井上靜の気楽ゆえ率直な日誌です。気楽にコメントしてください。おたよりも同様にe-mail:ruhig@outlook.jpまで


by ruhiginoue

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 ジャズピアニスト、作曲家、編曲家、指揮者、前田憲男さんが11月25日に病死したとの報道があった。
 彼が数年前に、歌手活動を再開した泰葉さんの伴奏をしているのを見た。彼女が離婚したことが背景にあり、取材に来た記者から、恋愛で次はどんな人が良いかと質問されると「前田さんのような人がいい」と答え、これに前田さんは「御免です」と冗談交じりの調子で言って、笑わせていた。

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 この時、泰葉さんは声がよく出ていて、また動画サイトで弾き語りしていると、相変わらず歌もピアノも上手なのでコメント欄には「もったいない」のコメントが目立った。
 もちろん彼女の奇行のためで、離婚してから精神を病んでいたと本人も言っていて、その原因は夫のDVとか、階段から突き落とされたとか、すごい話だった。





 あのネトウヨ商売している落語家の桂春蝶が、売れないころに金欠の生活をしていたけど大丈夫だったから、日本に貧困問題など存在しないなどと体制に媚びることをTwitterで発信して「炎上」し、これでテレビに出た時に俳優の坂上忍らから「芸人の下積みは貧困とは違う」「あんたは親の七光りの芸人だろう」などと指摘の十字砲火を浴び、ちゃんと反論できず涙目になったうえ、下積み時代の生活というのも嘘で、かなり贅沢な暮らしをしていたらしいことが、当時の自らの発言から窺われていた。

 そしたら、週刊誌によって、桂春蝶は不倫相手に壮絶な家庭内暴力をふるったうえ、人間性を疑われる異常に凶暴な言動をしていたことが報じられた。
 それは、彼のDVがエスカレートしていく中で身の危険を感じた女性が警察に行くと言ったところ、桂春蝶は「ヤクザに頼んでお前の子供の手足を切り落として、その動画を送りつけてやる」と脅迫したというもの。
 それでも女性は警察に被害届を出し、すると桂春蝶は警察沙汰になったことによって態度を急変させ、謝罪の文を書き示談交渉しようとするが、しばらくしたら再び暴力を振るったという。
 このことについて週刊誌が取材に行き、その女性の名前を出すと桂春蝶は「うわぁぁ」という反応をして固まってしまったそうだ。
 
 こうしてみると、桂春蝶という男は権勢に媚びて、弱者を見下し、女性には暴力をふるうが、相手が強く出てきたり、まずいことを持ち出したりすると、途端に困って泣きべそという情けない愚か者で卑怯者ということだ。

 しかし、こんな元々ダメ落語家なんて、どうでもいい。上手な落語家だと困る。ほんとうにあの「金髪の豚野郎」は、階段から突き落としたりしたのか。離婚に際して慰謝料を払ったそうだし、否定もしていないから、ほんとうだろう。
 そう思って、前に末広亭で噺は面白かったのに笑えなくってしまった。





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by ruhiginoue | 2018-11-30 14:27 | 芸能 | Trackback | Comments(0)
 かつて、冤罪事件の裁判がらみで、映画の脚本を書くために取材していた周防正行監督に話を聴く機会が有ったことは、前にここで述べたとおりであるが、その時、ファンが映画の話題を投稿するサイトで見かけた周防監督の話題について二つ尋ねた。

 一つは、『『Shall we ダンス?』(1996年1月公開)の後、周防監督は10年も新作が無いので、「もしかして『太陽を盗んだ男』の後、新作を作らなくなった監督みたいになってしまうのか」という投稿。
 これに周防監督は苦笑し、『Shall we ダンス?』がヒットした後、そこから利益を上げるため数年は働いていたし、その後しばらく新作の構想が具体的でなく、決まってから取材など準備を数年かけて、企画が実現して撮影に入るまで10年間あったという次第で、次回作の案が決まっているのに取り掛からない監督とは違うとし「いくらなんでも長谷川和彦と一緒にしないで欲しいな」ということだった。

 もう一つは、その次の『それでもボクはやってない』(2007年1月公開)の主役を演じた加瀬亮について。彼のファンだという女性が、内容はコメディだけど裁判を扱う社会派ということで、とっつきにくい感じだけど加瀬亮が主演なら映画館に観に行くという投稿。
 これに周防監督は、テーマに関心が無い人が俳優のファンだからと観てくれたら有難いことだけど、それを意図して主演を決めたのではなく、起用はあくまで役に合っていると思ったからで、加瀬亮にもファンはいるけど、木村拓哉や織田裕二みたいに主役にしたから客が呼べるスターではない、とのことだった。

 この加瀬亮について、浅野忠信がテレビで、加瀬亮は下積み時代に浅野の付き人をしていたという話を披露した。
 かつて世話になったと浅野は言う一方で、その後は加瀬が『それでもボクはやってない』の他にも山田洋次監督『おとうと』や北野武監督の『アウトレイジ』に出演し、テレビでも『SPEC』などに出て活躍していることに、浅野は「いやー、悔しかったですよ、最初」「こんなに有名にならなくてもいいじゃん」「俺より有名にならなくてもいいじゃん」と言った。

 これでハリウッド映画『イヴの総て』を思い出してしまった。

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 このVHSで観たのを、ハッキリ憶えている。演劇漫画『ガラスの仮面』が、この映画からアイディアをパクッていたことも思い出した。







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by ruhiginoue | 2018-11-29 12:40 | 映画 | Trackback | Comments(0)

テレビにかじりつく老人

 子供の頃に「テレビばかりみるな」とか「テレビを見るとバカになる」とか親から言われた人は少なくないだろうし、よく「テレビではなく本を読め」と言われることもあっただろう。
 ところが、そんな親が、子供が大きくなるころにはテレビばかりになり、本を読まなくなる。それどころか、子供が本を読んでいると、本なんか読んでも役にたたないとか言うようになるものだ。
 それで、逆に子供から親に「面白い番組ならともかく、下らない番組を見るのは無駄だし煩いからやめて」と頼むと親は怒る。それで困ってしまうと言う人は多い。

 これは、自分の親もそうだし、人に訊いてみてもそうなので、たぶんほとんどがそうだろうと思うのだけど、新聞は読むというより大きな見出しを軽く眺めるだけになり、テレビ欄ですら例えば『徹子の部屋』に今日は誰が出るのかというのも子供に訊き、知らないと言っても「誰」と執拗に訊き、「さっき新聞受けから取ってきたから、そこに置いてあるよ」と言うと、仕方なさそうにテレビ欄を見るのだが、読めない。それで眼鏡をかけるけど見えず「また合わなくなった」と言って苛立つ。

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 つまり、老眼になって活字を読めない、または読むのが辛くなってしまったのだ。だから自分ができなくなったことを他人がしていると腐すようになり、かつては本を読めと言っていたのが、読書なんて無意味だと言い出すのだ。
 それでテレビということになるのだが、だから見ているというより聞いていて、しかも耳も悪くなってきたから音を大きくしてしまい、このため家族に煩さがられる。

 こういう時、代わりに新聞を見て教えてやるということをしても老人への思いやりではない。それでは認知症にするようなものである。買ってあげるからと説得して眼鏡屋に連れて行き視力検査(検眼と違い視力検査は眼科でなくてもしていい)してレンズを取替ることだ。変える間が短くなるから、よく宣伝している安い店にするといい。



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by ruhiginoue | 2018-11-28 18:12 | 司法 | Trackback | Comments(2)
 ゴーン元会長が逮捕されたことについて、朝日新聞の報道が先行していて、他のマスコミは「寝耳に水」だったとも言われる。
 
 そして、その後の朝日新聞は連日、一面に大見出しを掲げる記事となっている。

 しかし、これは「スクープ」ではない。見出しはどれも「退任後の報酬50億円隠蔽か」(11月24日)、「ケリー容疑者隠蔽主導か」(25日)、「ゴーン前会長容疑を否認」「『開示の対象外』主張か」(26日)、「私的損失日産に転嫁か」「ゴーン前会長、17億円」(27日)、というように、最後に「か」が付いて断定ではなく疑いの段階であることを示している。

 よく、スポーツ新聞が大見出しの下に「か」が付いていて、これは事実だと思ってしまい騙されて買う人がいるようにする手口であると、かつて芸能レポーターの梨本勝が生前に指摘していた。

 しかし今回の朝日新聞の見出しは、捜査をしている検察が、そのような目星をつけて調べているということである。
 だったら、そう書く分には問題が無い。権力の側から情報を得ておいて、その真偽を曖昧にしながら大見出しにして印象付けるから問題なのだ。こうすれば検察はやりやすいと大喜びして情報提供してくれるだろうが、推定無罪原則の下で逮捕され国家権力と対峙している個人の立場からすると、深刻な人権侵害である。
 
 これは、シリア情勢の報道で「アサド政権が化学兵器を使用か」などと連日騒いでいるのも同じである。どれも「か」ばかり。それは対立している諸国と、その息がかかっている団体やマスメディアのものばかりである。複数のメディアが報道していても、源泉は同一である。

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他のメディアも追従するが、情報源は同一である。

 こんなものに、安倍政権に批判的な人達も乗っかっているから、呆れるしかないが、この人達の「日本はダメだなあ。そんな日本と違って欧米は…」という型にはまった言説は、もういいかげんにしろ、である。
 たしかに日本はダメだが、その原因のかなりの部分は欧米とくにアメリカ合州国から来ていたりもするので、その最たるが自民党政権なのだけど、そういう構造を理解できない人が多過ぎて、批判が弱く、そこへゴーンもと会長は付け込んだだけで、その汚い手口を「剛腕経営者」などとマスコミが持ち上げた。

 つまり、ゴーン元会長やアサド大統領をどう評価するかと、報道が変だということは話が別なのだ。もちろんアサド大統領よりゴーン元会長の方が悪党であることは間違いないが。







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by ruhiginoue | 2018-11-27 13:18 | 社会 | Trackback | Comments(0)
 インド東部の北センチネル島で、上陸しようとしたアメリカ人の男性が住民に殺害されたと報じられた。
 この島は「未開の孤島」「現代文明を拒否する島」などといわれ、外部との関わりを嫌う先住民は、島に近付こうとする人を弓などで威嚇しており、まちがって近づいた漁船員が殺害されたこともあったそうだ。
 
 また、この島のそうした状態をインド政府は文化保護の意義などから公認しており、誰も訪れてはいけない島となっていた。
 ところが、そのアメリカ人の男性は、漁船に便乗させてもらうと無許可で島に上陸し、住民に殺害されたそうだ。彼はキリスト教の宣教師をしていて、布教のために訪問したらしい。

 しかし、文化保護の意義もあって、地元で伝統的な生活をしている人達を尊重して政府公認で立ち入り禁止としている島なのに、布教するからと勝手に上陸という独り善がりが、いかにも宣教師らしい。
 こういうことを善意でやらかす人がいるアメリカなので、中東などでは「十字軍だ」と反発されたり「ジハードだ」と抵抗されたりで、それに対してこれまた善意で「テロと戦う」などと、うそぶくということになるのだろう。

 ところで、宣教師が布教に行って殺されたというのは、映画『ミッション』(日本は87年公開)の、南米で宣教師が縛られて滝壺に落とされた場面を思い出させる。
 そのあとジェレミー=アイアンズふんする神父は、それまで宣教師がやっていたような訪問するといきなり上から目線で説教ということをせず、地元の人達は音楽が好きそうなので持ってきたオーボエを吹き始め(この映画のためにエンニオ=モリコーネが作った旋律が素晴らしい)これを聴いて寄ってきた地元の人達に分け入り受け容れてもらおうとする。

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 おそらく、そのアメリカ人宣教師も、映画を真似しようとしたか(28歳だったらしいので知らないかもしれないし、話題作でDVDはあるから宣教師なら関心をもって観たかもしれない)、楽器を持って行ったか、などは判らないが、何かしら分け入り受け容れてもらえる手を考えていたはずだ。
 しかし、通用しなかったということだ。


 オーボエの曲はこちら。モリコーネ指揮の演奏。









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by ruhiginoue | 2018-11-26 17:35 | 映画 | Trackback | Comments(4)
 9月に発表された「美男美女が多いと思う都道府県ランキング」(gooランキング)で、1位・秋田県、2位・福岡県、3位・沖縄県ということになり、芸能界を見ると、秋田県出身には佐々木希、加藤夏希、生駒里奈らがいて、福岡県は橋本環奈、吉瀬美智子、黒木瞳らが、沖縄県は新垣結衣、仲間由紀恵、黒木メイサなど、その上位3県には出身の美女が目立つとし、(一方、ランキングワースト3は42位・茨城県、山梨県、長野県、岐阜県が同票、46位・香川県、47位・岡山県)これについて美容外科の高須克弥院長に意見を訊く記事があつた。

 これについて高須院長は、色が白い秋田とか、出身スターが多い福岡、エキゾチックな顔立ちの沖縄というイメージはあるが、しかし昔は移動せずに定住していたから地域に特性があっても、今は交通手段の発達でどこへでも簡単に行けて均一化が起きていると指摘し、人口の多少によって美人も芸能人も目立ち方が違ってくるし、都会は人口が多いうえ美容外科もあると我田引水のうえで、美人は東京が最も多いはずだと言うことだった。

 ここで高須院長も言及していたが、いくら混ざっても遺伝が個人に反映することによって表出することがあり、その点では、同院長は言及してなかったけれど、地理的条件がある。秋田は男鹿半島からコーカサス人が混ざったことが昔から言われてきたし、福岡は朝鮮半島に近く行き来が盛んで色白の博多人形はその影響だし、沖縄はもともと別の文化圏なうえ米軍基地の影響もある。

 また、同地は昔から芸能が盛んな土地柄でもあるのだ。この点知らない人がけっこういて、だからなのか高須院長も触れてなかった。
 まず沖縄は言うまでもなく、照屋林助や、その息子がやっているりんけんバンド、ネーネーズ、喜納昌吉、安室奈美恵、などなど、やはりラテン気質だからと当地の人たちは言う。
 また福岡は、松田聖子などが出ているけれど、もともと日本の音楽になかったものはよく朝鮮から来ている(日本人が苦手な三拍子など)と言われているが、昔から朝鮮半島は音楽が盛んであることは今でも南のK-POPや北のプロパガンダミュージックのド迫力に続いている。
 そして秋田といえば、俳優の柳葉敏郎が自分の出身地を秋田弁のイントネーションで「秋田県仙北郡」(この地名は黒澤明監督の『生き物の記録』に三船敏郎ふんする主人公の故郷として出てくるし、黒澤とは秋田県の姓である)と言っていたけれど、柳葉敏郎が歌ったり踊ったりして有名になる少し前に、当地では「また芸能活動を始めた人がいる」と話題になっていたことを、そこに住んで居る親戚から聞いた。そして「まあ、わらび座があったり、歌や演劇が盛んな土地柄だからね」と。

 このような文化的土壌によるものは、いくら交通手段の発達で人の行き来が激しくなっても、マスメディアやインターネットによる情報化があっても、そう簡単には変化しないものである。


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by ruhiginoue | 2018-11-25 06:35 | 芸能 | Trackback | Comments(2)
 金融商品取引法違反容疑で逮捕された日産自動車会長カルロス=ゴーン容疑者は、一週間の勾留を認める決定が出て、しばらくは家族との面会もできなくなることをフランスのマスメディアが一斉に報じた。
 そして、家族との面会だけでなく弁護士の同席も許されない日本の刑事手続きに疑問を呈している。

 これは、少なくとも「先進国」であれば当たり前のことが日本では無いということが、またまた再認識されたということだ。
 もともと、弁護士も無く一人で複数の警官に取り囲まれる密室で取られた自白調書が刑事裁判で最大の証拠となり、これによりほとんどが有罪になるという日本の裁判は、あの元警察官僚からタカ派政治家になった亀井静香議員でさえ昔から問題にしていたほどだ。
 
 これはすでに世界各地で驚かれ呆れられていることだが、日本国内でも、とうに問題になっている。しかし「警察を信じなさい」「お上を信じないのは許さない」と司法関係者たちはのたまう。あるときは強面で、あるときは薄ら笑いを浮かべて。
 こんなのフランスなんか超びっくりかもしれないけど、日本の刑事司法では普通のことである。だから、日本はたいへん特殊な国であると認識している外国人も少なくない。

 もともとゴーン容疑者は「人権の国」フランスでは不当労働行為になるようなことを、こうしたおかしな日本だからできるとやりたい放題だったのだから、因果応報というべきではないか。
 このまま密室で拷問を受けて自白させられるか、調書にサインしなければ警官たちが数人がかりで押さえつけて拇印を捺させるという常套手段により起訴される。
 その不当を裁判で訴えても、「自白調書には高度の信用性がある」という判決文のひな型となっている言葉で有罪判決を受けて豚箱行き。

 そのように彼がなってくれたら、今までの悪行の報いだから「ざまあみろ」だし、同時に日本の司法の異常さを世界にまた知らしめるということになり、大変結構ではないか。

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by ruhiginoue | 2018-11-24 12:48 | 司法 | Trackback | Comments(2)
 自動車会社の経営者が逮捕された報道の大騒ぎは、「ゴーン、ゴーン」と言ってばかりで、それによって他の大事なことが隠されているのではないかと疑う人たちがいるほどだ。

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 だから、そのゴーン逮捕について、「スピン」「目眩まし」「陰謀」などと言う人たちがいて、これをそうじゃないと言って批判する声もある。
 なんでこうなるかと言えば、実際どうなのかとは別に、問題になるんだったらとっくになってるはずなのに「今更」だからだろう。ちょうど小沢一郎などの時と同じように。
 もともとカルロス=ゴーンって人は十年くらい前から背任で挙げられるべきだと言われてきた。日産の責任者なのにルノーの利益を図っているからと。

 また、ゴーン式経営は新しいことをしないから、その時は黒字にして優秀だと言われはしても目先のことで、鈴木俊一都知事みたいなものだと言われてもいた。
 それなら勝ち逃げすれば良かったのに居座ったから、鈴木さんも最後は批判されたし、ゴーンさんはもっと長くて逮捕されることまでやらかした、ということだ。

 だいたいゴーン式の経営は、フランスだと「人権の国」で市民の意識が高く労働運動も盛んで組合も強いからいいが、それと真逆の日本で同じ手法をやったら悲劇だけだと指摘されていた。そして実際にそうなった。
 それに、そうした経営をするにしても、なにも外国人を招かなくたって、例えばあのしょうもない大前研一のマッキンゼーに経営コンサルタント依頼すれば同じ発想だった。しかし、ただアドバイスするんじゃなく冷酷に実行してくれる人を雇おうということで外人を連れて来たら本格的で「ケツの毛まで抜かれた」ってことではないか。

 それにしても情けないのは、このゴーン逮捕劇に、あんな大金持ちなのにまだ金が欲しいのかと言っている人たちを見かけることだ。何を言っているのか。
 もともと金というものは、持てば持つほど、その意義が解るようになるから、もっともっと欲しくなるし、金があると付き合いも増えて、これに伴い支出も増えるから、金持ちになればなるほど金が必要になるのだ。
 こんな当たり前のことも解らないのかね。

 それ以上にくだらないのは、このような金持ちや権力者の不正が批判されていると必ず、ジャンクフードや安酒といった不健康な気の紛らわし方を持ち出して、このようにして楽しめる我々庶民は貧乏だけど幸せなんだと言う人たち。
 それは「奴隷根性」というやつだ。





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by ruhiginoue | 2018-11-23 15:12 | 経済 | Trackback | Comments(1)
 2003年に東京都杉並区の荻窪駅近くにある公衆便所で、当時24歳の男性がスプレーで落書きしたため現行犯逮捕された事件があり、この落書きが「戦争反対」だったことから色々と問題になった。
 もちろん公共物への落書きは違法行為であるが、軽犯罪であるから、落書きを自分で消させるか、業者に依頼したならその費用を払わせるか、の対応であるはずだ。
 ところが、これが「器物損壊罪」として起訴されたのだった。

 そもそも器物損壊罪とは、使用できるものを使用できない状態にしてしまうことだ。これについて検察は、落書きによって雰囲気が悪くなり便所を使用できなくなると主張したから、ひどい屁理屈だという批判が起きていた。
 それなら、すでにその公衆便所には落書きがあり、そこにはよくある下品なものや卑猥なものがあって、このほうがよほど雰囲気が悪くなるし、性犯罪者が潜んでいそうな感じがして、使用できなくなるだろう。
 つまり、すでに使用できなくなっているものを使用できなくしたというのは無茶苦茶ではないか。落書きは軽犯罪とし、器物損壊は無罪とすべきだと弁護士は主張した。
 
 ところが、それでも有罪となった。
 この男性は、逮捕起訴されたら強引に有罪にするのが日本の裁判の実態だと聞いていたから覚悟はしていたけれど、そう思っていても頭にきてしまうほどひどかったからと、判決のさい被告席で暴れてしまった。
 この後から、感情的になったことは反省しているが、そうさせるほどの無茶苦茶を司法がやらかさなければ、もともと怒って暴れたりはしなかったと言った。
 それで、卑猥な落書きは放置してきて「戦争反対」は逮捕されて屁理屈で起訴され強引に有罪にするのが日本だと、そんな国であると、またさらに認識されたのだった。

 この事件をまた思い出したのが、東京入管の「炎上tweet」だ。
 その近くにある港南大橋付近の歩道橋などに、東京入管の難民に対する非人道的扱いへの抗議がスプレーで書かれ、これに対し、東京入管が、落書きはいけないとtweetしたうえ「表現の自由は重要ですが、公共物です」と、のたもうた。
 たしかに公共物だが、あくまでモノである。生身の身体生命と尊厳にかかわる基本的人権の方が重要であることは言うまでもない。
 また、表現の自由も基本的人権であるし、そもそも落書きの内容とは入管への抗議であり、それは入管が基本的人権を守らないからである。国の法律も憲法も守るべきだし、それ以上に全世界で共通の人道を守るべきだろう。

 あの新潮社の看板に落書きされて「あのヘイト本YONDA?」にされてしまった騒動も、売らんかな主義で差別記事なんか掲載したからだ。新潮社は慌ててビニールシートで覆ったが、このたび通報したとか批判したとか言っている入管も、手前が原因を作ったことで後ろめたい気持ちがあるからだろう。

 これについてある報道によると、東京入管の広報担当者は取材に対して、
 「うちと関係のない公共物に損害を生じさせる表現方法を取られたので、あえてツイートをしました。描かれているメッセージの中身は関係がありません。これが仮に『入管がんばれ』という激励でも、同様のことをしたと思います」
 と、説明したそうだが、あからさまな嘘である。
 だいたい、関係のない公共物に損害が生じたというのは手前が原因を作っていて、これは言いがかりではなく言われて当然のことであり、しかも公権力を笠に着ての行為が批判されているのだから、迷惑をかけたのは入管の方であるし、その写真を見れば、その落書きはすでに落書きされている上からのもので、前からあった落書きは問題にしていなかった。

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 これだから、十五年前の「戦争反対」落書きの件を思い出したわけで、相変わらず日本は進歩してないことが、また判ったということだ。




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by ruhiginoue | 2018-11-22 16:18 | 社会 | Trackback | Comments(2)
 かつて「米ソをまたにかける実業家」と呼ばれたアーマンド=ハマーという人がいた。彼は革命直後のロシアにわたりレーニンと親交を結び、同時にアメリカの歴代大統領に親密な人が何人もいたので、冷戦時代なのに自家用機で米ソを自由自在に行き来していた。
 そんな彼が、米ソどちらの経済も公式見解なんかではなくタクシー運転手に聞くのが一番わかると言っていた。

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 また、『ナニワ金融道』の青木雄二も、タクシー運転手と話すのが好きで、社会がよくわかるからと言っていた。

 たしかに、タクシー運転手は仕事柄、世相や経済に敏感なのだろう。これを描いたアメリカン・ニューシネマの代表作の一つ『タクシードライバー』は有名だが、ロシアにもソ連時代の末期に『タクシーブルース』という同趣旨の映画があって話題だった。

 かつて青木雄二が著書で述べていたけど、タクシーの運転手が言うには、夜遅く帰る勤め人をよく乗せるが、これは住宅ローンのため残業しているからで、それが疲れた態度から良く判るし、仕事が遅くなったうえ遠距離通勤だから更に遅くなってしまったようで、それでタクシーに乗って向かう先はやはり新興住宅地で「辺鄙な所に家を買わされてアホやねえ」とのことだった。

 これと同じことを、小学生の時に最も仲良くしていた同級生が言っていた。彼の父親はタクシーの運転手だった。持ち家は買わない主義で、常に安い家賃の住宅が無いかと探し、あれば転居する。そして、ついに公営住宅の抽選に当たって大喜びで転居して言った。
 せっかく仲良くしていたのに残念だったが、しばらく文通していて、なんとか日帰りできる場所だったから行って会ったこともあるが、地に足着いた生活をしていると感じた。

 ところで、東京ではタクシーの運転手が、このところ繁華街の夜が静かだと言う。これは多くの人たちが感じている。政府や日銀やマスコミがなんと言おうと、かつての米ソと同様に、発表された公式見解なんかよりよほど指針になるはずだ。






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by ruhiginoue | 2018-11-21 16:51 | 経済 | Trackback | Comments(1)