井上靜の気楽ゆえ率直な日誌です。気楽にコメントしてください。おたよりも同様にe-mail:ruhig@outlook.jpまで。下記の拙書を購入でご支援をいただけたら助かります。


by ruhiginoue
 「昔から童話では、王子や王女が正義で、大臣が悪と相場が決まっているからな。だが、童話と同じレベルで政治を判断されたらこまる」
 『銀河英雄伝説4策謀編』田中芳樹著 創元SF文庫133頁 


 ところで、親子も金銭は別とはいえ、親の金銭問題が子の結婚などに影響することは今でもある。一般的な家庭にもあるのだから「やんごとなき」一族では当然あり、それが最近では週刊誌を賑わせている。

 この問題で、秋篠宮家の長が子供の結婚について発言していたけれど、もともと、よく憲法の「婚姻は両性の合意のみに基づいて成立する」という規定を引用していたと伝えられる。封建制度では家の都合で親が決めるものだったが、現代に於いては否定されたということを憲法の規定は謳っている。
 そして、自由に結婚相手を決めるべきであり、そこには自覚と責任が大切だと強調し、かつて自らが実績したように(これは当時、兄より先に結婚相手を自ら決めたと大変な話題になっていた)、相応しい相手を自分で判断するように言ってきたのだからと、それを踏まえてあの一連の発言になったということだ。

 また、「聴く耳持たなかった」という表現が印象的で騒動になり、一部では話を聴こうとしない人を「まるで宮内庁長官だ」と皮肉る人もすでに出ているそうだが、それはともかく、その発言の趣旨としては、皇室と政府の両面で問題があるということだ。
 つまり、天皇の国事行為というより皇室の伝統的行為では、あくまで大切なのは格式であり、豪華にすることはなく、だから「身の丈に合った」ものであれば大金を投じる必要はないので、政府から干渉を受けることになっては問題である一方、政府にとっても宗教的色彩のある行事へ公費を支出しては政教分離原則に違反して憲法上の問題になる、という指摘である。

 どちらも、憲法の問題を説いているが、自らの立場と生き方に密接に関連させて語っている。

 このような「見識」を発揮することが前からあるうえ、何より夫婦円満であり、そして跡取り息子がいる、ということで「皇太子殿下ではなく秋篠宮殿下を次の天皇に」と言い出す人たちがいて、あのデヴィ夫人なんか署名活動していた。それはともかく...

 よく、憲法について、条文をありがたがるだけの「護憲」ではなく、その理念を積極的に活用しようということで「活憲」を標榜する人達が出て来たけれど、それでも観念的で具体性が乏しく、なぜなら言及しても政治的な分野がまだまだ多くて「身の丈に合った」ものではないからだろう。
 それに比べると、秋篠宮発言は、その特殊な立場によるからだろうが、より「活憲」の意義が解っているものである。これを自分ならどうかと思いながら、みんな見習うべきだろう。


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# by ruhiginoue | 2018-12-08 18:09 | 司法 | Trackback | Comments(1)
 これは思い出話だが、昨日と一昨日の続きなので政治の分類としておく。読んでないなら参照を。

 小学生の時、テレビで森村誠一の小説『人間の証明』などが連続ドラマになっていて、教室でも話題になることがよくあった。
 これに対して、例の担任教師が観るなと執拗に言っていた。放送時間が十時台で遅いからということだが、みんな無視して観ていたのは、そんなバカな教師の言うバカな話など聞くことないと親たちが言ったからだ。
 やや遅い時間帯とはいえ、これは社会派ドラマだ。小学生でも高学年になったのだから、もうすぐ中学生になり、そのあと早ければ社会に出る。なのに放送時間が遅いなんて、たったそれだけで見るなというのは何だ。まだ子供だから『ウルトラ』や『ライダー』を卒業するなと言うのか。

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 このバカな担任教師が依怙贔屓している金持ちガキの学級委員チビトモこと大友は、小柄なので体格の勝る同級生と走って競争しても勝てないのだが、なのに「デブだから足が遅い」などとデタラメを言って同級生を侮辱していた。
 この延長でチビトモは、学校行事の用意ため放課後に残って荷物を運ぶのに各組から5人の動員があったとき、学級会で決めるさい「デブがやれ」と笑いながら言った。同時に「お稽古事をしてない貧乏人がやれ」とも言った。これにみんな怒ってしまい決まらなかった。
 ただし、それとこれとは別だから「大人の対応」をしようということになった。そして自分も含めた有志5人が現場に赴いた。

 するとチビトモは「いいよ、嫌なんでしょう」と拒絶したうえ、人手が必要なことは変わらないから手伝いに来たと言うことに「だとしても君たちなんて要らない。帰って」と侮辱的なことまで言って追い返した。
 そうしておいて、担任教師には、みんな嫌だとわがままを言って誰も手伝ってくれないと嘘をついた。
 これを担任教師は鵜呑みにした。まず事実関係を確認するという常識は、この頭ウルトラ悪い女には無かった。
 「大友くんが可哀そうじゃないかーっ。お前らそれでも人間か!!」
 そう激怒してヒステリックに怒鳴りつけるが、教室の児童はみんな学級会で大友がどうだったか見ているし、現場で他の組の人たちも大友が追い返すところを見ている。

 これでバツ悪くなった担任教師だが、しかし引っ込みつかないし、依怙贔屓もしていたい。だから他の児童たちに自らの言動を撤回や謝罪することもなかったし、もちろんチビトモのことを叱らない。
 そして、「大人の対応」をするなら、差別されても怒らず最初から学級委員に従うべきだったと言い出した。この教師は社会党員だったが、同和地区の人たちが差別されて怒りすぎだと言っていたことがあるので、その援用を咄嗟にしたのかもしれない。
 それにしても、差別の問題では実際に急進派の人達がやりすぎという部分があったのに対し、行事のための荷物運びは人手さえあればいいことだから、「大人の対応」がいつの時点かなんて関係ない。そのあと学級委員の虚偽こそが問題である。
 こんなことも解らない担任教師。だいたい、この教室での態度はガキっぽすぎる。

 そのうえ、その「大人の対応」を提案したのがこの自分だと知ると、通知表の所見欄に「お宅の子供は大人みたいなことをするので扱いにくくて手を焼いている」と書いた。
 こんな小学生にも劣る人が、いちおう成人していることでも不思議だったが、そんなのがどうやって教師になれたのかも不可解であった。

 まったくこの担任教師の言動は『頭が悪すぎる人間の証明』であった。



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# by ruhiginoue | 2018-12-07 17:40 | 政治 | Trackback | Comments(2)
 今思い出しても頭にくるのだが、小学生の時、学級委員の大友という奴(小柄だったのでチビトモと呼ばれていた)が、よく学級会で異端査問のようなことし、そうすることで悪い子を吊し上げているからとイイ子ぶり、しかもその標的にされるのは家の貧しい子が多い。
 このチビトモは、地元で最も高級と言われる住宅街に住み、着ている物も良く、同級生の服装を指して貧乏人が着るものだと言って侮辱したことまであった。

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 その行為がいかに不当かと批判する者もいるが、それにチビトモは反論できたことが無く、必ず「決を採りたいと思います」と言い「〇〇君が悪いと思う人」と挙手を求め、これに同調する者がいつも決まって一定いるため「多数決で僕が正しことになりました」と言うのだった。
 こんなことに、なんで同調する者たちがいつも一定いるかというと、チビトモは担任教師から依怙贔屓されているからと迎合しているのだ。そして担任教師の女性(当時27)は、チビトモに対して異議を唱える児童に「多数決で決めたことに反対するのは民主主義の否定であるから許さない」と、まるで般若の面みたいな表情をして凄む。

 この教師は狂信者だと思っていたが、親たちが言っているのを小耳に挟んだら「あの先生は何か貰っていたんでしょう」だった。つまり買収されたということになる。その担任教師が贔屓するのはチビトモなど金持ちの子ばかりだったから、そう思われたのだろう。
 あの先生は自分で言ってたけれど貧乏な出自らしいから、金持ちというだけで委縮して卑屈になっていたのではないかとも思った。しかし、自分の親も含めて他の保護者たちは「あそこまで露骨なら絶対に買収だ」と言った。

 そういう経験があるので、「民主主義イコール多数決」への疑問は身をもってのことだ。よく自民党がやっていることは、小学生の時の学級会と同じ水準である。安倍は大友と同じだ。

 また、あの担任教師は教職員組合に所属していた関係で社会党員だったと聞いた。教員を辞めた後で離党したらしいが、先述したとおり出自が貧乏だったことに関係して何かと「左寄り」な発言をした。
 それでいて金持ちクソガキに依怙贔屓して買収疑惑があるほどだった。
 よく旧社会党が国会で反対して見せていても裏では機密費で買収されていたことを共産党や辻元清美議員から問題にされ、今は亡き塩川正十郎官房長官が「(機密費を)野党対策にも使っていましたよ」とテレビのインタビューでポロっと言ってしまったことを思い出した。

 ここは実に情けない国である。




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# by ruhiginoue | 2018-12-06 17:15 | 政治 | Trackback | Comments(0)
 今、与党は多数だから強行採決できるので議論や審議など無用で国会を開かなくてもいいということになってしまっている。次は野党が増えないように選挙しなくていいことにしたいから憲法に緊急事態条項を作ってずーっと選挙しないことにするつもりだろう。

 ところが、国会の強行採決について、民主主義は多数決だから当たり前と言う人がいる。そんなことを言う人は、そもそも「民主主義」と「多数決」の意味と意義を知らない。知っていたら、そんな発想は不可能なのだから。

 これは解っている人には言うまでもないことだが、そもそも「民主主義」は政治の理念とそれを実現する仕組のことであり、「多数決」とは意見をまとめたり結論を出したりするため手段である。民主主義だけど多数決は採用しないことが理論として成り立つし、現実にも存在している。
 なので多数決を採用しているからというだけで民主主義ではない。
 また、最後は多数決としても、それは議論を尽くした上でないと民主主義とは言えない。

 そもそも、多数決が民主主義につながるのは、少数による専制を否定するなどの意義があるからで、金力や勢力を持つ者が、それによって多数派を形成して話し合いをせずに決めてしまう多数決では、民主主義とは真逆である。

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 だから、民主主義イコール多数決ではないし、「強行採決」は非民主主義どころか反民主主義なのだ。


 




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# by ruhiginoue | 2018-12-05 00:38 | 政治 | Trackback | Comments(0)
 先日、勉強会「進む政治の私物化と瓦解する官僚〜メディアと日本の危機」に参加した。
 ゲスト講師は東京新聞の望月衣塑子記者。
 このことは、その当時Twitterで触れたが、そのさい質問をしたことについて、後にblogで説明するとしていたので、ここで改めて述べるとする。

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 もともと望月記者は社会部の所属で、昔からよく言われているとおり政治部の記者は政治家と馴合うものだから、それはダメ、もう自分に行かせてくれと上司に言って現場に赴き、あのとおり記者会見で食い下がって菅官房長官に嫌がられるということになったそうだ。
 これにより、おとなしすぎる政治記者の中で浮いたようになってもいる、とのことである。

 それで、政治部記者が政治家と馴合うことに絡んで、以下のように質問した。

 そのように馴合っているうちに、政治部記者が政治家と癒着した御用の政治評論家になることがよくある。その代表格ともいうべき元『毎日』政治記者の政治評論家なんか、その死後、世話になったからと安倍総理が墓参りしていたほどだった。

 その三宅久之という人の息子が、この勉強会の主催者らが住んで居る東京都狛江市の市議会議員である。彼は選挙の時に「三宅の子供」だと強調していた。そんなこと言われなくても判る。かつてテレビでよく見た顔と似ていて、頭の禿げ方までソックリだから。(こう言うと、会場の人達は笑っていた。みんな地元の人は見て知っているから)しかし問題なのは、頭の表面だけではなく中身まで同じことだ。
 ところが、そんなことで当選してしまった。投票してしまう有権者がいる。
 
 こう前置きしたうえで、それで望月記者に伺いたいのは、将来もしも自分の子供が記者ではなく議員など政治家になろうと考え、選挙で「望月の子供」だと言って立候補しようとしたら、どう対応しますか、と。

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 これについて望月記者は、その時の情勢により、言えば有利になったり不利になったりで、どちらになるか将来のことは誰にも解らないけれど、有利になるのはなんらかのブームが起きるからだと指摘する。
 そして、安倍夫妻には子供がいないけれど「安倍チルドレン」と呼ばれる人たちがいて、これは安倍総理が「虎ノ門ニュース」などを好んでいるので、その方面で支持され、その中で例の杉田水脈議員が自民党の比例名簿に載せられて当選したから、そのような影響はいつの時代もあるものだと言う。

 それでも、望月記者としては、将来もしも自分の子供が選挙に出たいと言い出したら、やりたいことをすればいいと思うけれども、仮に有利になるとしても親の名前は出すなと言うだろう、とのことだ。
 なぜなら、親の七光りなんて良くないと言われているが、それ以前に、自分の道は自分で切り拓くのでないと、なんのための人生だ、ということだった。



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# by ruhiginoue | 2018-12-04 17:30 | 政治 | Trackback | Comments(0)
 アメリカ合州国の41代大統領であったブッシュ元大統領(パパブッシュとも呼ばれる)が死去した。94歳没ということで、まだ生きていたのかというくらいである。
 これは彼が副大統領として付いた先代のレーガン大統領(91歳没)と同様に90年以上生きたということは「憎まれっ子世に憚る」「嫌な奴と悪い奴ほど長生きするような気がする」という心理的なものだけでなく、ブッシュ大統領は歳を取って身体が弱っているような印象をもたれることが昔からよくあったので、それから何十年も生きていたから、まだ生きていたのかという感じなのだ。

 あの90年代の当時、ブッシュ大統領といえば、ボディービルダーでアクション俳優のアーノルド=シュワルツェネッガー(のちに州知事)から指導を受け健康増進に努めていると言い「国民のみなさんも、テレビを一時間減らしてスポーツをしましょう」と呼び掛け、それでジョギング中に心筋梗塞、来日しアマコスト駐日大使らとテニスしたあと晩餐会で気分が悪くなり嘔吐して倒れ、というお粗末であった。

 あのあと、夫人がスピーチで「アマコストが下手なのでテニスはぼろ負けし、そのショックで夫は気分が悪くなってしまった」とアメリカ式にジョークで笑わせ一時しのいだものの「アメリカのブッシュ大統領、外交で日本訪問中に倒れる」と世界中で報道され、晩餐会で当時の宮澤首相にもたれかかるように崩れる姿の映像が繰り返しテレビで世界中に流れたのだから、これはそのあとの選挙に致命的であった。

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 そして再選できなかったブッシュ大統領について、大統領選挙で必ず共和党に投票してきたアメリカ人までが「彼は歳をとりすぎている」からブッシュには投票しなかったと言うインタビューが世界各地のテレビに流れ、またイラクのフセイン大統領がブッシュめザマアミロと大はしゃぎしている姿も報じられていた。

 しかし、ブッシュ元大統領は、高齢で体力がないのに無理していたけれど、けっこう長生きしたということだ。
 その前のレーガン大統領も、史上二番目の高齢(69歳)で就任した大統領だったので大丈夫かと言われたが、それで公の場に出てテレビに映ることがある時は化粧をして顔を血色良さそうに見せかけていたのは有名な話。彼は、西部劇に出ている映画俳優だったが売れないのでテレビタレントに転じ司会者になったという元芸能人だった。だから外見を装うという発想になったのだろう。

 しかしブッシュ大統領は、見せかけだけでなく元気だということにしたくて無理して失敗した。でも、本当は健康だったということだ。やはり無茶はしないほうがいい。




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# by ruhiginoue | 2018-12-03 12:17 | 国際 | Trackback | Comments(0)
 「貴様」は、字のごとく敬意を込めている言葉なのだけど、皮肉を込めて「キサマ!」と怒って言うことが多かったため、敬意を込めて呼びかける本来の使い方がしにくくなり、「様」ではなく「殿」を使う「貴殿」がよく使われている。
 その「キサマ」と同様なのが「オタク」である。

 もともと「御宅」は「御社」のように敬意を込めて呼びかける言葉だが、俗に「御宅族」という呼び方ができて、ここから「オタク」という悪い意味の表現になった。
 これは、同じ趣味を持つ相手だからと敬意を込めて呼びかけてはいても、実は慇懃無礼で、そのさい自分のほうが凝っていることを相手に対して鼻にかけるのが常だから、そんな人を皮肉って「御宅族」と言ったのだった。

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 ところが今では、よく「オタク」は「マニア」と同じ意味で使われ「〇〇マニア」のように「〇〇オタク」と表現する。
 しかし本来の意味は違い、「オタク」とはマニア間で自慢する人のことである。そうじゃない人は、ただマニアックを省略して言う意味の「マニア」である。
 つまり「マニア」と「オタク」は同じ意味ではなく、特徴を備えた「マニア」を「オタク」と言い、その特徴とはマニアの仲間内で自慢するから感じが良いとは言えない人、だということである。

 だから、「マニア」と同じ意味で使われる場合の「オタク」には、「そのことにばかり熱中している」という否定的な意味がこもってはいるが、「マニア」という場合にだって、そうした否定的な意味を含ませて表現していることが多いから、この点では殆ど違わず、しかし本来の意味の「オタク」だと、そのうえ「同じ趣味の人に向かって慇懃無礼に自慢する」という、より悪い意味が加わる表現になるのだ。

 そうは言っても、社会の中で意味が変化してしまった言葉は、元に戻そうとしても無理なことである。
 これは、映画『それでもボクはやってない』を観ていて思ったことだった。裁判所の場面で、野次馬として傍聴しに来る人の中には性犯罪ばかり好んで面白がる悪趣味な人がいると弁護士が言うさい「傍聴オタク」と表現していたからだ。





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# by ruhiginoue | 2018-12-02 10:25 | 社会 | Trackback | Comments(2)
 美容外科の充塡剤による豊胸で感染症や合併症が相次いでいる。感染症にかかって痛みを抱えたり、母乳から菌が検出され授乳を断念したり。これらの美容外科では、海外で製造したジェル状の充塡剤を勧めて安全であると説明していたそうだ。保険が適用されないため代金は約100万円で、ローン契約を結んだ。ところが…ということだ。
 この報道について、あの高須クリニックの院長が、今時そのような充填ジェルの使用は、美容外科の観点から非常識だと指摘してもいた。

 この美容の充填ジェル剤だが、これでデッド・オア・アライブのピート=バーンズは、顔が腫れさらに全身に害が及び、この治療をするため外国で手術し、長期にわたり仕事ができないうえ莫大な費用がかかり、このために豪邸もヒット曲の版権も手放し、ついには破産してしまったのだ。

 今年の一月、仕事がらみの新年会があって、二次会は終電が気になるという人達と一緒に早めに退席したけど、このときカラオケしていた人たちがいたので、ではこちらもとデッド・オア・アライブのBrand New Loverを歌ったという話を、過日ここで述べた。
 その時、よくディスコのマハラジャなどで流れていたから懐かしいと言う人がいて、また、店でお酌している若い女性から、そんなことがあったのかとびっくりしたように言われた、ということも述べた。

 もともとピート=バーンズは美男で評判だったけど自分では気に入らず、鼻を細くしたいとか唇をふっくらさせたいとか、もっと中性的になりたいと言って手術をしているうちに医者が失敗してしまった。
 これは、ピート=バーンズがバイセクシャルだったうえ、当時の英国では彼と人気双璧のカルチャークラブのボーイ=ジョージがいたり、二人とも歌をカヴァーしていた先輩のデビッド=ボウイがいたり、ということも影響して容姿にこだわっていたと言われている。

 今では、デビッド=ボウイもピート=バーンズも亡くなり、ボーイ=ジョージは英国のテレビで辛口コメンテーターとしても活躍しているそうだが、かつてカルチャークラブ来日コンサートが大盛況で、ボーイ=ジョージが日本語で「タノシンデ、クダサーイ」と客席に呼び掛けていたけれど、その時に前座として女装し歌ったのが今は亡き中川勝彦であった。
 この中川勝彦だけは、店の二十代の女性が、歌は知らないけど名前だけは知っていて「ああ、中川翔子のお父さんでしょう。でも女装して歌ってたなんて知らなかった」と言った。

 それはともかく、美容外科の被害に遭うと、医者はだいたい「患者が容姿を気にしすぎてハイリスクなことをやりたがったのだ」と責任転嫁するものだ。自分から熱心に薦めておいて、だ。


 カラオケでうまく歌えたけど、この独特な声質は真似できなかった。





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# by ruhiginoue | 2018-12-01 16:06 | 芸能 | Comments(0)
 ジャズピアニスト、作曲家、編曲家、指揮者、前田憲男さんが11月25日に病死したとの報道があった。
 彼が数年前に、歌手活動を再開した泰葉さんの伴奏をしているのを見た。彼女が離婚したことが背景にあり、取材に来た記者から、恋愛で次はどんな人が良いかと質問されると「前田さんのような人がいい」と答え、これに前田さんは「御免です」と冗談交じりの調子で言って、笑わせていた。

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 この時、泰葉さんは声がよく出ていて、また動画サイトで弾き語りしていると、相変わらず歌もピアノも上手なのでコメント欄には「もったいない」のコメントが目立った。
 もちろん彼女の奇行のためで、離婚してから精神を病んでいたと本人も言っていて、その原因は夫のDVとか、階段から突き落とされたとか、すごい話だった。





 あのネトウヨ商売している落語家の桂春蝶が、売れないころに金欠の生活をしていたけど大丈夫だったから、日本に貧困問題など存在しないなどと体制に媚びることをTwitterで発信して「炎上」し、これでテレビに出た時に俳優の坂上忍らから「芸人の下積みは貧困とは違う」「あんたは親の七光りの芸人だろう」などと指摘の十字砲火を浴び、ちゃんと反論できず涙目になったうえ、下積み時代の生活というのも嘘で、かなり贅沢な暮らしをしていたらしいことが、当時の自らの発言から窺われていた。

 そしたら、週刊誌によって、桂春蝶は不倫相手に壮絶な家庭内暴力をふるったうえ、人間性を疑われる異常に凶暴な言動をしていたことが報じられた。
 それは、彼のDVがエスカレートしていく中で身の危険を感じた女性が警察に行くと言ったところ、桂春蝶は「ヤクザに頼んでお前の子供の手足を切り落として、その動画を送りつけてやる」と脅迫したというもの。
 それでも女性は警察に被害届を出し、すると桂春蝶は警察沙汰になったことによって態度を急変させ、謝罪の文を書き示談交渉しようとするが、しばらくしたら再び暴力を振るったという。
 このことについて週刊誌が取材に行き、その女性の名前を出すと桂春蝶は「うわぁぁ」という反応をして固まってしまったそうだ。
 
 こうしてみると、桂春蝶という男は権勢に媚びて、弱者を見下し、女性には暴力をふるうが、相手が強く出てきたり、まずいことを持ち出したりすると、途端に困って泣きべそという情けない愚か者で卑怯者ということだ。

 しかし、こんな元々ダメ落語家なんて、どうでもいい。上手な落語家だと困る。ほんとうにあの「金髪の豚野郎」は、階段から突き落としたりしたのか。離婚に際して慰謝料を払ったそうだし、否定もしていないから、ほんとうだろう。
 そう思って、前に末広亭で噺は面白かったのに笑えなくってしまった。





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# by ruhiginoue | 2018-11-30 14:27 | 芸能 | Trackback | Comments(0)
 かつて、冤罪事件の裁判がらみで、映画の脚本を書くために取材していた周防正行監督に話を聴く機会が有ったことは、前にここで述べたとおりであるが、その時、ファンが映画の話題を投稿するサイトで見かけた周防監督の話題について二つ尋ねた。

 一つは、『『Shall we ダンス?』(1996年1月公開)の後、周防監督は10年も新作が無いので、「もしかして『太陽を盗んだ男』の後、新作を作らなくなった監督みたいになってしまうのか」という投稿。
 これに周防監督は苦笑し、『Shall we ダンス?』がヒットした後、そこから利益を上げるため数年は働いていたし、その後しばらく新作の構想が具体的でなく、決まってから取材など準備を数年かけて、企画が実現して撮影に入るまで10年間あったという次第で、次回作の案が決まっているのに取り掛からない監督とは違うとし「いくらなんでも長谷川和彦と一緒にしないで欲しいな」ということだった。

 もう一つは、その次の『それでもボクはやってない』(2007年1月公開)の主役を演じた加瀬亮について。彼のファンだという女性が、内容はコメディだけど裁判を扱う社会派ということで、とっつきにくい感じだけど加瀬亮が主演なら映画館に観に行くという投稿。
 これに周防監督は、テーマに関心が無い人が俳優のファンだからと観てくれたら有難いことだけど、それを意図して主演を決めたのではなく、起用はあくまで役に合っていると思ったからで、加瀬亮にもファンはいるけど、木村拓哉や織田裕二みたいに主役にしたから客が呼べるスターではない、とのことだった。

 この加瀬亮について、浅野忠信がテレビで、加瀬亮は下積み時代に浅野の付き人をしていたという話を披露した。
 かつて世話になったと浅野は言う一方で、その後は加瀬が『それでもボクはやってない』の他にも山田洋次監督『おとうと』や北野武監督の『アウトレイジ』に出演し、テレビでも『SPEC』などに出て活躍していることに、浅野は「いやー、悔しかったですよ、最初」「こんなに有名にならなくてもいいじゃん」「俺より有名にならなくてもいいじゃん」と言った。

 これでハリウッド映画『イヴの総て』を思い出してしまった。

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 このVHSで観たのを、ハッキリ憶えている。演劇漫画『ガラスの仮面』が、この映画からアイディアをパクッていたことも思い出した。







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# by ruhiginoue | 2018-11-29 12:40 | 映画 | Trackback | Comments(0)