井上靜の気楽ゆえ率直な日誌です。気楽にコメントしてください。おたよりも同様にe-mail:ruhig@outlook.jpまで


by ruhiginoue
 危険を承知で行く所は、よく引き合いに出されるのが戦場取材と山岳部だけれど、昔、朝日新聞で本多勝一記者は、自分が学生時代にやっていたから山の遭難の問題についてよく批判的に記事にした一方で、ベトナムなど戦場の取材には遺言状を書いて出かけていた。
 そんな根性のある人が大手マスコミにいなくなったからフリーが赴くのだろう。

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 しかし、「フリージャーナリスト」に期待するのは幻想である。かつてその本多勝一記者は、大手のことを左翼が「ブルシン」(ブルジョワ新聞)と皮肉るのに対し、現実にはブルシンの記者が頑張っている一方で「フリー」がダメである実態を指摘していて、その指摘するとおりだと言う人たちが「フリー」の中にも少なくなかった。そうなる構造があるからだ。

 あのシリアで人質になったフリーのジャーナリストたちについても、これは言える。大手メディアがダメだからと安易にフリーに期待してはいけない。
 まず例の安田氏だが、その「報道」に対しては疑問や批判がいっぱいあり、それは、あの人の「報道」はあくまでもアメリカに都合の良い内容で、そのために嘘臭さがあるからだ。これを自己責任論で非難してる連中は口にしない。アメリカの傀儡である日本政府を擁護しているに過ぎないからだろう。
 一方で、安田氏を擁護している人たちも、彼の取材とスタンスを称えることで、暗に彼の「報道」とは違ったり逆の立場だったりする取材や報道を非難する政治性を発揮していて、その多くは欧米寄りであったりイスラム圏に対する偏見があったりしている。そもそも報道は色々な視点があってこそ有意義なのだから、気に入った報道スタンスだから支持して他は否定するというのは間違った態度だ。

 そもそも、危険なところだから行くなと言われても、危険とわかっていて仕事に行く人もいるのだから、そこに文句を言ってもしょうがない。これだけで充分である。そこで安田氏の仕事を評価する意味はない。それを言っていたら、共感できないなら殺されてもいいのかという問題になってしまう。
 だから、人質にされた安田氏が殺されなくてよかったことと、その取材や報道の内容とは無関係だ。もともと安田氏の報道を批判や否定する者もいるし、彼とは逆の立場から取材や報道をしている者もいるが、それは支持できないから取材するな報道するなと言うことになるのか。それとこれとは問題が別なのだ。

 なにより肝心なことは、安田氏がどこかのメディアに正社員として勤務してないから「フリー」だと言っても、シリア政府やそれを助けるロシア政府、あるいはそのことで対立するアメリカ政府、およびそれらの息がかかったマスメディアから、彼が「フリー」であるという保証はない、ということだ。
 これについて昔から「奴隷フリーランス」と言うように、フリーであるため逆に自由がないことは多い。定収入がないので、売れる方に、買ってくれる方に、なびくからだ。これは多くの場合、金や権力にからめとられる。大手マスコミに迎合することもあれば、ユーチューバーのように受けばかり狙うようにもなる。

 現実に、後藤氏も安田氏も「フリー」だと言うけれど、カスミを食って生きていたのではなく、テレビ局など大手のマスメディアにネタを売って金にしていた。国家権力から免許をもらったり大企業がスポンサーに付いたりしているところだ。それに迎合せざるを得ないのだから、フリーだから真実に迫っていたというのは幻想だ。
 なので、無能な日本政府に媚びたバッシングを批判するのはいいが、幻想に基づいて持ち上げてはいけない。




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# by ruhiginoue | 2018-10-26 18:00 | 社会 | Trackback | Comments(10)
 かつて山本太郎議員が、国会質問で安倍総理に対し「いつ辞めてくれるのか」と問うたことがある。政策で失敗しているのに偽装したり、不祥事があったのに隠蔽したりで、居直りつづけているから、ということだった。
 それなら同様に、安倍氏は「いつ離婚するのか」と質問したい。安倍氏は離婚するべきだ。


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 なぜなら、安倍氏はまた憲法改正を言い始めているからだ。
 このさい、いつも安倍氏は、憲法が日本人の精神に悪影響を及ぼしていると言い、その理念を全否定する。他でもない自分が憲法に悪影響を受けている最たる者だと自覚していないのだろうか。憲法が謳う個人の自由や男女平等のため昭恵夫人と未だに離婚しない。

 これではいけない。安倍氏が本気で憲法改正すべきと思うなら、先ず昭恵夫人と離婚しなさい。安倍氏および自民党のみなさんによれば、お国お家より個人を優先させる憲法は悪いそうだから。
 それでは、不妊治療しても子供ができないと昭恵夫人は言っていたが、そんな「生産性のない」夫婦を続けていないで「産まず女」には「三下半」を渡すこと。安倍氏および自民党とくに「日本会議」の人たちの持つ価値観からすると、そうなる。

 この点、小泉元総理とその家族を見習うことだ。彼にはちゃんと跡継ぎの子供がいるし、あとは妊娠中の妻を姉たちが叩き出して離婚させた。憲法など無視し、個人より、お国お家を優先させたのだ。偉い。

 だから、安倍氏は早く離婚しないといけない。いつ離婚するのだろうか。


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# by ruhiginoue | 2018-10-25 16:38 | 政治 | Trackback | Comments(6)
 お笑い芸人の松本人志は、最近よく軽率な「持論」を展開していて、それは社会の現実を認識しない無責任な精神論であると指摘されているが、そういうものは元々、弱者を虐げ強者に媚びるもので、実際に松本人志は平行して政府に媚びる発言をしている。

 これについて、しょせんはお笑い芸人と言う人をよく見かけるけれど、違うだろう。こういうことは、お笑い芸人でなくても言っている。特に目立つのが教師である。お笑い芸人と教師が同じことを言うのは、どちらも共通して社会の現実を認識できていないからだ。だから演芸と学校がどちらもツマラナイわけで、その構造が存在する。
 この構造については別の問題として、ここではそんなくだらない精神論になってしまう原因の無知について話題とする。

 この精神論を説く無知とは、かなり単純な世間知らずである。例えば若くして功績があって大学で教えているとされる落合陽一という人が典型的だ。
 まるで功績がないけどなぜか大学で教えている連中もいる(そんな人が何故いるのかは、これも別の問題とする)が、いちおう功績のある人でも、その分野についてだけ語っているならいいが、にわかに他の事まで語りだすと非常識なことを言う。するとだいたい無責任な精神論になる。これが、お笑い芸人と同じになる原因だろう。

 この落合陽一という人は、学校の勉強が社会で役に立たないと言う人を批判していた。そして、そう言う人が解っていないのは、学校の勉強それ自体も意味があること、および社会に出てから役に立たないとしても勉強は訓練になるということであり、これを解っていないと貧困が堂々巡りするということだ。
 しかし、今時、学校の勉強が社会に出て役に立たないと言う単純な人はいないだろう。学校の勉強は学歴が伴っていないと社会から認められないので、貧困などの原因で進学できないと貧困の再生産になるという現実なら、昔から今まで指摘されてはいるけれど。

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 また、学校の勉強の内容にも意味があるとか、勉強することが訓練になるとか、そんなことは大昔から言われていたことで、よくテレビの学園ドラマでも繰り返し出てきたほどだ。
 そんなことを今さら言うなんて、落合陽一という人は一体どう思いついたのか、あるいはどこから受け売りしたのだろうかと不可解だが、これは貧困で進学できない人がいるなどの社会問題から目を逸らそうとする昔式の戯言であり、学園ドラマのネタとしても、教師などが安易に発するその場しのぎの言葉として描かれていたはずだ。

 どうであれ、これは社会の現実を認識できていないことによる無責任な精神論であることに変わりない。お笑い芸人がやっているのと同じで、政府などの強者に媚びて弱者を虐げることであるから、決して容認してはならない。
 だいたい、木村草太という「気鋭の学者」もそうだけど、マスコミが持ち上げている教員ってのは大抵ろくでもないものだ。
 





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# by ruhiginoue | 2018-10-24 17:20 | 学術 | Trackback | Comments(0)

寿司と焼肉が本当は嫌い

 自分に正直が実は難しい。これは、よく言われることだ。
 例えば、仕方なく周囲に合わせてしまい、本当は嫌いな料理を付き合って食べていることがある。「そばつゆをタップリ」という寓話があるけれど、この逆のような感じである。

 ここで、世間のみんなが有難がっている料理であると、相手が良かれと思って薦めてくるから、好きじゃないとか嫌いだとか言って断ることが難しい。
 その代表が、寿司と焼肉である。

 この両方を食べ放題という店があり、安いけれど素材が如何わしくて、不味いだけでなく不気味であり、健康を損ないそうな恐怖感まで覚える。
 そうまでして食べ放題という店があるのは、寿司と焼肉をありがたがる人がいるからだろう。そんな人たちの中に「安かろう悪かろう」でも質より量で食べる人がいて、店が成り立っているということだ。

 だから、そういう安かろう悪かろうの店ではなく寿司と焼肉をおごってやろうと、上司が部下などに対して善意または恩着せで連れて行く。そして、その場合は寿司と焼肉と、どちらがいいか、なんて話題にもなるわけだ。
 また、安倍総理がマスコミ関係者を懐柔したり圧力かけたりするために飲食店に呼び出すと寿司や焼肉になり、そこから御用コメンテーターが「田崎スシロー」なんて皮肉なあだ名を付けられる。

 これは『ナニワ金融道』の最初のころの場面だが、話があるからと寿司屋に呼び出しておいて勝手に注文してしまい、話を聞くだけだから要らないと断っているのに「ここの寿司、美味いんだから食ってみぃ」と強引に薦めて席を立てないようにしてしまう。
 ここで、寿司は嫌いだと言って帰ってしまえばいいのだが、寿司が嫌いだとは言いにくい人が多いだろう。焼肉も同じだ。

 あと、親が寿司や焼肉を「食べさせてやる」と言った場合も、他のものと違って嫌いだとは言いにくい。嫌々食べて美味しそうな芝居をしてきたものだ。これを子供のころからやらされていると、大人になってから寿司も焼肉も嫌いだと言いにくくなってしまう。そしてまた嫌々付き合うはめになる。

 こういうことを言うと、嫌いな人はよくても、好きな人は困ると言う人がいるだろう。
 しかし、みんな本当に寿司や焼肉が好きだろうか。周りに合わせたり流されたりしているだけではないか。自問自答したうえで、自分に正直になるべきだ。いいことがたくさんある。
   
 
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# by ruhiginoue | 2018-10-23 15:37 | 雑感 | Trackback | Comments(4)
 公営住宅は家賃が割安だから、入居希望しても抽選になかなか当選しないもので、そこへ入居できたら、よほど成功して一戸建てを買えるようになったというのでもなければ引っ越さないほうがいいと言う意見もある一方、それでも引っ越してしまい、わざわざ割高な家賃を払って民間経営のアパートやマンションなどの集合住宅に転居する人がいる。

 これは、公営住宅が住みにくいからで、その原因は住民関係である。
 もともと家賃が割安であるため入居には所得制限されて低所得者の住民が多く、過去にはスラム化を防ぐために所得制限に幅を持たせていたが、財政や持家取得推奨の政策が影響して次第に所得制限が厳しくなり、ちょっと所得が増えると追い出されるようになった。こうして、ほんとうに貧乏な人ばかりになり、民度の低下も来した。

 また、貧困層の票を獲得するため、その政党を支持する宗教団体が組織的に応募しているなどの噂があり、実際に団地のあちこちで「ナンミョーホーレンゲーキョー」と唱える声が聞こえ、こういうのが気持ち悪いと言う人が少なくない。よくテレビのSFドラマで、団地の住民たちがみんな宇宙人だったという話が繰り返されていたけれど、これを皮肉ったものだと指摘されている。
 しかも、その宗教団体と仲が悪い政党の党員であるため、集団で迫害されたと言う人の話もある。
 
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 それどころか、命にかかわる問題も起きている。

 これは入居したばかりなのに引っ越してしまった人がよく言っていることだが、単に人付き合いが煩わしいだけでなく、日曜日の朝に全員参加の一斉清掃があって、日曜日に仕事がある人でも休暇を取って参加させられ、有給が無い人は収入に響くし、客商売の人はどうしても休めないと言っても聞き入れられないとか、罰金を払わされたりとか、そういうことで嫌になり、それで家賃が高くても管理組合に任せているほうがよいと転居してしまうそうだ。
 そんな中で、ケガそれも重症を負った人が、退院して自宅療養しているのに、それを説明しても強制されてしまい、マスコミに取り上げてくれないかと訴えたら、そんなこと昔からしょっちゅうのことで、越してきたばかりの人が実態を知らないだけだと言われてしまったそうだ。これは、低所得者たちが、自分より弱い者を虐めているということらしい。だから、あまりにもよくあることなので希少価値がなく、マスコミも取り上げないということだ。
 
 さらに問題なのが、昨日も取り上げたベランダでの喫煙である。臭いや有害物質だけでなく火災にもなるなど深刻な問題である。
 よく、寝煙草は危険だから止せと言われる。綿に火が付いた場合、気づかない程度でしばらく燻り続け、けっこうな時間が経過して急に炎上するからだ。
 これがベランダでの喫煙だと、うっかり灰を落したり風で飛んだりして、干してある寝具に引火して気づかないでいることがあり、そこから一気に燃え広がる。これで消防車が出動し、消火後はガスと電気の会社が来て設備に損傷が無いか点検するなど大騒ぎである。だから集合住宅のベランダ喫煙は危険なのだ。

 このように、命にかかわるのだが、東京都住宅供給公社なんか、もともと都営住宅で吸い殻のポイ捨てと煙草の臭いの苦情があったうえ、ベランダで火災が発生し大騒動になったのに、その直後そこの住民からベランダと廊下の禁煙など対策を求められても「煙に神経質な人だけが騒いでいる」と言って取り合わなかったのだ。

 このようなことがあるから、こんなところ住んで居られないと言って出て行き、わざわざ家賃が高い所に引っ越してしまうのだ。



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# by ruhiginoue | 2018-10-22 12:17 | 社会 | Trackback | Comments(0)
 公用車で出かけるようにして実は喫煙していた松井一郎の行為は、学校の便所や屋上で喫煙するヤンキーみたいでみっともないけど、彼は未成年者ではないので、問題は喫煙それ自体ではない。そこの自治体では規律を厳しくして違反者は処分していたはずだから、なのにその頂点にいる知事がコソコソと規律違反したことが問題だ。

 この知事をすでに「ヤンキー」だと指摘して先見性を示していた人がいて、前に役所の前でヤンキーは出て行けとデモと一緒に叫んでいたが、その一方でTwitterに煙草を吹かす自分の写真のアイコンを載せて、日本会議が何たら言ってたけれど、喫煙の問題については猛反発していた。
 この人には、女性に対しての性的に暴力的な態度という加害行為があり、このためカセリングを受けていると公言していたが、禁煙もしたほうがいい。この煙草についての言動は、ヤンキーだからではなく依存症だろうから。

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 だいたい、喫煙の被害が当然の問題になっただけで反発する人は依存症だ。ただ吸う人は極端な反応はしない。迷惑かけずに喫煙なんていくらでもできるのに、迷惑かけて咎められたら反発したり居直ったり「じゃあ、どこで吸えばいいの」などと言ったするのは依存症だからだ。

 あの、ベランダで夜中に煙草の火が宙を漂っているように見えるから「蛍族」と揶揄される人たちが、煙と臭いで近所迷惑をしたり火災を起こしたりで深刻な問題になっているけれど、この「蛍族」とは、もともと不動産のテレビCMがきっかけで知られるようになった言葉で、子供が産まれたからと気遣ってベランダで喫煙しているより、もっと広い家に住もうという宣伝だった。
 なのに、甲斐性が無くて狭い集合住宅にしか住めないから、その惨めさのため、迷惑行為を咎められると、自分は加害者なのに被害者だと錯覚する。モテない奴がストーカー行為をして、加害者なのに被害者だと錯覚するのと同じことだ。

 それなら、ただでさえ貧乏なのに、そのうえ余計に税金を払ったり、健康を害して医療費がかかったり、ということをやめるべきなのだが禁煙できない。わかっていても自制できない。まさに依存症である。
 
 これについて医師も指摘しているが、依存症なら利用を完全に絶つしかない。例えばスマホ依存症で目を悪くしたり寝不足になったり歩きながら使用して人にぶつかったりと、自分にも他人にも危険な行為をしている人は、スマホを手放すか通信会社の代理店に行って契約を解除すべきで、他に方法がない。酒や煙草と同じように、自制することができないから依存症なのであって、依存症でなければ元から適切なはずで、美味しく楽しく便利であっても迷惑行為や危険行為にはならないもの。
 それがダメだから依存症であり、完全に絶つしかないのだ。



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# by ruhiginoue | 2018-10-21 12:12 | 社会 | Trackback | Comments(12)
 10月20日の皇后誕生日にさいし、代替わりなどについて文書で心情の発表があったと報じられているが、かつて誕生日に心労で倒れてしまい、その原因は週刊文春に虐められたからだった、なんてことがあったものだ。

 もちろん、皇族に対してでも言うべきことを言うのは言論報道の自由として重要である。しかしあの記事は、宮内庁の誰かが意地悪して焚きつけたとしか思えない内容だと言われたものだった。

 もともと週刊文春は虐めが大好きだ。
 しかし、今回は虐められているのがあの片山さつき地方創生担当大臣なので、これはいいぞと皆が喝采している。大臣になった途端に記事が出たということは、前からネタとして掴んでいたのだろう。
 もともと週刊誌などは、ネタになりそうな情報を手に入れると、裏付けをとるために取材しながら出すタイミングを狙っているものだ。今回も、一国会議員から大臣になったのだから、もっと騒ぐ価値が出る。

 こういうことがありそうだから大臣にできなかったのかもしれない。そして在庫処分人事と皮肉られる内閣なので入閣できた。そうしたら念願の大臣になれたと喜んでいたところで週刊誌に暴露されたという次第なのだろう。


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# by ruhiginoue | 2018-10-20 16:48 | 社会 | Trackback | Comments(2)
 ウーマンラッシュアワー村本というお笑い芸人から批判された放送作家・百田尚樹が、名誉毀損で訴えようかと思っていると発言した。これは、自分がデマを流しておいて被害者面し、法的措置をとると恫喝しているという指摘がある。
 もともと百田尚樹という人は、小説は露骨な剽窃だと指摘され、ノンフィクションは裁判沙汰となり嘘が判明し、あとは政治的に権力に媚びて差別的な発言ばかり。つまりパクリとガセとヘイトのベストセラー作家というわけだ。

 そして、村本という芸人の発言に対し、安倍総理が幹事長時代に起こした名誉毀損裁判で月刊誌『噂の真相』を廃刊に追い込んだほどの辣腕弁護士から「これは名誉毀損でやれます」と言われたとのことだ。
 ところが、その名誉毀損裁判はあったが、その前から同誌は発行を止めると公言していた。つまり別の事情であり、これを前から発表していたのだから、「百田は嘘をついてコケ脅し」という指摘がされているのだ。

 しかし、そんなことは他で騒げばいい。ここで問題にしたいのは弁護士の問題だ。

 かつて、その『噂の真相』を、森総理が名誉毀損で訴えたことがあった。総理大臣在職中である。なので、公人中の公人であるから、事実であるかどうかだけが問題である。この同誌の記事とは、森総理が早稲田大学在学中に買春で検挙されたというもので、これは事実無根だという訴えだった。
 ならば警察が記録しているから、裁判所から警察に調査嘱託という問い合わせをすればはっきりする。これは主張ではなく調査だから、原告被告双方の同意があれば行うものだが、森総理の側が同意しなかった。なので「自ら訴えておいて唯一確実に明らかになる方法に同意しないとは不可解」と判決で指摘されてしまった。やはり事実だったということになる。
 
 この判決は、愛人について書かれたという枝葉の部分で森総理の側が勝訴している。だが、肝心の最も恥ずかしい部分では森総理にとって藪蛇になった。
 しかし弁護士にとっては、いちおう賠償金を払えという判決だから儲かっているし、勝訴は勝訴だから記録も単に一件としてカウントされキャリアにはなっている。
 このようなことは、他にも色々と存在する。

 ようするに、弁護士が訴訟を薦めるのは自分にとって商売になりそうだからで、そのさいの依頼人への色々な影響までは考慮しないということだ。
 よく、勝てもしないのに引き受けて着手金を取り、どうせ勝てないからと手抜きする売れない弁護士もいるが、逆に優秀な弁護士が相当の見込みがあると判断したから訴訟を勧めた場合でも、勝訴して得られるのはあくまで弁護士の報酬と実績だけで、依頼人が得られたものは無いとか、逆に失ったものの方が大きかったとか、そういうことが少なくない。

 その現実を弁護士抜きで熟考してから、訴訟の決断と弁護士への依頼をするべきなのだ。

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# by ruhiginoue | 2018-10-19 12:41 | 司法 | Trackback | Comments(0)
 十年以上前に中国へ行ったことのある人が、最近また中国に行くと、都市が整然としているうえ清潔になっていると言う。昔は、中国に行くと街にゴミが散乱していて、地元の中国人たちは所かまわずタンを吐いていたものだった。それが今では全く見かけられなくなり、むしろ日本の街より清潔だと言うことだ。
 これは、国を挙げて美化に努めた結果だ。世界各地から大勢の外国人が来るのだからということで。

 
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 これについては日本も、そうだった。昔はひどかったけど、60年代の東京オリンピックあたりから、外国人が世界各地からやって来るのに、街が汚いと遅れた国だと見做され恥ずかしいということで、懸命に美化に努めた結果、世界的にも清潔な方の都市になって、その前までのゴミ散らかし放題にタンツボだらけで立小便自由自在というひどい状態を改善したのだ。
 このように中国も、同じような経緯で心がけをしたということだろう。

 また、マナーの悪い観光客というと、最近は田舎者の中国人が日本でも傍若無人のふるまいで顰蹙を買っているが、もともと日本人でも公共マナーが悪いというのは田舎者で、マナーの悪い観光客というと「農協ツアー」が代名詞だった。それをSF化したのが筒井康隆の小説『農協月へ行く』だった。
 それで田舎と都市は違う。この差は今でもかなりのものだ。

 そして日本は、整理整頓好きなドイツ人からも、都市が綺麗だと褒められるようになっていたが、このため今の日本は、若い人のほうが、もともと当たり前だと思っているから、公共マナーを守っていて、老人ほど感覚が古くて公共マナーがなってない、という実態である。
 だから、昔は「最近の若い者は…」だったけど、今は「最近の歳よりは…」と言われるようになった。しかも高齢化社会で人数が多いから、問題なのはあくまで一部の者であっても相当の数になる。これは実に困ったことだ。



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# by ruhiginoue | 2018-10-18 12:44 | 国際 | Trackback | Comments(9)
 ノーベル賞をもらった本庶佑という人が「ネイチャー誌、サイエンス誌の9割は嘘」であると指摘し、常識を疑う大切さを説いて、権威に騙されず自分で納得するまで調べるものだと言いいながら、効果への疑問や日本も含む世界各地で悲惨な被害の訴えがある予防注射について、自身では研究も患者診察もしていないのに、政府に勧奨再開を求めたことが報じられている。

 これは、スポンサーの製薬会社の意を受けたのではないかと疑われている。
 それだけではなく、昔から、大企業が研究者を絡めとるために、資金の提供だけでなく「我が社の力でノーベル賞を取らせてあげますよ」と言うことがあったけれど、今回のように露骨な人がでると、単にスポンサーに媚びただけでなく、そもそも受賞それ自体に、そういう如何わしい背景があったのではないかと思えて、この爺さんの研究なんて実はその「9割」に属するものだろうと疑わざるを得ない。

 だいたい、どんな分野の見解でも説でも、もともとの持論をこれまで通りに説くのなら、それが何であっても構わないけど、ノーベル賞で話題になったところで、それによって得た政治的な機会を利用して発言すれば、内容ではなく権威をかさに着てのことになるから不適切な行為である。
 だから、これをマスコミはただ垂れ流すのではなく批判的に捉え、その意図と背景を追及する報道をすべきだ。それができないということは、もちろんマスコミ関係者の意識の低さもあるだろうが、そうでないとしたら、やはりマスコミも大企業を恐れていると考えるべきで、ますます如何わしくなる。


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 そもそも、ノーベル賞をもらった人の言うことだから有難がらないといけないというわけではない。大江健三郎が原発に反対しても日本政府は拝聴しないどころか完全無視で業界の利益を図り、青色発光ダイオードを開発した人は大儲けした大部分を会社に巻き上げられたと訴えたが聞き容れてもらえなかった。
 つまり偉いのは会社である。ノーベル賞をもらった人ではない。だから今回も、ノーベル賞をもらった人が言ったというのではなく、製薬会社が儲かるように言ったと解釈すべきである。



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# by ruhiginoue | 2018-10-17 17:30 | 学術 | Trackback | Comments(0)