは、低所得者たちが、自分より弱い者を虐めているということらしい。だから、あまりにもよくあることなので希少価値がなく、マスコミも取り上げないということだ。
 
 さらに問題なのが、昨日も取り上げたベランダでの喫煙である。臭いや有害物質だけでなく火災にもなるなど深刻な問題である。
 よく、寝煙草は危険だから止せと言われる。綿に火が付いた場合、気づかない程度でしばらく燻り続け、けっこうな時間が経過して急に炎上するからだ。
 これがベランダでの喫煙だと、うっかり灰を落したり風で飛んだりして、干してある寝具に引火して気づかないでいることがあり、そこから一気に燃え広がる。これで消防車が出動し、消火後はガスと電気の会社が来て設備に損傷が無いか点検するなど大騒ぎである。だから集合住宅のベランダ喫煙は危険なのだ。

 このように、命にかかわるのだが、東京都住宅供給公社なんか、もともと都営住宅で吸い殻のポイ捨てと煙草の臭いの苦情があったうえ、ベランダで火災が発生し大騒動になったのに、その直後そこの住民からベランダと廊下の禁煙など対策を求められても「煙に神経質な人だけが騒いでいる」と言って取り合わなかったのだ。

 このようなことがあるから、こんなところ住んで居られないと言って出て行き、わざわざ家賃が高い所に引っ越してしまうのだ。



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by ruhiginoue | 2018-10-22 12:17 | 社会 | Trackback | Comments(0)