井上靜の気楽ゆえ率直な日誌です。気楽にコメントしてください。おたよりも同様にe-mail:ruhig@outlook.jpまで。下記の拙書を購入でご支援をいただけたら助かります。


by ruhiginoue
 「同じ女性の敵でも、広河隆一の場合と違って菅野完の場合はなぜ被害者が叩かれたのか」と疑問を呈する人がいるけれど、それは「人は見た目が九割」だからだろう。
 これについては実際に「人相からしていかにもヤバそうな人を警戒しないのが悪い」と言われていた。
 そして、それと広河隆一は違う感じだったので、驚いたと言う人たちがいるのだ。

 ところで、安倍総理を持ち上げてまとめ買いされてる出版物が話題だけど、『DAYS JAPAN』だって一部の野党からまとめ買いされていた。共産党と違い独自のメディアを持っていない所からだ。
 昔から共産党は、新聞と雑誌の発行に熱心で、その経営は厳しいものだが、それでも精力的である。しかし他の野党は、組織や財政から新聞・雑誌の発行は困難どころか無理に近い。そこへ、隙間産業的に割り込む雑誌がある。共感されそうな社会派の編集方針で、自分たちの関心があることを取り上げてくれそうでもある。

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 しかし、そう見せかけているけど、本音としては、まず売りたいということである。
 また、実際に政党支部などで配布されたものを読んだら、一見は面白そうだが真にリベラルな人たちの期待に応える内容かと疑問に思ったと言う人も、よくいるのだ。

 その一つが『DAYS JAPAN』だった。リベラルな雰囲気で導入し、結論は真逆になる記事が非常に目立ち、そうなる構造は編集方法からして不純なので、ということだ。
 だから『DAYS JAPAN』の発行人が女性の敵だと発覚し、せっかくの雑誌が潰れてモッタイナイと言っている人達は、あの雑誌を知らないか、読んでも気づかなかったか、である。ニセモノと認識はしなくても、疑問を持ったりや違和感を覚えたりなら、読んだ人たちの間でよく言われていることだった。

 なので、人相の見た目という感覚ではなく、報道や記事に接するさいのセンスが問題なのである。
 

 

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# by ruhiginoue | 2019-01-06 06:30 | 社会 | Trackback | Comments(0)
 劇映画『戦場のメリークリスマス』について、かつて監督の大島渚がテレビでこんなことを言っていた。
 「時々、記者などの中に『どうしてデビッド=ボウイを使ったのですか』と質問する者がいるけど、僕は彼の首に縄を付けて引っ張ってきたのではないし、彼の目の前に札束を積み上げたのでもない。だから『使った』なんて失礼な言い方はやめてほしい。彼とは一緒に仕事をしたんだ」
 また、大島渚は別のインタビューで、デビッド=ボウイとの出演交渉のさい、大筋で合意したあと最後に出演料について切り出したところ「お金のことは後でいいじゃないか。一緒に仕事をしようと決めたのだから」と言ってくれたと述べていた。

 これと関連することだが、かつて俳優の山城新伍がテレビて言っていた。
 どこかの企業の宣伝部や広告代理店の重役などが、よく料金の高い店で一杯やりながら人気の芸能人について「あれ、最近売れているけれど、うちの宣伝に使ってやっているんだ」と言って威張っているのを見かけて嫌になることがある、と。
 これはまさに「使った」ということであって、「一緒に仕事した」のではないわけだ。

 この違いだが、大島渚がデビッド=ボウイについて言っていたのは、もちろん、相手は大スターだからそれ相当のギャラを払わないといけないし、そこで製作費とのことがあり気になるところだった、ということがあっただろう。
 しかし、仕事で志が一致したのだから、そこが重要だと認めてくれたということだ。この映画は戦争が題材になっているため、国際間の政治的な問題にも関わる可能性があるから、やはり出資者たちも気になっていたらしい。このため出演者としても気にするところであるが、その意味でもデビッド=ボウイは理解してくれたので、大島渚は感謝しているということだった。

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 これと同じことが言えるのは、あのローラがインスタで辺野古の基地問題について署名を呼びかけたことで、CMに影響しないかという騒ぎになったことだ。
 その出演CMのスポンサーである企業はどこも、関係ないと明言した。

 なのに高須クリニックの経営者は自分ならCMから降ろすと言った。ローラほど売れている芸能人が「イエス高須クリニック」なんて宣伝に出るわけがなく、セレブになったら仮に世話になるとしても技術などの程度が低い日本の美容外科など何処にも行かないし、そんな印象低下のうえ出演料も安い宣伝は引き受けるわけがない。
 そして、一緒に仕事をすることはあっても、使われることはない。
 
 だいたい、どんな仕事でも、使う使われるというのは一流ではなく底流である。




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# by ruhiginoue | 2019-01-05 00:08 | 映画 | Trackback | Comments(5)
 カジノにハマったあげく関連企業から借りた106億円を溶かして有罪判決を受ける以前は、過去に年間100億円近い広告宣伝費を使っていたという大王製紙の井川意高前会長が、こんなデタラメ発言をして話題になった。

 「ローラさんの場合はCMを13社抱えている。本来であれば全部(契約を)切ってから言わないといけないこと」
 「日本の大企業はいろいろな人に商品を買ってもらいたい。だからCMをしている。ローラさんを起用して1カ月CMをしたら莫大なお金がかかる。センシティブな問題を契約している芸能人が話してしまったら、その芸能人の意見に賛同しない人たちは買わなくなる」

 まず、前にもここで述べたが、ローラさんと契約している各企業は、何も問題が無いと表明している。なのに、よそ様のことに無関係の人が口出すのは不謹慎かつ非常識である。
 また、このローラさんを誹謗する発言に怒って、逆にというか大王製紙の商品を不買すると言う人たちがいる。
 「もうエリエール買わない。みんな買うな」と。

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 この一方、その井川と言う人は、あくまで「前会長」であり、博打と背任で逮捕されて牢屋にぶち込まれてしまい、職を退いて同社の株を全部売却して関係がなくなっているという指摘もある。
 ということは、そんなしょうもない奴の生意気な発言を取り上げるメディアが悪いということになる。
 これは、ローラさんの発言で政府が困ったけれど、しかし出演CMの企業は問題ないというので、大不祥事を起こした大王製紙の前会長が政府に媚びてローラさんを批判したのだろうとも伺える。実際に、犯罪やらかした後で権力に媚びる人は他にもいる。あの堀江とか。

 また、不祥事で大損害のうえ、それにより社外者となった人から、今の時期にそんな発言をされた大王製紙としては非常に迷惑なはずだが、それを重々承知のうえで大王製紙の前会長は、自分の不祥事を反省せず、逆恨みし、追われた古巣に嫌がらせするため、わざと炎上発言して不買運動をけしかけているのではないか、という憶測が既に出ている。

 それはともかく、企業と宣伝について誤った認識が流布されてはいけないので、ここで指摘しておこう。

 そもそも、いろいろな人からまんべんなく商品を買って欲しかったら、芸能人を起用して宣伝することはしない。芸能人を起用するとインパクトが強いので宣伝効果がある一方、その芸能人に対する好き嫌いがあるものだ。ローラさんが発言しようとしまいと、ローラさんのルックスやキャラクターに好感を持つか否かは人によりいろいろ。この影響によって商品を購入したりしなかったりする。
 それが元々であるうえ、しかも芸能人だって生きた人間である以上は私生活で何か問題が発生することがありうるから、それにより宣伝している商品や企業のイメージに悪影響を及ぼすことも心配だ。

 そのように、メリットとデメリットとリスクがあるため、よく銀行ではアニメやイラストなどをイメキャラに使用する。金融機関は、その業務の内容から信用や印象を重んじるので、派手な宣伝効果より醜聞の回避を優先させるのだ。
 すると、生身の人間である芸能人のようなインパクトは無く、無機的ではあるが、しかしミッキーマウスやミッフィーちゃんなら、麻薬に手を出したりしないし、不倫も離婚もないし、借金など経済的な事情で騒がれたりもせず、交通事故を起こしもしないので、スキャンダルとは無縁である。また「政治的発言」もしない。

 これを前提として、芸能人とは契約のさい交渉のうえ合意する。そこで、契約中は同業他社の競合する商品の宣伝はしないなど、真に大事なことが条件になり、それ以外のことまで縛られるものではないのだ。
 そして、社会に対して意見を表明したとしても、きちんと発言できるしっかりした人という好印象を持つ人もいれば、そうでない人や、逆の人もいる、というだけのことだ。なんと言っても生身の人間なのだから。
 だからこそ、芸能人を起用する効果もある。そうでなければアニメやイラストだ。

 ということであり、宣伝について誤った認識を持ってはいけない。



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# by ruhiginoue | 2019-01-04 00:33 | 芸能 | Trackback | Comments(1)
 ファッションモデルでテレビタレントのローラさんが署名運動に賛同して呼びかけたことに、出演するCMのスポンサーはどこも問題ないと言っているし、そういうことが企業として気になるなら、その都度タレントと話し合い契約すればいいだけのこと。
 なのに、関係してもいない者がよそ様にとやかく言うべきでない。

 これについて色々な人が様々な意見を述べる記事をウエッブサイト上で読んだが、そこで古谷経衡氏らも指摘していた。契約のさいに何か合意があって、それに違反したなら契約違反になるけれど、そういうことが無ければ何も問題はないはずだ。その通りで、まったく正しい。
 ただ、ここで古谷氏は間違ったことも述べていた。芸能人の政治的発言について、アメリカでは歌手が選挙で特定の候補者や具体的な政党の支持を表明するということを具体例にしてしまっているのだ。
 これは、あくまで選挙の支持を表明するだけで、戦争反対などは言えないのだ。特に歌手は、テレビやラジオから干されることを恐れる。

 かつて俳優のティム=ロビンスが言っていたけれど、ブッシュ大統領を批判して戦争に反対したら「陰ながら応援しているので非公然ならできるだけの支援をするので頑張ってくれ」と歌手からエールを送られ、そのさい「君は俳優だから何とか声をあげられるが、私は歌手なのでラジオから干されたら死活問題なんだ」と。
 つまり同じ芸能人としてひとくくりにはできず、なぜなら活躍するメディアの違いがあるからだ

 あと、アメリカの芸能人は俳優・歌手などとCMタレントは分離している。直接的に商品や企業の宣伝をするCMタレントは芸能人として格が低く、スターやセレブになったらCMに出るとしても企業や商品とは距離をおくから、スポンサーとの間で問題にならない。

 例えばマイケル=ジャクソンはペプシの宣伝をしていたが、これはマイケル=ジャクソンにとってペプシはコンサートのスポンサーだからで、ペプシとしては宣伝のためマイケル=ジャクソンを利用しているだけだった。
 だからマイケル=ジャクソンは宣伝に出てはいても商品を手にするなどはしなかった。

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 また、これは拙書『朝日新聞の逆襲』で述べたとおり、作曲家のジェリー=ゴールドスミスが『ロサンゼルスタイムズ』のCMに出ていたけれど、これは彼がロサンゼルス出身のうえハリウッドで活動しているためビバリーヒルズに住んで居る、という縁があってのこと。同紙の報道や論調に共感しているということではない。CMで彼は新聞を手にして読んでいたりではなく、ピアノに向かっていたり楽譜を書いていたりで、ここで彼が持論を述べているのはあくまで映画音楽についてのことだ。
 そして、この提供はロサンゼルスタイムズであると締めくくる。互いに距離を置いたCMである。



 というわけで、アメリカの芸能やマスメディアは、政治的自由について日本と違い立派だという幻想をもってはいけないし、しかし日本よりは洗練されたことをやっている、ということだ。



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# by ruhiginoue | 2019-01-03 00:11 | 芸能 | Trackback | Comments(6)
 誰でも、人生は自分のものであり、自分の為に生きている。当たり前のことだ。
 ただ、誰かに何かをしてあげることが喜びだったり美徳だったりはする。しかし、そのために生きていると言うと、途端に変なことになり、誰かに尽くすことを強制されるなど如何わしい話になってくる。
 しかも、それは誰かというのが「愛」の対象と言いつつ、それが家族というより「家」になり、故郷というより「国」になり、社会というより「国家」となるものだ。

 これについて高校のころ、担任教師から「自分のためでなく、他人に尽くすために人間は産まれてくる」と執拗に説かれたが、この教師の話はいつも実質の伴わない言葉だけが虚しく踊っていて、人格者ぶり自分の言葉に酔いしれてるのが明らかであった。
 それだけなら問題はないが、この教師のようなナルシストは必ず、親から教師さらに政治家に至るまで、目上の者や社会を批判してはいけないという話にもっていくものだ。

 さらに、「人の幸福は富や名声ではない」「金や成功で人は幸せになれない」と偉そうに説くものだ。では、現実に今その金などの富を得ることに成功している人や、それを親から受け継いでいる人たちに対して、そんなもの放棄するように言うだろうか。そうではなく、逆にそういう人達に媚びて、その人たちが嫉妬されたり批判されたりることを防ごうとしているだけだ。
 そもそも、富、金、社会的な名声・成功を追求する人は、関連する分野について具体的な目的があるから努力しているのであって、幸せになりたいからではない。それを知らない人たちが、騙されるのだろう。

 だいたい、宗教家でも教師でも、仕事として報酬をもらっている。「人生は金ではない」と説くユーチューバーがお金をもらえるように設定しているようなものである。


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# by ruhiginoue | 2019-01-02 00:01 | 社会 | Trackback | Comments(0)
 昔からblogが知られている人で、ある人は毎日書くという。毎日書いているから、毎日書けるようになるそうだ。つまり、慣れると簡単になるというとだ。

 いつもパソコンやスマートフォンやタブレットなどを持ち歩いていて、少しの暇を捉えて書いているという人もいる。こういう人は、前にも述べたことがあるけれど改行しないでビッシリの文ということがある。特にスマートフォンがそうだ。

 そこで音声入力は便利だが、間違った変換をされてしまうなどで変な文字になっていることがある。また、人に聞かれていると、いったい何の独り言なのかと思われてしまう。

 これらは、どれも自分で経験している。

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 ところで、blogは時間がある時に書き溜めておいて自動で投稿されるようにしているから、前にうっかりして何日も連続で同じ時間に投稿されてしまい、これを読んだ人から指摘され、なんでこうなるのかと質問されてしまったことが何度かある。
 こうしておくのは、もちろん時間が無い時に備えてだが、やれる時にやっていないと後からできなくなって厄介という経験を何度もしているからだ。

 そこで疑問だが、必ず毎日投稿していると言っている人たちは、ほんとうに毎日書いているのだろうか。かなり困難だと思うが。

 



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# by ruhiginoue | 2019-01-01 00:00 | 雑感 | Trackback | Comments(8)
 先日、FMでベートーヴェンの交響曲第五番を放送していて、クライバー(息子)指揮によるハイテンポ名演といわれるものだった。
 その後の番組で、ベートーヴェンの交響曲第一番を一部抜粋で放送した。

 これで思い出したのが、かつて家電チェーン店の東京ローカルCMである。指揮者がベートーヴェンの交響曲を演奏するさい「第五じゃない、第一です」と言う。
 このCMはもともと俳優が指揮者に扮していたはずだ。少なくともオーケストラは出てこなかった。それからしばらくして復活し、ここでは実際の指揮者がオーケストラを指揮している場面の録画を使用していた。
  そして『題名のない音楽会』で、岩城宏之がCMの真似をしてみせたことがある。

 これは冗談ということで。




 あと、年末といえば恒例は第九であるが、こちらはかつてカナヅチやノコギリを出されて「大工じゃない、第九です」というネタが年末になると新聞の四コマ漫画に登場したものだった。

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# by ruhiginoue | 2018-12-31 06:15 | 音楽 | Trackback | Comments(0)
 先日、取引銀行から投資セミナーに誘われたが、忙しい時に電話をかけてきて、緊急の連絡でないなら今はダメだと言ったところ、次の日にまたかかってきて、出られないでいたら封書が来て「お忙しいところ電話で邪魔してすみません」という手紙とともに案内書があった。
 しかし面白くもなさそうだし役に立ちそうでもなさそうだったから無視していた。
 すると当日にまた電話があった。今からなら間に合うと言うことのようだが、よほど参加者が乏しいのだろう。そんなものに手間暇をとられたくない。

 だいたい、それなら御行で雇っている役立たずの投資アドバイザーに受講させるべきだろう。こっちの言うことをダメだと言って大儲けを逃させておいて、これにしろと勧めた銘柄で大損させたのだから。
 もう完全に信頼を失った。これまでの整理をする今年限りの付き合いだ。

 ところで投資と言えば有名な ウォーレン=バフェットは1日の80%を読書をして過ごすと言い、マイクロソフトのビル=ゲイツは1年に50冊のノンフィクションを読むと公言している。
 だから、読書は視野を広げて役に立つスキルを与えてくれるということだ。

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 こうした成功した投資家や起業家の読書好きは、読む本の内容が堅くて真面目なのだろう。誰とは言わなくても言ったも同然の人のパクリやコピペの本では売れているからと読んだところで意味は乏しい。
 また、政治や経済の堅くて真面目な本を読んだ人が中国関係に投資して儲けていたが、同じ頃に気軽なヘイト本を読んで中国なんてと投資せず儲け損なったという極端な話もある。

 あの銀行の役立たず投資アドバイザーは、ヘイト本を安易に受け売りしたようなことも言っていたから、政治や経済の堅い本など読んでいないとしか考えられない。
 ここで教訓を得た。少しでもそういう気配があったら、少し様子を見ようなどと思わず、その場で決別することだ。



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# by ruhiginoue | 2018-12-30 15:00 | 経済 | Trackback | Comments(2)
 プロデューサーとか製作者とか言われる人には二種類あって、調整型と恫喝型があると言われる。これでいうと、あのハリウッドの大物プロデューサーとして知られるワインスタインは後者らしく、彼を直接知る人の大方は、そのパワハラ体質を証言しているそうだ。
 しかし、そんな証言をする人たちも、大問題になったセクハラとレイプについては知らなかったと言う。しかし大量に告発が出ているので、それなのに知らなかったと言うのは、なんなのか。実際に知らなかった人も中にはいるだろうとは思えても、皆が知らなかったというのは疑ってしまう。ジョージ=クルーニーなどワインスタインについて「まさか彼が」「信じられない」などと言っていたが、すっとぼけているだけかもしれない。本当に知らなそうに見えても、ハリウッドなのだからアカデミー賞を狙う演技派ぞろいである。

 そもそもワインスタインは、大物製作者としての威光を悪用してセクハラやレイプを繰り返し、長年にわたり泣き寝入りしてきた女性たちがいて、ついにあのMeTooという声が上がったわけで、芸能界などに昔からよくある話である。
 そして、ワインスタインが製作した映画には、ヒット作や傑作が多く、その中にはリベラルな立場からの社会派作品がいくつもある。そして後から問題になると、彼がそんなことする人だとは信じられないとクルーニーら「リベラル」な映画人たちが言ったものだ。
 
 このことを思い出したきっかけは、「フォトジャーナリスト」の広河隆一による、仕事の立場を悪用しての女性たちに対する性的暴行が、週刊誌に報じられたことである。
 これについて、かつて彼に取材した女性記者が述べていた。数年前に彼の関与する雑誌『DAYS JAPAN』に寄稿もしたが、関係者から「これ以上は関与しない方がいい」と忠告されたことを思い出し「そういう意味だったのか」「昔から気づいてた人はいたのだろう」と。
 
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 そもそも『DAYS JAPAN』なんて雑誌は、途中までリベラルな立ち位置で誘導しておいて結論は逆になる記事が目立つのだが、騙されていた人が少なくなくて、しかし最近では気づいた人が増えていた。これが、人気低落で廃刊の予定となる一因、と見る人もいて、自分と同じ見解の人がいて安心したものだ。
 それで広河のことが影響して雑誌の廃刊が早まり残念と言っている人のことは鈍感に見える。

 これに絡んで「総理ベッタリ山口」と違い「反原発の広河」は「人権派」なのに、と言う人たちがいるけど、セクハラやレイプをするのでは人権派ではないし、そもそも権力批判してるだけでは人権派とはならない。もしも定義するとしたら「左翼」だ。右翼でも権力に楯突く人はいるから、そうした一部を除けば左翼ということになり、これと人権派とは違う。
 よく、日本では人権擁護運動と称しているが実質は左翼運動ばかりで人権意識が無く、内部で様々なハラスメントがあったが、それと同じことだ。

 また「総理ベッタリ山口」の問題は、だから女性に訴えられたけど逮捕状を握りつぶしてもらえた、ということであって、だから女性に手を出したのだ、ということではない。
 ところが「メルトダウンじゃないだす」の迷言など頓珍漢な発言で知られる大阪大学の菊池誠は、広河の反原発が気に入らないので、だから女性に手を出したのも納得だと言っている。まるで関係ないのに。
 これでは、ワインスタインの映画が気に入らなかったので、女優に手を出したのも当然だろうと言うのと同じである。相変わらずこの人は徹底的に頭が悪い。

 こんな菊池のような頭と性格が悪い人の便乗悪口は論外だが、みんな問題の要点を取り違えないよう注意は必要だ。
 また「広河隆一さんには会ったことがあるけど、そんな人だという感じがしないので信じられない」とか「菅野完さんなら人相からしてやりそうだから納得だけど」とか言っている人達がいるけど、それも違うだろう。





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# by ruhiginoue | 2018-12-29 17:57 | 映画 | Trackback | Comments(0)
 フランスでは金持ち減税と庶民・農民の増税に猛反発で大規模デモが巻き起こり、大統領も対応すると発表しないわけにいかなくなった。これと日本は大違いだと言う人たちがいる。
 そして、革命があった国との差だというありきたりの指摘とともに、日本の時代劇では水戸黄門など権力側のヒーローが「世直し」と称した体制強化をし、そのさいついでに助けてくれるのを庶民は待っている話が最も人気があって、象徴的だと言う。

 もちろん、フランスだって封建時代が舞台の『三銃士』が人気だし、『水戸黄門』は体制の中でスポイルされながら、その体制のおかげで持った力を駆使するのだから一種の「ダークヒーロー」であり『デビルマン』などと同じと言える。
 そして、もっとも人気があった水戸光圀の役は、よく映画で悪役を演じていた東野英治郎であり、彼と最も親しかった共演者は風車の弥七の役の中谷一郎で、二人は左翼が多い新劇の役者だから山本薩夫監督の社会派・反権力の映画などで息が合った共演をしていた。
 
 ところで年末といえば『忠臣蔵』である。
 かつて『忠臣蔵』は欧米で意外とウケていた。日本の時代劇で『七人の侍』は大いにウケたけれど『水戸黄門』はウケないどころか顰蹙ものであった。なのに『忠臣蔵』がウケたのはなぜか。

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 それは、「アーサー王と円卓の騎士」みたいだということで、『忠臣蔵』は好意的に受け取られたのだった。
 しかし欧州に比べると、北米では封建的ということで冷ややかな反応もあったらしい。
 これが南米だと「敵を討つなら殺し屋を雇って暗殺すればいいのに」であり、なんとも当地らしい。おそらく南米で最もウケる日本の時代劇は『必殺シリーズ』だろう。

 この『忠臣蔵』について、小説ではなく映画として独自の作品の構想から自分の脚本を書いたことがあるのだが、映画製作の関係者に読んでもらうと、面白いけど企画が通らないと言われてしまった。こんなのはいつものことなので慣れているが。




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# by ruhiginoue | 2018-12-28 18:14 | 映画 | Trackback | Comments(0)